1979年 ソウル@二日目

 

天井が高くて 出窓だからかしら?

そんなに広くないのにとてもゆったりとしていて、なんだか懐かしい気がする…

 

通された居間兼ダイニングをひと言で言い表すとしたら、くつろぎの部屋だ。

いたるところに植物や花が置かれ、心地よい風がその香りをブレンドし、そこにいるだけで心が穏やかになってくる。

 

あら?猫…

 

「トギっていうんですよ。人間でいえば30代半ばくらい。 

あの場所がお気に入りで、ああやって外を見てるか、居眠りしてるか、どっちかなの。

…猫、苦手かしら?」

 

トギ?!

 

「動物、大好きです。珍しいですね、耳がたれてるわ」

「なんでもスコットランドの納屋で見つかったのが最初らしいんですよ。

主人の知り合いがね、その猫の子孫をこっちに連れてきて、縁があってうちに来てくれたの。

 

トギ、お客様よ。ウンスさんておっしゃるの。いい子に大人しくしててちょうだい」

 


トギと呼ばれたバイカラーの猫は、長い尻尾を振って「わかってますから」と答えたようだ。

 

「ウンスさん、オレンジが嫌いじゃなかったらピッチャーからお好についで飲んで下さいね」

「はい! …あの、わたしったらまだお名前を伺って無くて…」

「名前? わたしの?」

 

老婦人は首を傾げると、楽しそうに考える仕草をしていたが…

 

「そうねぇ…チャンミ、チャンミって呼んでもらえると嬉しいわ」

 

チャンミ?

なんだか雰囲気にピッタリだわ

 

「じゃあ、マダムローズ、何かお手伝いすることはありませんか?」

 

すると、ニャーとトギが甘えた声を出してウンスの足元にすり寄ってくる。

 

「あら、ウンスさんをじっと見てるわ。あなたのことが好きみたい」

 

 

なら、トギの話し相手に、と猫用のブラシまで手渡されてしまった。

猫をブラッシングをしながら、ウンスは小声で語りかける。

 

「トギィ、何も云わずにいなくなってゴメンね。

あなたとチャン先生には感謝してもしきれないわね。

ちゃんと解毒して、早く戻りたい…あなたにまた会いたいな…」

 

すると、トギはブラシを持つウンスの手に頭をこすりつけ、ゴロゴロと喉をならしはじめて…

 

「あんたのことだから、なんとか生き抜いて戻ってくるんでしょ? 待ってるから 」

ウンスはそう言われた気がした。

 

☆☆☆

 

朝食はカリカリのトーストに目玉焼き、焼トマトとマッシュルームにソーセージ&ベーコン+ビーンズとボリューム満点で…

 

昨日から何も口にしていなかったウンスにとって、マダムローズの心遣いは涙が出るほどありがたいものだった。

 

「お茶にしましょうね」といい香りのするティーカップを手渡され、口に入れるとほどよい酸味と蜂蜜の甘味が広がってゆき、思わず「おいしい…」という言葉が口をつく。

 

「よかったわ。これ、ローズヒップベースで美肌にはもってこいなのに、酸味を嫌う人もいるみたいなの。だから蜂蜜をたっぷりとオレンジの皮をちょっとだけね」

 

「朝ご飯もお茶も、本当においしくて、初対面なのにいいのかなって…」

 

浮き世離れしているのか、元からの性格なのか…老婦人からは警戒心がまるで感じられない。

ウンスがどこの誰なのか、なぜ時代がかった格好をしているのか、訊ねる気配ひとつ無い。

 

「お誘いしたのはわたしの方ですよ。

そうそう、ユご夫婦の話しがまだだったわね。ついおしゃべりが楽しくて。

連れ合いがいないと、植物やトギに話し掛けてばかりだから…

おふたりに初めてお目にかかったのは…」

 

とても不思議だ。

マダムローズと話していると、昔からの知り合いのような気がしてくる。

 

「じゃあ、ハラボジとハルモニ…えーと」

「そうなのよ。息子さんが独立されて、それを機に海外に移住されたんです。

カナダのケベックシティだったかしら。引っ越されてもう数年が経っちゃったんだわ」

「ケベック?! フランス語圏に?」

「あら、ご主人はフランス文学の研究者ですもの。奥さまもフランス語の勉強に通われて…

そりゃあもう仲がよくて、うらやましいくらい」

 

わたしのハラボジは小さな会社の役員で、ハルモニの趣味はいい匂いのする香り袋を作ること

フランス語? ケベックシティ? 

全然違ってる…

 

路地バラの生垣を目にしたときから、ある程度の覚悟はしていた。

そう、ここはパラレルワールド。

頼れる肉親も、知人も、誰一人としていない世界に迷い込んでしまったのだ。

 

ガチャン、という磁器が割れる音と、「どうしたの? ウンスさん!」 というマダムローズの声が、どこか遠くから聞こえてくる。

 

「膝、火傷とかしてない?」

 

心配そうな老婦人の顔が徐々に若返って、まるで自分自身を見ているような錯覚に陥って…

 

チェ・ヨン

わたし、どうしちゃったのかな

 

ウンスは意識を失ってしまった。

 

 

 

続く

 

 

 

やっぱり、パラレルワールドでした

「已(い)」「己(おのれ)」「巳(み)」という異なるがよく似た3つの漢字が指し示す、よく似ている、見分けのつかない、でも実際は異なる世界

 

「已(い)」=すでに、やむ(おわる)、のみ(だけ)

「己(おのれ)」=おのれ、つちのと

「巳(み)」=み(へび)

 

最初の話しにAさまから  “ハングルの「ㄹ」(リウル)も” とコメをいただき、わ〜〜〜♡ と調べてみました

 

「ㄹ(リウル)」のあるハングル文字…

 

라、랴、러、려

로、료、루、류

르、리

 

スゴイです!似ております!! すでに已己巳己でございますわヨン!!!

ハングルがさっぱりわかりません、な J 、子音と母音をパズルのように組み合わせて文字ができている…らしい、というところから一向に進まず これにてお手上げでございますが、面白かった♡ Aさまありがとうございます

 

いやいや、ハングル文字ってグラフィカルですよねー 💦

 

 

 

尚、タイトルの “descendant(ディセンダント)” ですが、直接の子どもや孫ではなく、それ以降の遠い子孫を指す場合が多いとか…ってネタバレバレやん 爆弾

そしてKさまのコメから、猫の名前つけちゃった

 

5月、6月とコメ返ができておらず、大変申し訳ございません!!!