クジラの入り江(32)
言われて綾も思い当たった。
小学生だったころ、故里のこの浜には頻繁に鯨が揚がっていた。
入り江一帯をクジラ浜と呼んでいた。
奄美群島の中で唯一の捕鯨基地だったから、特に大正年間から昭和の初期にかけて、
村は、うるおい栄えた。
綾たちの時代になると、国際的な捕鯨縮小のあおりをうけ、
捕鯨船も来る年と来ない年があった。
前の年に大漁すると、2、3年たてつづけに来たりした。
暗く泡立つ真冬の海を背景に、綾はその眼で何度
も何度も、ざとうクジラガおびただしい血の海の中
で解体される場面を見つめてきた。
この入り江の海の底からなら、当時、沖へ捨てられ
た鯨たちの骨が、
潮に揺り起こされ、台風時の大波に運ばれるなどし
て、渚近くまで打ち上げられることもあるだろう。