天皇家の言葉が好き
以前から、天皇家の方々が話されること、書かれることに惹かれていました。
その淀みない流れ、爽やかな印象に。 (独特ではありますが)
いちおう・・別に天皇に傾倒しているとかでもなく、天皇制がどうなろうとどうでもよいというニュートラルな気分で書いていることを言い添えます。
今、手元にたまたま文藝春秋があって、そこに取り上げられている文章があるので、ちょっと書き写します。
今度結婚されるサーヤ(紀宮さま)が母親(皇后さま)について書かれた(?)文章。
<私が日ごろからとても強く感じているのは、皇后さまの人に対する根本的な信頼感と、他者を理解しようと思うお心です。皇后さまが経てこられた道には沢山の悲しみがあり、そうした多くは、誰に頼ることなくご自身で癒されるしかないものもあったと思いますし、口にはされませんが、未だに癒えない痛みも持っておられるのではないかと感じられることもあります。>
<以前皇后さまが「人は一人一人自分の人生を生きているので、他人がそれを充分に理解したり、手助けしたりできない部分を芯に持って生活していると思う。・・・そうした部分に立ち入るというのではなくて、そうやって皆が生きているのだという、そういう事実をいつも心にとめて人にお会いするようにしています。誰もが弱い自分というものを恥ずかしく思いながら、それでも絶望しないで生きている。そうした姿をお互いに認め合いながら、懐かしみ合い、励まし合っていくことができれば・・・」とおっしゃったお言葉がよく心に浮かびます。沈黙の中で過去の全てを受け入れてこられた皇后さまのお心は、娘である私にもはかりがたく、一通りの言葉で表すべきものではないのでしょう。でも、どのような人の傍らにあっても穏やかに温かくおられる皇后さまのお心の中に、このお言葉がいつも息づいていることを私は感じております。>
なんか、好きだなあ。この感じ。