白鳥が東北各地に飛来してきた。

越冬の渡り鳥を見かける季節になると

津軽地域に残るといわれる民話「雁風呂」を思い出す。


月夜に雁が渡ってくる。

疲れると…

口にくわえた小枝を海面に浮かべ

その上で羽を休める。


津軽まで来れば、もう大丈夫と

小枝を落とし、目的地に向かう。


早春、今度は北へ帰る途中に

津軽に戻った雁は自分の小枝を拾って旅立っていく。


残った枝は冬を越せなかった雁のもの。

薪にさえ事欠いた津軽の人は

力尽きた雁を偲びつつその枝で風呂を焚いたという。


これは実話ではないのだが…

厳しい自然、苦しい暮らしを生きる人々は

一本の小枝にも深い思いを託していた。


その美しい心が民話となり今も、聞く人の心に温もりを届ける。

人は、自分の中で何を一番大切に生きているのか

によって…

人生の充実、歓喜、幸福感が違ってくるのだろう。

人の持っている長所と短所は本来、表裏一体だ。
「わがまま」は「自分に正直」とも言えるし
「引っ込み思案」は「慎み深い」とも言える。
短所は長所になるし、長所は短所にもなる。


他人から見て…
長所と思えたり、短所と思える違いは何か?


それは、きっと…。
自己中心的に自分の利益だけの発言、行動なのか
自他共に利益を生む慈愛の発言、行動なのか
によって、他人の見方が変わるような気がする。


スポーツライター等で活躍する乙武洋匡氏と
若手書道家の武田双雲氏の対談集
『だからこそできること』を読んだ。


生まれつき手足のない乙武氏が言う。
「何かもうちょっと
 みんなとの違いというものを
 意識しながら生きていかないと
 宝の持ち腐れだなと思った」と。

手足のないことを「宝」と捉える強さ。
すごい一言だと思う。


一方、武田氏によると…
経験が物を言う書道の世界では
若いことがハンディになるという。

しかし氏は
「若いからできることがいっぱいある」と捉え
音楽家や彫刻家などと連携し
独自の創作活動に打ち込む。


短所を短所と捉えるのではなく
それを最大限に生かしていこうとの
自分自身の心が、短所も長所に変化させる。


人が生きていくための最大の“資源”は
富でも名声でもなく、自分自身だ。


法華経に
「無上の宝聚は 求めざるに自ら得たり」
と説かれるように
人生を輝かせるか否かは
生命の無限の可能性に気付き
磨いていけるかどうかにかかっている。


他者でも環境でもない。
自分自身で決まるんだと
そう決めて、生きていきたい。

子どものころ、誰しも夢を見る。

今のあなたに夢はあるだろうか。


夢は人間にしか見られない特権である。

夢に生き抜いた人は輝いてみえる。


福岡県のある高校では

「ドリカム(夢の実現)プラン」と名付けたキャリア教育で、全国に先駆けてきた。


自らの夢を持ち、人生を自律的に行動できる生徒の育成を目指し

学校が一流の人物、本物に接する機会を提供する。


1年生はおぼろげだが2、3年生になると、はっきりとした夢を描くようになる。

目指す方向が決まると、勉強にも強い意欲を持つようになるという。


もちろん、全ての人が夢を実現できるわけではない。

しかし、そのために積み重ねた努力は消えないし

一生の宝となって自分自身を飾る。


哲学者ニーチェは語った。

「諸君はあらゆることに責任をとろうとする!

 ただ諸君の夢にだけは責任をとろうとしない!」


自分の夢に対する責任を、誰かに負ってもらうわけにはいかない。

徹頭徹尾、自身と向き合うしかないのだ。


夢を持つことが目標ではなく

それに向かって努力することが大事だ。


夢への努力の中にこそ

成長があり、充実があり、生きる喜びが生まれるのではないだろうか。