安部公房の『方舟さくら丸』を読みました。
これまで読んできた安部公房の作品と同様、これも奇抜な舞台設定の下でクセの強いキャラクターたちが繰り広げる人間ドラマです。
主人公は、巨大な採石場跡に勝手に住みつき、そこを来るべき核戦争に備えたシェルター化しようとしている『モグラ』と呼ばれる太った若者です。
彼は、日常生活の中で、まさに現代のノアの方舟とも呼ぶべきシェルターの『船長』として、乗組員となるべき資格を持つ人間を探しています。そうした中、ある日デパートの屋上でユープケッチャという昆虫を買いますが、ひょんなことからその昆虫を売っていた昆虫屋と、昆虫屋のサクラ、そのサクラのガールフレンドの3人と採石場跡で共に生活するようになります。
核戦争が起こっても生き延びられるよう、採石場跡の『方舟』には様々な仕掛けがあって外部からは容易に侵入できないようになっており、また自給自足していくための食糧その他の備えも十分にしてあります。
しかし、じつはその『方舟』には『箒隊』という老人の清掃ボランティア集団や『ルート猪鍋』という不良少年グループが既に侵入していて、船長たる主人公は彼らを追い出そうとしますが、逆に自分の足を誤って便器の中に挟み込んでしまい、窮地に陥ります。
最終的に、主人公は方舟を外の世界から切り離すための爆破装置を作動させて便器を壊し、他の人間を『方舟』に残して自分だけ脱出します。(サクラのガールフレンドだけは一緒に連れて脱出しようとしましたが、なぜか彼女とサクラは『方舟』の中に留まりました。)
主人公の『船長』は引きこもり生活を送っている世捨て人のような人間であり、その他の登場人物もみんな社会から除け者にされた鼻摘まみ者ばかりです。そのような人間たちが、(ありもしない)核戦争に備えてサバイバル・ゲームを繰り広げるといういわば『壮大な大人のままごと』をテーマにしていますが、安部公房ならではの細かい状況描写がリアリティを与えており、妙な緊迫感のある作品に仕上がっています。
私自身も、たまたま昨年、子どもたちと栃木県の『大谷資料館』に行って採石場跡を見学してきて、その記憶がよく残っている中でこの作品を読んだためか、作品の情景を頭の中で想像しやすく、フィクションとはいえ、作品の世界に入り込みやすかったと感じています。
並の作家がこのような作品を書けば、やや滑稽な小説、という評価になってしまいそうですが、そこはやはり天下の安部公房の手による作品ということで、良質なSF小説とも言える出来になっています。
入門編としては少しとっつきにくいかもしれませんが、安部公房を何冊か読んできた人には是非おすすめします。