祖母は 存命だ。
今年 96歳に なる。何しろ 曖昧なのだ … 聞くたびに 2、3歳の 誤差がある。
その都度、数え歳 か 満年齢 で 答えてる かも知れない?
ので 一概に 老人性の 痴呆とも 言い難い。
五十代で ばあちゃん と 呼んでたので 私も 実年齢に 興味がない。 ただ 、ばあちゃんだ!
流石に 施設だし 四捨五入したら 百歳なので コロナ が こわいだろう。
会いに いけない。数年前から 暮らし始めた ホームが 嫌がるだろうしね…
上の 俳句は じいちゃんの 趣味 だった 『雲母』 というか 句誌が まだ あった頃の 意欲的な 時期の 作。
で その横の句 が じいちゃんの 墓碑に 刻まれた 祖母との 生活を 描いてる。
字は ばあちゃんかな? 沼津の 三筆 と 称されたとか 称されてない とか … ??
平安の三筆といえば 空海!
が 一番先に 浮かぶ、それ以外 知らないけどね。弘法大師だ!
弘法も 筆の誤り! ことわざが ある。
立川流 家元は
膀胱も ふでの あやまり! と 警句を 遺している。名文句である。
もとい 俳句など 、遺された 家族には 解らない。
沼津、西伊豆 界隈を また 家族、孫 を 詠んだ と 言うこと しか 分からない。
けど じいちゃんの 家族葬の為、膨大な 句から 母が 編纂した。
母の 感性と 『雲母』やら 何たら新聞賞、市民文化賞 など よく分からん 選者 を 信じるしかない。秀句なのか? 甲乙 は 私には 判断できない。
風流な 趣味だから 、そこに 良し悪し を つける のは 無粋というもんだ。
コロナ禍 では 余計に 家族葬が 増えているだろう。
家は 従兄弟が 二人も 坊主 なので いつでも ねんごろに 弔ってもらえる。
家族葬では 家族の おじいちゃんへの 思い出を 一人一人が 話す。大喜利 方式 では 採用されなかったら、ので 「 葬式と掛けまして!イーシャンテン と とく、その心は 、もうすぐ やく(焼く .役 )でしょう! 」 とは 言わなかった。
やはり ばあちゃんの言葉が 一番 ジーンときた。
その後、父の アコーディオンで 『ふるさと』 と祖父の好きな 曲が 歌われた。
歌詞カードに 『さざんかの宿』が あったのには ウケた!
歌詞 に『愛しても 他人(ひと)の妻』と 載ってる。
不倫の歌だよ! ばあちゃん いるのに…
単に好きな歌なのか?
もしかして じいちゃんと ばあちゃんに 近いニュアンスの ロマンスが あったのか? 真相は 祖母の中!
聞いても とぼけられると 思うけどね…。
父方の 実家は 車で十数分だったから しょっちゅう 行っていた。同じ市内 湊、つまりは 市内の 海側だ。
米と 野菜も もらいに 行くのだ。だから 家は 叔父が 田地を 整理するまでの かなり長い 期間、米代は 要らなかった。
静岡というのは 昔から 子供に 甘い 土地柄 なのかも知れない。
高校生 位になると 県内に、親戚が多いまた、祖父母 がいる ウチの子は 10万くらい お年玉 貰ってる 奴も 多かった。
家は 小遣いが 平均より 少なかったから 、お盆と お年玉は 助かった。
ある程度は 貯金させられるので 少なく 申告して 手元に置いた。
それがなきゃ 自分の好きな CD や 洋服は 買えなかったと思う。
子供も 大人も 脱税 ?節税は するものらしい。
沼津の 祖父母に 会うとは 長期休暇、また 噺家に なってから は近くで 仕事が あると 泊まりに行ってた。
で 祖父母 の前で ワザと 着物を 着たり 畳んで 見せた!
今の子は 浴衣の 着付けも 出来ない のに 袴まで たためるのは エライ! エライ! ほめてくれた。
不器用で 変わった子 だったから 将来 心配だったのに… と 祖母が 漏らすと、じいちゃんは 目頭を熱くしていたようだ。
噺家なんだから 不器用でも さすがに 覚える。仕事にならん。
そして 私としては、未だに 将来は 心配なのだが…で 訪ねると 必ず、交通費と 言って お小遣いを くれた。
じいちゃんは 噺家になったのを 手放して 喜んでたのは 本当らしい…。
前座修業 終えれば どんな事にでも 耐えられる 様になるだろうとね。
買いかぶりだ…
ついでに 言うと 祖父は、私が 入門してから 古今亭志ん生著の 『びんぼう自慢』 を 読んだようだ。あと 結城昌治著 『志ん生一代』 の 上巻だけ…
貧乏ばなし の オンパレードな 本を 熟読してくれた 余計に 小遣い やろうと 気に なった様だ。
真打 昇進前に 亡くなってしまい 残念でならない。
じいちゃんが 入院する 少し前から、以前は 叔母 叔父 母が と 代わる代わる 泊まりに 行っていた。
老老介護 と 言える。近所に住んでる 叔父を除き、働いていないから 泊まりに 行けるのだ。
落語界でも 親の介護 と 落語を 両立する為に 実家に住み、地元周辺で 主に 仕事、東京では 泊まりで 仕事 という 噺家も 何人か 知っている。
たまたま 母がいる時に 泊まりに行った 事が ある。もう じいちゃんは 入院していて、歳を聞いても 満なのか? 数えなのか? 聞くたびに 変わる い〜感じに 恍惚の人 になってきていた。
同じ 昔話を 一時間に 4回 する 程だ。15分を 4回!
一高座、十五分 ピッタリに終わる 名人芸には 噺家の 私も 舌を巻いた!
昔話のパターンも 何種類かある。さすが 歳の功! 何席も 持ちネタは ある。
こちらが 変な 相づちを 打たなければ 噺は 逸れずに キチッと 終わるのだ。
九十歳 越えれば スべらない エピソード が かなり 溜まって いる、『寄席芸人伝』 の 一話になる ほどだ、大正生まれの 名人 !
でも だが 高座 ? 以外は忘れっぽいのだ。
せっかく 来てくれたから 交通費っと くれた が、数分後また 包んでないくて 悪いけど お小遣い! と 財布から 出るわ 出るわ!
面白いので 続けていた。五、六回 くらい まで 繰り返していた。
ついに 母に いい加減にしろ! と つっこまれた。
ばあちゃんに 財布に いくら入ってたの? と たずねる。
ばあちゃんが 財布の額を 答えた …お小遣い もうあげたからね、ばあちゃんが 財布に 財布の 額と 計算して 六万円 返しなさい! と 言われた。
私も 洒落だから 返したのは 良いのだが… 帰りの 電車切符 買う時に 気づいた明らかに 一万円 減っていた。
とぼけた フリして やるな ばあちゃん! 一万円 とられてしまった。
高齢者は 詐欺に 気をつけましょう! と 巷では 言っているが…
私は 九十五歳 に 特殊詐欺に 会ってしまった。
コロナが 落ち着いたら リベンジに行こうと 思ってる。
それまで 達者で いてくれ、ばあちゃん!
