最近、忘れっぽくなってる -29ページ目

休憩時間

いま、夕食休憩。
19時から21時以降までグループワーク。場合によっては23時まで・・
ハードです。

写真は今日明日で2泊する研修所のシングルルームです。

昨日のあっくん

出張に行く前に写したもの。

インターネット


携帯と携帯用キーボードで、ブログ書きはまあまあ快適にできるんですが、この環境でネットサーフィン(死語?)をするのは煩わしいですね。
でも、しばらくは我慢しなくちゃ。

今日から研修。
夜9時まであるんです・・
厳しい・・


これ

これが晩飯。

携帯だけど、以前ブログで書いたキーボードを使ってるので入力は快適。

晩飯


ラーメン博物館に行こうと思ったけど、めんどくさいのでホテルの近くのラーメン屋にしました。

元祖ニュータンタンメン本舗

名前からしてアレですが、味もかなりしょうもなかったです。
なんていうか、昔、中国で食べたような水ベースの味。麺もコシないし。
中国の麺物って、ダシというかベースがない状態に無理矢理味付けてる感じがするんですよね、あんな感じ。

失敗しました。


テスト

携帯で入力中。
うまくアップできてるかしら。

これから水曜まで出張なので、ブログは携帯から更新します。

コメントはあまりできないかも・・


今、横浜ですが、すぐに寝てしまうかも・・


番組制作


今年、うちの妹が結婚する相手は、地元のテレビ局に勤めていて、番組制作をしています。

(ちなみに、福井県は全国でもっとも民放が少なくて、2局しかありません・・悲しい・・)

番組制作といっても、人手が足りない会社なので、企画・編集だけでなく、時にはカメラを回したり、出演したり、世界を飛び回ったりしています。ひとつの番組を、ほとんど1人か2人で作っていくようです。


なんか、カッコよさそうな仕事に聞こえますが、かなり大変そうです。

勤務時間も日によってめちゃめちゃですし、ほとんど休みがない様子。

(結婚したら、妹が大変そう・・)


視聴者の意見やアイデアを求める企画のとき、あまりネタが集まらないときは、我が家にSOSが来るらしく、(ある意味サクラとして)アイデアを提供する場合もあります。

(採用された方用の景品はちゃんともらいます! 番組のキャラグッズが多いけど・・あっくんのおもちゃですよね)



 

今日、書きたいことは、本当は一言だけ。


2年かけて製作していたドキュメンタリーが昨日放送されたらしいけど、それがものすごく感動的な内容だったらしい。うちの家族がしきりに感心していました。

かなり、苦労していたようだけど(かなり痩せたし)、報われたね。良かったね。


 

(うちのビデオ壊れていて、録画できていません。私、まだ見てません。ダビングして送ってくれい!)


不自由さ


「人は、こうあるべき」

と立派な人物像を皆で目指していた時代から遠ざかり、今は個性の時代になっている、と言われています。


個性重視って、いいのかな。


それって、なんでもありになってしまうんじゃないの?

 

 

個性とか、自己選択とか、自己決定とかって、綺麗に聞こえますが、なんか嫌になってきました。

嫌と言うか、面倒。


たくさんあるモノや情報から、良いものを選べって?

なにが良いか、わからないよ。

間違った選択をしてしまいます。


だれか、間違えないように見てて守って欲しいけど、誰も守ってくれない。



選択できない、不自由さが欲しいときがあります。



・・・私のことではないですよ。(今は)

知り合いのそのまた知り合いの、心が折れてしまったかもしれない人の話を思い出して、その理由を考えてたら、こんなことを書いてしまいました。


意味不明。


すごいクルマ


今、福井市内でものすごいクルマとすれ違いました。


写真撮ってる暇なかった~ 私も運転中だったので。



白いロールスロイスなんですが、



長さが12、3メートルはある超リムジン!



曲がるとき大変そう・・



福井の人かな?


お近づきになりたいような、なりたくないような・・


天皇家の言葉が好き


以前から、天皇家の方々が話されること、書かれることに惹かれていました。

その淀みない流れ、爽やかな印象に。 (独特ではありますが)

 

いちおう・・別に天皇に傾倒しているとかでもなく、天皇制がどうなろうとどうでもよいというニュートラルな気分で書いていることを言い添えます。

 
 

今、手元にたまたま文藝春秋があって、そこに取り上げられている文章があるので、ちょっと書き写します。


今度結婚されるサーヤ(紀宮さま)が母親(皇后さま)について書かれた(?)文章。


<私が日ごろからとても強く感じているのは、皇后さまの人に対する根本的な信頼感と、他者を理解しようと思うお心です。皇后さまが経てこられた道には沢山の悲しみがあり、そうした多くは、誰に頼ることなくご自身で癒されるしかないものもあったと思いますし、口にはされませんが、未だに癒えない痛みも持っておられるのではないかと感じられることもあります。>

 

<以前皇后さまが「人は一人一人自分の人生を生きているので、他人がそれを充分に理解したり、手助けしたりできない部分を芯に持って生活していると思う。・・・そうした部分に立ち入るというのではなくて、そうやって皆が生きているのだという、そういう事実をいつも心にとめて人にお会いするようにしています。誰もが弱い自分というものを恥ずかしく思いながら、それでも絶望しないで生きている。そうした姿をお互いに認め合いながら、懐かしみ合い、励まし合っていくことができれば・・・」とおっしゃったお言葉がよく心に浮かびます。沈黙の中で過去の全てを受け入れてこられた皇后さまのお心は、娘である私にもはかりがたく、一通りの言葉で表すべきものではないのでしょう。でも、どのような人の傍らにあっても穏やかに温かくおられる皇后さまのお心の中に、このお言葉がいつも息づいていることを私は感じております。>


なんか、好きだなあ。この感じ。