鯨の入り江(33)
ここら一帯は当時、さながら鯨の墓場だった。
浅瀬にも砂浜にも、鯨の骨がごろごろ散乱してい
た。
蠅がたかり、悪臭がものすごかったのを覚えている。
鯨が揚がった年は夏になっても村中の入り江づた
いに、いつまでも生臭い
腐肉のついた鯨の骨が点々と散らばっていた。
難破船が座礁したみたいに傾いて、波に洗われて
いるのもあった。
いたずらな悪童が手のいっぱい突き出たでっかいあ
ばら骨に乗っかって、
ギーコギーコとゆすったりする。
綾はその音色を死んだ鯨がすすり泣いている声の
ように聴いた。
浜は腐敗臭で満たされ、泳ぐことができない。
沖に出るためには、打ち上げられた骨や臓物の一
部、そのほかの残りかすやらが太い
帯状に連なっている、恐怖の岩場や砂浜を突っ切っ
足の裏にはどろどろした汚物が張り付いてきた。
ある年、無理に水につかったが、潮が臭い。
水中を透かして見ると、底の方に鯨の骨がたくさん
沈んでいた。