徳川家康にとって
「過ぎたるもの(分不相応)」と…
敵将・武田信玄の側近から、羨望されたものが二つあった。
それは、何か?
①唐の頭 (=唐牛の毛で飾った兜)
②本多平八(=本多平八郎忠勝)
である。
本多忠勝は…
家康軍団で「最強」と謳われた武将。
重装備で防備に気を使うより
機敏に動き、攻めて勝利を開こうと
軽い鎧を好んだ。
戦場に臨むこと五十余度。
常に先陣を切りながら、傷一つ負わなかったという。
自軍が全滅の危機に瀕した時のこと。
乾坤一擲の敵中突破を図り
家康の本隊を無事に帰還させた。
「死中にあっても活路を開く!」
「あくまで攻める」
戦地に身を置き続けた無双の勇士の精神であった。
この話を聞くにつけて…
自分の生活、人生も仕事も同じような気がした。
「攻撃することが勝利の要件」
「いかなることにおいても『守り』『受け身』に回ってしまえば弱い」
どこまでも…
攻撃精神で前へ前へと進むことが大切だと思う。
とは言っても…
相手に攻撃精神をぶつけるのではなく
自分の心に自分自身に攻撃精神を
燃え滾らしてるか否かが大切なのだと思う。
この心を忘れるならば…
自分の人生が
「生きる屍」になってしまいそうで
怖い気さえする。