「その1」
「その2」
「ある日の風景 その1」
「その3 1/2」
「その3 2/2」
「ある日の風景 その2 1/3」
「ある日の風景 その2 2/3」
「ある日の風景 その2 3/3」
「その4」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
夜半から降り始めた雪のおかげで、街は大渋滞だった。わたしはタクシーで移動することを諦め、運転手さんが止めるのも聞かずに、イルミネーションの目映い街の中へ飛び出していった。
うう……、雪はもう溶けて無いんだけど、それでもところどころ凍り始めていて
「うわっ! わたっ! どんがらがっしゃーん☆」
アイッタタタタ……。
ああ! お洋服が! せっかく、オシャレしたのに……。
尻餅をつくと、途端にわたしは悲しくなった。
イルミネーションのきらめきに反して、わたしはなんだかとっても惨めで。時折そこここからこぼれ聞こえてくるジングルベルも、ちっともわたしをなぐさめてくれなくて。
こんな日に限って……。もう、最悪……。
「おい、あれ天海春香じゃね?」
「ホントだ、なにやってんだろこんなところで」
「撮影?」
「ドラマかなにか?」
「これ録ってんの?」
「おい、写メ写メ」
うわぁぁ~~、やばいよやばいよ……。せめて帽子だけでも被っておけば良かった、なんて思ってもあとの祭り。
あわわわわ、見る間に人が集まってきたぁ~~。って、わっ! もう7時半? 完全に遅刻だぁ~~!! これをかき分けて行くのぉ? そんなんじゃ間に合わないよ……。
もぉ~~、目と鼻の距離なのにぃ~~。
プロデューサーさぁ~~~ん……。
6時45分……。そろそろあいつも店に向かってる頃かな。このままじゃ遅刻は決定的だな。連絡の一つも入れておきたいが、スタジオで携帯を使うわけにもいかないし、ここで出て行くわけにもいかないし。参ったな……。こんなことならもう少し遅めの時間にしておくんだった。
「6時46分」
「ん?」
横で律子がそうつぶやいた。
「さっきから時間ばかり気にしてますね」
「いや……。うん、集中力がな」
「美希なら大丈夫ですよ。本番での集中力の高さは並じゃありませんから。ま、その後が非道いんですけどねぇ~」
知ってるさ。
今日は美希のプロモーション・ビデオの撮影だ。ハリウッドから特殊効果スタッフを呼んだ大がかりな撮影で、ウチの社長を含め、関係各所から偉いさんが多数やってきている。撮影は昨日の朝からほぼぶっ通し。今日の昼には終わる予定だったんだが、まさかこんなに時間が押すとは思わなかった。
アメリカ人が怠け者なんて誰が流した噂か知らないが、彼らは一切の妥協と手抜きを許さず、とことんまで最高のものを仕上げようとしてくれている。そのお陰か、日本人スタッフはもちろん、美希も集中力を切らすことなく、最高のテンションを維持し続けている。
まったく、大したモンだよ、あいつは。
“Hey Miki! You alight?”
“Light. Get start early. I’m so so hungry”
“Yap. You go do it!”
“Let it go”
“Yeah! Mikki-Mikki-ni-shiteyan-YO!”
最後のテイクに入った。俺と律子は画面に集中した。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……う、うぉ! っとと」
か、革靴で雪道を走るのがこんなに大変とは……。
『なんでそんなこと早く言わないのよ!』
『言えるわけねーだろ! 俺はこれでもエグゼグティブ・プロデューサーなんだぞ!』
『765プロでエグゼグティブもへちまもあるか! もう……。良いから先輩は、早く春香のところに行ってあげて下さい』
『そうはいかない。偉いさんに挨拶して廻らなきゃいけないし、向こうのスタッフにも……』
『い~から! それはあたしと社長でやっておきます。だから、ね?』
『でも』
『ほら、早く行け、色男』
「ハッ、ハッ、ハッ……」
7時35分。完全に遅刻だ。それにしても、さっきから携帯を鳴らしているのに全然出ない。こう言うことで怒るヤツじゃないから、なにかトラブルにでも遭ってるのかな。とにかく、早く行ってやらないと。
辺りはすっかり真っ暗だ。さすがにここまで街中に来ると、雪はほとんど消えているので走りやすい。それにしても、街路樹を彩ったイルミネーションが本当に綺麗だ。飯食ったあとにでも春香に見せてやりたい。が、そうも行かないか。
プロデューサーさぁ~~~ん
ん? 今なにか聞こえたぞ? って、なんだ? あの人だかりは。
「ふぇ~~、プライベートなんですぅ。待ち合わせしてるんですぅ~」
「おい! 閣下のお通りだ! 道をお開けしろ!」
「うるせえ愚民!」
「愚民自重!」
「乙゛女゛よ゛~゛大゛志゛を゛抱゛け゛~゛♪゛ ふわふわ!」
「ヴァい! ヴァい! ヴァい!」
人混みはどんどん増えていって、次第に大通りまで溢れそうになってきた。こうなってくると、そろそろ警察の人が来てしまうだろう。そうなったら、今日はもうお食事どころじゃなくなる。
ごめんなさい、プロデューサーさん……。せっかく誘ってくれたに、これじゃあ……。
春香!
「え?」
「春香!」
「プ、プロデューサーさん!? どこ?」
その時、誰かがわたしの手を掴んだ。
見慣れた腕時計。
「走れ!」
「は、はい!」
プロデューサーさんは、一気に人波をかき分けると、わたしの手をグイっと引っ張った。
「遅くなってすまん!」
「いえ……」
光のアーチの下を、二人で駆け抜ける。風が街路樹を揺らす。枝先を電球達が踊り、キラキラと降りそそいだ。
ファンのみなさん、ごめんなさい。今日は、今日だけは、アイドルをお休みさせて下さい。
駅前の広場に出たところで足を止めた。お店はもう目の前。
「もう……、追ってこないな……」
繋いだ手が汗ばんでいる。
「春香」
「はい」
聖歌隊が歌う賛美歌が聞こえてくる。
「メリークリスマス」
なぜだか、嬉しさで一杯になって。汚したお洋服のことも、もうよくて。
「えへへ。メリークリスマス、プロデューサーさん」
リンゴーン リンゴーン
何処からか鐘の音が聞こえた。
蒼い鳥 その5