諸国の民は起き上がり、ヨシャパテの谷に上って来い。
前回は、「ホセア書 13〜14章」(最終)を紹介しました。 そして今回は、「ヨエル書 1〜3章」に移ります。その前に、まず「私の祈り」から入りたいと思います。「私の祈り」の中に、紹介したい聖書の章に出てくる「5つのキーワード」(マーカーで印)を含ませておきます。聖書の紹介は、穴埋め問題形式にしますので、正解となる言葉を知りたい時は、「私の祈り」に出てくる「5つのキーワード」の中から探しだしてください。最初にお祈りの言葉を唱えてから、その後で聖書を読んでいくというスタイルは、これまでと一緒ですので、お付き合いの程よろしくお願いします。では、今からお祈りします。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・聖なる神さま。今日もこうして神さまにお祈りし、朝を迎えることができることに感謝します。RAPTさんの「御言葉」から神霊な波長を受けて、神さまの御心に立ち返る機会を与えていただき、本当にありがとうございます。この「終わりの時」に、サタンの悪あがきによる妨害が多少なりともあるかもしれませんが、これからも聖書紹介に果敢に挑み続け、サタンとこの世の悪人を滅ぼし、勝利することができますよう心から祈ります。さて、「ヨエル書」についてですが、たった1〜3章という大変短い構成でまとめられており、しかも、いつの時代に書かれたものなのかが掴みにくい内容となっています。ウィキペディアでは、以下の様に解説されています。(ここより転載)**********『ヨエル書』(ヨエルしょ)は、旧約聖書文書のひとつ。ユダヤ教では後の預言者に分類され、キリスト教では預言書(十二小預言書)に分類される。伝統的配列では、十二小預言書のなかで2番目に位置し、『ホセア書』の次、『アモス書』の前に配置される。ヨエルとはヘブライ語で「ヤハウェは神」という意味。構成は写本の系統によって異なり、ギリシア語訳聖書である七十人訳聖書およびラテン語訳聖書であるウルガタでは3章に分けられており、日本でも口語訳聖書および新改訳聖書がこれにならっている。それに対して、旧約聖書ヘブライ語原典(マソラ本文)では4章に分割され、日本では新共同訳聖書がこれにならっている。したがって、キリスト教では、3章に分けたものを使っている教会と、4章に分けたものを使っている教会に分かれている。分け方の違いは、前者の2章28~32節の部分が、後者では独立した章(第3章)になっている。筆者[編集]1章1節によれば、筆者はペトエルの子ヨエルであるという。ただし、ペトエルという名は聖書中ここにしか出現せず、ヨエルの出自を明らかにする情報は存在しないと言っても良い。執筆年代[編集]『新聖書辞典』(いのちのことば社)によれば、複数の説があり、定説はないようである[1]。 捕囚以前説(フリーマン、ヤング、アーチャー等が説いている): BC830年ごろ(ヨアシュ王の時代)にユダ王国で執筆された。(理由は以下のとおり) (1) アモス書にヨエルの文体の影響が見られるので、アモス書より前に書かれた。 (2) 文体が捕囚後の預言書の文体と異なる。 (3) 王ではなく、祭司や長老が出てくるのは、ヨアシュ王が幼少であったため、摂政を必要としていたからではないか。 捕囚以後説(ファイファー、トライヴァー等が説いている): BC350年ごろ~BC200年ごろ。(理由は以下のとおり) (1)アラム・アッシリア・バビロンなどが出てこない。 (2) 黙示文学的な色彩が濃い。 (3) 4章6節に「ギリシャ人」が出てくる。また4章1~3節にエルサレム陥落と見られる記述がある。マイヤースなどは、ヨエル書の執筆年代を、エルサレム帰還後で、エルサレム神殿再建完了(BC516年)の前に置いている[2]。エドモン・ジャコブなどは、アモス書5章18~20節にも、主の日(神による審きの日)の到来という、ヨエル書と同じテーマを扱っていることなどから、執筆年代をアモスやホセアと同年代(BC8世紀前半のヤラベアムⅡ世統治のころ)と考えている[3]。新約聖書での引用・類似の比喩[編集] 2:28-32(3:1-5) 使徒行伝2:17-21 2:31(3:4), 2:10, 3:15(4:15) マタイによる福音書24:29,マルコによる福音書13:24, (ルカによる福音書21:25),ヨハネの黙示録6:12, 9:2 2:32(3:5) ローマの信徒への手紙10:13 3:13(4:13) ヨハネの黙示録 14:18 **********(転載ここまで)以上のように、捕囚以前か捕囚以降か意見が分かれるところではありますが、いずれにせよ、ヨエル書は黙示録的な「終わりの時」を主題にした預言書と言って良いでしょう。ヨエル書では、「終わりの時」を「主の日」という言葉で表現しています。「主の日」に、神様に背いて悪を行う人々(民族)に神様の裁きが下り、それを通して神様と義人による統治がこの世に到来し、喜びと希望に満ち溢れた王国が成就する。そのことを宣布することがヨエルに課せられた役割だったことを理解した上で、これから読み進めて行きたいと思います。そこで、今回私が興味を持った所は、以下の行です。(3章9〜12節)ーーー諸国の民の間で、こう叫べ。聖戦をふれよ。勇士たちを奮い立たせよ。すべての戦士たちを集めて上らせよ。あなたがたの鋤を剣に、あなたがたのかまを槍に、打ち直せ。弱い者に「私は勇士だ」と言わせよ。回りのすべての国々よ。急いで来て、そこに集まれ。—主よ。あなたの勇士たちを下してください—諸国の民は起き上がり、ヨシャパテの谷に上って来い。わたしが、そこで、回りのすべての国々をさばくために、さばきの座に着くからだ。ーーーーーーーーーーーこの行は、「諸国の民」に対して神様が「ヨシャパテの谷に上って来い。」と、戦いの武器を持って集まるよう促しているシーンです。私はこの「諸国の民」について、最初、間違った解釈をしておりました。それは、「諸国の民」=「諸国の義人」という捉え方です。天国への切符を手に入れるために、武器を持って集まりなさいと「諸国の義人」に対して神様が決起を促し、励まされているシーンであるという解釈です。この解釈で行くならば、「諸国の義人」が戦う相手はサタンであり、義人が武器を持って戦うことを肯定することになります。しかし私は、それが誤りであることに気がつきました。何故なら、神様は、義人に剣や槍などの物理的な武器を持たせることを最も嫌悪される方であるからです。相手がサタンであろうがなかろうが、如何なる理由があるにせよ、義人が剣や槍などの物理的な武器を持つこと自体が大きな罪です。武器を持つことは、神様に頼るのではなく人間だけの力で物事をねじ伏せようとする人間のエゴと慢心がそこにあり、神様への反逆行為そのものです。もし義人がサタンに立ち向かおうとするのであれば、それは祈りの力を武器にして戦うべきなのです。決して、物理的な武器の力に頼ってはいけないのです。だから正しい解釈は、「諸国の民」=「神様に背く者(罪人)」として見るべきなのです。そして、「神様に背く者(罪人)」の象徴が大バビロン(イルミナティ)であり、その大バビロン(イルミナティ)の核心が、中国共産党であることを、RAPTさんによって解明されています。よって3章9〜12節の行は、「神様に背く者(罪人)」に対して、まるで喧嘩を売っているかの様な態度で神様が挑発している場面なのです。うっかり、神様の真意から外れてしまうところでした。今後も注意深く、前後の脈略を捉えながら読み進めて行く必要があると改めて思った次第です。ところで、「ヨシャパテの谷に上って来い。」という表現に、少し違和感を覚えた人は私だけではないと思います。普通なら「谷に下って来い。」という言い回しになると思うのですが、それを敢えて「谷に上って来い。」と表現されている点に注目すべきでしょう。つまり「ヨシャパテの谷」は、この地上界の何処かに存在するのではなくて、神様がおられる天上界に存在する谷の名前だと理解した方が、しっくりくると思うのです。天上界にある谷だからこそ、「上って来い。」と呼びかけられたのです。ここから想像できることは、天上界にもこの地上界と同じように、山と谷があるということと、その谷は、天上界の中でも最も低いところに位置するということです。だから、神様からすれば、最も地上界に近い位置にある場所へと下ることになるわけです。その場所が「ヨシャパテ」という名前の谷であり、そこで神様に背く者(罪人)に対して最後の審判を下されるのです。ここで、かの有名なミケランジェロが描いた「最後の審判」の情景を思い出す人も多いのではないでしょうか?ミケランジェロ作 「最後の審判」この絵を見てわかるように、画面左下の人々は、神様の御使によって天上界へ引き上げられているのに対して、画面右下の人々は、天上界には招かれる事はなく、地獄と化した地上界へと突き落とされてしまうのです。これをキリスト教的な言い回しで言うと、「羊と山羊に選別される」という表現になります。羊は、神様に立ち返り、神様に信仰を寄せる義人を指し、山羊は、神様に背き、サタンが仕掛けた罠から抜け出せない罪人を指します。羊(義人)の霊は、死んだ後も神様の神霊な波長と同調した状態のまま、天国に召され、永遠に祝福を受けることができます。それに対して、山羊(罪人)の霊は、死んだ後もサタンの醜悪な霊と同調した状態のまま、地獄へと引きずり込まれ、永遠に苦痛に喘ぐことになると言われています。そして、羊と山羊の選別は、もうすでに現在進行形で始まっています。○RAPT有料記事338(2018年12月24日)今や主の裁きが厳しく敢行され、全人類が羊と山羊とに分けられている最中であると悟りなさい。○RAPT有料記事459(2020年4月13日)これから地上には多くの艱難が降りかかる。そして、義人は主から与えられる霊感によってそれら全てを乗り越えられるが、悪人は乗り越えられない。そのようにして、この終わりの時に羊と山羊がはっきりと分けられるだろう。聖なる神様。ありがとうございます。RAPTさんの「御言葉」を学んでいるからこそ、聖書をより深く理解することができます。あらためて、RAPTさんの「御言葉」へと導いていただいたことに感謝します。人間の力だけでは、まともな歴史を築くことはできません。神様の御力を戴いてこそ、真の平和な歴史を歩んで行けるのです。今こそ私たちは、祈りの力を信じることが大切です。祈りの力で、神様の歴史を成して行くのです。中心者と十二弟子の登場によって、神様と私たち人類との関係を取り戻すことができる様になった今、これまで以上に神様の愛を強く感じます。いよいよ「終わりの時」が現実味を帯びてまいりました。私たちは、ここで気を緩めてはなりません。今まで以上に神様に祈り求め、一刻も早く、大バビロンである中国共産党が滅びるように祈らなければならないのです!私たちの祈りが、より強力なものにするためには、多くの人々の祈りが必要です。どうか神様。気づかせてください。世の多くの人々が、世界中で今起こっている騒動や事変の真実に気づくよう導いてください。中国共産党が裁かれていることを世の人々に知らしめてください。そして、今起こっている戦争に勝たせてください。完全なる勝利だと言えるように勝たせてください。聖三位と天使天軍がこの地を完全に覆い尽くし、大バビロンである中国共産党が完全に滅び去りますよう心より祈ります。そして、私たち義人が悪人たちを踏みつけて、この地を統治できる時代が到来することを切に願います。そして、私たち兄弟姉妹に力を与えてください。私たち兄弟姉妹が伝道活動を通して、多くの人々を救うことができますように心から祈ります。私たち一人ひとりが御言葉を蓄え、霊的次元を上げ、心と想いと精神を尽くして神様に祈り求め、それぞれの使命を果たして行くことができますように導いてください。そして、どうか神様。中心者RAPTさんをお守りください。RAPTさんの活動を妨害する工作員や集団ストーカーたちを裁いてください。RAPTさんの有料記事や祈りの会、RAPT理論+αのサイトが見られなくなるような言論弾圧を絶対に看過しないでください。中国共産党がそのような言論弾圧を行なった場合は、徹底的に裁いてください。RAPTさんが聖なる神様を体現し、私たちを導く希望の光となり、永遠に輝き続けられますことを心より祈ります。RAPTさんと十二弟子の皆さんの活動が益々繁栄し、私たち兄弟姉妹が一人も漏らさず神様から使命を受けて、神様の計画された千年王国がこの地に壮大に成されますように心から祈ります。これら全てのことに感謝して、愛する主の御名によって祈ります。アーメン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それでは次に、「ヨエル書」に移りましょう。1〜3章を紹介します。(旧約聖書〈新改訳〉より抜粋)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヨエル書 1章1 ペトエルの子ヨエルにあった主のことば。2 長老たちよ。これを聞け。この地に住む者もみな、耳を貸せ。このようなことがあなたがたの時代に、また、あなたがたの先祖の時代にあったろうか。3 これをあなたがたの子どもたちに伝え、子どもたちはその子どもたちに、その子どもたちは後の世代に伝えよ。4 かみつくいなごが残した物は、いなごが食い、いなごが残した物は、ばったが食い、ばったが残した物は、食い荒らすいなごが食った。5 酔っぱらいよ。目をさまして、泣け。すべてぶどう酒を飲む者よ。泣きわめけ。甘いぶどう酒があなたがたの口から断たれたからだ。6 一つの国民がわたしの国に攻め上った。力強く、数え切れない国民だ。その歯は雄獅子の歯、それには雄獅子のきばがある。7 それはわたしのぶどうの木を荒れすたれさせ、わたしのいちじくの木を引き裂き、これをまる裸に引きむいて投げ倒し、その枝々を白くした。8 若い時の夫のために、荒布をまとったおとめのように、泣き悲しめ。9 穀物のささげ物と注ぎのぶどう酒は の宮から断たれ、主に仕える祭司たちは喪に服する。10 畑は荒らされ、地も喪に服する。これは穀物が荒らされ、新しいぶどう酒も干上がり、油もかれてしまうからだ。11 農夫たちよ。恥を見よ。ぶどう作りたちよ。泣きわめけ。小麦と大麦のために。畑の刈り入れがなくなったからだ。12 ぶどうの木は枯れ、いちじくの木はしおれ、ざくろ、なつめやし、りんご、あらゆる野の木々は枯れた。人の子らから が消えうせた。13 祭司たちよ。荒布をまとっていたみ悲しめ。祭壇に仕える者たちよ。泣きわめけ。神に仕える者たちよ。宮に行き、荒布をまとって夜を過ごせ。穀物のささげ物も注ぎのぶどう酒もあなたがたの神の宮から退けられたからだ。14 断食の布告をし、きよめの集会のふれを出せ。長老たちとこの国に住むすべての者を、あなたがたの神、主の宮に集め、主に向かって叫べ。15 ああ、その日よ。主の日は近い。全能者からの破壊のように、その日が来る。16 私たちの目の前で食物が断たれたではないか。私たちの神の宮から喜びも楽しみも消えうせたではないか。17 穀物の種は土くれの下に干からび、倉は荒れすたれ、穴倉はこわされた。穀物がしなびたからだ。18 ああ、なんと、家畜がうめいていることよ。牛の群れはさまよう。それに牧場がないからだ。羊の群れも滅びる。19 主よ。私はあなたに呼び求めます。火が荒野の牧草地を焼き尽くし、炎が野のすべての木をなめ尽くしました。20 野の獣も、あなたにあえぎ求めています。水の流れがかれ、火が荒野の牧草地を焼き尽くしたからです。ヨエル書 2章1 シオンで角笛を吹き鳴らし、わたしの聖なる山でときの声をあげよ。この地に住むすべての者は、わななけ。主の日が来るからだ。その日は近い。2 やみと、暗黒の日。雲と、暗やみの日。山々に広がる暁の光のように数多く強い民。このようなことは昔から起こったことがなく、これから後の代々の時代にも再び起こらない。3 彼らの前では、火が焼き尽くし、彼らのうしろでは、炎がなめ尽くす。彼らの来る前には、この国はエデンの園のようであるが、彼らの去ったあとでは、荒れ果てた荒野となる。これからのがれるものは一つもない。4 その有様は馬のようで、軍馬のように、駆け巡る。5 さながら戦車のきしるよう、彼らは山々の頂をとびはねる。それは刈り株を焼き尽くす火の炎の音のよう、戦いの備えをした強い民のようである。6 その前で国々の民はもだえ苦しみ、みなの顔は青ざめる。7 それは勇士のように走り、戦士のように城壁をよじのぼる。それぞれ自分の道を進み、進路を乱さない。8 互いに押し合わず、めいめい自分の大路を進んで行く。投げ槍がふりかかっても、止まらない。9 それは町を襲い、城壁の上を走り、家々によじのぼり、盗人のように窓から入り込む。10 その面前で地は震い、 は揺れる。太陽も月も暗くなり、星もその光を失う。11 主は、ご自身の軍勢の先頭に立って声を上げられる。その隊の数は非常に多く、主の命令を行う者は力強い。主の日は偉大で、非常に恐ろしい。だれがこの日に耐えられよう。12 「しかし、今、—主の御告げ—心を尽くし、断食と、涙と、嘆きとをもって、わたしに立ち返れ。」13 あなたがたの着物ではなく、あなたがたの心を引き裂け。あなたがたの神、主に立ち返れ。主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵み豊かで、わざわいを思い直してくださるからだ。14 主が思い直して、あわれみ、そのあとに祝福を残し、また、あなたがたの神、主への穀物のささげ物と注ぎのぶどう酒とを残してくださらないとだれが知ろう。15 シオンで角笛を吹き鳴らせ。断食の布告をし、きよめの集会のふれを出せ。16 民を集め、集会を召集せよ。老人たちを集め、幼子、乳飲み子も寄せ集めよ。花婿を寝室から、花嫁を自分の部屋から呼び出せ。17 主に仕える祭司たちは、神殿の玄関の間と祭壇との間で、泣いて言え。「主よ。あなたの民をあわれんでください。あなたのゆずりの地を、諸国の民のそしりとしたり、物笑いの種としたりしないでください。国々の民の間に、『彼らの神はどこにいるのか』と言わせておいてよいのでしょうか。」18 主はご自分の地をねたむほど愛し、ご自分の民をあわれまれた。19 主は民に答えて仰せられた。「今、わたしは穀物と新しいぶどう酒と油とをあなたがたに送る。あなたがたは、それで満足する。わたしは、二度とあなたがたを、諸国の民の間でそしりとしない。20 わたしは北から来るものを、あなたがたから遠ざけ、それを荒廃した砂漠の地へ追いやり、その前衛を東の海に、その後衛を西の海に追いやる。その悪臭が立ち上り、その腐ったにおいが立ち上る。主が大いなることをしたからだ。」21 地よ。恐れるな。楽しみ喜べ。主が大いなることをされたからだ。22 野の獣たちよ。恐れるな。荒野の牧草はもえ出る。木はその実をみのらせ、いちじくの木とぶどうの木とは豊かにみのる。23 シオンの子らよ。あなたがたの神、主にあって、楽しみ喜べ。主は、あなたがたを義とするために、初めの雨を賜り、大雨を降らせ、前のように、初めの雨と後の雨とに降らせてくださるからだ。24 打ち場は穀物で満ち、石がめは新しいぶどう酒と油であふれる。25 いなご、ばった、食い荒らすいなご、かみつくいなご、わたしがあなたがたの間に送った大軍勢が、食い尽くした年々を、わたしはあなたに償おう。26 あなたがたは飽きるほど食べて満足し、あなたがたに不思議なことをしてくださったあなたがたの神、主の名をほめたたえよう。わたしの民は に恥を見ることはない。27 あなたがたは、イスラエルの真ん中にわたしがいることを知り、わたしがあなたがたの神、主であり、ほかにはないことを知る。わたしの民は永遠に恥を見ることはない。28 その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りや夢を見、若い男は幻を見る。29 その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。30 わたしは天と地に、不思議なしるしを現す。血と火と煙の柱である。31 主の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。32 しかし、主の名を呼ぶ者はみな救われる。主が仰せられたように、シオンの山、エルサレムに、のがれる者があるからだ。その生き残った者のうちに、主が呼ばれる者がいる。ヨエル書 3章1 見よ。わたしがユダとエルサレムの を元どおりにする、その日、その時、2 わたしはすべての国民を集め、彼らがヨシャパテの谷に連れ下り、その所で、彼らがわたしの民、わたしのゆずりの地イスラエルにしたことで彼らをさばく。彼らはわたしの民を諸国の民の間に散らし、わたしの血を自分たちの間で分け取ったからだ。3 彼らはわたしの民をくじ引きにし、子どもを遊女のために与え、酒のために少女を売って飲んだ。4 ツロとシドンよ。おまえたちは、わたしに何をしようとするのか。ペリシテの全地域よ。おまえたちはわたしに報復しようとするのか。もしおまえたちがわたしに報復するなら、わたしはただちに、おまえたちの報いを、おまえたちの頭上に返す。5 おまえたちはわたしの銀と金とを奪い、わたしのすばらしい宝としている物をおまえたちの宮へ運んで行き、6 しかも、ユダの人々とエルサレムの人々を、ギリシヤ人に売って、彼らの国から遠く離れさせたからだ。7 見よ。わたしは、おまえたちが彼らを売ったその所から、彼らを呼び戻して、おまえたちの報いを、おまえたちの頭上に返し、8 おまえたちの息子、娘たちを、ユダの人々に売り渡そう。彼らはこれを、遠くの民、シェバ人に売る、と主は仰せられる。9 諸国の民の間で、こう叫べ。聖戦をふれよ。勇士たちを奮い立たせよ。すべての戦士たちを集めて上らせよ。10 あなたがたの鋤を剣に、あなたがたのかまを槍に、打ち直せ。弱い者に「私は勇士だ」と言わせよ。11 回りのすべての国々よ。急いで来て、そこに集まれ。—主よ。あなたの勇士たちを下してください—12 諸国の民は起き上がり、ヨシャパテの谷に上って来い。わたしが、そこで、回りのすべての国々をさばくために、さばきの座に着くからだ。13 かまを入れよ。刈り入れの時は熟した。来て、踏め。酒ぶねは満ち、石がめはあふれている。彼らの悪がひどいからだ。14 さばきの谷には、群集また群集。主の日がさばきの谷に近づくからだ。15 太陽も月も暗くなり、星もその光を失う。16 主はシオンから叫び、エルサレムから声を出される。天も地も震える。だが、主は、その民の避け所、イスラエルの子らのとりでである。17 あなたがたは、わたしがあなたがたの神、主であり、わたしの聖なる山、シオンに住むことを知ろう。エルサレムは聖地となり、他国人はもう、そこを通らない。18 その日、山々には甘いぶどう酒がしたたり、丘々には乳が流れ、ユダのすべての谷川には水が流れ、主の宮から泉がわきいで、シティムの渓流を潤す。19 エジプトは荒れ果てた地となり、エドムは荒れ果てた荒野となる。彼らのユダの人々への暴虐のためだ。彼らが彼らの地で、罪のない血を流したためだ。20 だが、ユダは永遠に人の住む所となり、エルサレムは代々にわたって人の住む所となる。21 わたしは彼らの血の復讐をし、罰しないではおかない。主はシオンに住む。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ヨエル書 1〜3章より)今日は、ここまで。(2022.7.19)