三遊亭鳳笑 五代目円楽一門会 の ブログ -7ページ目

 例年、両国寄席では 9月3日、久美 クミ の日。奇術師 花島久美先生 が 出演する。

今年は 違ってたけど.... コロナ予防かな? 最近 出演していない、でも 私の 真打の 祝儀は 届けて くれた。 

 

 さすが!曽祖父が 噺家、祖父母は 奇術師 で 寄席が 遊び場替わりで ついでに 舞台へ 出たりして 育った 芸人の血。 祝儀 義理事は 欠かさない! 前座 頃から 世話になっとる。

 

 クミ の日は ひとまず 置いとく、 九月三日は 三遊亭圓生 門下 とっては 圓生忌。千歳烏山 永隆寺 へ 墓参。  今年は 師鳳楽 と 二人 で 電車で 向かう。

 

 いつもは 師匠の 車。 たいてい 残暑が きびしい。 車内は 快適 しかも 師匠が 運転手で 私は 殿様待遇だ。 

 師匠は 墓参して 死傷 したら 洒落に ならんと ペーパードライバーの 私には運転させないのだ。 

 

 おかげで 私は ゴールド免許保持者だ。 運転免許証 でなく もっぱら 身分証明書 がわりに 更新しているだけ、また 職務質問を 受けた時に、無線照会で 前科なし が 早く わかり 解放されることに 役立っている。

 

 師匠の カーステレオには いつも 自身が好きな石原裕次郎 歌手では 田端義男、春日八郎、美空ひばり が かかってる。

 40年以上 続いている 静岡 SBSジオ で 歌謡曲 ラジオ を 務めている から なのか?

 

私は 静岡出身だが 入門するまで知らなかった、、、、。 ともかく 電話リクエスト 懐メロファンの 番組なのだろう。 で ある時 聞きなれない 歌声 だったので 聞いた。

 

 三橋美智也だよ! と 師匠。 

私は 誰だっけ?? なんとなく 聞いたことがある名だな~。 ダッシュボードの CDジャケットを ちらっと見る。

 

 アッ 浅草で コントやってる 人だ!と 思い出し、、、

 そうですか コントだけじゃなく 歌も 上手いんですね~ 芸達者ですね 玄人の 歌みたいですね~ と 感心していた。

 

 師匠が  コント??

  はい 私 東洋館 で チラシ見ました 座長公演!

 バカ! それは 橋達也だ!! 三橋美智也は 玄人の 歌手だ!

 

 変なところで 怒られてしまった。 チラシの字 見たら 似てるのに、、、けど 師匠も 色々知ってるもんだな~ 変に 感心してしまった。

 

 これは 前座時代、今年は 暑い中 千歳烏山駅を 降りる、炎天下だ。

寺まで 歩いたら 25分は かかる、しかも 坂だ。 師匠は 電車で来るのは 20年ぶり くらいだろう、、、私は 歩きは無論、 バスを 待ってる だけでも 汗だくになることは 知ってる。

 

 商店街を抜け 大通りに でた 瞬間。 見つけた 迎車タクシーに 突進した。

我ながら 当たり屋になれるくらいの 見事な 飛び出しで タクシー を 停めた。

 

 師匠が 住職に あいさつに 行ってる間に 急いで 師匠が 直ぐ お参り 出来るように 準備。

水と 柄杓、線香に 火をつけ 軽く 掃き掃除する。

 

 ふと みると 既に 鳳楽 と かかれた 真新しい 塔婆が 立てたあった。 住職も さすが 馴れたもので 来るだろう日に 立てておいて くれたようだ。 

 

 たて前座の頃(一番偉い前座ね) 円楽一門揃いで 圓生忌 した。 三三回忌 だったかな?

 

 もしくは 五代目の円楽存命の頃かな、私からだと 大師匠、家族でいえば 祖父 にあたる。

 円楽一門が 揃い、 円楽師が お参りの日に 合わせて 法要していた。

 

 塔婆が まだ立ててなかったことがあった、すでに 五代目円楽師が お墓に 向かって歩いていた 一門は 皆 最初のお参り する 円楽を迎えるように 整列していた。

 

 五代目の お参り前に 大師匠以下幹部の 塔婆が立ってなかったら 事だ!!

 幹部の 塔婆 数本を 掲げて お墓まで 大師匠を 追い越し ダッシュした。

必死の 形相で 木材を かつぎ 走る 私  数本の 塔婆を 振りかざし 塔婆を立てた。

 

 大型しゃもじを ならぬ 塔婆を持ち 突撃してくる 姿は ヨネスケ師 の 『となりの晩ごはん』をしのぐ 迫力だっただろう。

 

 塔婆 振り回して お墓に は 突進する 光景は なかやか 観れるもんじゃない。一門の 失笑も かった。

 

 が 前座の 私は 本気、必死だった。 

 前座は 何で 怒られるか わからない、時には 不条理に 怒られるのだ。 それが 嫌なら 落語家には なれない、こちらから 頼んで 弟子入りしてるのだ。

 

 その代わり 素人同然でも 高座に あげてもらえ、給金をもらい 飲み食いに行っても お金は 払わない、もらうことは あっても お金を 出すことは ない。そして 何を言われても ご無理ごもっともと、ともかく 謝る。

 

 そのかわり 前座同士で あの師匠は セコイ 料簡が 狭いと あの師匠の客は うざったいとか 悪口を言う 権利はあるのだ。

 

 今年は 師弟で 墓参 する。

 

 師匠は 圓生師 には とっては 初の孫弟子 であり、圓生出演の ホール落語 の前座 は ほとんど 師匠が務めた。師匠が前座時代、 圓生は 師匠以外の 前座に着物を たたませなかった らしい。

 圓生師 から 直に 稽古を してもらい、着物や 帯をもらった。

 

 近寄りがたい 雰囲気だったそうだが 孫弟子には 優しかったそうだ。まあ 世間の 両親と 祖父母 の 違いと同じだ。

 

 芸に 潔癖な 圓生師が 真打濫造問題で 落語協会 を 脱退した、そして  圓生が これが 真の真打です! と 宣言したのが 三遊亭楽松 改め 鳳楽だ。それだけに 圓生師への 想いは強いのだ。

 

  スッキリしたように 歩って(歩いて を あるってと言う 江戸弁?) 帰ろう 言い出した。お日様は 真上から 照りつけている。 勘弁して つかあさいや(広島弁)と 弟子 の私が 言えるはずもない。

 

 今月 『唐茄子屋』 演るから 若旦那んとこに丁度いい 稽古になる! と 歩き 始めた。

『唐茄子屋』 に タクシー つかまえるシーンがあるか 探したが、無論 ないので 師匠について 坂を下った。

 

 師匠は 運動を しないし 汗かくことが 大嫌いで 夏は 楽屋入りすると 直ぐ 冷房を 強くさせる人だ。 その師匠が 炎天下 ぶつぶつ 落語をさらいながら 歩いている いや あるっていた。墓参効果 恐るべし!

 

 駅へ あと 少し のとこで, はばかり! と 駅前の 区民会館? に 入っていった。私はしばらく外で 待っていた。 遅いな~ 難産か? と思いながら 汗が滴り落ちるのを 感じた。

 

 遅いので 会館の 中を のぞくと 師匠は フロントで 身じろぎもせず 立ってる。私と 目が 合うと こっちへ来い と 手招きをしている。

 

 何してるんですか?と 聞く 、ここは涼しい!だって。 遅いと思ったら 涼んでた。

やはり 暑かったらしい。 汗が 気持ちが悪いから ひくまで ここにいると 言う。座りませんかといっても ここが 一番 風が来る と 答えた。 私も フロント周りを 徘徊したが 師匠の スポットが ソファ席より どこより いい風が来る。

 さすが 師匠。 マイペースで しかも的確!

 

 汗はひいた 帰りの 車中、師匠が ぼそっと 「あれだな 暑いときに 亡くなると あとの人が 

大変だな~ 圓朝忌 は 八月だろ~ 大師匠は 九月初旬、、、うちの師匠は(五代目円楽) は さすがだよ 10月だもんな~ 暑くもなく、、、」

 洒落なのか 久しぶりに 暑い思いをしたのが こたえたのか 私が 返答に困ることを 言い 独りごちてる。

 

 私も 魔が差して、 師匠は やはり 弟子 墓参を  考えて、、、即座に、 そうだな 二月 あたりにと してやる! と睨んまれた。  寒いですよ! というと クーラーが きいてるせいか 機嫌が よさそうだった。

 

 歩ったら 腹減ったな なんか食うか。 新宿駅構内を ぶらつく 暑いから なんか、、、ざるそばか何かに しますか? 

 結局 お気に召さなかったらしい 山手線に乗る。 上野まで 行った。私は 手前の駅で 降りる予定だったが 上野駅中 まで行く、、、、 暑いな~ こういう時は、、、といったので 讃岐うどん屋 でも 行くのかと思ったら、、、、なんと たいめいけん!

 

 私は 暑さにやられて おもいものは 食べる気がしない でも たいめいけんの オムライスなら うれしい。

 暑さに うんざりしてそうな 師匠が 何を 食べるのだろうと 思っていると ハンバーグライス! と オーダー。 私より ヘヴィー なものを 食べられるの! 

 

 驚いたのと 同時に 元気で 長生きしそうだな~ と うれしくなった。

 

 50年間 ほぼ毎日のように 寄席、全国、週一は 静岡で ラジオと 仕事漬けの 毎日だった 師匠だ。 コロナ で 月のうち 都内で数回 と 二週に一度に ラジオ だけ その他 は キャンセルになったのだ。

 師匠は 間違いなく 落語家の中でも トップクラスの 忙しさだ。自宅にいるより 泊りの仕事のほうが 多かっただろう。そんな 師匠だから コロナ禍 で 突然 時間を 持て余した。師匠の 家のかたずけなど 弟子としては 師匠と 過ごす時間が 多くなった ことは うれいいことだが、、、

 

 明らかに 調子が 崩れてる ことは みてとれる。生気が 落ちるというか、声のトーン でも わかる。

 

 しかし、一緒に 圓生師の 墓参をして よかった。明らかに 吹っ切れたように 元気になった。

独演会でも 大ネタを 二本 ぶつけていた。圓生師 が 可愛がっていた 孫弟子 を 後押ししているように 思えた。

 一緒に行った 私は 当たり前だが 圓生師匠に あったこともない、あまり 後押しは 感じられないし 相変わらず だ、、、オムライス 以上に 重い ハンバーグは 食べる元気は 出なかったほどだ、、、、、。

 

 私は コロナで 師匠と過ごす 時間が 増えた。まあ 師匠を前にすれば 緊張感も 張りも 楽しさも ある。帯やら 羽織やら もらったりしたりもする。 芸とは 見合わぬ 一級品だ。

 

 でも あれだね コロナってのは 経済 やら 教育 やらに 打撃を 与えるだけでなく 客前で はじめて 発揮される 芸・文化も 衰退させちゃうね、、、そろそろ 彼岸だ 誰かの 墓参に 行くといい。

 

 夏バテでも ハンバーグ平らげられるくらいの 活力、御利益は 得られるよ。