傾城の恋/封鎖 | 千紫万紅

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中国の文学、映画、ドラマなどの感想・考察を自由気ままにつづっているブログです。古代から現代まで、どの時代も大好きです。

 

 

張愛玲の小説作品翻訳集。光文社刊行。張愛玲の代表的な恋愛小説である「傾城の恋」ほか数編を収録している。巻末解説の充実ぶりが凄く、張愛玲自身の紹介以外に、年譜や翻訳作品の一覧まで載せている。これだけのものをお手軽な文庫で出してくれたことに驚き。
 
傾城の恋
戦時下を背景に繰り広げられる、旧家の出戻りお嬢様とイケメン華僑のロマンチックなラブストーリー。過去にも平凡社翻訳のものを読んだことがあり、今回再読。やっぱり最高に面白かった。改めて驚きだったのが、これが1940年代に書かれた作品だということ。同時期の大陸作家が抗日だの革命だの政治的な主張ばっかり繰り広げる重たい文学を書いている中、ここまで娯楽性が高く、かつテーマも深い作品を書いていたのが凄い。しかも現代人の感覚で読んでも、全然古臭さを感じない作風。作家としての感性も、時代を先取りしていたんだなと思う。これに比べたら丁玲なんて……。
あと、主人公である白流蘇のキャラクターが魅力的。離婚経験ありで、歳も女のピークとしてギリギリ、金も無く才能も無く職業も無し、実家で親兄弟に嫌味を言われながら暮らしているという超崖っぷちな状況。それを、父親譲りの駆け引きのうまさと忍耐強さで逆転しようとする。いやあ、かっこいい女性だなあ。惚れるぞ。
 
封鎖
日本による上海封鎖によって、日常を壊された人々の物語。こう書くと日本軍が都市で狼藉を働いて良民を虐殺……なんて展開を想像する人がいるかもしれないが、まったくそんなことは無く、封鎖によって日常を壊された人々が、束の間「真の自由」を謳歌しようとするお話。
日常が退屈で、時々「ミサイルが降ってきて何もかもぶっ壊れないかな」とか「何か事故に遭遇して仕事から逃げ出せないかな」とか、そういうことを考える人はいると思う。本作もそんな感じで、封鎖が人々を日常から解き放ち、普段ならやらないような行動をしてみようかと妄想したりする。そして、封鎖は割とあっさり解かれて、人々は夢から覚めて日常に戻る。
日本軍の外部的な抑圧が、人々の内的な抑圧を解き放つという構図が見事。張愛玲はやっぱり天才だ。
 
戦場の香港/囁き
どちらも張愛玲の自伝的小説。彼女の荒れた家庭生活、戦争の濃い影が浮かぶ日常、そして愛する文学についての描写が印象的。「囁き」では、留学を反対されたことをきっかけに喧嘩して空き部屋に監禁される話がある。誰だったか忘れたが、結婚を強要されて監禁された女性作家がいたような。こういう行為が許されるほど、当時は親の権力が絶対的なものだったんだろうな。父親から受ける暴力描写も凄く、読んでいて辛くなる場面も多い。一方で、どこまでいたぶられても戦う姿勢を崩さない張愛玲にも驚き。やっぱり中国の女性はたくましい。
 
 
とりあえず光文社に感謝。なかなか中国文学が文庫で刊行される機会はないので、是非多くの方に読んで欲しい。