~正しいものは何なのか
それがこの胸にわかるまで~


15歳の頃
擦り切れるほど聞いた

「僕が僕であるために」

尾崎豊さんの歌に
今も胸が熱くなります。

あれから30年が過ぎ
その言葉が蘇り
僕に問いかけます。

正しいものとは
何なのか、と。


2020年、令和2年

突然
夢を奪われ
糧を失い
孤立に引き込まれた

現実社会。

どう対応しますか。

冷静に将来を
見ることが
出来ますか。

明日を見据えて
歩めますか。


自然災害、人災

声高に伝え続けても
他人の正確な現状を
知ってくれるほど
世間は甘くない。

細やかな夢を育む
大切な日常を
一瞬で引き裂き
破壊したこと。

コロナは長期戦になる。

「自分は潰れない」

と自負する人が
どのくらい存在するだろうか。


戦国の世と変わらない
擾乱(じょうらん)。

秩序なき陰湿な乱れ。

「デマ」

だったと言いながら
現実には
マスク、トイレットペーパー
消毒液が
店に並んでいない。

誰もが標的となり
明日、突然
攻撃されてしまう
世界に豹変した環境に
誰もが置かれている。


辛抱できますか。
進む勇気が持てますか。
闘えますか。


誰かからの

「強制力」

を待つ
自己判断すら持ち得ない
世間知らずの阿呆が
ウロウロしながら
感染源となり拡散する中

自分自身が
最善の方法に
導けますか。

恣意的な悪意に
惑わされることなく
より良く対処するために
気持ちを整え
一つ一つを積み重ねる。

一旦休止して
次に始めるものは何か。

休止出来ない
社会活動は
どう維持するか。

正しいものとは何ですか。


この国の
資本主義経済、民主主義
ルールにおいて
補償や補填は
簡単に決められることではない。

しかし
あるものがなくなるなら

ないものを作り出し
あるものに戻す
知恵と実行力が必要になる。


最前線で

「人助け」

に従事する方々の不安を取り払う環境を、優先的に整備してほしいと願っています。

「気長に生きる」

生きることすら難しいと
感じる日常の中で
誰もが

心折られないように。

いつかきっと
克服する時が来るから。