見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。
前回は、「イザヤ書 4章〜5章」を紹介しました。 今回は、「イザヤ書 6章〜7章」を紹介したいと思いますが、その前に、まず「私の祈り」から入りたいと思います。そして、「私の祈り」の中に、紹介したい聖書の章に出てくる「5つのキーワード」(マーカーで印)を含ませておきます。聖書の紹介は、穴埋め問題形式にしますので、正解となる言葉を知りたい時は、「私の祈り」に出てくる「5つのキーワード」の中から探しだしてください。最初にお祈りの言葉を唱えてから、その後で聖書を読んでいくというスタイルは、これまでと一緒ですので、お付き合いの程よろしくお願いします。では、今からお祈りします。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・聖なる神さま。今日もこうして神さまにお祈りし、朝を迎えることができることに感謝します。そして、RAPTさんの「御言葉」から神霊な波長を受けて、神さまの御心に立ち返る機会を与えていただき、本当にありがとうございます。「インマヌエル」を調べてみました。(ここより転載)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーインマヌエル(ヘブライ語:עִמָּנוּאֵל、Immanuel、Emmanuel、Imanu'el)は、旧約聖書に登場する人物。『イザヤ書』7章14節、同8章8節にその誕生が預言される。キリスト教の新約聖書の『マタイによる福音書』1章23節にも登場する。インマヌエルは二つの言葉、インマヌ(עמנו、Immanu、われらとともにいる)とエル(אל、El、神)を組み合わせた名前で、「神はわれらとともに」の意味である。(中略)イザヤ書におけるインマヌエル[編集]預言者イザヤがいた当時、ユダヤ人の王国は北のイスラエル王国と南のユダ王国に分かれていた。アッシリアの圧力が高まる中、ユダ王国の王アハズはアッシリアに臣従したが、アッシリアに敵対するアラム(ダマスカス)とイスラエル(エフライム)が同盟を組んだという知らせが届き、ユダ王国の王も民も同盟軍の侵略の脅威の前に動揺していた(シリア・エフライム戦争)。『イザヤ書』7章によればこの時、預言者イザヤはアハズ王のもとに赴き、事態をおそれずに神に従うこと、そうすればアラムとイスラエルの侵略も成功しないだろうという神からの言葉をアハズに伝える。アハズ王は神の言葉を受け取るのをためらうが、これに対しイザヤはまだ信じようとしないのかと言い、神の言葉が正しい証拠として、「インマヌエルという名の子が生まれる」という「しるし」をあなたたちは受け取るだろう、と告げる。インマヌエルが大きくなる前にアラムもイスラエルも崩れ落ち、諸国が荒廃する代わりにユダには未曾有の繁栄が訪れるとも説く。 יד לָכֵן יִתֵּן אֲדֹנָי הוּא, לָכֶם--אוֹת: הִנֵּה הָעַלְמָה, הָרָה וְיֹלֶדֶת בֵּן, וְקָרָאת שְׁמוֹ, עִמָּנוּ אֵל. それゆえ、主が御自らあなたがたにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもり、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。— 『イザヤ書』7章14節続く8章では、イザヤは生まれた二男に「マヘル・シャラル・ハシュ・バズ」(分捕りは早く、略奪は速やかに来る)という名をつけるよう神に告げられる。その子が大きくなるまでにアッシリアがダマスカスもイスラエルも征服してユダに迫るだろうが、神がわれらとともにある(インマヌエル)ため諸国の同盟軍がユダ征服に成功することはないと述べ、おそれるべきは敵軍ではなく神であること、苦悩と闇から逃れるすべはないがその先に希望があることを説く。 ח וְחָלַף בִּיהוּדָה שָׁטַף וְעָבַר, עַד-צַוָּאר יַגִּיעַ; וְהָיָה מֻטּוֹת כְּנָפָיו, מְלֹא רֹחַב-אַרְצְךָ עִמָּנוּ אֵל. (川の洪水は)ユダ中を押し流し首の高さまであふれる。インマヌエル、その伸ばす翼はあなたの国いっぱいに覆いかぶさる。— 『イザヤ書』8章8節しかし結局アハズ王はイザヤの言に従わずアッシリアに従い援軍を求める。アッシリアによってダマスカスもイスラエルも征服され、ユダも属国となり荒廃してしまう。解釈[編集]後に、キリスト教の誕生後はインマヌエルとは聖母マリアの処女懐胎のことであると解釈されるようになった。しかし、7章14節の "almah" (乙女)の訳をめぐる論争もある。詳細は「処女懐胎」を参照ユダヤ教では神はイエス誕生からさかのぼること数百年のアハズ王の時代に向けてしるしを送ると述べていること、インマヌエルが救い主であるとは述べていないなどの理由からこの予言をメシア出現の預言とは考えていない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(抜粋、ここまで)以上、インマヌエルは「神はわれらとともに」という意味になります。「イザヤ書」7章において預言者イザヤは、神の言葉が正しい証拠として、「インマヌエルという名の子が生まれる」という「しるし」をあなたたちは受け取るだろう、とアハズ王に告げるのです。そして、インマヌエルが大きくなる前にアラムもイスラエルも崩れ落ち、諸国が荒廃する代わりにユダには未曾有の繁栄が訪れるとも説くのです。しかし、結局アハズ王はイザヤの言に従わず、アッシリアに従い援軍を求めてしまいます。アッシリアによってダマスカスもイスラエルも征服され、ユダも属国となり荒廃してしまうのです。このエピソードから、私たちは何を学ぶべきでしょうか?おそれるべきは敵軍ではなく神であること、苦悩と闇から逃れるすべはないがその先に希望があることを説くイザヤに真摯に耳を傾けようとしなかったアハズ王。そうです。預言者が忠告する神の御言葉に、どれだけ従順に従うことができるかどうかがターニングポイントである、ということです。栄光への道と繋がるのか、没落の道へと向かうのかは、全て神さまの御心に従うかどうかで決まってしまうのです。難しい判断に迫られた時、人間の力だけでは正しい判断はできません。神さまに祈り求め、心から中心者の御言葉を素直に受け入れることが賢明です。今現在も、イルミナティ・サタンどもは偽りのコロナパンデミックを起こして、土地強奪、企業買収、ワクチン強制投与等、様々な悪事を企てています。しかしそれも時間の問題です。安倍首相の失脚以来、急激にサタンの力が弱くなり、天も地も、あらゆる所でサタンの滅びをあからさまに見ることができるようになって来ました。(詳しくは、RAPT理論+αを御覧ください。)これらはまさしく、善の法則が働いているしるしとして見ることができます。嗚呼、神さま。有り難うございます。中心者RAPTさんの登場によって真実を明らかにし、人類救済のために、私たちが向かうべき方向を指し示していただいていることに感謝します。RAPTさんによれば、ハルマゲドンの時は近づいています。私たち兄弟姉妹は気を緩めること無く、神さまに祈り求め、人類救済のために伝導し続けていかなければならないのです。サタンやイルミナティが滅び去ること、この地上の支配権を神さまがサタンから奪い取ること、神さまと義人がこの地を統治し、この地上に地上天国が作られること、千年王国が作られることを心から祈り求めます。どうか神さま、RAPTさんを守ってください。RAPTさんの活動を妨害する工作員や集団ストーカーたちを裁いてください。RAPTさんの活動がこれから益々発展し、神さまの御心を成す多くの義人たちが現れ、栄光に向かって突き進んで行かれますことを心より祈ります。そして、十二弟子の皆さんや全国の兄弟姉妹たちが、豊かな聖霊で満たされ、神さまの御心を成し、愛と真理によって多くの人々が救われますことを切に願います。これら全てのことに感謝して、愛する主の御名によって祈ります。アーメン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それでは次に、「イザヤ書」に移りましょう。6章〜7章を紹介します。(旧約聖書〈新改訳〉より抜粋)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イザヤ書 6章1 ウジヤ王が死んだ年に、私は、高くあげられた王座に座しておられる主を見た。そのすそは神殿に満ち、2 セラフィムがその上に立っていた。彼らはそれぞれ六つの翼があり、おのおのその二つで顔をおおい、二つで両足をおおい、二つで飛んでおり、3 互いに呼びかわして言っていた。「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その は全地に満つ。」4 その叫ぶ者の声のために、敷居の基はゆるぎ、宮は煙で満たされた。5 そこで、私は言った。「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」6 すると、私のもとに、セラフィムのひとりが飛んで来たが、その手には、祭壇の上から火ばさみで取った燃えさかる炭があった。7 彼は、私の口に触れて言った。「見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。」8 私は、「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」と言っておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」9 すると仰せられた。「行って、この民に言え。『聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな。』10 この民の心を肥え鈍らせ、その耳を遠くし、その目を堅く閉ざせ。自分の目で見ず、自分の耳で聞かず、自分の心で悟らず、立ち返ってもいやされることのないように。」11 私が「主よ、いつまでですか」と言うと、主は仰せられた。「町々は荒れ果てて、住む者がなく、家々も人がいなくなり、土地も滅んで荒れ果て、12 主が人を遠くに移し、国の中に捨てられた所がふえるまで。13 そこにはなお、十分の一が残るが、それもまた、焼き払われる。テレビンの木や樫の木が切り倒されるときのように。しかし、その中に切り株がある。聖なるすえこそ、その切り株。」イザヤ書 7章1 ウジヤの子のヨタムの子、ユダの王アハズの時のこと、アラムの王レツィンとイスラエルの王レマルヤの子ペカが、エルサレムに上って来てこれを攻めたが、戦いに勝てなかった。2 ところが、「エフライムにアラムがとどまった」という報告がダビデの家に告げられた。すると、王の心も民の心も、林の木々が風で揺らぐように動揺した。3 そこで主はイザヤに仰せられた。「あなたとあなたの子シェアル・ヤシュブとは出かけて行って、布さらしの野への大路のそばにある上の池の水道の端でアハズに会い、4 そこで彼に言え。気をつけて、静かにしていなさい。恐れてはなりません。あなたは、これら二つの木切れの煙る燃えさし、レツィンすなわちアラムとレマルヤの子との燃える怒りに、 を弱らせてはなりません。5 アラムはエフライムすなわちレマルヤの子とともに、あなたに対して を企ててこう言っています。6 『われわれはユダに上って、これを脅かし、これに攻め入り、わがものとし、タベアルの子をそこの王にしよう』と。7 神である主はこう仰せられる。『そのことは起こらないし、ありえない。8 実に、アラムのかしらはダマスコ、ダマスコのかしらはレツィン。―六十五年のうちに、エフライムは粉砕されて、もう民ではなくなる。―9 また、エフライムのかしらはサマリヤ、サマリヤのかしらはレマルヤの子。もし、あなたがたが信じなければ、長く立つことはできない。』」10 主は再び、アハズに告げてこう仰せられた。11 「あなたの神、主から、 を求めよ。よみの深み、あるいは、上の高いところから。」12 するとアハズは言った。「私は求めません。主を試みません。」13 そこでイザヤは言った。「さあ、聞け。ダビデの家よ。あなたがたは、人々を煩わすのは小さなこととし、私の神までも煩わすのか。14 それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。15 この子は、悪を退け、 を選ぶことを知るころまで、凝乳と蜂蜜を食べる。16 それは、まだその子が、悪を退け、善を選ぶことも知らないうちに、あなたが恐れているふたりの王の土地は、捨てられるからだ。17 主は、あなたとあなたの民とあなたの父の家に、エフライムがユダから離れた日以来、まだ来たこともない日を来させる。それは、アッシリヤの王だ。」18 その日になると、主はエジプトの川々の果てにいるあのはえ、アッシリヤの地にいるあの蜂に合図される。19 すると、彼らはやって来て、みな、険しい谷、岩の割れ目、すべてのいばらの茂み、すべての牧場に巣くう。20 その日、主はユーフラテス川の向こうで雇ったかみそり、すなわち、アッシリヤの王を使って、頭と足の毛をそり、ひげまでもそり落とす。21 その日になると、ひとりの人が雌の子牛一頭と羊二頭を飼う。22 これらが乳を多く出すので、凝乳を食べるようになる。国のうちに残されたすべての者が凝乳と蜂蜜を食べるようになる。23 その日になると、ぶどう千株のある、銀千枚に値する地所もみな、いばらとおどろのものとなる。24 全土がいばらとおどろになるので、人々は弓矢を持ってそこに行く。25 くわで耕されたすべての山も、あなたはいばらとおどろを恐れて、そこに行かない。そこは牛の放牧地、羊の踏みつける所となる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(イザヤ書 6章〜7章より)今日は、ここまで。(2021.6.4)