のぶろぐ -32ページ目

のぶろぐ

2015年1月、33歳にて世界一周の旅スタート!

キリマンジャロ登山を成功させ、モシの町に帰ってきた。

少し休んだら次の目的地ダルエスサラームへ!

というはずだったのだが、意外と滞在が長引いてしまった。


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キリマンジャロ登山を終えてモシで休憩。

そう思っていたらその日は朝から雨。


ぼくがキリマンジャロ山にいた5日間は全く降らなかったのに。

登山中は天気に恵まれて良かった!

この日やるべき事は体を休めること。

とにかくホテルでブログ書いたり、次の旅先の情報を集めたり。

お昼になってお腹が空いたので、痛くなった左膝を若干引きずり気味に歩いてランチに出かけた。

食べてる途中は現地人に絡まれ続ける。


「キリマンジャロに行ったんなら次はサファリはどうだ?」
「温泉もあるぞ!」
「コーヒー農園の見学はどうだ!?」

これらの相手は面倒くさいが、しつこすぎないので程よく会話を楽しむ程度にしておいた。

ランチ後はまたホテルに戻り、ゆっくりしてディナーに!

さすがに少し人通りの少なくなる夕方は荷物をほとんど持たずに、すぐ近くのレストランに行った。

足を引きずりながら歩いていると強盗の格好のターゲットになるし、逃げることもできない。

比較的治安のいいモシだが、そこは気を抜かないようにした。



次の日も朝から雨。

前日ほとんど歩かなかったおかげで膝の痛みはほぼなくなった。


まずは昼間からガソリンを補給。3,000シリング(約180円)


キリマンジャロ登山のツアー会社、キリクライマーズの隣のレストラン。

セットでいろんなものを食べさせてくれる。


ランチで3,500シリング(約200円)

タンザニアはビールもご飯も安くていい!

そして1人でモシの町歩きをした。

モシでは現地人がミシンで服を作りながら、その場で売っている。


ぼくも涼しくて風通しが良く、そして蚊除けにもなる長ズボンを1枚買った。
19,000シリング(約1,100円)

お土産のキリマンジャロTシャツなんかより、ずっとこっちの方が便利で実用的だ。

タンザニアはイスラム教徒がキリスト教徒と同じぐらいの割合でいるので、町中にはモスクがある。


毎朝早くからアザーンで起こしてくれるのは、イスラム圏ではよくあること。

その後も町を歩いていると、相変わらずキリマンジャロやサファリへのお誘いがある。


バスターミナルの近くではバスチケットの売り込み。

これも発展途上国ではよく見られる光景だ。

でもあまり好きになれなかったのは、ぼくにバスチケットを売り込んでいる人を指差し、

「こいつは嘘つきだ!金を騙し取られるぞ!!」

って言って自分のバスを勧める男たち。

彼らの言うことも一理あるかもしれないので、バスチケットは予約のみにしてお金は当日に払うことにした。

それに対してバス会社の人はOKしてくれ、結局お金を騙し取られることもなかった。

ああいう商売の仕方は日本じゃあり得ないな。


その後は服のセリをちょいと見学して、この日も体を休める為にホテルに戻った。



本来なら2日間休んでダルエスサラームに行く予定だったが、念の為もう1日モシで過ごした。

長距離移動は体を完全に回復させてからの方がいい。

この日は1泊2日のサファリツアーから帰ってきたテルさんと町歩き。

まずはキリマンジャロコーヒーを飲みに行った。


クロックタワーから1本路地に入ったところにあるカフェ、Fifi's。
ホテルでフランス人に教えてもらったカフェだ。

店内はきれいで観光客も多い。


おそらく外国人向けのガイドブックに載っているのだろう。

そしてぼくらが頼んだのは、せっかくだからということでコーヒーダブル
3,000シリング(約180円)


そしたらとんでもない量のコーヒーが!

カップ3~4杯ぐらいあった!

たださすがに本場だけある。
コーヒーはコクがあってこれぞコーヒーと言えるような味だった。


お腹が空いたのでレストランを探して歩いていると、公園を見つけた。


ちょっと遅めのランチを食べながら、またテルさんとのビジネスについての会話は弾んだ。


先ほどのカフェとこの公園は思い出の場所になるだろうか。

その後も少しその辺りをぶらぶら歩いて、一度ホテルに戻った。


モシでの最後の夜はテルさんとフランス人のエミルと一緒にディナーへ。



エミルはジャーナリスト。

タンザニアで取材した事をいろいろと教えてもらった。

彼にはこの後ダルエスサラームでもお世話になる予定。


それにしても最近のぼくは出会いに恵まれていると思う。

いろんなバックグラウンドや国籍や価値観を持った人に出会っていろんな話をして、南米よりもアフリカに入ってさらに旅が充実している気がする。


この調子でもっと人と交流して、様々な意見を取り入れていかないと!




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キリマンジャロ登山でついに頂上へ。

その道のりは思ったよりも過酷だった。

ただ、ぼくにとっては山下りもまたキツかったのだが。。


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3日目  ホロンボハット(3,720m)→キボハット(4,720m)約5時間


この日は最後のキャンプサイトのあるキボハットへ!


ぼくらは張り切って向かった。

このルートは最初こそ少しだけキツめの坂があるが、途中からは平坦な道をずーっと歩いていく。



この道からは目標であるキボ峰がきれいに見えた。


そのうち森林限界を越えると植物はなくなり、かなり埃っぽい道に変わる。


途中には石を置いて書かれた文字がたくさんあった。


ぼくも何か書けばよかったかな。


休憩ポイントのベンチが最後の方にあり、ランチを食べてからキボハットへと向かった。

もうすぐそこにキャンプサイトは見えているのだが、なかなかたどり着かない。

標高4,500mを越えたので、さすがにキツくなっているのだと思う。

こんな時こそポレポレ(ゆっくりゆっくり)、焦らずにぼくらは少しずつ歩き、約5時間で目的地に到着した。


この場所は水道がないので、手を自由に洗うことができない。
キャンプサイトも含めてよく整備されたマラングルートだけど、やっぱりこの標高になると問題が出てくる。


ぼくらは夕食をまたガッツリ食べて、次の日の登頂アタックに備えた。


そしてディナー後、いつも通りガイドのプロスパーが次の日の説明にやってきた。

でもこの日だけ1つ違っていたのは、サブガイドのリビングストンも同席したこと。

そしてプロスパーの第一声は、

「あなたたちの夢はもうすぐ叶う。こちらも全力でサポートするので、ベストを尽くして欲しい。」


夢か、、

ぼくがキリマンジャロに挑戦することを決めたのは2週間前。

モロッコで出会った2人の日本人男性から勧められた事が、挑戦するか迷っていたぼくの背中を押した。

夢と言える程のものかは分からないけど、やるからには成功させたい。
プロスパーの言葉は少しボンヤリしていた自分の気持ちを、もう一度奮い立たせるものがあった。

そしてガイドの説明が終わり、食事の片付けをしに来たポーター達からの「ベストを尽くせ!」という言葉も、何とか成功させようという気持ちを大きくさせた。


そして深夜発の頂上アタックに備え、寝袋に入ったのは19時頃。
すぐに寝られる訳もなく、とにかく横になってゆっくりした。



4日目  キボハット(4,720m)→ウフルピーク(5,895m)→キボハット(4,720m)→ホロンボハット(3,720m)約14時間


ポーターの声で目を覚ました。

正確に言うと3日目の23時。

30分で準備をして、軽食を食べて0時出発なのだ。

一応眠りはしたが、おそらく寝付いたのは21時頃だったと思う。
ということは寝たのはたった2時間。。

とりあえずビスケットを食べて、これでもかというぐらいの服を着込んで、0時にキボハットを出発した。


途中で撮った写真はこれだけ。

気温が下がるとカメラのバッテリーが一気に下がるので、カメラのバッテリーだけポケットに入れて歩いたからだ。

それに、標高が上がるにつれ、そして朝が近づくにつれて下がる気温に、手がかじかんで感覚がなくなり、写真を撮るどころではなかったのだ。


この区間は今までで1番坂がキツい。
先がどうなっているかは全く見えないが、前を行く他のツアーに参加している登山客のヘッドライトで、その坂のキツさを知ることができた。


そして5,000mを越えると一気に高山病の症状がやってきた。
エクアドルのケーブルカーで失敗したあの時を思い出す。

睡眠不足と、標高が上がるにつれて少しずつやってくる頭への圧迫感。
そしてひたすらジグザグにポレポレ歩く単調なルート。

でもあまりの空気の薄さに、テルさんやガイドと話す気力もない。
さらに暗闇の中を歩いていたので周りの景色も見えない。

たまに少し立ち止まって見上げる美しい星空だけが、唯一の気分転換だった。


約7時間で頂上まで行く予定だったのだが、その長い道のりは完全に修行のように思えた。

そして何度も、ここでやめて下山したらどれだけ楽だろうと思った。

でもそんな時にこそ、ぼくの旅を応援してくれている人たちの顔が浮かぶものだ。

みんなにこのチャレンジの成功を報告したい!

その一心でひたすら山を登り続けた。


そして登り始めて6時間ぐらい経った頃、ぼくらが向いている反対側の空が少しずつ明るくなり始めた。


途中のギルマンズポイント(5,685m)に到着。


ここからは標高では200m上がるだけなのだが、まずは軽く上がったり下がったりする道を進み、ウフルピークの待つ山まで向かう。

早く登り切ってしまいたいのに横に進むというのは、精神的に結構辛い。

もう少しもう少し、と思いながら何とか頂上を目指して歩いた。

そして頂上に着く前に顔を出してしまった朝日を、途中の道から撮影した。


本来なら頂上から見たかったが、仕方ない。

でもさっき通ったギルマンズポイントあたりの山の上にちょうど太陽が顔を出し、なかなかお気に入りの写真になった。


ここからはぼくもテルさんもフラフラ。
お互い励まし合いながら、でもゴールが見えても焦らないようにポレポレ登った。


そして太陽が完全に上がった頃、ついにその時がやってきた。


キリマンジャロ山の、そしてアフリカの最高地点(5,895m)に到着ー!!


この時の気持ちは何とも複雑だった。

達成感というよりは、登頂できて良かったという安堵感の方が強かった。
たくさんの旅人が成功させたこの登頂を、ぼくも達成できて良かった、というのが正直な気持ちだ。


頭痛がひどかったが、とりあえず周りの絶景写真を撮る気力はあったみたい。



テルさんとも記念撮影!


ずっとここでいい気分を味わいたいところだが、標高の高いところに長時間いるのは危険である。

プロスパーの「行きましょう!」という日本語で、ぼくらは下山することにした。

マラソンはゴールが終わりだが、登山は頂上が終わりではない。
ここからは2日間かけて標高で言えば4,000m下るのだ。


標高が高いのは相変わらずだが、下りは少しは絶景を楽しむ余裕もあった。


そしてこの日暗闇の中歩いた道をひたすら降りる。


最初の石がゴロゴロしているところを抜けると砂利道になるので、かかとに体重をかけて滑りながら降りた。


キボハットも見えはするが、まだまだ先だ。

それにしても明るくなると、その坂がいかに急だったかがよく分かる。

ここを下っている途中もひどい頭痛に悩まされてフラフラになったまま、頂上から約3時間でキボハットに到着した。

あ~やっと休憩できる!

寝不足のぼくらは10時半から1時間だけ仮眠を取った。



1時間寝たら少しは楽になったが、まだまだ頭痛と寒気がして体調がすぐれないまま、昼食を食べた。

前日までの食欲が嘘のようになくなり、これからまた始まる山下りに必要なカロリーをとったぐらい。


そして正午にホロンボハットに向けて再度出発した。

正直キボハットでもう1日休みたかったが、高山病にかかった後に1番よく効く薬は、下山することなのだ。

その後の3時間は頭痛と疲れがあったが、やはり仲間がいるというのはありがたい。
テルさんと話をする元気も出て、気を紛らせながらひたすら歩き続けた。


そしてコロンボハットが近くなって、ガイドのプロスパーが一言。
「足痛いんだろ!?明日は自分の靴を履いて下りな」

そう、ぼくはレンタルシューズを履いていた為、靴は足にきちんと合っていなかった。
その為に下り坂で足の指が痛くなり、テルさんについていけなくなっていたのだ。

この辺りはさすがに経験のあるガイド。
歩き方を見れば分かるのだそうだ。

そして何とかホロンボハットに到着。


0時に出発したぼくらは、休憩時間を除いて合計14時間歩いたことになる。

やっと休めるということと、3720m地点とは言え、少しは低い場所に来たという安心感があった。


ぼくらがティーを飲みながら談笑していると、隣にいたデンマーク人のクラウが話しかけてきて、お互い旅の話で盛り上がった。

彼はこれからウフルピークを目指すらしい。


そしてぼくはデンマークでの宿も確保することになった。

旅好きの人は、旅人に優しいのだ!


そしてこの日は早めの夕食を済ませ、19時過ぎには死んだように眠りについた。



5日目  ホロンボハット(3,720m)→マラングゲート(1,879m)約6時間


前日ひどくなった頭痛は少しは和らいだ。

朝早めに朝食を食べて、7時半頃にコロンボハットを出発した。

プロスパーに言われた通り、登山靴から自分のスニーカーに履き替えた。


ぼくのスニーカーは底がツルツルなので、ストックを使いながら滑らないよう気をつけて山を下りた。

ただ、だんだんと山を下るにつれて治ってくる頭痛に変わり、別の問題が発生した。


ぼくがキリマンジャロ挑戦を迷った理由は3つある。
1.価格が高い(約130,000円)
2.高山病が心配である。
3.マラソンで痛めた膝は、激しい運動を続けると少し痛む。

この3つ目の問題がここに来て発生したのだ。
特に山下りが膝にくるのは分かってはいた。

それでも途中のマンダラハット(2,720m)までは少し痛いな、ぐらいで下りることができた。

でもここからの3時間が結構辛かった。


最初の3時間に比べて坂が急になるこのルートは、大きな段差が多く、この時のぼくにはキツかった。

足の指の痛みも完治してはいないので、ダブルパンチをくらった感じ。


途中は雲の中を通って少しひんやりした。


ここでもストックを使って少しゆっくり歩きながらゴールを目指した。

テルさんが先を歩いて、途中で待ってくれて。


結構辛い山下りを無理せずゆっくり歩いていると、だんだんと人の笑い声が聞こえてきた。


そしてようやくその時が!


おそらく頂上まで行った時よりこの時の方が達成感を感じられたと思う。

頂上で感じたあの微妙な思いは、登山のゴールがそこではなかったからだろう。


途中はここまで辛い思いをして、しかも高い金まで払って、挑戦する必要があったのだろうかと思ったが、全部終えてみると後悔は全くなかった。


ぼくにとっては、初マラソンで4時間をきってゴールした時のように、生涯忘れられない瞬間の1つになるだろう。


それにしてもガイドのプロスパーやサブガイドのリビングストン、クックやポーター、それに共にフラフラになりながら一緒に登頂したテルさん。

皆さんの支えがあってこそ登頂できたと心から思う。


ホテルに帰ってチェックインし、まだ明るいうちにテルさんと祝杯をあげた。

銘柄はもちろんキリマンジャロ!!


こんなハードな運動の後に飲むビールほどうまいものはない!

ビールをうまく飲む為に登ったのと勘違いしそうだ。


4,5日目がとにかくキツかったキリマンジャロ登山。
完全にやり遂げてしまうと、その大変さって少し薄れてしまうものだ。

さて次は何に挑戦しようかな。


そんな事を考えながらも、今の正直な気持ちは、「こんなに高い山への挑戦は二度とやりたくない!」だけど。




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キリマンジャロ登山がついに始まった。

登山素人が5,000m超の山に挑戦なんて無謀かと思われるかもしれないが、世界一周している旅人にはポピュラーなアクティビティー。

誰でも登れると言うわけではないが、誰でも挑戦できる高い山として有名なのだ。


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AM9:30にキリクライマーズのオフィスに行き、服など必要なものと必要でないものを仕分けした。

必要でないものはバックパックと共にツアー会社に預かってもらい、ぼくは1人でツアーの車に乗った。

そしてもう1人のツアー参加者である日本人男性を拾って、ぼくらはマラングゲートへと向かった。


まずはマラングゲートでレンタルすべき物を全て揃えてもらった。

フリース、ダウンジャケット、レインコート、登山靴、寝袋、ウオーターボトル、ヘッドライト等。。

いかにぼくが登山やトレッキングをせずに旅していたかがよく分かる。


1日目  マラングゲート(1,879m)→マンダラハット(2,720m)約3時間


軽いランチパックを食べて、ぼくらはマラングゲートに立った。


彼は日本からキリマンジャロ登山とサファリツアーの為に、約10日間の予定で旅をされている、テルさん。

ぼくより2つ年上で、富士山には既に5~6回登っている、登山のベテランである。

いや~登山素人のぼくには頼りになる存在だ!!


約900m登る初日は森林の中を歩いていく。


この区間はガイドは必要ない。
標高も高くないし、道もそこまで険しいわけでもない。


ぼくらはお互いのことを語り合いながら、緑いっぱいの中登山を楽しんだ。

そして約3時間でこの日の宿泊場所、マンダラハットに到着した。


到着した後は少し休憩してガイドと一緒にその辺りのクレーターを見に行ったり、


少し散歩をして、


ロッジへと戻った。


このツアーで出してくれる料理はボリュームたっぷりと聞いていたが、まさにその言葉通り。



かなりの量だったが、よく歩いたぼくらはほとんど食べきった!


ちなみにぼくらが食事をしている後ろでは、ポーター達が12人のグループを囲んで歌を歌っていた。


ぼくら2人のグループとは違うビップ待遇である。

ツアー費多めに払ったのかな、なんて余計な事を考えてしまう。


夜はロッジで睡眠。


ぼくはレンタルした寝袋に体を押し込んで、次の日の登山に備えて早めに就寝した。



2日目  マンダラハット(2,720m)→ホロンボハット(3,720m)約6時間

次の日の朝、朝食後にポーター達の歌で送り出される。


もちろんぼくらのではなく、12人グループのを見せてもらっただけなのだが。


マンダラハットを出たぼくらは、この日はガイドのペースで歩くことに。

どうやら前日のペースが早すぎたらしい。。

今回のガイドはプロスパー。


サブガイドはリビングストン。


2人とも40代のベテランなので、ぼくは頼りになる人たちに囲まれて登山ができる。

そしてポーターの仕事はぼくらの荷物や食料、ガス等(1人あたり約20kg)を運ぶこと。


彼らのおかげで登山客は、サブバッグ程度の荷物だけで登山に専念できる。

しかもぼくらよりも遥かに早いスピードで山を登っていく姿には、本当に感心させられた。


ぼくとテルさんはたった2歳差という事もあり、お互いの事が分かってくると、だんだんと仕事や社会の話題が多くなった。


どうしても同年代の男性と出会うとこうなってしまうものだ。

ただぼくは旅をしている間もそういう分野には相変わらず興味があるので、たまにこういう話をしてくれる人に出会えるのは本当にありがたい。

この日もそうだが、5日間本当にいろいろ勉強させてもらった。


ガイドのプロスパーが前を歩き、ポレポレ(スワヒリ語でゆっくりゆっくり)!と何度も繰り返す。


意外と登り坂というのはキツイのだ。
しかも標高はどんどん上がっていくし。

5日間歩き続けるのもあるし、ぼくらは彼のスピードに従ってポレポレ歩いた。


だんだん登ってくると景色も違ってくる。



森林の中を歩いた初日とは違い、植物の種類も大きく変わった。

その分全体の景色が見渡せて、でも程よく緑もあって、気持ちよく歩けるコースだった。

テルさんとほとんど話をしながら、たまにガイドの2人とも話して。


そんな事をしてたらいつの間にか、ホロンボハットに到着!




実はぼくは前日に全く予期しなかった奇跡の再会を果たしていた。

ぼくの世界一周は約5ヶ月前にロサンゼルスから始まったのだが、そのロサンゼルスのホステルで出会った、ニュージーランド人のインヤン。


例えば南米では、ペルーで会った人に隣のボリビアで再会するとかはよくあったけど、こうやって大陸を挟んで連絡を取り合わずに再会するのは初めて。

改めて世界の小ささを思い知らされた!


ここホロンボハットは標高3,720m。

この日は高度順応の為に、少し休憩した後、4,000m地点のゼブラロックまで散歩した。

遠くにはマウェンジ峰が見えるのだが、その形がなかなかカッコいい。


登る予定のない山を見ながら歩き、ゼブラロックに到着した。


う~ん、どうしてここだけこんな風になるんだろうか。

とにかく4,000mを経験したぼくらは、この後ホロンボハットに戻り、夕食を頂いた。



この日もボリュームたっぷりだったが、ほとんど2人で食べきった。

何と言っても正規ルートを6時間と、高度順応で1時間半。
これだけ歩くとさすがに腹が減る。


そして快晴だったこの日は、星空の撮影をした。

周りに明かりがないので、きれいな星空が広がっていたのだ。


自分のカメラテクニックのなさもあり、写真でその美しさが伝えられないのが残念。

ウユニもサハラ砂漠も月に邪魔されたから、これまでの旅で見た1番きれいな星空だったと思う。


寒かったのであまり長くは外にいられなかったが、満天の星空は登山の疲れを癒してくれる。


そして隣にいるのは36歳男性。。。


う~ん、良くなったように思えた流れは、また元に戻った気がするな。




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意外と長居したナイロビからモシへ。

モシはキリマンジャロ山の玄関口の町。

早速ツアーの申し込みまで済ませた。


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夜明け前のナイロビのダウンタウン。


昼間と違って人通りが少なく、危険性が増す時間帯ではある。

ぼくが前日に予約したバス会社はDar express。
New kenya lodgeから100mぐらいの距離だ。

さっと歩いてバス会社まで着いてしまえば大丈夫だろうと思って、風のように歩いた。


そして定刻の6:15にバスは予定通り出発した。


今回の運賃は2,000シリング(約2,600円)

国際線にしては安い方だと思う。

そしてバスに揺られること約2時間半、タンザニアとの国境に到着した。

まずバスを降りてケニアの出国手続きをし、歩いてタンザニアに入り、タンザニアの入国手続きをした。

タンザニアはビザが必要なので50USドルを現金で支払い、何事もなく入国して再びバスに乗った。



約1時間半で全員の入国手続きが済み、バスは再び走り出した。


タンザニア側に入っても特に何もない景色をボーッと眺めていたのだが、途中で問題発生!

中南米にもよく見られたのだが、車のスピードを落とさせる為に、たまに道路にこぶのような出っ張りが意図的に作られている。

そこをこのバスのドライバーは少しスピードを落としたぐらいで通過していく。

するとどうなるか。

体がピョンと浮くのである。

さすがに現地人でもこれはたまらんと思ったらしく、車内に怒声が飛ぶ。


それでもスピードを落とさないドライバーに嫌気が指したぼくは、みんなと一緒にドライバーに怒声を浴びせていた。

さすがにドライバーもマズイと思ったらしく、次のこぶからはスピードを緩めるようになった。

良かった良かった。


タンザニアに入国してから余ったケニアシリングをバス内で両替した。

あまりレートは良くないらしいが、大した額ではなかったし、モシに着いてからのタクシー代が必要だったのだ。


そして13時頃、モシのバスストップに到着した。

モシの町中までは少し距離があるので、言い寄ってくるタクシーのドライバーと交渉して200円ぐらいで宿まで送ってもらった。

今回モシで泊まる宿はキリマンジャロバックパッカーズ。


宿泊料金
ドミトリー:6ドル
シングル:8ドル。

その価格差ならシングルにしようと思ったが、空いてなかったのでドミトリーにした。


宿のチェックインも無事済ませ、早速キリマンジャロ山の登頂ツアーの申し込みに向かった。

いろいろ比較するのは面倒なので、早速お目当てのツアー会社へ。


日本人御用達のキリクライマーズ。

ツアー代金の相場は掴んでいたので、その価格から大きく外れなければ即決しようと思っていた。

そして彼らの提示した価格は、マラングルート4泊5日で、
ツアー代金:900ドル(レンタル費含む)
チップの相場:150ドル(5日間のガイド、クック、ポーター、全て含む)

現在の為替相場で言うと約130,000円。
だいたい聞いていた通りだったので、その価格で即決した。


但し、ツアー代金900ドルの内、610ドルを入山料として政府が持っていく。(これはクレジットカードで支払い可能)

ツアー会社が取れるのは290ドルだけなのだ。
1人あたり4人のスタッフが5日間つくと考えると、高いとは言い切れない。

ここモシにはたくさんのツアー会社があり、競争も激しいのだと思う。
その290ドルから捻出されるスタッフへの給料は安く、彼らにとっては登山客からのチップも大切な収入源なのだ。

ツアーの契約が決まると、ツアー会社にランチをご馳走になった。


290ドルからすると安いものなのだろう。
たぶんこれで300円ぐらいだと思う。

その後はモシの町を少し歩いた。


ここはキリマンジャロとンゴロンゴロへのサファリツアーがたくさん出ている為、歩いているとよくツアー会社から声をかけられる。

そこまでしつこい客引きではないので、うまくあしらいながらこの町を歩いた。


宿に帰って韓国人の女の子のナラとディナーに出かけた。

タンザニアでの初ビールはキリマンジャロ!


彼女はキリマンジャロに挑戦し、ウフルピーク一歩手前のギルマンズポイント(5,685m)まで登って、限界に達したらしい。

高さではあとたった200mなのに。
でもそれがキリマンジャロ山登頂の難しさなのだと思う。

さてぼくはどうなるんだろう。

次の日から始まるチャレンジに向けて、この日は早めに体を休めた。




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旅人の間で凶悪都市と呼ばれるナイロビ。

初日に雰囲気は掴んので、もう少し歩いてみることにした。


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旅人の間で言われる凶悪都市ランキング1位はヨハネスブルグ。

そして2位がこのナイロビだ。

よく強盗に会うとかなんとか。。

とあるガイドブックにも「町中を歩いてはいけない」ぐらいの感じで書かれているのも手伝って、そんな評判が一人歩きしているように思う。

もちろん旅人の間での語り継がれることなので、有名観光地のみが、その名誉あるランキングにノミネートされる。

つまり現在で言えば、シリア、リビア、ソマリア、アフガニスタン、イラク等はランキング対象外なのである。

ナイロビは外務省のHPでも「十分注意してください」程度の町なのだ。



ナイロビで日本人がよく利用する宿new kenya lodge。

ぼくがサファリツアーから帰ると、初日に一緒に出かけた日本人四人組は既にタンザニアへ出発していた。

とりあえずゆっくりしようとぼくがパンを食べていると、かわいいネコがいておねだり。


こんな目で見られたらあげないわけにはいかんよな~。

ぼくがあげたパンを食べ終わると特等席で休憩してしまった。


名前はフィフィ。

美しいって意味で付けられたらしいのだが、最初はみんな女の子だと思っていたらしい。

結局男の子と分かっても名前はそのままにしたのだそう。


言われてみれば少し凛々しいような気が。

この宿は朝食はないが、共有スペースで朝のみ温かいティーを飲ませてくれる。



ドミトリーで750シリング(約1,000円)と安いが、たまにWIFIやシャワーが止まったりするのが難点ではある。


外出前に屋上に行ってダウンタウンを見下ろした。


前回ここから見下ろした時は日曜だったので車も人も少なかったが、平日のこの日はものすごい交通量だ。

そして町中を歩いてみた。


ここダウンタウンは混沌という言葉がよく合っている。

黒鉛の排気ガスを撒き散らす車が混雑お構いなしに走り、その狭い車の間を人が縫うように歩く。


まさにイメージしていたアフリカの雰囲気たっぷりだ。


たまにnew kenya lodgeのWIFIが弱くなるので、ヒルトンのカフェに行って調べ物をした。


コーヒー1杯、390シリング(約450円)


ヒルトンなので仕方ないか。

WIFIは高速と聞いていたが高速というほどではなく、まあ普通に使えるかなってところだった。

その後はダウンタウンから離れ新市街の方を歩いたが、こちらは道は広く人口密度もそこまで高くないので、比較的歩きやすい。


ナイロビ市内を歩いていると、ツアー会社の人からよく声をかけられる。

サファリやマサラマーケット等、、

申し訳ない、もう既に全部行ったのだ。

そう説明すると他のビジネスの可能性を探していろいろ聞いてくるが、そこまでしつこくはなく程よいところで切り上げてくれる。


夜は宿のスタッフにビール飲みたい!って言うと、この宿の近くのバーに連れて行ってくれた。

同じブロックにあるのでさすがに大丈夫。

ここなら1人でも来れる。


スタッフのモゼスとビールで乾杯!


ケニア人は皆英語が堪能なので、コミュニケーションに困ることはない。
テレビも半分ぐらいは現地語のスワヒリ語ではなく、英語で放送しているぐらいだし。

ぼくらは飲みながら日本について、またケニアについて、色々と楽しく話をした。
この宿で会う人はみんないい人ばかりだ。

ずっとテレビでニュースをやっていたのだが(これはスワヒリ語だった)、この日はケニアの年間予算が決まる日らしい。


酒税は安くなりたばこ税が高くなるのは既に決まっていたのだそう。
高すぎる酒税を避ける為に違法に作られる酒を減らす為の策なのだとか。

ケニアではカウチサーフィンは使わなかったが、こうやって現地人と交流できて良かったと思う。



それにしてもナイロビは本当に凶悪都市なのだろうか。

宿の人も町ですれ違う人もいい人がほとんどなのに。

ぼくはナイロビは常に周りに気をつけて少し早歩きすれば、昼間なら大通りで犯罪にあう可能性はそんなにないと思う。
でも特にダウンタウンは、昼間でも路地裏に行くのとか、夜間や早朝の外出は控えた方がいいだろうとは感じたけど。


結局のところ治安をどう考えるかは、性別だったり、どの程度旅慣れているか、それにいかに気をつけるかで違ってくる。

トラブルにあうのに共通しているのは大抵油断した時。

悪い人はそういう隙を狙っている。

今後のアフリカ南下旅も気をつけていこう。




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