

東京・渋谷のスペイン坂を上がりきった所にあるビル地下、キャパ450人の「WWW」。氣志團や神聖かまってちゃん、サンボマスターからフラワーカンパニーズ、N`夙川BOYS、ねごとや三浦大知、OGRE YOU ASSHOLE、はたまた最近はチャラン・ポ・ランタンまで、勢いあるアーティストが次々とステージに立ち、野心あるミュージシャンの憧れの地。そんなライブハウスがこの日、ヒグチアイによって最上段まで満員となった

高い天井、素晴らしい音響、ずらっと並ぶ照明など設備面が素晴らしい箱だが、ここの特徴は何より元映画館だけあって、どこからでもステージが見やすい階段状の客席だ。座席は取っ払われてオールスタンディングだが、上の方でも他所の2階席より見やすい。さらにヒグチアイがこの箱を選んだ理由、それは後ほど。
3月18日の「全員優勝」レコ発ライブでゲットしたチケットは、通し番号008の一桁

見下ろせば、そこかしこに見知った顔ぶれ。興奮気味に何かを語りあっている。みんなこの日のライブが待ち遠しくて仕方なかったんだよね。何年も前からずっと応援してきてるから。
一歩一歩高いステージへ、確実に成長を続けているヒグチアイの最先端を、自分の目で確かめずにはいられない。今日はヒグチアイ史上節目といえるビッグイベントだから。
物販で缶バッジやブロマイド(

開演まで30分以上あったので、早速読み始めたら面白いのなんの

さすが音楽番長




オープンから約1時間、そわそわと開演を待っていた客に、照明が消えて最初に投じられたのが映像だった。このワンマンから1年弱後にライブを振り返るヒグチアイの架空近未来映像だった(笑)
ステージ上方に、300インチの巨大映像スクリーン

従来にない大人びた衣装のヒグチアイが渋谷?の街を歩いていく。WWWワンマンから何が変わりましたか、の質問に「セレブになったことかな」とジュエリーをキラキラ。
WWWワンマンはいかがでしたかと問われ、「いやー、ツンデレでみんなが手を振り上げたり、大きな歓声送ってくれたり、『アイちゃん、かわいい』と声援をくれて嬉しかったー。最後の曲は予め配った歌詞カードを見ながらお客さんが一緒に歌ってくれたし。物販も沢山売れて…」って(笑)客、それ現実化させなきゃいけないじゃん(爆)
ワンマンの口火を切ったこの映像、笑いの中で2つ強く印象づけたことが。
その1。ついにヒグチアイが武道館ライブ実現を宣言したぞー!それも1年後に!!
待ちに待った武道館がついに……www
といっても物販がばか売れし、そのお金で旅したベトナムで現地の人に頼まれて作ったエビの養殖ソング

その2。音と映像の融合。ヒグチアイの新たな表現手法が、素朴な歌い人を洗練されたアーティストへ昇華し始めたことだ。
昨年2月7日の夜、三軒茶屋で開いたワンマンが生んだ出会いが、ヒグチアイの表現の幅を広げるきっかけとなった。そのライブ空間の演出を手がけた集団「シネチュウ」との出会いだ。
この頃、アルバム「三十万人」発売(2月26日)に合わせて、中野咲さんのアニメーションがやさしい「ホームタウン」や、白い画面に歌詞が飛び交う島田隆将@ALTOGRASS監督の「東京」のMVも公表された。
その後、シネチュウ企画制作でヒグチアイは次々にMVを発表し始めた。最初は単なるライブ映像だったが、2015年に入り何人ものスタッフが監督や構成を努め、女優・武田玲奈や清水葉月まで出演する本格的なMVの数々が産み出された。
それはアルバム「全員優勝」のリード曲「まっすぐ」「まぼろしの人」や、初期代表曲「ココロジェリーフィッシュ」。ヒグチアイはライブの人です、というキャッチコピーが出回るほど彼女はライブでこそ本領が伝わるアーティストだったのだが、これらの映像作品では、ライブに決して劣らず彼女の魅力をひりひりと伝える。ヒグチアイのマグマのようなコアの部分に触れられるメディアが広がった素晴らしい出来事だった。
その映像とライブが、WWWという箱を得て、重なり合い絡み合い二つが一つとなって心を突き動かす、そんな新しい表現がこの夜繰り広げられた。先に言ってしうとこの日のライブ終盤はまさに生声と映像の波状攻撃。その映像も単なるイメージやメッセージビデオではなく、作品世界を作り上げる重要な構成要因だ。
ORDINARYや3月15日の渋谷PLUGレコ発ライブでも一部、映像を交えた表現があったが、今回は巨大なスクリーンと数多くの映像がスケールの大きい世界観を作り上げ、歌とあいまって総合芸術ともいえる領域を感じさせてくれた。ひとつの完成形を紡ぎだしたといえるだろう。





オープニングムービーが終わりつつあるなか、バンドメンバーが入場。そしてヒグチアイも大きな拍手に包まれてステージへ。おもむろにキーボード、高音の技巧が光るきらきらした音色から始まる「朝に夢を託して」でスタート。その音はヒグチならではの硬質さ。ぞくっと鳥肌。
かわいらしい、あるいは女神の笑顔のように優しいピアノを弾く女性シンガーは結構いるが、このダイヤモンドが砕け散ったような硬質な音で、激しい展開を予想させるピアノ弾きは数少ない。彼女ならではのピアノにはいつも惹かれるのだが、この日はもう出だしから感動ものだ。
赤のドレッシーなシャツに黒のスカート。きれいに整えられた黒髪。これまでで一番大人っぽい雰囲気ではないか?
2曲目は一気にテンポを上げ、ハンドマイクを手にステージ中央を所狭しと動き回りながら、のりのりに「ツンデレ」。上も下も真っ白な服で現れた「退屈な貴公子」もちづきやすのりキーボードもさく裂。やっくんは激しい曲が結構得意で、こうした展開はお手のもの。ルックスもいいしねー。話すと超天然だけど(笑)。妹ひぐちけいのギターと絡みながら、思いっきりグルーヴを作り上げ、ヒグチアイのボーカルが一段と弾んでいく。
ちなみに、やっくんと並んでフロント中央に位置したけいちゃんも上下真っ白。バックで支えるBa.きーぼーとdr.マシータは全身真っ黒。衣装考えて合わせたのだろう。しかし、けいちゃん…もう少し!w
3曲目は一転して、静かに「書きかけのラブソング」を優しく歌い上げる。この曲、デュエットで歌う「三十万人」バージョンが一番好きだが、この日の優しさは沁みる。
ヒグチというと、昔は激しく吠えていた印象だが、この曲とか聞いていると、本当に優しい歌い方が上手くなったなあと痛感。ただ解体新書2にも書いていたけど、優しくばかり歌っていて強い曲が下手になったなあと思った時期もあった。声帯が強く歌えなくなってしまうのだ。本当、ボーカルは難しい。
4曲目は「あなたが一番」。♪もしもあなたが死んじゃった~♪からしみじみとした歌い出し。どこか懐かしいハモニカbyやっくんの伴奏が。ツンデレからのこの緩急の妙。
やっくんが退場して、ヒグチアイ自らが激しいキーボードの前奏を叩く。けいちゃんのギターがむせび泣くなか「雨の交差点」。青春の曲というがそういう感じはせず、むしろ黒い影のような激しさがマグマの噴出っぽくていい。
続いてけいちゃんも退場し、リズムの2人だけ従えてヒグチアイがどダークな前奏の「ペーパームーン」。かといってしっとりする訳ではなく、終盤はまるで爆発。暴力的にたたかれる鍵盤と激したドラムとベース、衝動が突きつけ抜ける。破壊的な演奏は、ヒグチアイが単なる暗いうた歌いでないことの証明だ。
そんな証明をしておいてベースとドラムを退場させ、1人残ったヒグチアイはこの日、初めてステージ左奥に据えられていたグランドピアノへ移動。暗ーく♪あの子、死んじゃった~♪笑
この曲を書かずにいられなかったと本人がいう「つばめの巣」だ。セットリスト構成の妙。すごく考え抜いたんだろうなあ。
ここでようやくMC。
「3月15日に告知して2カ月でWWWをいっぱいにできるか、すぐに始まったツアー中も考えていた。今夜はそんなツアーで出会って、遠いところから来てくれた人も。
あ、ここ(グランドピアノ)って客席から遠いね」と、マイクの伸びるぎりぎりまで客席ににじり寄る。
「ツアーで沢山土地の美味しい者を食べさせてもらって太りました。昔は遠征先のライブハウスにお客さんが3人しかいないことも。ごはんも食べられず、お客さんに貰ったお菓子で食いつないだり。
すごく幸せになった。それがどんどん普通になって当たり前になって、でもそれでいいのかって。ここWWWのように大きい箱にチャレンジして凄いよかった。私幸せだよ。」
彼女の現在の立ち位置がわかる言葉だった。
ツアー先で知り合った二十歳の女の子に「幸せになってください」とファンレターを貰ったが、私幸せにみえなかったのかなあ、と呟きそのまま久し振りの曲をやりますと歌い始めたのが、本当に懐かしい「カレーライス」。本当、久しぶりに聞いたなあ。それは、まさにささやかな幸せの曲。ヒグチアイというアイコンがどんどん大きくなっている気がするが、彼女はいつでも身近なささやかな幸せを歌にする、繊細な感受性の持ち主なのだと思った。
ここでヒグチも退場。誰もいないステージ上に、見たことのない無音の映像が流れはじめる。そしてここから、映像と音楽の織りなす新しいヒグチアイワールドが繰り広げられていく。
映像は、微妙な距離感の女の子と男の子が接近し、そして仲睦まじく青春を謳歌するけど、やがて…そんなストーリー。そこに白いワンピースに衣替えしたヒグチアイが現れ、映像に音をつけるように「ポケット」。
とてもきれいな情景。音楽から引き出される感情と、映像のなかで幸せそうにほほ笑む若い2人への共感。
バンドメンバーが戻り、ヒグチもキーボードへ移ると映像は、雨だれのようなシーンに

上から下へ降っていた光の粒が、やがて下から上へ浮き上がる泡のように。いつしか映像は深海へ。光の粒のなかに静かにクラゲが浮かびあがってくる。海上の光を求めるかのようにうごめくジェリーフィッシュ。終盤にかけてフォルテッシモで力を増す演奏とヒグチの声。最後は映像と演奏が激しく突き抜ける。
映像はそのまま「まぼろしの人」へ。少女が新宿の路上で美しく気持ちをぶつけながら踊る素敵なムービー。激しいドラムから本日最高の盛り上がりを見せていく。会場にはムービーの中で踊っていた清水葉月さんの姿も。憂いを含む表情とりんとしたたたずまい。アーティスティックで美しい。ステージのバックに巨大に映し出される彼女の物憂げな表情と、さ迷う心を表現したかのようなダンス。ああ、この世界観

そこにエレキバイオリン柴さんが加わり、演奏は一段とヒートアップして「黒い影」。もはや客席は興奮状態。スタンディングで良かったー。バイオリンが高音で空気を切り裂いていく。とてもかわいらしいのに、体全体で踊るように弦をかき鳴らしていく姿が、さらに客席のテンションを上げていく。
「年をとるとできない事が増える。でも香川のおばあちゃんがやりたい事がどんどん増えて時間がなくて困ると話していた。そういう大人になりたい。なれるかな。知らないことを知ることで、幸せになれたら」とMCしてからの「東京」。
けいちゃんがエレキをアコギに、柴さんが通常のバイオリンに楽器を持ち替え、抑えた前奏から徐々に上げていく。やっくん、けいちゃんのコーラスが入って歌い上げた最後のサビは感動的だった。かつてたった320円だけ握りしめて東京から逃げ出そうとした少女は、もう一人じゃないんだよ、と語っているかのようで。
そして、ついに「もう終盤だよー」と声を上げて歌い出したアップテンポな「青春の日々」。いきいきと充実感溢れるヒグチアイの笑顔につられて、こちらも笑顔になる。青春を思い出しながら歌うなんて、お前はおじさんか、と心の中で突っ込みを入れつつ共感。
最後は、オープニング映像でリクエストしていた通り、配られた封筒の中にあった歌詞カードをお客さんが取り出して準備が整うのを待って、「まっすぐ」。400人規模だとお客さんどうしも知らない仲が多いので、照れもあるのか大合唱とまではいかなかったが、それでも会場は一つに。
♪ゴーストレイト さよならじゃない
思うままに進んでゆけ それでも
ゴーストレイト さみしい時はいつでも
思っていること忘れないで
ゴーストレイト 君の道は
分かれたりくだったり それでも
ゴーストレイト 間違いじゃない
そのおかげで出会えた~♪
感動的な大団円。
盛大な拍手を受けてアンコール。1人で現れ、まずはグランドピアノで定番の「かぞえうた」。みんなで「イチ!ニィ!サン!」。
さらにバンドメンバー呼び込みなんとアップテンポな新曲。曲名は「らんぷ?」だったかな?♪君がくれた生きている意味 抱きしめるよ♪というサビが印象的。今後、いろいろなライブで歌っていくことだろう。
アンコール3曲目は「メグルキオク」。スタッフが入場の際にお客さんに紙飛行機を配布していたから、きっとこの曲がアンコールであるのだろうと思っていたが、やはり。後から読んだら手紙に書いてあった(笑)歌の冒頭の歌詞 ♪紙ヒコーキの折り方を僕は忘れていたんだよ~♪に合わせて、何十という紙ヒコーキがライブハウスの空間を切り裂くように飛び交う。その後、曲が終わるまでずっと紙ヒコーキの乱舞とどまらず。




大拍手でステージを去る。もちろん、こんないいライブを見せられたら、もっともっと彼女を見続けたいもの。ダブルアンコールを求める手拍子は止まらない。
しかし、その拍手のなか、エンドロール映像が流れ始める。関係者や出演者一人ひとりを紹介していく。冒頭にやっくんを紹介した「退屈な貴公子」もそこでの紹介文句。けいちゃんは「リアル3Dおでんくん」だったかな(笑)そして我らがヒグチアイは「ツンデレ歌姫」。
3分以上あろうというエンディングロール中、途切れなかった手拍子に応え、映像が終わったところで再びアイちゃんが一人でステージへ。
本当に最後です、といってこれも定番の「ホームタウン」をしんみりと弾き語って、長い夜を締めくくった。




ああ、いいライブだった。余韻に浸りたくて、数日間、音楽を聴かなかった。だって頭の中で彼女のさまざまな曲が勝手にリフレインして止まらないから。
彼女の大きなイベントはこれだから外せない。必ず大きく成長した姿がそこにあるからだ。今後、どこまで彼女が成長していくのか。楽しみでしょうがないな。