小さい頃は、
何故だが、『孤独』を
感じるのが嫌で、
我武者羅に頑張れば、
それが解消できるのでは
ないか、と思い込んでいたから、
あまり、
『気』
というものを考えた事も、
感じた事もなかった。
だから、古くから繋がりがある
人は、必然的にそういうものを
あまり感じない人が多いが、
目の前の事にしっかり
向き合う生き方が普通になって
くると、
そうでない人との
意識の乖離は段々と
顕著になっていき、
それにつれて、
価値観がドンドン
合わなくなっていく。
その上でも、
ずっと一緒にいる、
居なければならない関係
というのは、
どう客観的に判断しても、
道理に叶う事なのに、
その『正しい事で、物事が進められない』
『それを聞く気持ちになれない相手』
とそういう世界で生きていくと
いう事を意味する。
これは、はじめから、
人として大事な事が
わかっていたら、
この道は選ばなかった訳だが、
『過去の自分は、観えてない』
訳だから、この因果を招くのが
必然なのも、今はわかる。
だが、これは、わかっているとは
いえ、非常に厳しい精神修行だ。
心が乱れている世界で、
それに『惑わされず』
かつ、人と『あたらず』『押し殺さず』
どう生きるか?
結局は、全て自分に
跳ね返ってくるものなのを
実感している。