どこか篭るのにいい山はないかな
どこかいい山はないかな
伊豆の天城山にも行きたい
天城山のあたりで篭れる場所はないかな
皆神山にも行きたい
日本のピラミッド皆神山
赤城の山もいいらしい
そのあたりで人知れず暮らせる場所はないかな
あばら屋のようなアパートの二階のアトリエ
とっても狭い裏路地を
ガラガラとたくさんの黄色いオリコン箱を引きずりながら
自治体の軽自動車が走っていく
まだこんな前時代的な車を使ってるんだ
懐かしいな
と思いながら眺めているが
その車が停まったのは
ボロボロの二階建てのアパートの前だった
そこは僕がオーナーの廃墟のようなアパートだが
作りは鉄筋コンクリートだ
二階の一室の住人のせいで
ひどい悪臭がする
ゴミ屋敷になっている一室のひどい悪臭のせいで
二階の住人は最後の一人も出て行ってしまった
自治体の軽自動車はそこを清掃に来たのだ
二階には僕がアトリエにしている部屋がある
作品にする前の大きな縦長の紙に描いたデッサンがある
そのデッサンを作品にしたら傑作になるのだが
悪臭が紙に染み込んでしまっていたら
もう汚くて使えなくなるな
などと考えている
その後
カシオペア座の方角に
銀色の鉛のようなUFOを発見
当て所もない旅
茶色い革のバッグを一つ持って
当て所もない旅に出る
一緒に行く人は
家族も友人も捨てなければならない
そうでなければ
僕と一緒に旅に出ることはできない
僕だけ一人で
あなたは一人でなかったら
不公平だし
旅は冒険にはならない
「明日はどこに行く?」
ときいたら
直感で答えなければならない
もちろん人でいっぱいの
観光地などは論外だ
でも京都でもフィレンツェでもいいかもしれない
観光が目的じゃない
人混みの中でも孤独は見つけられる
若い頃に四六時中感じていた孤独
それを思い出したい
そしてその孤独感を共有できる人と
一緒に当て所もない旅に出たい
セントラルサンに照らされる甘美な至福
昔、子供のころ体験した甘く暖かな体験
なぜか思い出している
セントラルサンからの光に
私が満たされているからだろうか
近所のお兄さん達と一緒に泥んこ遊びをして
(一人はその後暴走族のリーダーになり、もう一人は小学校で一番脚が速かった)
我を忘れて三人で夕方家に帰ると
母が泥だらけの姿を見て着替えを出してきて
三人に銭湯代を渡して
「今からお風呂屋さんに行って来なさい」と言った
言われたとおりに三人で無言で銭湯に行き
まだ人もまばらな
明るい夕日に照らされた銭湯に入って
泥だらけの身体を洗って
風呂に浸かった
そのときに体験したなんとも言えない甘美な至福
なんだかそのときの気持ちを思い出している
セントラルサンからの光に照らされているから
このような気持ちになるのだろうか?
宝瓶宮の時代になって真実が顕現されるとき
宝瓶宮の時代になって
キリストの神話は
新たな新訳聖書の創造のように
更に新しいストーリーとして作り替えられていく
第二のルネッサンスが始まる
救世主はキリストという名前ではなく
新しい名前になる
それは名付け得ぬもの
言葉で語られぬ言葉
あらゆる言語の元となる直接の意味
愛の崇高さを感じるとき
それが全ての意味と価値の基準となる
真実の顕現
僕をイタリアルネサンスの街に連れて行って
僕をイタリアルネサンスの街に連れて行って
ペストが流行った後の教会の壁画を描かせて
それはクリスマスの夜と磔刑の闇のキリスト
傍らには母マリアとマグダラのマリアがいる
光輝く嬰児はただ罪の生け贄にされるために
この無明の世界に何が愛と呼ばれるものかを
自ら創造主の祈りの返答として顕現するため
神話の新たな始まりとなる劇の主人公として
聖なる生涯を演じた一人の生身の人間の姿を
後世に残る規範的芸術となるように描きたい
から
薄暗い朝
昔、夜中に呼び出されて終電の地下鉄に乗った
降りた駅から裏路地を歩き
煌煌と灯りの点いている
蛍光灯の自動販売機で
缶入りスープを買ってすすった
二人組が歩いて来て
僕を見つけると
道を塞ぎ
因縁をつけて
殴ってきた
僕は仕返しもせずに
隙をついて走って逃げた
何事もなかったように装いながら
街をあてもなく歩きながら
朝までどこで過ごそうかと
考えながらも
実際は何も考えられず
ただ悔しくて
このまま凍え死ぬんではないかと怖れて
ブルブルと震えながら
明け方には
海辺に辿り着いていた
始発の電車に乗って
大きな川を渡った
まだ太陽も出ない
薄暗い朝だった
未来は想像の中にしかない
こんばんは
元気ですか?
私は、あまり
何故なら風邪気味
鼻水、だるい
そういえば最近
すっかり寒くなりましたね
ていうか、最近秋?
秋になったばっか?
だよね
で、
また明日会いましょう
あそこで待ってます
私からは声をかけませんので
あなたから話しかけてください
わかっています
もうあなたのことはよく
前世でも会いましたよね
仏陀の弟子だったか
キリストの弟子だったか忘れてしまいましたが
確かあの世でもあなたを見かけたような気がします
そうですよね
過去は記憶の中にしかなく
未来は想像の中にしかない
永遠に現在に閉じ込められた囚人は
自由の夢を見るときだけは眠っている
私とあなたが幸せなときを過ごせるのは
独房の壁が崩れたときだけ
それはこの世の終わりの天変地異
御使の天使が最後のラッパを吹き鳴らすとき
天と地は巻物のように巻き上げられて
初めて天の光を見る
僕は鬱だった
僕は鬱だった
とても苦しかった
治りたいと思った
でも治らないと思った
世にカウンセラーやらヒーラーが溢れているが
本当に人の苦しみを知っているのだろうか
知っていたら
たぶんカウンセラーなんかにはなれない
そんなものは何の役にも立たないことを知っているから
自己実現などというが
人は皆死ぬ
死ぬことが自己実現ではないか
つまり自己がなくなることが
自己の完成
ベストを尽くしたくても
ベストを尽くせないこともある
薬を飲むと余計に悪くなるのに
薬をやめられないこともある
少しずつの忍耐が必要だ
少しずつでも持続させるのだ
理想に向かって進まなくてもいい
ただそちらに向いているだけでいい
太陽の光の方を向くのだ
たった一人で
光に向き合うしかない
他の誰も自分を変えることはできない
自分自身しかいない
死を迎えるのも自分自身なら
光を見るのも自分自身だ