1979年 ソウル@二日目
…雨が、窓を叩く音がする。
マダムローズ、夕方は庭の水やりしなくてもすみそうね…
そんなことがぼんやりと頭に浮かんでくる。
1979年6月18日のソウルに飛ばされたこと。
路地バラの咲く庭先で、老婦人に声をかけられたこと。
その婦人の話しから判断して、ウンスが迷い込んだのはパラレルワールドだということ。
解毒も、これからのことも、今、大変な事態に陥っているのよ…
しっかりしなくちゃ
次第に意識がはっきりとしてくると、微かに聞こえてきたのはマダムローズの声だ。
「ええ、トビムシ。間違いないわね。
…私と同じ間違いを…違うのは……ってこと。
…そうね、そうしようと思うの」
ウンスはベッドから起き上がると、部屋のドアをそっと開け、聞き耳を立てる。
電話?
誰と話してるのかしら
声、若い?
それに、似てる気がする…
「ニャァ〜」
猫のトギが扉の隙間から素早く入り込んでくると、ウンスの顔を見上げながら「アーン」と甘えたように鳴き始めて…
「シー。トギぃ、お願い、静かにして」
トギを抱き上げてウンスは耳をすますが、マダムローズは既に電話を終えたようだ。
トビムシって確かに聞こえたわ
「トギィ、どこに行ったの? ほらカリカリの時間よ」
飼い主が呼ぶ声に、トギがニャ〜とひと鳴きして、ウンスの腕から飛び出して行った。
「まあ、ウンスさん起きて大丈夫? 目眩は?
わたし慌ててお茶をこぼしちゃったのよ…本当にごめんなさい」
…やっぱり、似てる
「こちらこそすっかり眠り込んでしまって。
おかげさまでもう、全然、何ともありませんから。ほら、この通り」
「ミャァ〜」
トギが長い尻尾を優雅に振りながら、婦人の足元に纏わり付いている。
「この子に食事をさせちゃうから、ちょっと待っててくださいね」
ゆったりとした服の所為か、落ち着いた話し方の所為なのか、何より、銀色に耀く髪の所為で、老婦人だと思いこんでいたマダムローズだが、声の張りといい、猫に対しての身のこなしといい、最初の印象よりずっと若いのかも知れない。
「さて、これでよし、と。外はもの凄い風と雨よ。天気予報によれば、台風が直撃するみたい。
でね、ウンスさん、あなたさえよかったら、今夜はここに泊まってもらえないかしら?」
☆
シャワーの水流が、心の緊張を和らげてくれる。
一人で時空を超えてしまった。
チェ・ヨンと離ればなれになって、まだ二日も経たない。
目をつむればイムジャと呼ぶ声が聞こえ、指先には握った手の感触が蘇ってくる。
いつの間にか、声を上げずに泣いていた。
今だけ、あと少しだけ…そうしたらもう涙は流さない。
ウンスは自らにそう言い聞かせる。
チェ・ヨン、わたしは今ソウルにいる
弥勒菩薩の像が、まだできていない時代よ
真っ新なリネンのパジャマに袖を通すと、気持ちがシャンとした。
鏡の前でパンパンと頬を叩き、ウンスは笑顔を作ろうとする。
再び天門が開くまで、この地で生きてゆかなければならないのだから。
生きていてくれるって、信じてる
だから、あなたもわたしを信じて
石にかじりついてでも、必ず戻ってみせるから
☆
バスルームからでた途端に、柑橘系のいい香りが鼻腔をくすぐってくる。
「どうかしら?一杯。ウンスさん、いける口でしょう?」
ミントがたっぷりと入ったモヒートだ。
「うわっ! ラムベースですね。でも、いいのかしら…」
「いいに決まってるわよ。ユご夫婦のお孫さんだもの。それに、わたしが呑みたいの」
まずは乾盃しましょう、と笑顔で促される。
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
ウンスはあることを確信していた。
そのことを確かめる、これはチャンスだ。
マダムローズ、あなたは、わたし、つまりユ・ウンスなのではありませんか?
だとしたら…
どうしても知りたいんです
あなたのチェ・ヨンのことを
今、彼はどうしているの?!
続く
途中寄り道しすぎて、J 自身すっかり忘却の彼方状態ですが…
ブレイクタイムに書いたゴットマザーウンスとは、この銀髪の通称マダムローズのことなのでしょうか、それとも…
そして、もしそうなら、彼女のチェ・ヨンはいったい…
いよいよ佳境なのですが、ちゃんと軸を据えて、考えて書きたいなー(他の話しも、ちゃんと💦)と思っておりまして…
しかしながら、途中また道草しちゃう悪寒もムクムクゾクゾク。(爆)
ひとつ前の話
已己巳己(い・こ・み・き)…その7 “descendant” partⅠ
ブレイクタイム
ご面倒をお掛けいたしまする
m(_ _ )m