そして、昨夜のスリーメンライブは、いずれも魅惑のパフォーマンスで、聞き応えあった。来て良かったよ。先週金曜からハズレのライブがない(Tinysunの日は、他の演奏楽しめなかったが)。運気が来てるかな。
さて、トップバッターはヒグチアイ。すこーし喉がひっかかり気味のほか、新曲同時に2曲を初披露とあって、緊張していた様子。でもチャレンジしたい気分だったのだろう。少し前まで色々考え過ぎてしまい不安定だったというが、今は前を向いている。それが歌にこもっていた。
今夜はいきなり「あかし」から入るスタート。結構、重たい曲なのだが、最初に持ってきたので、やや軽めに。それでも力強く太い声と、激しい鍵盤演奏で、心をギシギシ揺さぶる力は健在。そのあともアップテンポに失踪感ある演奏楽しめた。
1)あかし
2)永遠のウォーカー
3)ポケット
4)君とこのまま
5)本物と正直(新曲)
6)終わらない旅(新曲)
永遠のウォーカーは、僕のお気に入り。この歌聞くと前へ前へと進む意欲が湧いてくる。そう、彼女の歌のキーワードは「歩く」なのだ。MCでも最新アルバムに収録した5曲のうち、4曲に「歩く」が入ってるとファンの方から指摘され気付いたことに触れ、それが自分の信条だと語っていた。
最後に歌った新曲も、人生は果てしなく歩き続けることだ、といったテーマ。ヒグチアイ自身が前進することへの渇望と焦燥を抱いていることが、よく分かる。定番曲になりそうだ。強く望んでいるのなら、彼女は間違いなくアーティストとして高みに登っていけるだろう。彼女の才能に注目している人、急速に増えているよ。
さて、続いて登場したのが小林未郁。その透る素晴らしい声と歌唱力や、散りばめられた輝く技巧に、そして、おどろおどろしい歌の世界観に惹かれる。すごい、いい。矢野絢子を初めて聞いたとき以来の衝撃かも。
それぞれの楽曲に合った音を、和洋さまざまなジャンルから取り込み、完成度の高い作品に仕上げるその腕前は職人的。ベビーフェースで明るいのだが、歌うとどんな曲も暗くしてしまうギャップ。どんな持ち味だ(爆)。ベビーフェースを逆手に?とって、アルバムのジャケ写もおしゃぶりくわえている。遊び心がたっぷりだ。だが、油断してはならない。おしゃぶりにはドクロマークが。ブラックだ。
セットリスト
1)歯車
2)半分こ
3)群花
4)飼育小屋
5)毒
6)記憶の海
7)明日のために
8)さよなら、また明日
特にゾワゾワと背筋が凍ったのが、飼育小屋から毒へのメドレー。これ、聞かなかゃ損だ。一見普通の女性に秘めた狂気が、猟奇的なサスペンスにつながっていく毒気たっぷり。聴いていて、京極夏彦の小説世界に放り込まれたような感覚に囚われた。飼育小屋に閉じ込められて、一滴ずつ毒を盛られちまうんだぜ、世の男子よ。
その音楽性の高さを見込まれ、企業のテーマソングを依頼されることもあるらしい。その一つが「明日のために」。しかし、依頼するならもっと明るく歌う人に頼べばいいのに(笑)、とご自分でも話されていましたが、聴いて納得。案の定、とても前向きな歌詞と、基本的には長調の曲なのに、彼女が歌うと陰影があって、どこか妖しい

曲の陰影感や底辺に流れている和の音階などが、同じ鍵盤弾き語りならヒナタカコにも似ているか。また25日にツーマンやるという高満洋子と嗜好が近いかな。
ただヒナタカコと比べると小林さんの方が、色々な活動している経験と自信があるためか、達者な感じ。ヒナタカコはどちらかというと不器用、いや武骨で、そこがまた魅力なのですが。
経験とは例えば、ダンサーと殺陣師

小林未郁、間違いなく僕のお気に入りランキング上位にランクイン

さて、これだけ達者な2人の後、やりづらかろうと最後の出演者、秋山羊子に出番が回ってきた時は思ったが、全く杞憂。彼女を聞くのは初めてだったが、冒頭からすごい存在感。終演後、前の2人の印象が吹き飛ぶほどのインパクトだった。
説明は難しいのだが、尋常ではない危うさと脆さが同居していて、おそろしい才能を感じる。POPとか、そういう音楽のジャンルではくくれない、音楽を介した芸術の1ジャンルを彼女が一人で作り出している感じだ。
ステージはかなり静か。ただ彼女にしか聞こえない音が舞台の上に鳴り響いているようなのだ。我々は彼女が身を置く音楽世界を見えないが、か細い歌声と、時折鳴らすピアノ、そして他の演者ではあり得ない長さで続く無音だけで雄弁に語りかけてくる。
余計な音や装飾を楽曲からすべて削ぎ落とし、本質の部分だけ聞くものに届ける。どこまで意識的にそうしているのか分からないが、必要な音はすべて足りているから、静寂は物足りなさにならない。
1曲目では禅寺で座禅を組んでいるかのような静寂に背筋が伸びる。2曲目ではAメロの後にBメロが……何も音を出さず静寂がワンコーラスずっと続く。なのに彼女は声を出さずに歌っている。体が正確にリズムを刻んでいる。そしてここからサビというタイミングで歌い出す。正確。ゾクゾクする。
3曲目を聞いているころに浮かんだイメージは、ピカソのキュービズムの絵画だ。すべて捨象し、対象の本質だけを抽出しキューブ状の立体の組み合わせで再構成した、不思議な絵。ぱっと見ると変な絵なのだが、見ているとじわりじわりとその対象が強い質量を持って迫ってくる。
秋山羊子の音楽はキュービズムだ。
ただステージ上でリアルタイムにそんな絵画を見せ続けることは、相当な集中力と即興的な反応スピードが必要。か細い体は無音の世界に鳴り響く音楽を全身で感じながら的確な表現を探っているようだが、一つ失敗すると作品は台無しだ。その綱渡りのような際どさ。
聞いている客席もはらはらドキドキしてくる。すごい緊張感。それが途切れたのがあと一曲となった時。前の曲が終わり、その余韻の静寂のなかで「次が最後の一曲です」と語ったところで、何かが狂ったのか。動きが止まった。
暫く何かが降りてくるのを探っている様子だったが、「最後に何を歌うのか迷っている」と言ってまた暫く止まる。ついに出てこなかったか、「何かリクエストありますか」と投げかけるが、客席も対応できない。結局、即興で少し状況を歌ってから、今度はリクエストの曲名があがり、それを歌って終演。
最後の曲は神がかっていなかった。バランスが崩れてしまった感じ。この脆さ、儚さ。
彼女からは肉体の質感を感じられない。純粋な魂というか、存在感だけがピアノの前にある。こんなアーティストは初めてだ。
今夜の3者3様のステージ、とても充実感がある一夜だった。