プロ野球で、けがをした時
「どうしてこうなった?」と過去を悔やむ選手は伸びない。
「どうすれば良くなるか?」と将来を考えて学び
実践できる選手だけが伸びていく。


けがが原因でつぶれていく選手は
けがそのものではなく、復帰後のトレーニング不足によって
満足なプレーができなくなるというパターンが多い。


けがが治った後も
「またけがをするんじゃないか」という恐怖心から
全力で練習できなくなり身体が衰えるのだ。
けがと無縁のスポーツ選手など、まずいない。


同じように…
人生に挫折や失敗はつきもの。

しかし、頭では分かっていても
実際にそういう事態に陥ると
苦しさに負けてしまいそうになる。


その時に…
それまでのやり方を見直し、「未来」に目を向けて
〝自分を変えるチャンス〟にすることができるか否かで
人生は大きく変わる。


まさに「変毒為薬」である。
困難も、自分次第で、将来にプラスの結果を生み出す
〝薬〟としていくことができる。


失敗や敗北はあっても、絶対に腐ってはならない。
忍耐強い人が、最後に勝つ人。
〝負けじ魂〟で、自分の成長の勝利劇を綴りゆこう。


ピンチこそチャンスである。


飛行機が向かい風から揚力を得て上昇するように

人生も逆境を成長の因として

幸福の道を切り開いていける。


イソップの寓話集に「狐と葡萄」という話がある。

腹をすかせたキツネが

高い枝になったブドウを見つけて飛びつくが

何回ジャンプをしても届かない。

あきらめたキツネは、「まだ熟れてない」と言って立ち去っていく。


乗り越え難い壁にぶつかった時

都合のいい言い訳をして

自身を欺いてしまう。


ありがちなことだ。

言い訳をする暇があれば

「もう一歩」の努力を積み重ねたい。


壁は外にあるのではなく

自身の心の中にあるものだ。


カナダの作家モンゴメリーは

代表作の主人公アンにこう語らせている。

「小さな障害は、笑いの種だと思い

 大きな障害は、勝利の前兆だと考えられるようになったの」


勝利を手にするには

大なり小なりの障害を乗り越えなければならない。


現状が厳しければ厳しいほど

“いよいよ時が来た”と勇んで心を奮い起こそう。


その先に、自ずと新たな歴史は築かれるのではないだろうか。


苦しむ人を放ってはおけない――。

誰にも、そういう「気持ち」はある。

問題は「行動」に移す勇気を持てるかどうかだろう。


独身の時は、仕事など、頑張ろうと思っても、なぜか、途中で続かないことが多い。

結婚して、子供が生まれ、家族のためになら、必死で、頑張れるようにもなる。


これって…

何事も、自分のためにだけ、頑張ったとしても、力が湧いてこない。

人のために生きることで、自分の中から「新たな力」が湧いてくるのでは、ないだろうか。


困難にあうと

「なぜ自分だけが」と思いがちだ。

自分のことしか見えなくなり、心が小さく縮こまってしまう。


その時…

「自分以外の誰かのために」と行動することで

心は大きく広がり、自分自身の命も蘇生していくのだろう。


人の『生きる力』を引き出した分だけ

自分の『生きる力』も増していくのではないだろうか。


この「自他共の幸福」の道を歩むことが

結局…

自分を幸福にしていく近道なのかもしれない。