夢を追いかける人は美しい。
人のために生きる人はもっと美しい。


そう実感する話を聞いた。
今春から、あるラジオ番組でパーソナリティーを務める婦人。
高校時代、「声で希望を伝える仕事がしたい」と声優を志したが、就職先がなく、断念せざるを得なかった。


55歳の時、有志で絵本の読み聞かせサークルを設立。
地域の子どもたちのために10年間、心を込めて朗読を続けた。
その味のある声を偶然、会場に居合わせた番組関係者が耳にし、彼女に白羽の矢が立った。

放送では、彼女が多彩なボランティア活動を通じて見聞きした、地域性豊かな話題が評判に。

「夢を実現するのに50年近くかかりましたが、そんなことよりも、皆さんに喜んでもらえることが、なによりうれしい」と。


夢と希望を紡ぐ映像文化の先駆者、ウォルト・ディズニーは生前、「他人を楽しませることが好きな人は、やはり同じように自分自身の喜びと満足を得ている」と語った。


目の前にいる友のため、地域の発展のため、社会の貢献のために、日々、たゆみなく奮闘する自分自身になれた、その時にこそ、この言葉を実感できるのだろう。
その生き方にこそ、最高の喜びと充実があり、価値創造と人生を開く勝利の軌道があるのかもしれないと…。

一人のシェフに話を聞いた。
控えめな性格で
予約が取りにくいほどの人気店に
発展させた立役者には見えない。


彼の不変の原点は…
「母の料理に負けないこと」。


無論、長年の修業で培った技量はある。
だが…
母の家庭料理に込められた
“大切な人のために”という愛情は
技術だけでは超えられない。
と彼は言う。


本物になろうと志す人には
どんなものからも学ぼうとする
求道心、謙虚さがある。


「最も美しい音楽は
 生命からほとばしる慈愛と真実と勇気に
 満ちた人間の声の中にある」
とは、思想家エマソンの言葉。


音楽だけではなく
人の言葉、行動の先には
技術や才能を超えた
素晴らしい魂の叫びがあるはず。


“本物”とは
「心」を疎かにせず
「何のため」との問いを
手放さない人のことをいうのだろう。

完全に光を遮断した暗闇の中で
風の音を聴き、床の感触を感じ
コーヒーやお酒の味や香りを楽しむ。

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」
(闇の中の対話)という体験企画が
ヨーロッパを中心に反響を呼び
東京でも長期開催中である。


参加者は視覚障害者の手助けのもと
暗闇の中でさまざまな体験をする。


そこでは…
視覚障害者と健常者の立場が完全に入れ替わる。

手を差し伸べる側から、差し伸べられる側へ。

その立場の逆転が、心に巣くう差別などの
“壁”を壊すことにつながるという。


意見、識見、偏見……
「見」は、そのまま「考え方」との意味で使われる。

それほど「目」が人の心に及ぼす影響は大きい。

人を悪道に導く三惑の一つに
「見思惑」(見惑と思惑)を立てる。


「見惑」とはつまるところ
今、自分の目で見たことが絶対で
その状況が変わり得ること
異なる考え方があり得ることを
知ろうとしない心を指すともいえる。


「人権」と言えば堅苦しく聞こえるが
本来、難しいことではない。

ちょっと立ち止まり、相手の立場になって考える。

自分と異なるものに興味を持ち
自分にないものを持つ人を尊敬する。


ここから、人権社会の開拓は始まる。
心を磨き、「開かれた対話」を心がけたい。