先日、映画『无名/無名』の地元の上映館に、下見を兼ねて、ムビチケを買いに行きました。

映画館は裏道を少し入ったところにあるものの、メインストリートは幼い頃、家族で元町の次によく訪れた通りです。方向音痴の私でも迷うことはありませんでした。

 

中学を卒業してからは、銀座や渋谷に出ることのほうが多く、横浜、それも港エリアで遊ぶことがあまりなくなりました。

半世紀近くの歳月を経て、このところ、馬車道から山手の丘まで、訪ねる機会が多々あり、逆に銀座や渋谷が遠くなりました。これも華甲の一環かもしれません。

 

還った街は、どこもずいぶんと変わり、「私のヨコハマ」は、ほとんどが、まぶたの中。

海辺は埋め立てられて、原型を留めていない新しい街が生まれています。

それでも、陸側はそのまま。そこには「私のヨコハマ」の面影を残しているものもあります。

 

映画館までのメインストリートも、不二家や博雅は無くなり、お店のほとんどが変わっていましたが、建物は思いのほか昔のままのものが残っていました。

 

訪ねた日は雨。

しっとりと濡れるレトロな街並みを眺めつつ歩くと、かつてどこにでもあった港町の風情を感じました。

 

訪ねた小さな映画館も同様で、なぜか、まったく似ていないアテネ・フランセを思い出しました。

そのアテネ・フランセも、かつて映画三昧していた頃の風景です。

 

映画館のロビーに『無名』のポスターが貼られていて、「ほんとうに上映されるのね…」と、あらためて感慨深く思いました。

 

 

 

 

 

 

ムビチケは、トニーさんと2人 ver. も、それぞれのソロ ver. も、ありました。

 

2人 ver. はお友だちが買ってくださったので、ソロ ver. をトニーさん1枚、Yiboくん2枚、買いました。

ムビチケと特典のポストカードを受け取った後、係の方が「皆さん、一博くんのを複数枚、買っていかれますね」と。

 

不意に「一博くん」と、名前を耳にしたので、どきっとし、思わず、「あ、ファンですね」と、間の抜けた答えをしてしまいました。

「上映されるのを、ずっと待っていたので」と。

 

「ムビチケの在庫は、まだ、ありますか」と伺えば、「ありますよ。とくに一博くんのは、大量に入ってきましたから」とのこと。

 

それならば、もっと買ったのに…。

買い占めてしまい、他のファンの方が買えないといけないと思っていたものですから。

もはや、“チケット” ということを忘れている私。完璧に “グッズ” 感覚になっております。

 

今回のことで知ったこのミニシアター。

上映作品がなかなかよくて、大好きなタルコフスキーの作品も近々かかるようで、『無名』上映までに何度か来てしまいそうです。

 

このような出会いもあるのですね。

余分は、その時に買いましょうと、その日はそのまま帰りました。

 

 

 

 

映画『热烈/熱烈』を見たら、欲しくなってしまい、わが家にお迎えした “ぼーちゃん2号” と。

このぼーちゃん、ヘルメットが外せるので、時には花など持たせております。

 

 

 

トニー・レオン VS ワン・イーボー

映画『無名』予告編

 

映画『無名』公式サイト

 

 

* * *

 

 

さて、横浜中華街の春節祭(2/1~24)は、すでに終わってしまいましたが、春節の中華街でのお話を。

毎々、マイペースで遅れた話題。お恥ずかしいです。

 

 

ランタンオブジェ 山下公園

 

 

今年は街角に設置されたランタンオブジェの数がいつもの倍くらい多く、羽田空港や新横浜駅にも飾られていたようです。

中華街の春節ランタンやこうしたランタンオブジェを見ると、こどものようにわくわくします。

 

 

ランタンオブジェ 元町・中華街駅

 

 

昨年、元宵節(げんしょうせつ)に訪ねてくれた俳句のお仲間たちが、「あの時にいただいた湯圓(Tāng Yuán)が忘れられない」と、今年も横浜に集まってくださいました。

 

昨年の模様茶樓で湯圓 &『无名(無名)』は洋画!

 

 

去年は一応、横浜句会ということでしたので、小難しい話も幾らかはしたのですが、今年は堂々と「湯圓紀行」。

湯圓をいただくのが目的の旅となりました。

(しかも、湯圓のお味の噂を聞きつけて、メンバーも増えておりました)

 

この句友たちは全員、デザイン関係のお仕事に就いていらっしゃいます。

発想がゆたかなところは芸術系の方、共通なのですが、デザインとアートが異なるように、デザイナーとアーティストも異なります。

 

私自身はデザイナーでもアーティストでもありませんが、タイプとしてはマイペースなファインアート系。

私のようなタイプばかりが集まると収集がつかなくなり、自分を棚に上げてお恥ずかしいですが、疲れてしまうのです。

 

けれど、私の他は皆様、逆のタイプのクリエイターばかりなので、私にとっては、とてもたのしく、とても居心地がよいお仲間です。

(こういう目線で見ると、Zhan Zhan はやっぱり、デザイナーと感じます)

 

昨年は茶樓(重慶飯店の飲茶専門店「重慶茶樓」)でランチをしてお別れしましたが、今年は中華街でゆっくりしたいと思ってくださり、皆様、港周辺に宿泊するとのこと。

「でしたら、夜のお食事は重慶飯店本館ね」と、旅程が決まると同時に予約しました。

 

その後、「今回の旅の目的は湯圓だから、必ず湯圓が食べられるように、お願いね!」とお達しが。

「それでは、遅めのランチ時間にお茶をしましょう」と、重慶茶樓の予約(お席と湯圓)をしました。

 

すると、「ホテルは皆、ローズホテルにしました」とのご報告が!

え? 皆様、お気に入りのニューグランドではないの? と、びっくり。

バラバラにいらして、横浜以外は別々のスケジュールで、バラバラにお帰りなのに、揃ってローズホテル?

 

ローズホテルは中華街の中にあり、その昔はホリデイ・イン。重慶飯店が経営するシティホテルです。

ランチは重慶茶樓、ディナーは重慶飯店本店、そして、宿泊はローズホテル。

みごとな重慶飯店づくしの湯圓紀行となりました。

ドラゴンポイントも溜まりました (^^*)v

 

当日は GW 頃の気温という、一夜にして初夏とも感じるお天気。

気持がよかったので、リムジンバスで山下公園に到着する組をお迎えに。

(リムジンバスはローズホテルに停まる便もあります)

 

ですが、私、乗車用の停留所で待ってしまい、定刻になってもバスは来ず、ふと反対車線に停まったバスを見つけて、ようやく、場所を間違えたことに気づきました。

句友はすでに、「あちらのバス停に、日傘にサングラス、派手な中華靴の人がいたから、星月夜さんじゃない?」と、私を見つけていたようで、交差点の向こうで手を振ってくれていました。

 

ちなみにサングラスではなく、調光レンズの普通の眼鏡なのですが、初夏のような日差しでしたので、真っ黒に変色しておりました。

靴も、急な気温上昇でブーツなどの冬靴を履く気になれず、中華街散歩だからと、大きなビーズをちりばめた、どこで履くの? いつ履くの? な中華靴を。

そういえば、最近は中華街でも、こういう靴を見かけませんね。

 

お迎え役のつもりが、お迎えされてしまいましたが、まあ、いつものこと。

まずはローズホテルに荷物を預けに向かいました。

 

 

ローズホテルの獅子たち

 

 

 

そして、早速、重慶茶樓へ。

私はお茶(白牡丹)でしたが、皆様は「とりあえずビール」。

 

無調法な私には予想外の展開で、「夕食も中華なので、こちらは、ほんのおつまみ程度にしてね」と、前菜の盛り合わせと揚げ春巻きを注文しました。

 

飲茶類は皮が粉モノのものが多いので、意外とお腹が張るのです。

春巻きは丸々一本を食し、尾頭付きの魚に見立てた縁起物、と言われていて、春節のメニューにふさわしいと思い、選びました。

 

ですが、オトナな皆様は青島ビールをおかわり。スペアリブなども追加注文。

そんなに飲んで食べて、だいじょうぶ? と不安になるも、皆様、「美味しい~」とおっしゃるので、私もとてもうれしくて。

 

「そろそろ、お持ちしましょうか」とお店の方。

ようやく、皆、本来の目的を思い出しました。

 

 

 

重慶茶樓 湯圓

 

 

 

こっそり、わが家の “ぼーちゃん1号” を取り出し撮影。

(ずっと門外不出のぼーちゃんでしたが、先日、しほりんさんとのお食事で外出デビューして以来、お出かけ好きになりました)

 

今年の湯圓は、湯(スープ)が昨年とは少し違いました。

お団子も、昨年は黒胡麻餡だけでしたが、今年はピーナッツ餡の2種類。

黄色がピーナッツでしたので、私はピーナッツ餡がふたつ。

どちらのお団子もとてもおいしかったです。

 

湯圓を満喫した後は、中華街を散策。

もう1軒、湯圓のお店にお連れすることになっていたので、歩いてお腹をすかせましょう! と。

 

媽祖廟(まそびょう)では、おみくじをしたいという方が。

こちらのおみくじは、神筈 (しんばえ) という三日月形の神具を使います。

幾つか手順があり、案内係の方が丁寧に教えてくださいます。

 

私はおみくじ、ほとんど引かないものですから、今回も待機組でしたけれど、その間に、廟をじっくり拝見しました。

地元民といっても、なかなかこんなふうにゆっくり時間を過ごすことはありません。

 

次は、関帝廟(かんていびょう)へ。

関帝廟の天井は、絢爛豪華。

神様がお住まいの天空を拝むようにつくられているそうです。

 

酒屋さん、乾物屋さん、八百屋さん、道具屋さん、本屋さん etc. と、中華圏の生活に密着したお店に興味をもって立ち寄るあたりは、さすがご同輩。

かつては魚屋さんなどもあって、たのしかったのですが、いつの間にか、すべてが占いのお店に変わってしまいました。

 

そして、関帝廟通りから南側に少し入ったところにある ROUROU という、私の好きなブティックにもご案内しました。

 

 

こちらのブランドのデザイナーさんは、元パリコレモデルさん。

今回、ローズホテルのスタッフのユニフォームも手掛けていることを知りました。

そういえば、重慶飯店本店のスタッフの方のネクタイが素敵と話していた私たち。

こちらの作品かもしれません。

 

ROUROU の裏には素敵なランタンが吊られていて、奥には、ROUROU Cafe があります。

 

 

 

 

 

今回は湯圓優先でしたので、残念ながらこちらは次回に。

でも、満席でした。

(最近の中華街は平日でも、どこも満席。確実に入りたい場合は、ご予約をお勧めいたします)

 

 

 

ROUROU のお隣は、悟空茶荘。

 

 

私はいつも悟空一号店で済ませてしまうので、一号店を先にご案内しましたが、こちらは店内が広く見やすく、お茶好きの句友はおみやげを買い足しておりました。

 

こちらの2階は喫茶になっています。

けれど、やはり、今回は湯圓優先。

 

 

昨年、新しく出来た中華カフェ。中華菓子の専門店、酥の宮にご案内しました。

 

 

 

私は好きなところをリピートするばかりで、新規開拓をしないものですから、新しいお店はあまり知らず、観光にいらっしゃる方のほうがお詳しい、と、いつも恥ずかしく思います。

でも、中華菓子には目がなくて、こちらのとてもきれいなお菓子に、すぐに魅せられました。

しかも、とってもおいしいのです。

 

「酥」とは、「サクサクとしたお菓子の生地のこと」だそうで、中華菓子の餡を包む、特徴的な皮のことです。

パイ生地のようですが、甘さも油っぽさもありません。

重慶飯店の中華菓子よりも、こちらの「酥」は中華っぽく感じます。

 

これはあくまでも私の印象で、微かな差です。

私が幼い頃に、おみやげなどでいただいた、きらきらの華やかな紙箱に、そのままぎっしり詰まっていた色鮮やかな中華菓子に、ほんのちょっと近い、という微妙な感覚です。

 

かつて、人によっては食べにくいと感じることもあった中華菓子を、重慶飯店は日本人に食べやすいお味にじょうずに調整しました。

しかも、いち早く、おみやげ専門のお店も出し、中華街の老舗の中では新しく、モダンなお店という印象があります。

 

 

 

酥の宮 カラフル餅団子

 

 

酥の宮では、湯圓が通年メニューにあり、春節以外でも湯圓をいただくことができます。

名前は「カラフル餅団子」と異なりますが、黒胡麻餡のお団子です。

 

(スープ)は2種類あり、お汁粉ふうのものと、桂花香りのシロップ。

私は桂花香りのシロップが好きで、昨年の重慶茶樓の湯圓のお味に近いです。

 

注文は、各自、レジで。

お席で待っていると、お店の方が運んでくださるシステム。

 

 

 

酥の宮 おみやげ用のお菓子とラッピング

 

 

 

おみやげ用のお菓子も注文でき、テイクアウトだけでも OK です。

ラッピングもお洒落ですし、お菓子は1~2週間と、日持ちもします。

 

今回も、酥の宮と、重慶飯店で、山のように中華菓子を買ってしまいました。

 

重慶飯店のお菓子は、豆沙(小豆のこし餡)がとてもおいしく、日本人の口に合います。

中華菓子は初めて、という方には、豆沙餡のミニ月餅がお勧めです。

 

すっかりくつろいで、おしゃべりいるうちに、ランタンに明かりが灯りはじめました。

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ重慶飯店本店へ。

 

「お腹がいっぱいでお食事、いただけるかしら」という句友たちでしたが、よだれ鶏、麻婆豆腐、えび蒸し餃子 etc. と、重慶飯店本店のお得意メニューがテーブルに並ぶと、「美味しくて、食べられちゃう!」と。

 

紹興酒(10年物)ロックで乾杯。

私は、梅酒、紹興酒、シャンパンならば、1杯くらい、おつきあいができます。

中華料理には、やっぱり紹興酒ですね。

 

普段、麻婆豆腐はほとんどいただかないのですが、それは、こちらの麻婆豆腐が大好きだから。

重慶飯店で麻婆豆腐を注文すると、同席したお友だちが必ず、「あら、麻婆豆腐はお嫌いじゃなかったの?」と驚きます。

 

えび蒸し餃子も、こちらのものが中華街一、好き。

えび料理どれも、重慶飯店でも本店がいちばんです。

 

 

 

 

 

 

でも、食の好みは人それぞれ、千差万別ですから、美味しいものも、人により異なります。

誰にでも No.1 のお味がおありでしょう。

それでも、句友たちが大満足してくださったので、とてもうれしかったです。

 

食事を終えて、「どうしても見たいランタンオブジェがあるの」と、加賀町警察署まで歩きました。

警察署の前には、亀のランタンオブジェが設置されています。

 

 

 

 

 

 

亀のランタンオブジェ、私は初めて見ました。

背中に背負っている箱は何なのでしょう?

玉手箱?

そういえば、浦島太郎の物語の起源は、長江流域という話を聞いたことがあります。

 

句友たちは「亀に見えない~」と言っておりました。

そして、加賀町警察署の建物のほうに魅せられ、そちらにカメラを向けておりました。

 

ちょっとヒヤヒヤしましたけれど、たしかに、この建物は “ビルヂング” と表記したいようなレトロな建築。

 

実は、横浜の建築家 貝塚良雄のデザインで、1927年に建てられたものを、1996年に復元しました。

貝塚良雄は明治生まれ。

大正時代に神奈川県庁に入庁して建築技官となり、関東大震災で大きな被害を受けた横浜市復興計画事業に携わりました。

元の加賀町警察署も震災復興建築の一つでした。

 

その数年後、「樺太ならば好きな建物を好きなだけ建ててよい」と言われ、樺太庁に出向します。

20年間の樺太滞在で、樺太庁博物館など、数々の建築物の主任技術者を務めました。

そのほとんどが現存しているので、書物やインターネットなどで写真を見ることができます。

とてもすてきな建物ばかりです。

 

* * *

 

私が幼い頃の中華街は、さまざまな国の船員たちが行き交う夜の街でしたが、今は観光客や修学旅行客で賑わう昼の街。

 

静まり返った通りをそぞろ歩き、そのまま港のほうへ。

 

 

 

 

 

 

やはり、皆様、お気に入りのホテルニューグランドが恋しく、ホテル内のバー Bar Sea Guardian II へ。

 

こちらには、サヴォイのカクテルブックにも紹介されているオリジナルカクテル YOKOHAMA などがあります。

 

円が強かったバブル期に、ロンドンのサヴォイ・ホテルにも行きました。

建物も、行き交う人びとも、雰囲気も、格式高く、あまりの重厚感に押しつぶされそうになりながら、アフタヌーンティーをいただいたこと、なつかしい思い出です。

何もかも現地でもとめるとお買い得で、とてもたのしかった。今の真逆ですね。

 

私は飲めるお酒が少ないので、シャンパンベースの Phoenix を。

甘めのキール・ロワイヤルといった感じのカクテルで、飲みやすいです。

 

このフェニックス、不死鳥も、関東大震災からの復興、とのこと。

 

ニューグランドも横浜市復興計画の一環、加賀町警察署と同じく1927年に建てられました。

横浜の震災被害は、私たちが想像するよりも遥かに大きく、それらの瓦礫の捨て場を埋め立てたのが、山下公園です。

 

そして、私の思い出の中のニューグランドには、タワーがありません。

レストランのノルマンディも本館5階が浮かんでしまいます。

 

 

 

カクテル Phoenix

 

 

ここで、初めて、ぼーちゃんに気づく句友たち。

とりたてて尋ねられることもなく、「ああ、推しクンね」と

 

私が詠む句の「きみ」のほとんどが、Yiboくんか Zhan Zhan ということも、一人の旧友を除いてはご存じないまま、湯圓紀行は終わりました。

とてもたのしい大切な時間でした。

 

 

* * *

 

 

去年、一昨年と、年度でまとめていた俳句「忘羨575」ですが、今年は投稿にチャレンジしたり、少しは佳作に入ったりで、こちらにアップすることができませんでした。

(投稿の条件は未発表作品)

それでも、この先も、私が詠む「きみ」は、知る人ぞ知る彼らです。

 

 

 

ランタンオブジェ 馬車道駅