今日の朝、また午前中学童の予定だったが、昨日念のためだいじょうぶ?無理してない?と確認していたのを、朝やっぱりごめん、今日学童お休みする、となった。

昨日子どもが言っていた、「休みでなければ毎日でも学童いきたい」 はやっぱり心の声聞こえる族の生まれつきの忖度機能に従った発言だった。

でもわたしが支援所言ったりする日は、行ってくれるらしい。良かった良かった。


すごく頭が冴えているので、今後の立ち直りのために、思考整理がてらメモを書いた。

訪問看護さんにも見せ説明する予定。





もし最後の、精神・人格の安定、これが達成されたら、わたしの精神的苦痛や、機能障がい的な、精神由来の歪みが改善することに違いないだろう、思考がクリアになっていると、それがはっきりと理路整然と分かる!


訪問看護さん:12時〜

    ・担当さんのは無い⋯7月残り2回をキャンセルと電話があったとあとから聞きましたが、不在で他のものが止めたと聞いたけど。びっくりしました。

    ・自分の話⋯自分は心の声が聞こえるので親はじめ周りの人の愛情とか見えないものを受け取って相手の行動を求めてこなかった。だから相手の行動への期待値が分からない。ありがとうと思ってくれていれば具体的な言葉や行動挨拶無くても自分は別に受け入れる。だから逆もそうしてしまって、心の声を聞こえないかも知れない大多数の人には非常識かも知れない。先日、急に審査請求のこともあり自立を焦って、もう回復しているのに税金を使っているのも申し訳無いと思い、7月残りのキャンセルの電話をしてしまってすみませんでした。止められて冷静に与えられた方程式で計算をすると、確かにびっくりさせてしまうことだなと、あとから分かって、申し訳ありませんでした。自分がここまで立ち直ったのは、担当さんの親身な傾聴や、いろいろのアドバイスの寄り添いで支えてくださったおかげ。本当に感謝している。感謝しているけど、生い立ちや心の声聞こえることもあり、その感謝の気持ちを心で叫びつつも、より経済的・時間的に効率の良い選択肢を思いつくと、まあ短気でせっかちなのもありすぐそうしようと思ってしまう。公金を使っている申し訳なさと、7月8月は特にすごく暑い中に来ていただくのもあるし、もうコイツ普通じゃねえかと、忙しい中、めんどくせえになるかも知れなかったので、つい思いついて言ってみた。

    ・担当さん⋯担当として自立できるまでを、あるいはその後も続く見守りもあるが、最後まで見届けたいと思っている。支援所行っている間の様子、仕事探しの様子など。ちゃんとアドバイスを聞いてくださって良かった。

    ・自分の話⋯わたしが用事の時は子どもさんも学童へ行ってくれそう。8月念のため整形外科行ってみるかも知れないが、いま1週間ほど行かずにそのままで生活できている。仕事について考えると、人間関係については未履修の項目が多い人生だったのでしっかり支援所で学びたいが、(メモを見せながら)、自分の精神的な改善、人格安定のためにも、それは、つまり主には生い立ちを受け入れられるような仕事を探したい。10数年、犠牲を払って死に物狂いで努力してきた勉強のこと。自分は一応、借金返済や闇稼業を手伝わされるなどではなく、勉強の結果さえ出していれば存在をゆるされる環境で、社会的にもかなり高い水準で教育を受けてきた。それをしてくれた父母への感謝も、過去との和解も一気にできるようになる。子どもに対しても、こうやって社会の役に立って生きるのだと、背中を見せられるだろう。

    ・担当さんの話⋯立場上、口を挟むという立場で、うるさいことをいうかも知れなかったが、あなたのためを想ってのこと(そしてそれはこの担当さんの場合は本当にそう、何ら利害関係が絡んだりやそういう思惑のことではなく、なのでわたしもその傾聴とアドバイスに救われてきた) 。引き続きお願いします。

    ・自分の話⋯こちらこそぜひお願いします。実は気が付かなかったが、存外、喋るのが好きな性格なのかも知れなかった。仕事で外に出て交流の時間をもったり、コミュニケーションをしたりしたいと思う。そしてそれまではやっぱり、こうして担当さんに来ていただいて喋るこの時間が貴重でとても必要。今の自分は必要としています。感謝です。

    ・担当さんの話⋯公費とか気にせず、必要なことなので、良いと思う、審査請求のこともあって焦る気持ちも分かる。

    ・自分の話⋯感謝。またお願いします。

子どもさん今日も学童午前中、お昼ご飯の前に帰り。休み以外毎日行きたいくらい楽しい!と言っている。明日も行かせていただくし、来週も毎日。就労移行支援所の見学日は、お弁当にチャレンジして、滞在時間も増やしていけそう。本当に楽しいのかな。分からないけど。だいじょうぶかな。


わたしのほうは、まだ言語調子のこと。少し考えたが、人間関係だれにも教わってこなかった。小学入学から、そもそも親とのコミュニケーション取れない子どもだった。うん。問題を抱えてしまう。発達障がいか?心の声、自分は聞こえるので、周りが何も対応せず放置すること≒無視、みたいな感じでますます信じられない、のループ。今思えば7歳に入院して病死した実母は、心の声を聞いて色々、生活面の対応はあった。コミュニケーション無かったけど。その生存に最低限のこと世話して守ってくれていたので、わたしも生活の必要すらお腹すいたすら、我慢あたりまえ言わないみたいな、例えばそういう行動様式。例えば。年齢によって内容が異なるけど。だから子どもにはわたしも聞こえる、しかし皆聞こえるわけじゃないと最近は物分かりして言えるようになった。

腰の調子は大きく変わらないけど、言語面の不調は引き続きある。治らないのかなあ。分からないやあ。でもなんでもいい、最低賃金でも良いから、自分のままではたらけるいい職場見つけたいなあ。


精神的攻撃を受けるとかは、なので、自分の、人間関係の普通が分からない、一般のひと100履修済みはわたし10もわかってない、それ原因に思われる。子どもは友達たくさん。この親の子とは思えない、沢山の人大人や友達関わりのおかげ。預けてきたおかげ。似なくて良かった。だれにも教わらず、攻撃されやすいのの、未履修を就労移行支援所で学べるのかなあ。


だって、私は親の何でも聞いて受け入れた だから 社会でも同じようにした周りの人も要求に何でも答える そのことは私の当たり前なので普通はこうしないでしょうとか普通はここ 遠慮するでしょとかはわかんないそれは精神的攻撃の一つの原因かなとは思う。私に全く悪気はない。だからやっぱり何でも受け入れない 私間違ってないの ただそういう コミュニケーションは受けて自分によって周りの人ももしかしたら そしたら なんかちょっと自分も精神的攻撃 受けにくかったかもしれない。精神的攻撃を受けるかどうか 本人に悪気あるかどうか 全く関係ない。でもやる気はない場合は本当にきつい 誰にも教わらなかった辛さは私は この人生で よく理解している もう死ぬところをイエス様に作っていただいた ただそれだけだから誰にも教わらなかった辛さは絶対ある。私気持ちよくわかる。今 改めて 教えてもらえたらいいな そういうこと あったら助かる。


普通の母親のことできないと、ずっと主張してきた。仕事が得意と。でもそのへんの人は何も理解しない。仕事はシングルには厳しい子ども小さいならわたしも腰痛やら見つからない。ずっと一生懸命、衣食住衛生面の面倒、不登園やらに付き合っていた。でも子どもはそれだけで成長しない。小学校の文字はぐちゃぐちゃテストは満点じゃない。夏休み、教え直している。わたしのせいかも知れない。依存させ過ぎか関わり過ぎか教え過ぎか教えなさすぎか。分からなくて、いくらやさしく言っても聞かないなら厳しくなり大声になったりご飯抜きのおどしをかけたり拙いやり方しか分からない。せめて暴力はしていない。母になればいいか父になればいいか分からない。

子ども鼻血は増え、子ども肌あれがでてきた。生まれた頃から肌荒れはしがちだがケアを頑張ってきた。ストレスかも知れない。ドンキで激安だったワンコインの馬油をぬる。そのうち医者にかかるかも知れない。子どもの分の医療券は申し訳なくない。そうだ夏休み中、給食もなくなってお金もないし食事の栄養バランスが難しい。念のため小児科の医療券をもらっておこう。


立派な人間にならなきゃいけないという、プレッシャーが常にあった。


社会的精神的攻撃を受けた時、


あれありのままじゃだめなのか努力が必要か?と思って、


自分が立派になれないなら、せめて子どもの親として子どもを立派にしなきゃいけないんだと、子どもにあれこれ口うるさかったり、いままでたくさんゆるしてきた分のしつけをしてたりした。学校で頑張っている、家では自由でいいですよと言われたとおりにしたら、次の懇談では?学校で自由にしはじめたようなのでさすがに家で多少言うようになって、子どももいきなりの温度差にびっくりしただろう。わたしの場合は、実母と、実母なきあとの急に激昂して殴る父の温度差だった。両極端を与えられ、懇切丁寧な説明もないなら、混乱してとりあえず目の前の人間の機嫌を全力で取り始める。逆らえなくなる。それが生存の道だと勘違いをする。自分で真ん中を選び取ることが判断ができなくなる。人間のエゴなんて幾億通りなので、パターン化できないので。


そうして普通の人の言う普通が分からなくなって混乱し社会性無いの精神的攻撃によって死に至る人も多いのがこの地上の現実だ。


でもわたしをイエス様に出会わせてくださったのは子ども、いつもわたしの罪を、いいよとゆるして、わたしの穢れを背負って、闇の中の光で、わたしは子どもが死んだら生きていけない。だから甘やかしと、必要な躾と、そのへんの線引きとかも分からない、より良い人間になって欲しい、外でいじめられたりつらい思いしないでほしいの気持ち、それで自分は教えるやり方が身についていない。自分にはなかったのを、子どもに注ぐのに、どうしても、どんな状況でも変わらずにやり続けることが、できない。


子どもにいつも生まれてきてくれてありがとうと言って一生懸命育ててきた。5歳頃から障がい発症して子ども前で泣くことが増えた。経済的不安で、実際に金銭難しいなって子どもの物理的要求かなえられなくなってきた。子どもの成長に、未来を依存している状況。先行き不透明。でもイエス様が神様がついているから、頑張らなくては。なんにせよ今日も笑顔、ご飯のときなども子どもに気を遣わせてると分かると情けなくて悲しい、いつもなんでも言って、なんでも聞くから、悪いことほど早く教えて、ずっと言っている。なのに懇談のときにはじめていじめやいたずらの問題が知って、その時じゃないあとから詳しく知ったりした。親のこと関心理解してほしいが伝わらない、なかなか、伝わらない、でも今日も忍耐して期限よく頑張る、先日親子で泣いたと書いたが、7月入って自分自身の不安定で泣くことは減った。言語は調子良いと悪いの繰り返し、調子良いわたしは不遜で攻撃的に、調子悪いわたしは低姿勢で柔和になる。調子良いわたしは処理能力も高い。調子悪いわたしは低い。視野も狭くなって、子どもずっと注意してみているのも、難しい。



いまだに教会で与えられる、間違いようのない神の声いがいは信仰弱く確信が持てない。いつも雑音が多い。たくさん聞こえて、調子良い時には理解が早いので、だいたい苛々している。調子悪いときは忘れっぽいし何にもよくわからないので、仕方ない。


子どもこそ我が人生の救いであり恵み!我が子の心身が壊したくないの一心で頭を下げてはまともなひとたちに預けて続けてきた。でも引き続きせっかくのことを自分が愚かに壊さないようにしなくてはならない。引き続きわたしは何を言われても何を攻撃されても頭を下げては、まともな、普通に育ったひとたちに子どもを預け続けて、夏休みは学童や、教会や、小学校では同級生と心身の切磋琢磨やもみ合いをしてもらって、引き続きこの親の悪影響無いように気をつけなければいけない。


なんで日本には親切に教え合う文化がないんだろう。すぐ悪口、陰口。あと核家族化、それらは意図的に作られた生活様式の変化によって、人海戦術的な社会の結束力が意図的に弱体化され、子育てにおいては最も顕著に影響があるかも知れなかった。問題を抱えきれず追い詰められた親による各種虐待の問題。特に都会のマウント競争で殺人に発展する子育て界隈の殺伐さ。田舎では村社会のよくあるはぶりとか。誰からも何も奪おうとしない、いつも皆に合わせて生きてきたような、精神的弱者はより弱く、強者はより強くなるようにして、いつでも簡単に精神的にひいては物理的に搾取できる対象を社会の中で確保され、拡大され続けている。国内にとどまる話ではない。

わたしは生まれつき心の声が聞こえる。

父に殴られるようになってから感覚は閉ざされて自分自身を洗脳してマインドコントロールするようになったので声は聞こえなくなった。

子供 妊娠する少し前から再び心の声が聞こえるようになって妊娠した頃から心の声はかなりまた聞こえるようになった。

信仰に入ってからはさらに聖霊様が与えられてからはその強い お働きによって心の声がたくさん届くようになった。ただし 神様の御心によって あえて遮断されていたりあるいはあえてタイムラグがあって届けられるような声もある。

私の子供もおそらく 生まれつき心の声が聞こえている。様々な 扱いづらさや あるいは 幼稚園 小学校などの振る舞いそれに 反映されていて 毎日生活を共にして それはずっと明らかなことだ。

心の声が聞こえる人間は周りの人間も心の声が聞こえるという前提で子供時代を過ごす。そして 聞こえてきた相手の心の声に当然 従って 行動する。つまり 当然 忖度をして行動することになる。

私が病気が良くなるまでは 子供も私と同様に聞こえてきた 心の声に対する普段の態度が強く出れずに、その場合 聞こえてきたものに従うという隣人愛、 無償の愛 を前提にした行為を基本的に選択することになる。

ところが 私の病状が改善した理由はその隣人愛 無償の愛 を前提した行為を全く相手によっては必要ない そういうことだった。つまり イエス様の愛によって私は自分の心を イエス様の愛によって基本的に生活上守っていてよろしいということになった。それは 動的なことではなく聞こえてくる 心の声を無視して良いという法則に気がつくということだった。心の声を無視するということと隣人を愛するということはなんら矛盾しなかった。


今日 今まで子供に対して、私が社会から追ってきた責め苦をそのストレスを子供にしわ寄せのようにして正気を失って接していたことを謝った。泣きながら謝って私は子供と抱き合って子供も今までたくさん頑張ってきた分を 泣いた。心の声が聞こえる子供は他の子供より繊細で取り扱いが難しい。往々にして五感も敏感で大きな音が苦手だったり あるいは 味にうるさかったり あるいは体が疲れやすかったりする。小学校に入る前はプールや水遊びの時間が 特に嫌で、入った方が絶対にいいのにという先生と絶対に入りたくないという子供の間に入って子供を守り続けて入りたくないなら入らなくていい 幼稚園も行きたくないなら行かなくていい そして子供の心を守り続けてきた。なぜなら親である私が相手の心の声に対して 従わないという選択を当然として生きる道 として 見いだす前は、子供も親に習って そのように相手の心の声に従うのが当然と思って 従ってしまうので相手を調子に乗らせて基本的に舐められることになる。下に扱われてこいつは 自分の機嫌をとって当然そういう風に扱われることになる。


だから泣きながら大声で祈った。神様 もう二度と私が周りの人間に踏みにじられないように理由なく 嫉妬され理由なく 攻撃され そして這いつくばる必要のないように、初対面の人間に多くの地上の人間の当たり前の価値観によって表面的に素晴らしいと思われているような そういう素晴らしい仕事 そしてお金をたくさん稼いでもうわたしを誰も見下げないようなそういう仕事をください、なぜなら私は進行に入ったより進行に入る前からお金のために生きていませんが、そういう取り扱いがないと私は子供にしわ寄せのようにしてこの社会の汚い人間の醜い心の罪を、どうしても2人だけの生活環境によって、子供にどうしても それがわずかでも影響してしまうそのことを避けられません。子供を守るために私の心が守られるようなそのような立派な仕事を私の今まで人生で 他の人が平気で遊んで平気で享受した 当たり前を投げ打って一生懸命勉強に費やしてきた その土台が生かされるような、他の誰にも手が届かないような立派な仕事を与えください、そう祈った。


子供にも多少 忙しくなっても土曜日も日曜日も働くようになっても夜遅くなっても その方がわたしの心が守られるなら今までのようなしわ寄せで今までのような ひどい態度で 今までのような 叱り方 怒り方 することがないようにできると説明した。子供は賢いので自分で色々できるように今色々教えているところだ。子供の心は納得し 一緒に泣きながら祈った。私たちは二人とも 洗礼を受けた信仰者だ。イエス様の名を信じる者が2人以上 心を合わせて祈る時は何でもそれが叶えられると聖書にも書いてある。必ず数ヶ月のうちに それが叶えられますように。私は でもこのように書きながらも確信している。今に神様が私のことを高め多くの人が私を立たせてくださったイエス様にひれ伏すことだろう。心のうちに私を攻撃し罪に定めてきた多くの人間がイエス様に悔い改めて 神様を賛美し御国に入れるように一生懸命 イエス様に従うことだろう。


ここに書いていなかったかもしれないが 4月末に親子で胃腸炎になっていた。ウイルス性ではなく 便秘性だった。少し時間差で子供が先に そして私が発症した。お互い 数日間ずつ 苦しんだ。そこから回復して私も頑張らなくてはと思って、仕事を探そうとしたが 鍼灸のことで 役所とのことでいろいろ 思うように治療が進まず もどかしい 期間が続いた。ついに 改善が進み まだ治療は必要な部分もあるが、8月には 整形外科を一旦 受診するということで落ち着いているが、就労支援移行所にも見学する手はずが整った。


今日の日まで 子供の心と体を壊さずに健康に保ってくださった神様イエス様に本当に感謝しています。それだけでイエス様と神様に大いに賛美します。妊娠していた頃から ありえない悪い環境で育ってずっと ほとんど私と二人暮らし、他のこと色々 比べてしまうような繊細な部分もあって、考えることについては早熟 だったために、早くから色々な心の問題や人間関係の問題に直面してしまいました。そして親の状態もまた 悪かった。親を取り巻く社会の状態も苦しいものがあった。何回もいきなり大声でどなったりした。部屋で私が正気を失って大泣きしている時に 別の部屋に隠れるように過ごしていた。それなのに子供が本当に奇跡的に、普通の発達で何の精神障害もなく今のところ 今のところはそうやって成長できていることに神様大変感謝いたします。多くの人も支えもあってそれぞれ イエス様に従って信仰に入れられともに 神様の御国に入れられて ともに神様を賛美するものとなりますように。

電話:


1,午前10時ごろ 訪問看護さんへ

    ・自分の話⋯先週金曜にお話のあった、就労移行支援所への紹介同行日時を、もし決まっていたら知りたい。子どもも学童へ行ってくれた。忙しいかも知れないが、今週か来週で、こちらの日時に合わせて預け可能に思うので、よろしく。

    ・受付さんの話⋯承知。同行者から折り返しする。


2,午前11時まえ かかりつけ病院さんへ

    ・自分の話⋯今度の8月の定期予約を、一週間前にずらしてほしい。理由は、同日に教会の子どもイベントに誘われたので被っているのと、今後、就労移行支援所に行ったりする動きがあるので、予約を早めて、そのへんにつき相談をしたいから。

    ・受付さんの話⋯承知。希望の時間で予約を受付する。


3,午前11時過ぎ 訪問看護さんへ

    ・自分の話⋯重ねてすみません。さっき折り返しをお願いしたのとは別件で、病院の定期予約を、(上記に述べた理由で)早めてもらった。なので、就労移行支援所への同行が1回別で入るので、この先2週間の2回分の定期訪問の予約をキャンセルしたい。公費でもあるので、今必要ない調子のときは、別に要らないので、で病院で今後の訪問看護利用のこと、頻度や続けるかを主治医の先生の相談して決めたい。

    ・受付さんの話⋯承知した、伝えておく。


4,午後2時過ぎ 学童室へ(記録してなかったが、先週、室長から、7月10日19時ごろに、しばらく利用ないですが今後はどうか?の状況確認と、就労移行支援使って自立したい、今後利用ありそうということで共有し、夏休み用のお手紙も入れてくださることで、利用再開時は電話ください、でお話していた。親切で親身の対応) 

    ・自分の話⋯先週、就労移行支援所へ通う手はずを進めることで話が決まり、あとは子どもを預けれるかだけだった。それで今日は、突然午前中見ていただいで、以前お電話で話の通り事前に電話したけど繋がらなくて、急に、お預けして済まない。それで、今見学の日程調整待ちだが、子どもも楽しく出かけていって、楽しいで帰ってきた。今後は少しずつ預けたい。

    ・室長の話⋯承知。楽しいイベントも多いので夏休み期間中、引き続きお預かりする。


あとは、細かいちょうど良い迎え時間の調整と、あと諸費の件について、支払えていないので、通えてなかった期間の取り扱いと、学校の諸費と同じく8月まで待ってもらえるかの相談など。親切安心で、あとは子どもの準備がどうかというそれだけ。


5,午後4時半ごろ 訪問看護さんから

    ・就労移行支援担当さん⋯日時調整できたのでお伝えする。子どもさんの学童は通えそうか?

    ・自分の話⋯日時OK、学童は今日さっそく午前中に行けた。楽しいそうで、今後もわたしの予定に合わせて通ってくれそうだ。

    ・就労移行支援担当さん⋯承知。ではそれで同行決定。そして、定期訪問の予約は、キャンセル依頼を聞いたが、今動きがある現状で、引き続き様子を見ながらゆっくり進めていきたい。なので一旦は可能ならキャンセルしないことをおすすめする。公費ということも、必要な支援なので、遠慮せず受け取ったら良いと思う。どうか。

    ・自分の話⋯承知。周囲のアドバイスに従ってすすみます。


7月、8月の生活費などを計算。学童や小学校はじめ、光熱費など、あちこちに必要不可欠の分を支払って、自由に使える現金は8月に1000円程度。それでも家にある食べ物で8月までじゅうぶんに飢えないだろうし、子どもにも笑って共有して、今貧乏だからねと言って、なにかと食べたがったりねだったりするのを良い教育ができる機会に思う。外出したければ子どものお小遣いを使うしかない。アハハハ それでもなんでも笑顔でなんとかなるで過ごせるのは、色々の見守りのおかげ、訪問看護さんなども公費で直接支払いになっていることのおかげ。就労移行支援も無料で利用できるようだし。楽しいイベントも時々あるというのは、まあ恵み。自分はどんな状況でもちゃんと周りの理解あって、愛あれば神様のおかげ、そうしたらなんでもだいじょうぶ。


8月のうちに審査請求の紙どう書くかを考えたり就労移行のこときっとあったりたくさんだ。頑張らないと。とにかく8月のことも審査請求だす必要あるかもなので今は出揃うのを待っているだけ。

行動1件:午前11時半ごろ鍼灸院へ。もうだいぶ良い。歩いたので足にもうってもらう。首肩がなかなかずっと硬いが、他の患者さんに比べて遥かにマシまず良い姿勢で歩ける。そして動きも早くできるようになってきた。

    ・自分の話⋯かなりよくなった。昨日ハローワークで近場の正社員の条件をすべて目を通した。早くはたらきたい。もしかしたら動き回ってまた疲れて、週1とかで来るかも知れない。

    ・先生の話⋯またいつでも。(いつも午前だが) 金曜の午後とかでも。仕事はあまり勢いづいて無理しすぎないように。

    ・自分の話⋯承知。


訪問看護さん:就労担当の方と3人で。いろいろ土曜の診察の状況など、主治医の先生のご意見などを説明。

    ・就労担当さん⋯就労移行支援でのサポート内容の説明。自分で就職活動するより期間的には長くなるが、希望はあるか。

    ・自分の話⋯いままで保護入る前、入ったあと、何回か就職活動してきたが、いずれも子どもが小さくて預け先が未決定だったり、ひとり親だったりで独身者より不利でうまく見つからず。あとは面接でうまく行かない。仕事内容は自分や相手の感情を無視して機械的に進めていくのは得意。あとは細かいところがいつも気になったり、翻訳をしていたのも向いていた。どうしてもコミュニケーションでいつも簡潔で男みたいに愛想がないので誤解されがち。そして女性にみんな女性らしさを求める企業文化だと難しい。なので今までうまく行かなかった分、どうしてもひとりで進めるには見つからない気がして不安である。あと障がい者手帳更新するか分からないが、普通の仕事で子育てひとり親なのでだいじょうぶか体力的の不安もある。

    ・就労担当さん⋯職場体験があるので思わぬところで意外と適性があったりする。それと就職活動に失敗はつきもの。それをひとりで受け止めるのは辛いと思う。サポートを受けながらゆっくりと時間をかけてで良いと思う。施設に時間を確認して一緒に来所しましょう。障がい者手帳は持っていてデメリット無しなので、更新をおすすめする。

    ・担当さん⋯あとは子どもさんが、前学童行きたくない、だったので、子どもさんがだいじょうぶか、そこが懸念。(以前、幼稚園に不登園の時期も一緒にお話してくださったり、子どもの様子を見てきてくださっている) 

    ・自分の話⋯つい先日の小学校の懇談で、先生としては、子どもは学校でたくさん友達がいて、学童にもすぐ行ける、余裕と思う、親の前では甘えているだけ。本人は慣らしなくともすぐ週5でもいけると思う。あとは親の体調次第。親の無理ない範囲で。そう言っていただいている。

    ・担当さん⋯腰の調子が改善してよかった。

    ・就労担当さん⋯まあでも午前中だけもできるし、はじめは無理なくのペースで。


まずは見学、その時に学童行ってみてもらおうと思う。


子どもに学童の予定表といっしょにお話してみると、いろいろ水遊びなどの企画もあり、とりあえず毎日午前中行ってみると言う。そのほうが健全に楽しいなら何より。就労移行の進み具合によって一日になったりとか、今後柔軟に子供の様子をよく見てゆっくり進めようと思う。

行動1件:ハローワーク?へ求人検索

    ・明日は訪問看護さんの就労支援の専門スタッフさんも来てくださる日。いろいろお話したり、あるいは就労移行支援を受けるにあたって、近場の求人の条件の相場感を知りたくて、検索機で、地域の正社員と検索しすべて印刷し持ち帰る。大卒の給料や勤務条件などを見る。帰宅後、39件中、免許要件などで絞り込み、7件。もちろん、別ルートで仕事が見つかるかも知れなかったが、まずは、明日担当さんに、就労意欲と、回復を示す目的と、できそうな仕事の内容についてを共有する予定。一刻もはやく正社員の良い仕事を見つけたいが、ついこの間まで、いやこの日の夜も頭がやや重くなり、そういう風に障がい者をしていたので、段階としてどういう手順がベストなのか、相談してアドバイスを受ける予定。


鍼灸院へは、担当の先生がお休みなのでまた明日。


頭が冴えている時に考えれば考えるほど、障がいのあったときの自分の言動はなんら間違っていなかった。周囲の心の声には、隣人愛かと思って忖度して従ってきたものの、本当は従う必要など微塵もなかった、罪ゆえの様々な要求や不満を解決しようと、子どもも追い詰め、危うく子どもも障がい者にしてしまうところだった。誰も責任を取ってくれない。わたしの大事な子どもだ。もう絶対に、周囲にあれこれ文句を言わせないほど、初手で誰もわたしを見下げない立派な仕事、を見つけるか、何を言われても、わたしだけは、子どもさんにそれでいい、と今まで通り守り続ける。ただ、いままで後者のそれをして霊的な攻撃、精神攻撃を受け続けてきて障がいになってうずくまっていたのだが、もうそんなに弱くもないし惨めでもない。どう考えても、何もかものしわ寄せで、全部自分が悪いと思って誰も攻撃しない神様の義に立ちつづけたゆえ、うずくまって苦しんでいた弱者の、暇に任せてあらを探して攻撃をするほうが、悪い。あるいは、能力の高そうな人間に、ひとは完璧を求めるので、障がい前は、そんなになんでも分かったりできるならなんでもやりなさいよ、とかいう、その重圧があった。当然体力が追いつかず死ぬ所をイエス様に救っていただいた。それら、つまり神様ではなく人間の要求には、そもそも応える必要など、無かったのである。神様より人間を優先する罪。信仰以前は、やっぱり、攻撃されないために、自分を守るために、が主の理由でそれは罪だった。信仰以降は隣人愛で、自分ができるだけを担うために、でやってきた。で背負いすぎてぎりぎりの所を、いつもイエス様に、救っていただいた。異邦人(信仰者でない、なさそうな方々)の手助けも多かったが、書いている通り、この地の教会での手助けも手厚く感謝で恵みである。


しかし、イエス様は、たとえ人殺しをしていたって、どんな罪人もゆるしてくださる。わたしも、10歳ごろより、いったん自分は、自分で自分を守ろうとするエゴの分厚い鎧によって、何も聞こえなくなり、たくさんの他者への汚い心の声を浴びせてきた。死ねとか言って殺人もしてきた。それもまた、イエス様にほんとうにゆるされたのである。わたしが信仰以降、長らくうずくまっていたのは、そのイエス様の本当のゆるしの福音を、一人でも多くの人が、知るためである。

行動1件:午前11時過ぎ鍼灸院へ。調子に合わせて、久しぶりに横向きでなく背面の施術。腰の違和感は首肩にも連動して強くでている。

    ・自分の話⋯昨日役所へ電話してさっそく8月は鍼灸院の先生に紹介してもらった整形外科へ通うと伝えた。

    ・先生の話⋯承知。回数制限とか、整形外科への受診も人を選んで言っている印象。何も言われていない人もいるし、あまり気にしなくて良いのでは。

    ・自分の話⋯はい。もう早速訪問看護さんにも金曜日就労担当の方とお話する。仕事を探すにあたってまさに回復して、そう思う。自分は間違っていない、まともで正気で理性的な人間だぞという。その心持ちが大事だなと。それから食事量を少なくしているが、水分量もそんなに取らなくなったと伝える。

    ・先生の話⋯さすがに、少食の場合でも1日1リットルは小分けにも飲んだほうが良い。皮膚からの蒸散もある。

    ・自分の話⋯承知。


具体的な生活面のアドバイスが助かる。感謝。

まあ以前引用したエゼキエル書の飲食物摂取量の目安は、イエス様以前の話であってわたしの人生の世界線に既にイエス様が来てくださって、出会っている。夏場なのもあり、今日より水分量は1日1リットル目標に摂取する。

電話3件:


1,9:43 訪問看護ステーションへ

    ・自分の話⋯昨日の件、進捗あれば伺いたい。忙しいと思うのでまだなら構わない。

    ・受付さんの話⋯承知。担当さんから折り返しする。


2,13:07 役所へ

    ・自分の話⋯7月13日のパソコン処分の入金がされたので連絡。あと7月20日の交通系ICのデポジット返金も。それからこれまでの訪問看護さんの相談と、先週土曜の診察での主治医の先生への相談を経て、訪問看護さんと一緒に就労移行支援を受けたいと思っている。それで作業所とかではなく、自立できる仕事を探したいと思っている。

    ・担当さんの話⋯承知。入金分については確認したいので来てほしいが。

    ・自分の話⋯来所回数をまとめて減らしたい。鍼灸院さんに8月にいったん行く整形外科を紹介してもらった。それで医療券も取りたいので月末くらいに行きたい。

    ・担当さんの話⋯承知。


めちゃくちゃはっきり喋れるようになって、もう病気が治ったみたいに普通の調子。病気になる前より、自分の間違っていないことを知っているのではっきりとした言葉でアサーションを伝えることができる。


3,15:26 訪問看護担当さんより

    ・担当さんの話⋯就労移行支援などの話、今週の予定の、時間だけずらしたら対応可能

    ・自分の話⋯ぜひそれで頼む


行動2件:


1,鍼灸院、午前11時半過ぎ

    ・自分の話⋯アドバイスどおりに実家に手紙を書いて、メールで姉に共有して差し支え無ければ送ってほしいと頼んだ。過去何回か書いて全部無視されて勇気がいったが、もしかしたら今の、信仰による許しを本当に実感した自分ならば、今度こそなにか奇跡に通じることが書けるのではと思い、すっと書けた。それで、アドバイス感謝です。はやく仕事したい!病気もすっかり治りそう。

    ・先生の話⋯解決しないと進めない問題があります。あと、まあ4〜6千歩、1万歩ちょっと多いくらいで。性格的に動ける時に動く!みたいなエネルギーを感じるので、おさえめ、おさえめで。


2,小学校懇談、17時ごろ

    ・自分の話⋯役所の手紙を一緒に読んでくださりありがとうございます。おかげさまで、役所とのやりとりのフラストレーションで奮起して神様のこともありましたが、それで信仰以降の出来事はすべて、自分は何も悪くなかったと分かって、病気も治ってしまいそうです。仕事したほうが、病気治る気がします。今までの人生無駄じゃなかったって思えるので。あと、ちゃんとやってるんだぞと胸をはれる。子供の前でも。それで学童を通ってそのほうが子どもにも良いかも知れなかった。


子どもに対しても罪悪感が強く、長らくうまくノーを言えないで、切羽詰まると急に逆上して大声を張り上げるしか無かった自分も、ケロッと卒業して、生活も仕事も生き生き張り合いのある毎日を過ごして子どもさんに背中を見せてやりたいなあと思う。

もちろん役所との各種手続きを進める上で自立していたほうが、スムーズに違いなかった。そもそも回復していないと、読み書きの多くなることで、なかなか進められることでもない。

電話1件:朝9時ごろ 訪問看護さんへ

    ・自分の話⋯土曜の診察で、就労移行支援については、訪問看護さんにご支援をお願いするということで、先生もそれなら安心ですねと言っていただけたので、見学なのかあるいは、そのへんのご支援をお願いするにあたって、今週は金曜日に定期訪問の予定ではあるが、就労支援担当の方となど、日程調整など、場合によっては日時のことがあると思ってひとまず先にご連絡した。

    ・担当さんの話⋯承知。以前もお話した就労支援担当の方と、まずは1回会う形になると思う。日時確認して、折り返しする。


今日は折り返しなし。しかし調整人数も多くなるし、

動き回っている忙しい仕事なので、気長に待つ。


電話1件:午前11時鍼灸院へ電話。どうしても回数制限のことが書類未着とのことで不安。だいじょうぶですよとのことで、その後行く。


行動1件:午前11時過ぎ鍼灸院へ。

    ・自分の話⋯回数制限の不安から事前に電話してしまってすみません。とにかく土曜に主治医の先生の🆗もあったので就労移行支援で訪問看護さんと一緒に仕事を探したい。体の具合はこんな様子。

    ・先生の話⋯(役所の件には触れず、探り探りに) 実家はどちらですか?名前を変えようと…もし、連絡が取れそうだったら、取ってみても良いかも知れませんね。


こういうふとしたタイミングで急に振って与えられるアドバイスは、神様のことだったりするので、その後、兄弟でさいきんまた連絡の取れるようになった姉に実家に連絡の仲介してもらえるかを相談。


以前の実家とのいざこざを直接原因に発病しているので、まあ決め手みたいな感じではあった。

それで引っ越し前も後も住所を知らせていなかった。

役所からの連絡は行くので、おおまかな地方だけは分かるが、姉だけには知らせたが、絶対に教えないでほしい言っていた。電話がどうしても来た時があったが、発病済みだったので、変な喋り方で、しかも最後は大きな声でほぼ泣きながらできないできないできない!!と叫んで終わった。


でも、姉に相談して、軽く手紙書いて仲介してもらって良いかなと思った。愛のある隣人のアドバイスは神様の御心だからである。いちおうやる姿勢をとって、ほうぼうに相談してみることに、気が向いている。

行動1件:午前11時ごろ、鍼灸院へ

    ・自分の話⋯昨日、訪問看護さんにも言って、いきなり回数制限の話を持ち出されたり、市役所とのやりとりの不安も大きい、はやく自立してしまいたい。どのみちそれが3方良しのはず。来週あたり良くなって、早速動き出すにしても、仕事してからも、もしかしたら時々通わせていただくかも知れない。

    ・先生の話⋯確かに市役所にただ、こう決定しましたと言われたら我々も従うしかない。ぜんぜん健康保険証か国民保険でかよっていただけるので、安心してください。費用も、生活保護中の自費より、3分の1から4分の1程度。

    ・自分の話⋯ありがとうございます。土曜日も子連れで安心で通える助かります。


何度か子連れで土曜に行っているが、先生は子どもの興味を聞いては、ちょうど良い内容の本があると言って、持ってきてプレゼントしてくださった。本当に良くしていただいている。自立してもしばらくは必要だろうし、細くでも、引き続き、通いたいしとても安心に思う。感謝。


診察:月1回の定期診察。主治医の先生と子どもとわたし。幼稚園に生きたがらず長期欠席していたころから、一緒に来ることも多く、小学校の始まった今、数カ月くらいは土曜日に一緒に通っている。

    ・先生の話⋯訪問看護さんから仕事したいという、意欲が高まっているという心配を連携された。(おそらく試す意味もあって、こういう心配の言い方をしただけで、実際訪問看護さんはいちおう主治医の先生の意向を確認したいという、それだけ)

    ・自分の話⋯市役所の鍼灸関連の対応がひどい。回数制限が実は…みたいなことを言われて不安も大きく、詰めて通って、身体がある程度動けば、座り仕事でも、できると思う。もちろん、仕事を探すのは支援が必要で、まず専門の施設に通うなどして、訪問看護さんにお願いする予定。いま鍼灸の先生と訪問看護さんにもいっていたのは、以前はたらきたいときにご提案のあったB型作業所ではなく、総収入が多少落ちてもちゃんと自立できる仕事を探したい。それで、ちょうど小学校も夏休みがはじまるので、はやくさっさと通いはじめて、子どもにも我が仕事なら学童だよ、と最近言っていて、小学校の先生も、学童いこうよって言ってくださっていて、子どもも分かった…という感じなので、(先生には言っていなかったが、一番の仲良し友達が最近学童に通い始めた。)、だからこのタイミングで、言語面が多少不安定でもコミュニケーションがあまり要らなかったり、できる仕事があれば、ぜひはじめたい。

    ・先生の話⋯言っている専門の施設は、就労移行支援の施設のことと思われる。まずは、腰の調子が心配。見た感じ、かなり痩せられたようだし、そのへんはだいじょうぶか。

    ・自分の話⋯だいじょうぶ。むしろ本来に近づいている。最近訪問看護さんにも言っていたりするが、なぜなら、もともと、実は幼少から細い方で、食も細かった。実母の入院、死亡や不安定な家庭環境の中で放置ぎみになり、小学校時代は食卓が粗末になり給食をおかわりなどしたりしていた。そのころ、7〜10歳ごろ、に、急に外国から継母と預けられていた実弟と同居生活をすることになり、いままでどんなに心臓病で毎日体調不良で、周りの人ほど元気がなく、気分悪い時間が多くて辛くても、家族などに不満の言葉を使うことはなかったが、小学校生活も放置ぎみに連絡帳のサインも自分で親の筆跡を真似して書いている始末、それで、初めて家庭に不満を呈し始めたころ、そのコミュニケーション方法が神経を逆撫でし始まった父からの暴力、に伴う長年の認知の歪みや、不安、(話の流れからは言わなかったが、7歳から不眠症だった、誰にも気付かれず、夜な夜な音楽を聞いては見つかると怒られたが、同質の姉は我関せずで見逃してくれていたかも知れない。)父のいる週末だけ食べ放題などのごちそうが与えられ、その時のがっつく様子が悦にはまるようで、度重なる「もっと食え、吐くまで食え」などの煽り、などもあり、それ以降あるときから、(急に身長も伸びて)標準体型になってそれっきり、食も普通より多いくらいになって、いっぱい食べていっぱい動いてエネルギーのある方だと思って、就職した仕事でも以前お話かも知れなかったが、結局それは本来の自分のキャパシティを遥かに超えていた事だった。だから、鍼灸院の先生にも、良くなって頑張ろってもっと良くなろうと思って1〜2万歩歩いたときに、1日4000〜6000くらいに抑えてください、普通の人でも1、2万は負担が来ると教えていただいて、いままで通学通勤当たり前に節約も兼ねて1日1万、2万歩歩くのが当たり前の生活、(親にも節約、健康からそれを強いられていて) 、頑張りすぎていたんだな納得して。歩数計をしてみると日常生活でじゅうぶんその範囲で、あえて歩いたりす必要などなく。いままで、4月に変える前の鍼灸院でも、ため息混じりにまた運動不足で、怠けてるから、みたいな感じで、実際、たくさん歩いてくださいって、言われ続けて。でも自分はパッと見では今まで標準体型だから気付かれずに来たけど、本当はもっと細かった。ぜんぜん標準体型の身体のキャパじゃなくて。だから体力仕事は無理だけど、仕事もバスで通える範囲でなど、それで探して、わたしの限られた能力をうまく仕事必要としてもらえることができたら。と思っています。具体的な数字を教えてもらえて、それでセーブして過ごして、はじめ週何回かでも、まずはその就労移行支援の施設に通い始められたら。

    ・先生の話⋯承知しました。就労移行支援についても、色々あるので、複数見て回るのが良いと思いますね。4000〜6000はそのとおりだと思います。

    ・先生の話(子どもへ)⋯最近小学校どう?楽しく行けているか?親が忙しくなって仕事とか行くかも知れないけど、学童とか行けそう?前に嫌と言っていたけど、(子どもさんがおやつの時間だけはいいかな、とか頷くなど) 、ああそう、好きな遊びはできるの?などなど。

    ・先生の話⋯じゃあ、ゆっくりと、焦らず就労移行支援のことを、訪問看護さんに手伝ってもらえるなら、それで進めてみましょうか。次回1ヶ月後。


ずっと、子ども連れた際は子どもさんとの対話もしてくださっている。子どもは子どもで、発達障害の診断ではないが、小さい頃から多動だったり、質問にちゃんと返事しなかったり、何度言っても挨拶をしなかったりだが、それでもなんでも構わずに話をして様子をよく観察してくださる。今回も親子でコミュニケーションが取れていないかも知れない部分を、真剣に慎重に、聞いてくださって、本当に大変感謝である。引っ越し前の自治体に保護に入ったときよりお世話になっていたが、本当に、引っ越しの際に市役所に言われるのを忖度したりして、むやみやたらに変えなくてよかった。感謝である。


今まで、もっと運動しろって言われたときの、その基準が自分は、標準体型の女性にとっても、遥かに高い基準で、まあ親に走れと言われて小学生の頃マラソン連れて行かれたり、部活も心臓病なんだから、かえって健康に実益のある運動部じゃないと、という感じで、幼少の暴力しつけが効いて見事に親の言うことに、その感情に服従して合わせるのが当たり前だったので、それを当然と思って従ってきた。運動部では当然、運動不足のラインの基準は高いし、一般の普通の育ちの人たちの間で、具体的数字を提示されたことはほとんどなく、1日1〜2万歩くらい活動して当たり前だってずっと思っていた。標準体型の女性でも多いのに、もっと骨の細かった、筋肉の付きづらい体質の我の場合はもっと難しかった。少食のひとのSNS発信や、食事や生活の様子を見れるようになって、自分は一般水準じゃなく、そっち真似をして生きていかないといけないっていうことを、本当に最近気づいた。摂取カロリー600の水600(1回200カロリー200mlを3回と考えて、分かりやすい。時々活動量により前後したり回数は変わったりするが)は、むしろそれより少ないときもあるが、自分には本当にちょうどよい量の目安だったのだ。まだ途中だが、もっと細くなって本来の姿になったら、一目瞭然で他の人より体力がない、たくさんの活動や、体力仕事はおろか、普通の人にできることすら、できないと分かるようになるだろう。そうすると周囲の視線や対応もかなりわたしにとって生きやすくなるはずだ。


郵送:写真参照。所属自治体より。これは、どんな最高裁判所の判決だったかは、よく調べて見ないと分からない。この分で行くと、引っ越し前の自治体にはこの件を自分から問い合わせないといけないらしい。具体的にはまだ不明だが、このタイミングで神様がわたしに、ほらこれが、お前の道の手本だとその先達を見せていただいたが思いだ。ほらおまえも、皆のために戦え。と。信仰の戦いはいつもチームプレーだ。










厚生労働省のページで公式に詳細が書かれていたが、判決を、判例の形で読んでみたかったが、さすがにそれはなかった。実務上必要な、あるい最高裁決定の根拠が一番下の方に簡潔にまとまっているだけ。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_68902.html


AIに聞いてみたら、もっと分かりやすい言葉で簡潔に趣旨をまとめていた。わたしは気づくことは無かったが(あるいは引き下げのあとに保護受給開始)、一時期、保護費が意味不明な決定により下げられて、なんとそのまま下げられていたということみたいだ。


画像参照。



こうなってくると、郵送の手紙に載っていた、支給額も、なんか少ないのでは?という疑問が湧いてくる。いや、どう考えても、1ヶ月分くらいの支給しかない。舐められすぎている。こんなの一緒に審査請求するに決まっている。



鍼灸の意味不明な決定日時先延ばしと合わせ、

キャッシュバックの差し引き額が、あまりにも割合が逆、というところと、

児童扶養手当の増額分を差し引かれるのと、

物価の上昇分がないのと、



ぜんぶまとめて裁判行きだ。

この世の醜い人間の悪どもよ。

首を揃えて待っていろ。



わたしは、こんな義にもとう仕事の仕方、決定の仕方を、本当に、生まれてこのかた、したことがない。それだのに、不当に劣等感を植え付けられ、人間に自尊心を明け渡しては挫かれ続け、ついに死ぬ所をイエス様に救われ、神様に悔い改め信仰者になったものである。信仰者になってからは、神様への罪悪感で死にそうになっていたわたしを、イエス様が救い出し、病気にうずくまっていても、ついに、わたしは病から脱し、ついに、完全に、立たせてくださった。ついに!

イエス様にならって人間をゆるしても、このような罪が横行し多くの人が虐げられ苦しめている現状を、ゆるしはしない。信仰者にとって世は敵、罪こそ憎むべきもの。いつまでも奪い奪われる生き方を抜け出せないでいるなら、そこのおまえを救うためにイエス様は2000年前から生ける神として、地上のあらゆる人間におはたらきになっておられる。