日本のオリンピック参加に向けて、嘉納治五郎と天狗倶楽部の面々の心は一つになり、
彼らは、羽田にオリンピックの予選会のための競技場を建設するため、邁進していたが、
無理が祟って、病に倒れた嘉納治五郎(役所広司)は、ふと弱気の虫に襲われ、
「韋駄天など、居ない」
と、遂に弱音を吐いた。
果たして、そんな嘉納治五郎の前に、韋駄天は現れるのであろうか!?
<遂に、羽田に競技場が完成!オリンピック予選会が開かれる>
嘉納治五郎と、天狗倶楽部の面々の熱意の結晶である、日本で初めての本格的な競技場が、
遂に、東京・羽田の地に完成した。
そして、1911(明治44)年11月19日、日本のオリンピック参加に向けて、その代表選手を決めるための予選会が開催される日が、とうとうやって来た。
当日は、あいにくの雨模様となったが、
天狗倶楽部の一同は勿論、東大、早稲田、慶応などの学生達や、
運命の予選会の模様を一目見ようと、大勢の観客達が集まっていた。
そして、嘉納治五郎は主催者席に座り、
祈るような気持ちで、運命の予選会のスタートを待っていた。
一方、三島弥彦(生田斗真)は、若い女性陣に囲まれ、呑気そうな様子であった。
嘉納が、ふとスタート地点を見ると、
何と、人力車夫の清さん(峯田和伸)が、その中に紛れ込んでいた。
清さんは、胸に「早せ田」と書かれたゼッケンを付けていた。
どうやら、「早稲田」のつもりらしいが、清さんをよく知っている嘉納は、
「清さん!あんた、早稲田じゃないだろ!!」
と叫んだ。
そうこうしている内に、スタートの号砲が鳴り、選手達は一斉にスタートした。
応援する学生や観客達から、大声援が送られたが、嘉納は落ち着かない様子であった。
<一人、また一人…次々に落伍者が…>
予選会がスタートして暫く経ったが、雨はますます激しく降っていた。
主催者席に座る嘉納は、気が気ではない様子だったが、そこへ、レースの様子を伝える伝令が、次々に飛び込んで来た。
「現在、落伍者は5名!」「落伍者は、更に3名!」
本格的なマラソンを走った事の有る選手が、まだまだ少なかった時代だった事もあり、
過酷なマラソンに耐え切れず、落伍者が次々に出ているようであった。
参加者から、一人、また一人と選手が脱落して行き、
各中継所は、医者の数も足りず、まるで戦場のような様子だという。
永井道明教授(杉本哲太)は、それ見た事かと言わんばかりの様子で、
「嘉納先生、これは責任問題ですよ!死人が出たら、どうするおつもりですか!?これは、羽田の悲劇ですよ!」
と、激しく詰め寄った。
永井に詰め寄られ、嘉納は、ただ黙って前を見つめるより他は無かった。
<遂に…遂に、韋駄天現る!!>
するとそこへ、競技場の入口に、一人の人影が姿を現した。
「んっ!?」
嘉納は、双眼鏡を見た。
「あれは…?」
食い入るように、双眼鏡で人影を見る嘉納に対し、永井は、
「どうせ、伝令でしょう」と言ったが、そうではなかった。
「いや、違う!伝令じゃない!!選手だ、選手が来たんだ!!」
嘉納は、思わず叫んだ。
そう、それは伝令ではなく、先頭で競技場に帰って来た、参加選手の一人だったのである。
その選手は、物凄い速さで、競技場へと帰って来たのであった。
「あれを見ろ!韋駄天だ!居たぞ、韋駄天が居たぞ!!」
嘉納は、興奮して、狂ったように叫んでいた。
永井も驚いて、双眼鏡でその選手を見たが、その選手は、頭から血を流して、顔中が血まみれのように見えた。
「あれは何だ!?怪我をしているのか!?」
永井はそう言ったが、主催者席に居た学生の一人が、
「違います!あれは血じゃありません!この雨で、帽子の赤い染料が落ちて、顔に流れているんですよ!!」
と言った。
いかにもその通り、それは血ではなかったが、
その選手は、帽子から垂れた染料をダラダラと顔に流しながら、物凄い形相で走っていた。
それは、あたかも、歌舞伎の隈取のようであった。
「誰だ!?あの選手は誰だ!?」
嘉納は、引ったくるように、参加者名簿を見たが、
その選手とは即ち、東京高等師範学校の学生・金栗四三(中村勘九郎)その人であった。
嘉納は、興奮して、主催者席からゴール地点へと飛び出した。
そして、激しく雨が降っているのにも構わず、ゴールへと疾走して来る金栗四三へと向かって、
「おーい!おーい!!」
と、叫び続けた。
<金栗四三、世界新記録を達成!世界に通用する韋駄天の登場!!>
金栗四三は、履いていた足袋を脱ぎ捨て、ゴールへとひた走った。
そんな金栗を、興奮した学生や観客達が、大歓声を上げながら追い掛けた。
三島弥彦も、「頑張れ、頑張れ!!」と言いながら、金栗と共にゴールへと並走した。
そして、金栗四三は、ゴール地点で待ち受ける、嘉納治五郎の元へと飛び込んだ。
タイムを見ると、何と2時間32分45秒であり、それまでの世界記録を27分も縮めるという、
凄まじい驚異的な世界新記録だったのである。
それはまさに、嘉納治五郎が待ち焦がれていた、待望の韋駄天の登場であった。
ゴールへと飛び込んで来た金栗四三を抱き止めた嘉納治五郎は、
金栗四三に向かって、何事かを伝えたように見えた。
激しい雨と雷鳴によって、その声はよく聞き取れなかったが、
嘉納治五郎は、金栗四三に、こう伝えていたようである。
「金栗君、君こそ、世界に通用する韋駄天だ。いや、不可能を可能(嘉納)にする男だ」
古今亭志ん生(ビートたけし)による、そのようなオチがついて、『いだてん』第1話は幕を閉じたのである。
…以上が、『いだてん』第1話の内容であるが、
主人公である金栗四三(中村勘九郎)が、なかなか登場せず、
最後の最後になって、満を持して登場するという演出であり、
しかも、まるで歌舞伎の隈取のような形相で現れるわけだが、
勿論、それは歌舞伎役者の中村勘九郎だからこそ、わざと、そのような演出にしているというのは、言うまでもない。
この劇的な主役の登場場面は、全く見事の一語であり、
思わず「待ってました!!」「中村屋!!」という掛け声を掛けたくなってしまうような、素晴らしい場面だったと言えよう。
また、『いだてん』第1話は、総じて、非常にテンポも良く、登場人物達も、皆、個性的で魅力が有り、
笑い有り、感動の名場面有りという、非常に盛り沢山な内容だったが、
クドカン(宮藤官九郎)の脚本の素晴らしさが光った、見事なものであった。
次回以降も、非常に楽しみである。