古代ローマでは場所、季節、昼夜で1時間の長さが違った【ラテン語の時刻の言い方】 | 翻訳で食べていく方法★プロの翻訳者養成所

古代ローマでは場所、季節、昼夜で1時間の長さが違った【ラテン語の時刻の言い方】

外国語を勉強するとき

かなり初期の段階で学習する表現に

時間(時刻)の表現があります

 

何時ですか?

What time is it?

Quelle heure est-il?

¿Qué hora es?

・・・

 

10時です。

It's ten o'clock.

Il est dix heures.

Son las diez.

・・・

 

このような

外国語の学習事項は

どの言語でもだいたい同じであり

その順番も

定式化しているのか

だいたい同じ

 

ある時期になると

必ずといっていいほど

時刻の表現を学ぶわけです

 

できるかできなかはさておき

私も数多くの言語を

学習した経験があります

 

英語はもちろん

スペイン語、フランス語、イタリア語・・・

ハンガリー語

ベトナム語

中国語

ロシア語

アラビア語・・・

 

どの言語でも

時刻の表現を学ぶ時期が

やってきます

 

ところが

ある言語を学んだとき

その常識が覆されたのです

 

そして

「そっか!」

と、納得もしました

 

どの言語を学んだときかというと・・・

 

ラテン語です

 

より正確に言うと

古典ラテン語です

 

ラテン語とは

ヨーロッパの古い言語ですが

紀元前1世紀くらいまでに

古代ローマ帝国で話されていた言語のことを

指します

 

ローマを中心として

現在のイタリアあたりの言葉です

 

カトリック教会の伝播

それに伴う

ローマ帝国の拡大により

ラテン語が

全欧に広まることになります

 

そもそも

普通の話し言葉だったわけですが

各地への広まりと共に

ラテン語は

書き言葉として

存在意義を拡大します

 

中世くらいになると

ラテン語は

ほぼ完全に文語になったのではないかと

思います

 

日本語の古典みたいな

ものですよね

 

ちなみに

一般的な会話で使われていた言葉を

俗ラテン語とか呼びます

 

ともかく

古典ラテン語の時代

つまり

紀元前1世紀頃までは

実は、今のような時間区分ではなかったのです

 

つまり

今のように

1日が24時間に均等に区切られている時代では

なかったのです

 

だから

時刻を表す表現も

今とはずいぶんと違うのは

当然です

 

この事実は

ラテン語を勉強するまで

思ってもみませんでした

 

目から鱗でした!

 

Photo by Mark Leishman on Unsplash

 

 

ご存じの方も多いと思いますし

人類の歴史を

ある程度知っている方であれば

察しがつくかもしれません

 

紀元前1世紀頃の

古代ローマ帝国では

人々は農業を中心に

暮らしていました

 

ですから

季節を知る必要があったため

カレンダー(暦)は

すでにとても発達していました

 

今、日本で採用されている暦も

中世くらいに開発された

改良版ではあるものの

ローマの暦である

グレゴリオ暦で

明治6年1月1日から

採用されています

 

当時

太陰暦の旧暦

明治5年12月2日の

翌日から

新暦の1月1日に

切り替わったのっだそうです

 

つまり

明治5年12月2日の翌日が

明治6年1月1日

 

昨年、

平成31年4月31日の翌日が

令和元年5月1日になったわけですが

似たような感覚だったのでしょうか・・・

 

それとも

違うんでしょうか・・・

 

暦が変われば

季節感も違うから

随分と違和感があったんでしょうかね

 

話がちょっと脱線しましたが

暦は

古代ローマ時代にも

農業のために

きちんと活用されていました

 

農業中心だった

古代ローマでは

1日の時刻については

それほどきっちりと

認識されていなかったようです

 

時計や時報の発明について

解説した先日の記事でも

話しましたが・・・

 

時刻を正確に知らせる必要性は

キリスト教の発達の経緯と

切っても切れない話です

 

その辺の経緯については

よろしければ

こちらをお読みください

【語源で解決!】いったいどこまでがClock?

 

つまり

紀元前後くらいの時代には

「時刻を正確に知らせる」

という需要が

まだまだなかったわけです

 

ですから

時刻の表現も

未発達

 

実際に

1時間の長さも

季節によって違ったそうです

 

それは

日時計を使って

1日を分割していたからでした

 

日時計が基準ということは

つまり

緯度によっても

1時間の長さが

変わってくる

ということになります

 

つまり

当時のローマでは

日中を12等分して

それを1時間としていました

 

つまり

日の出から日の入りまでを

12等分していたわけです

 

ですから

夏至の日の1時間が最も長く

冬至の日の1時間が最も短い

 

さらに

日中の長さは

夏至であれば

北に行けば行くほど

長くなるので

緯度が高くなると

1時間が長くなることになります

 

ローマのある

地中海地域では

夏至の日の1時間は約75分

冬至の日の1時間は約45分と

随分と開きがあったようです

 

北極圏では

白夜ですから

1時間は

今の2時間だった

ということですよね

 

ちなみに

ラテン語で

「今何時ですか?」

Quid temporem est?

だそうです

 

その答えとしての時刻ですが

当時は

日の出後の1時間のことを

hora prima

2時間目のことを

hora secunda

などと呼んだそうです

 

12時は

hora duodecima

だそうですが

12時という言葉は

あまり使われなかったとか

 

その後

夜も12等分されていたようです

hora prima noctis

hora secunda noctis

hora tertia noctis

・・・

 

ただ

農業中心のローマでは

夜中の時刻は

あまり必要ではなかったようで

夜の時刻表現は

別の言い方がされていたようです

 

それは

vigilia prima

vigilia secunda

vigilia tertia

vigilia quarta

以上の4区分

 

vigilia とは

watch という意味

 

つまり

「夜の見張り」

というわけです

 

これは

当時、軍の遠征の際の

用語だったそうです

 

古代ローマの歴史を

ご存じの方は

「そうか!」

と納得していただけると

思いますが・・・

 

ガリア戦争でも有名な

ガイウス・ユリウス・カエサルは

終身独裁者になったことでも

知られていますが

当時のローマ帝国は

ヨーロッパ各地に遠征し

領土を広げていました

 

昼の時間は農業に有用な

日中を区分する時間を用い

夜の時間帯は

見張りのシフトを区分する時間を用いて

時刻の表現が成り立っていたのは

とても興味深いことです

 

夜の1時間は

上記の4区分だったので

昼の1時間とは

長さの感覚が

また違ったことでしょう

 

冬は夏よりも

見張りのシフトが

長かったということに

なりますもんね・・・

 

 

ちなみに

ローマで日時計が発明されたのが

紀元前3世紀頃だそうです

 

それから100年遅れること

紀元前2世紀に

ギリシャで水時計が発明されます

 

これにより

曇りの日でも

時刻を測ることができるようになり

さらに

夜の時刻も

均等に12等分されるようになったのだそうです

 

 

このように

技術の発達があり

さらに

キリスト教で

礼拝の時刻が決められるようになり

1日を日の出から日の入りまでの長さを

基準にするのではなく

均等に分けるようになったのは

それからしばらくたってから

ということになります

 

時代と共に

表現も変わってくるわけで

このように見てくると

言葉は生きているのだなぁと

あらためて実感するものです

 

参考文献:

Misura del tempo nell'antica Roma

Telling Time in Ancient Rome

 

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