鯨の入り江(36)
昼間、浜で悠平が鯨の骨を発見したときの、鉄男の様子を思い出した。
あの気の入れようといい、これには何事かあるらしい。
門に掲げた大看板といい、鉄男はタイなどでなくどうやら鯨の方に
入れあげているのかも知れない。
「おじさんちへ早く行こう」
悠平が綾の手を引っ張る。
玄関先で案内を乞うた。
鼻先にほこりっぽいにおいがうっすらと漂う。
「綾さん、お久しぶりね、お変りなかったですか」
奥からきっちりと夏帯を締めた品のいい老女があらわれた。
しわが増え、からだもひとまわり小さくなって見えるが、鉄男の叔母の松枝には覚えがあった。
都会育ちのような物腰が、綾をずっとむかしの少女の頃へ引き戻してゆく。
色の白い、娘のようなおばあさんだった。
二度嫁いだけれど、子供ができず、神経も弱くて、自分から実家のこの家へ、
帰ってきたのだとうわさに聞いている。