仕事:日中5時間、スーパー配送ステーション?的なところで、冷蔵庫内で、集積作業をする。

前半ましで後半きつかったので昨日の仕事から一段とまた体力仕事のキツさを感ずる。

一度、間違ったところに集積してしまったものを、社員さんに特に怒られることなくフォローしていただいた。助かるし、すみませんけども、ありがたかった。
業務時間は昨日より短いはずなのにすごく疲れた。前半より後半に体力仕事が多かったというか、ペースアップを求められて緊張感があった。

とにかくスーパーの仕事はめちゃめちゃ大変だと思った。スーパー支える現場はこうなんだと思って、ますますスーパーの存在とあらゆる便利さ、そして価格設定に感謝した。スーパーでたくさんお金を使おうと思って、明日も朝も夜も鍵っ子の我が子に、自炊するひまなぞいまのところ無いので、スーパーで出来合いを買ったり、パン惣菜副菜?手軽にタンパク栄養のお魚ソーセージやチーズをそろえて、定番の牛乳(お腹すいたときに今までも飲んでいる様子)、今日稼いだお金をほとんど注ぎ込んで堂々とお支払いをした。

はやくたくさん運べるみたいなのが仕事できる、というか体力現場の、荷積みの時限もあるのでタイムアタック的な緊張感があったりして。でも社員さんとか他のスタッ火さんと協力し合う場面は、とても良きものだった。なんというか名乗り合わないのに、アイコンタクトでお互い分かっている感じ?一体感?戦友感?すごく天国感。名前を知っていなくても、同じ目的に向かって生きているんだという、同志感や尊敬している先達感。

明日はまたアプリで、18時までの仕事を見つけたので、そこへ働きに行く。こんどは物流の仕分けやピッキング。

所感:日中に、訪問看護さんや通院など、他の予定がある日は、基本隙間時間的に午後〜深夜や夜勤になる。とにかく暇が嫌なので、毎日はたらきたい。今日、早速、昨日働いたところから販売系の仕事の紹介があって、向こう一週間で2日間仕事で埋まってありがたい。でも日中仕事があっても、軽い短時間の仕事で、隙間時間ありそうなら、引き続きアプリで夜勤もしていきたい。夜勤については近場で固定でできるのが一番ありがたかったけども。来週の面接どうかな?!どきどき
でもアプリが即日振込があっという間で手数料も無くて感動した。めちゃめちゃ便利で使いやすくて助かると思った。

昨日の分と今日の分を銀行から早速引き出して、帰りがけに鍼灸院へ寄ろうと思っていたが、すっかり忘れて帰宅してしまった。鍼灸院へ行く時間も余裕もなかった。そろそろ全身筋肉痛だが、歪みに繋がりそうな溜まってきてるかと思うので、そうすると空き時間を見つけてあさってに行くしかない。あさっては午後から夜の仕事がある。

子どもは問題なさそう。むしろ関わる時間が長いとか無理に関わろうとするのが、逆にストレスみたいだった。決めたこと約束は守ろうとして、ちゃんと目の前にある必要なことは自分でできる範囲のことはちゃんと自分でやる子なので(半年前位から教えてないのにトイレットペーパーを交換したり、びっくりした。替えた覚え無いのにいつのまに新しくなっているのだから。)
褒めすぎるのは良くないかなと思った。今日も、ままに褒められるために、ままの機嫌悪くしないために生きてんのか?!とメンチ切った。励まさないといけない。つい好きな食べ物とかおもちゃやゲームで甘やかしたくなっちゃうが、そんなのは本来の生きる理由を歪めるだけだ。本来ひとは愛し合って、つまり、助け合って、昨日と今日はたらいた現場のように、神様のご栄光と賛美礼拝感謝をするために生かされている。そういうことを、すごく知ってほしい。常々そう思っている。

仕事:昨日記載のもの。予定より一時間早く終わって、9時から17時までの勤務時間。自転車で駅までも含めて、通勤時間かかったが、その間も楽しい。

搬入、設営系の仕事で結構重いものを持ったりもしたが、すごく配慮があって、難しそうにしていて、半分の量で良いとか優しくしていただいた。みなさんお互いに気を遣っていて、人間関係天国のようだった。体力仕事で午前中は汗ダラダラ大変だったが、適切にたくさん休憩もあり、良かった日払いもしていただけるようで、素晴らしい有難いなと思った。総じて社員さんにもアルバイトの方にもいろいろ親切に教えていただいたり、軽くお話したりして、とてもありがたかった。足は棒のようになったけど心はとて養われて、心地よい疲れで、感謝です。わたしでも、働けた!受け入れてもらえて、終わりのときにもあたたかかった。また入るかもしれないので、また働くなら個人管理で持っているようで、貸与の制服を持ち帰らせていただいた。

家で朝も夜も鍵っ子で頑張った子どもさんにも、とってもやさしくできそう。子どもさんの様子によるが。なんだか張り切って、頑張ってくれていると思う。


仕事探しの状況:お昼休みにお仕事の紹介会社さんから、電話何件かある。まず明日明後日は、仕事無しだが朝架電で欠員待ちを確認して良いそうだ。絶対にする。また、9月上旬からの長期の派遣仕事で、10月から社保にも入れる案件に見学が決まった、有難い一応シフト制だがそれ1本でも安定収入になりそうなものだ。結果次第なので他も引き続き、どんどん応募して、昨日書いたように来週の夜勤1件のほか、実はすでに面接3件、頑張っていろいろできるだけやってみようと思う。むろん、体調次第だが、体調管理、がんばろう。今日の給与を日払いにして今週末にでも1度鍼灸院へ行こうと思う。それを繰り返していれば、大きくダウンすることは防げるだろう。


電話1件:17時ごろ、役所へ電話する。

    ・自分の話⋯就労移行支援所に、もう体験いけない様子で、契約も人数待ちで10月頃まで先延ばし、難しそう。いまから9月暇になる、と思い、その体験のときに卒業生の方といろいろお話を伺う機会があり、実習いろいろできたのが良かったという声が多かったので、じゃあ自分でいろいろ短期でもアルバイト探して、いろいろ試していい仕事ないかなってしてみることにした。それで急だけども昨日動き出して、今日、早速お仕事があって、いまお仕事してきちゃったところである。

そうすると、収入があるので、申告の話と、どうなるかどれくらい差し引かれるか、などを相談しようと思った。この調子でたくさん働ければ9月15万円とか収入があるかもしれない。いつ保護が外れる判断があるだろうか。

そして、他にも10月から社保に入れるような職場に面接があったりなどする。そうすると、医療費などの扱いはどうか。

    ・担当さんの話⋯まず、申告は、いろいろあちこちということで、まとめての申告で構わない。

それで、月全体の収入額によって、控除額が異なる。月1万5千円までの収入は控除。それ以上は、総額によって異なる。いまそもそも手当や養育費などで月々役所から支払いが6〜7万だと思うので、15万稼いでしまったら約3万円弱の控除で、もう全額生活費は役所からは支払いゼロになる。

また、安定収入が半年できるとなれば流石に保護も外れるかもしれなかったが、それまでは、人により、(特に体調崩しがちだったわたしの場合)、1ヶ月ですぐ外れるとかではなしに、様子見の期間があると思われる。

また、社保のある場合、医療券と併用になるので、その場合は残りの3割を役所の保護のほうで負担になる。

    ・自分の話⋯なるほど、かしこまりました。ご説明感謝。


どうしよう。はやく自立したかったが、しかし、周りにだいじょうぶって思っていただいてやっと解放されるみたいだった。就労移行支援所はたぶん契約しないけど、週一の訪問看護さんにきっといろいろ相談できるし昨日みたいに小学校の先生もまたいつでも、子どもさんのことだけじゃなくても何でもお話くださいねって、言ってくださって、感謝。今週末の土曜に主治医の先生の診察もあるので、そこでも話してみようと思った。感謝。


子育て所感:朝水筒入れ忘れ事件、夜先にゲームをやってしまっていた事件のふたつに再発防止になるよう、子どもの成長になるよう対応した。


朝起きて出発する頃に、子どもさんが目覚めて朝ごはんと水筒を目の前に用意してやった。お弁当はコンビニで昨日自分で選んでもらったパンだったので、自分でやってもらうので、水筒だけお茶を入れて目の前にポンした。いってきますをした。

で、今日水筒を忘れて、学校と学童で水道水を飲んだらしい。ホワイトボードに、出かける前に確認するリストも作ってあるのに、何ということだろう。

しかも、予定よりはやく帰宅した時、子どもがしていたのはわたしに丸付けして褒めてもらえると学習した自主ドリルのほうで、洗濯物も出していないしシャワーも浴びていないし、どう考えてもそれでも自主学習が終わっていないのは時間的におかしいと思って問いただすと、帰宅後すぐにゲームを15分やったらしい。ただ今書きながら我思うに時間的に15分×2はやっている。やるべきことリストを全部終えてから、好きなことの時間、自由時間と口を酸っぱくして伝えてきた。その約束すら守っていないので流石にキレた。というかかなり冷たい態度で見下しながら、淡々といろいろ聞いたり言ったりした。だって社会に出たらやることやらずに自分優先する、こんなことしたら、大半には見下されて当然である。それで見下されていちいち傷付くような世間知らず人間知らずになっては欲しくない。そもそも、この親は子どもの機嫌を取りすぎてきた。約束を守り、ありがとうとごめんなさいをちゃんと心から言う親なのである。御心をちゃんと知る人からの基本的な評価は、甘やかしすぎたんだなという評価だと思う。小学校の先生もそのへんを理解くださっている。たぶん、よく預ける教会の方々も。たぶん、生まれつき心が弱いとかで依存体質気味なのだろう。特にわたしが障がいなるまでは何やっても頑張っても親を信じてくれなかった時期があり、生活週間を叩き込むのすら、大変だった。夏の汗ダラダラの時期でも、お風呂イヤ、など。


それで宿題とご飯とシャワーの順番は、お腹空いているかどうかで決めて良いとは言っていたので、お腹空いていないそうだったので、やるべきこと、まあ弁当や水筒を出すとか、明日の準備とかをさせている間にわたしが先に入ったお風呂に入ってもらった。


その後に明日の小学校の準備を補助して、教え直して、


もう忙しい中で一生懸命用意したって、持って行くの忘れて、しかもただ忘れたしか言わへんくて、今までは保育園でも幼稚園でもいつも親の悪口、僕は悪くないで文句を言ってきて、おまえはまたわたしを悪者にする気か、と。ちゃんと用意してもらっていたのに忘れたと言えと教えた。一度、こども家庭センターに幼稚園から通報まがいの事をされているのだ。しかも、解離性障害を発症して一番病状のひどい、まだ発症して一週間くらいの時期に。

いつも、どこにミスがあり、誰が瑕疵をしたか、いつもはっきりと明確に捉えていなければいけない。そうじゃないと問題解決や、改善方法、再発防止案など浮かばない。2000年、イエス様のそういう積み重ねによって、当たり前の無私無欲、利他の精神による社会改善や文明発展、技術革新、それで今の地上があるのだ。


とりあえず今回のことは、昨日先生小学校の先生に電話でお伝えしていた通り、朝夜の鍵っ子初日で、このお母さんは仕事が始まったら水筒も用意センノカ、の攻撃に備えて、連絡帳にただ事実を書いておいた。

人間の心の動きや穿った見方など、あと罪のことについても熟知している。学校の先生は学童の先生とも連携してくださっている。自分がしたいからって仕事して、初日から水筒も忘れるの?子ども放ったらかし何もしていない!と思われている可能性に備えて。これが一番確実である。だってお弁当も手作りじゃなくてコンビニパンだったから、今までとの落差があると思われるかもしれなかった。初日の朝ごはんも昼ごはんもコンビニで自由に選ばせたのは、完全に新鮮さで子どもの励ましでもあったけど。だってストック冷凍おにぎりいつも渋々で自分からそれを選んだことがない。だから今までは出来立てなど。


それで、これから自分で用意できないものは、前日中にメモ提出で親に申請制にしようと思い、早速明日からも必要なもの書いて出してください、とした。

お願いされないと用意しません。と。

だってせっかく用意したのに忘れられたりして、普通の人間は普通に怒るし嫌になる。


で、言われたらすぐやること。それを今後は徹底すること。それをわたしも意識する。水筒どうぞ。入れてね。それを、もう今やらせる。すぐ入れて。今入れて。そういうことである。


ちなみに用意がなかったとて、お弁当ならおうちの冷凍おにぎりのストックやら何やら、そしてもしも用のお小遣いによって近所のコンビニに行くなどできる。

水筒は、昨日も言っていたが、玄関にある水ペットボトルのストックがあるので、そこから1本取れば良いと教えている。


口で言うだけではいつまでも本人の意識が何も変わらないのである。


その時間で夜ごはんの時間もなくなったので、

で寝る時間になったので、寝てもらった。


ちなみに今日わたしは朝ごはんも昼ごはんも夜ごはんも食べていない。別に働く喜びで満たされてお腹も空いていない。節約にもなるし、洗い物も買い物も増えない。


なのでぺこぺこで泣くとかもないので、子どもさんも大概いつも少食なのに普通の量食ってきて、身体のキャパ超えて食べ過ぎだったのかも知れない。まあ、今回は学習も兼ねて、もともとわたしがいない想定でのカップ麺の予定だったし、食べずでいいやと。水とお茶をたくさん飲んで、それでいいんじゃないかと。

そもそも腹減ってなかったらたいして学習効果も無かったと思うが。どうか分からない。学童のおやつもいつもたくさんだし、たいしてお腹減って無い様子だった。ハラヘッタら家んなかんもん好きに食えって言ってあるしどこに何があるか教えている。


わたしは昨日もほぼ何も食べなかったが、いつまでもお腹も空かないし、働いていると逆に調子もいい気がする。


追記。とにかくたくさん仕事をしたいので、来週入れている夜勤は単発だが、翌週面接が入っている仕事のうち一件は近所の飲食店なので、夜勤メインで入れないだろうかと、考え中。そうすると、社保に入れるところをもし採用になって、それを働きながらも、夜働ができる。そうすると、うまく行けば昼の仕事と夜勤のフル稼働で子どもと顔を合わせることなく働けるし、シフトの入らなかった日は登録しているところへ仕事を探して埋めてもらえば良い。ダブルどころか、トリプル、あるいは、カルテット?ワークになるかもしれなかった。でも楽しいし身体動くし、働けるんなら全然いい。とにかく、あれこれ考えてしまうし、子どものことが目についてしまうので、暇な時間があるのがすごく嫌だと思う。暇な時間を全部仕事で埋めたい。

行動1件:朝9時前、役所に不備解決した鍼灸同意書の提出。担当さんは今週末か来週月曜までには電話で結果連絡ができるとのこと。


仕事探し:


アプリから、9月2日のピッキングなどの夜勤アルバイトに応募。不安で夜眠れないことを事前に労働で動き回って回避しようと思う。身体が疲れたら、鍼灸で、許可おりなかったら、給料から自分で払えばいい。少し遠いけど、それなりにもらえる。子どもさんに嫌とは言われたけど、考え方については、以下の記載のとおり。


アルバイトアプリから登録した派遣会社に、

・10時、一社電話面談で登録済み

・11時ごろ、もう一社は来社面談で9月4日に予定済み。

・11時半、WEB説明会参加

・〜17時ごろ 詳しい仕事紹介、電話面談など


警備会社の説明会はかなり良かった。提出シフトが削られることなくほぼ埋まるというのは、すごく収入の安定につながって安心だと思った。


他の即日のバイト会社さんで、明日の9時から18時で早速仕事をいただけた。即日払いもあって、所持金100円以下なので有難い。子どものお小遣いを借りて、明日の移動の交通費に当てようと思う。うれしい。たくさん働こうと思う。


週20日くらい、あれこれしていれば、月20万円くらい稼げたら、手当もいただいて、別に贅沢もしないけど、いまみたいな爪に火を灯すような生活をしていなくてもよくなるし、周りからも子ど預けて働いてやることやっていればあたたかい支援も受けられる。教会さんは日曜も預けていられるし、今度泊りがけのキャンプもひとりで参加可能だ。即日とか警備とかって、土日もあったりするので、いま学童さんで土曜も利用可能で、日曜も日によっては日中動けるというのは、有難いと思う。たくさん働けると思う。


子育て所感:

朝、土曜日の学童利用のあと、水筒やお弁当をそのままだったのが発覚。水筒無い!で出してもらってついでに弁当を見つけて持ってくるかと思えば、言われただけ水筒だけ持ってきた子どもさんに、呆れ果てて、そのまま説教しているうちに子どもさんのぼんやりした態度に苛ついてカミナリを落とした。仕方がない。わたしも確認不足だったがいろいろやることがあって、わたしも完璧じゃないし、障がい者で忘れっぽく抜けているところがあって、どうやっても改善したり、気が付かないこともある。子どもにはやるべきことをホワイトボードに書いてある。それを見て!ぜんぶ終わったら好きなことしてと言ってある。せめて、自分のことは自分で。別に自分で水筒や弁当を用意しろなんて言っていない。出すだけ。何遍も帰宅後に、やった?出した?と聞いたが、わたしも他に考えることがあったり自分のことで手一杯で、ぜんぶ終わった!の言葉を信じてゲームをさせたりしてしまった。帰宅後すぐおしゃべりが延々とはじまるか、ゲームしていい?動画見ていい?と顔色をうかがう子ども。別に踏みにじられても笑顔で幸せで生きられるならそれでいい。でも心が弱くて、心の声も聞こえる性質で、攻撃されて、物理的にも叩かれたりぶつかられたりぞんざいに扱われていじめられて、それで学校や学童が嫌だってなっているのは?それを何度も確認して、せめて自分のするべきことくらいは、自分でできるようにならなければ。いつも楽しいことばかり考えて、それではどう社会で仕事をする役に立ってお金をもらって生きられる人間になる?どう言っても通じない。心の声が聞こえて心の攻撃に弱い、どうしようも無い弱い人間なら、努力して迷惑をかけないような存在、それ以上に周りの役に立つ存在にならないといつまでも、誰にも攻撃されない平穏無事な生活が得られない。怒らない子育て?子どもによる。状況による。そんなのは、一刻をも争う災害避難時に、大声を出して逃げろ!と言うなと言っているようなものである。今にも車に惹かれそうな子どもを見たら、必死に叫んで何やってんの!と怒り躾けるのが、まあもう7歳…まあ本当にぼんやりしていて、でもそれはいままでの子育ての環境、親が生活保護者、そういう環境が子どもの間の社会面でも子どもの立場を良くなくしていた。だからそれはわたしが仕事をすれば改善する。


夜勤が嫌だと言われたけど、単発で気軽だし、お金もいいし、どうせ夜眠れないし、活動してつかれて鍼灸で回復のサイクルをしたほうが精神的には楽だ。腰痛と精神状態が少なからずリンクしているなら、むしろ、軽作業とかなら寝ずに動き回って、鍼灸院で丁寧な治療を受けて、で回復してまた仕事して、をしたほうがはるかに楽だ。なので子どもはよる一緒にいて欲しい🥺みたいな感じだったが、ひとりでシャワーもできる、カップ麺もつくれるしレンチンもできるので、別に夜ごはんと朝ごはんを用意してやれば、問題ない。準備などは、いっぺんほったらかしてみてもいいくらいだ。子どもにはこういった。


あんたの隣で懇切丁寧に、次はこうして、これはやった?などと同じ事を何百回も言っているより、外で仕事してきたほうがお金も得られるしよっぽど意味があるわ!と。親にとって有意義な時間なのである。わたしは、どちらかというと父親なので、直接あれこれ側で伝えても舐められてエネルギーを延々と吸い取られるだけで、背中を見せるやり方でしか、どうやらできない。子どもの特性と、わたしの特性を鑑みた結果の最適解、は今のところ、突き放してみる、それだけである。別に、相談があれば乗るし、困難があるようなら寄り添う。いままでだってそうしてきた。でも結局、楽しいで1日過ごして、家でも生活の世話もいつまでも同じ事を何遍も言わせ続けるというのは、

もう子どものままの大人をわたしも量産する一助をしているんではないかと思った。そういう未来しか見えなかった。ままを喜ばせるため。ままを怒らせないため。ぜんぶわたしがOKするかどうか。わたしがゆるせばいつまでも成長しないまま。


いままで散々愛を伝えてきて、まだわたしがなにかしてやらないと愛されてないと不安になる、生活面も勉強面もわたしが懇切丁寧に日々レールを敷いているだけで、いっこも自分から成長しようとしない、ままに言われたからやるだけ、そういう楽しい時間のことばかり考えて、学校の授業もぼんやりで、テストの点数が悪くても気にしない、それで友達から舐められて雑に扱われて傷付いて帰ってくる。いい加減にしてくれ。誰が社会に出ておまえにいつまでも下手にでてやさしくお願いし続ける?自分の身の回りのことまで!もうやっていられない。もうわたしは一生懸命仕事をして、できるかどうかではなく、せめて心の態度!せめて努力しようとする姿勢!日々、改善に努めようとする意識!習い事やら親の言うままにたくさんやらなければいけないこと同級生に比べて、実にそういう面では甘やかされているのである!わたしがこの子の心を守ってきた。だからぼんやりのままでも病気や障がいなく生きられているのだ!いまは子どもにも子どもの外の世界があるので、わたしが付きっきりなどできない。育てなければ、いや、鍛えなければ!生きていくということの、生活の苦労や大変さを、教えなければ。そして努力すれば心の態度を改めれば、それでも喜びと平安のうちに生きられるのだということを。


まずわたしが獲得して示す。


スキマバイト的なアプリで、


本当は今日からでも、たくさん求人があるので働きたい。しかし、たいていは交通費が必要なので、所持金がもうこの間のお祭りで使ってしまい、100円を切っているいま、すぐには動けない。なので月を跨いで9月2日、折しも父の誕生日、厳しくわたしを鍛えてくれた父の誕生日の夕方に、実働11時間の夜勤を入れてみた。だいじょうぶ、みんなきっとやさしい。頑張る気持ち、指示に聞き従うこと、困ったら相談すること、どうせ単発の現場だが、仕事だという意識を忘れずに、わたしお得意の誠実さ真面目さを携えて行けば、きっとだいじょうぶ。9月から鍼灸同意ももらえるなら。もらえなければ給料が入ったら、それで施術を受けに行く。


とりあえずの、良い仕事が見つかるまでの、有意義な活動、必要とされているところで職務を果たしていくこと。その事を積み重ねようと思う。


電話1件:16時半ごろ、小学校先生より。家庭状況、わたしの様子のことなど。おそらくは明日の開始につき。子どもさんの様子など。わたしが働きまくって、物理的距離を突き放してみる、それで良いと思います、すごく甘えん坊でサボり上手ってよくみていただいている。そうするとわたしも仕事で忙しいと、子どもの母親仕事を意識して緊張しなくて良いので、他にやることやっているので、そういう性格だから忙しくしているしか無い、と伝える。子どもと親の特性からどうしてもこれが最適解かと。すると先生も、良いです良いです、子育てはみんなでしますからね明日も元気なら全然オッケイ、忘れ物も、しちゃってもだいじょうぶ1年生は練習なので、と。親も子どもさんも練習だと。


就労支援所の次の体験予約も入らなかったし、生活安定はあるので、契約もしなくても自分であれこれしてみてもいいかなと。どばっとたくさんお話して、聞いていただいた。何でもできますよ、と背中を押していただく。感謝。


それで、わたしも安心して、子どもの準備とかも見なくてぜんぶ自分でさせれば良い。相談は乗るし様子は聞き続けるそしてご飯はちゃんと準備する。それで良し。

子どもさんは、午後イベントもあるので、1日教会へ。


行動:アルバイト探し。9月が暇になるので、活動の予定が無いと生活にメリハリがなく、ちょっと元気がなくなることが8月でよくわかった。就労支援所の契約可能時期については、もう仕方がないので、自分で予定を入れるべきだと思った。そして、昨日のプログラムで、実習は沢山したほうが良いと口々から聞いた。そうすると、契約してからでも遅くないが、別に契約する前に自分であれこれしてみるというのも、出来るのなら別に良いだろう。鍼灸治療も、やっぱりやる気とがあったら、通っても罪悪感もないし、万が一役所の対応が粗雑で、またしばらく自費になっても、金銭面の負担も軽減されてストレスも無くなる。

それでスキマ時間、とか、短期単発のアルバイト、をアプリを入れたり実際に登録したりで1日wlつぶしていた。

夕方からの勤務、夜勤を含めたら、結構即働けそうな雰囲気で、有難いと思う。いろいろな職種や現場を試せたら、就労支援所での就職までの期間も短くなるだろうし何より精神的にやることやってるぞ!役に立っているぞ!って回復する気がする。なので今とても、スキマ時間で即日とかの募集を見ると動きたいが、いちおういままでのことも加味して抑えて、明日電話面談やウェブ面談を予定して、実際には来週半ばくらいからなにか働き始められたら良いなあと思う。


昨日の座談会的なやつで、結構、わたしよりもひどい障がいをお持ちの方々がいろいろな現場で働けている様子を拝見して、なんだか、別に能力が高いとか、ふつうの人になるとか、障がいがマシにならないといけないとか、そういうのは無いんだろうなと思ったのであった。それでも受け入れてくださる職場があれば、きっと働けるし、わたしもきっと働けるって思えた。それはとても良い時間で、わたしに、いろいろな仕事を単発でやれば、そうだ契約待ちの間、いろいろ試せるし効率が良いのでは?という発想をもたらし、そして自分の事情を必要なときには説明しながら、トライアンドエラーでやっていけば良い。お小遣いもえられるので、ここ半年くらいの金銭面の心労や生活の不自由さみたいな部分も軽減されるだろう。


すごくいいことだ!

明日の面談や、仕事紹介の電話、新しい仕事は無いかアプリでチェックするのも楽しい。

行動1件:朝9時ごろ、鍼灸院へ不備書類を持っていく。その場で埋めてくださり、土曜なので、月曜日の朝すぐ持っていくことにして持ち帰る。


行動1件:朝10時、就労支援所のプログラム。たくさん卒業生が来て話を聞く。就業までの期間も人それぞれなんだと思う。


職場での不安に対して、仕事仲間だから、敵じゃないから、無理なことは素直に言ってみる、まず相談してみるというアドバイスと、何かの資格勉強は時間を決めてやる、それで取得できなくても仕方ないし、ゲームオーバーじゃない、っていうことが心に残った。ずっと聞いてきたことだけど、心からの言葉が、イエス様によって悔い改めたわたしの心に、すっと沁み入ってきた。


そして、この日は次回予約を特に提案されずに、簡単な感想をお伝えして終了。


それで、以前も体験は4〜5回と聞いていたので、ちょうどそのくらいの回数なので、そういうことだった。もう体験は無しで、たぶん契約できる頃に呼ばれるかなあなど。10月の契約なんだと思う。でもそれももしかしたら後回しにされるかも。それは嫌だなあ。


あとちなみに、自宅近辺の子ども向けのお祭りに、いまやっているよ〜と、ご近所さんがお声がけくださって、夕方ごろ連れて行く。300円くらいで子どもさんも楽しく食べて遊べた。感謝。


所感:9月が暇になるなあと思う。

あと鍼灸院の書類がちゃんと処理されるか不安。


こどもさんは、午前中学童へ行って、それから午後は教会である子ども向けイベントに参加。

子どもさん外でうまく楽しんでいるようで、そうなると、わたしも安心して家での宿題や、食事づくりなどに集中できる。ただ漫然と沢山一緒に遊ぶのではなく、短時間にメリハリをもって、しつけというか、面倒を見てやれるように、なってきた。親の役割。


よく言っているが、親が、遊び相手じゃない!と。

学童ぜうまくやっているのか、話を聞いてやって、挨拶をすることを、教える。とかとか。他の人たちが当たり前にやっていることを、わたしは頭で考えて:、必要性を判断して、しているので、ずっと接しているとかなり、疲れる。


なんだか、わたしも、子どもに対してNOが言える親になって、そうすると子どもさんにも舐められずに、ちゃんと正直に言ってくれるし、教えてくれる。子どもも人間関係できて、努力できる人間に育てれば能力とか関係なく苦労なく暮らせるはずなので、そういうふうに、毎日何かしら階段登る意識をもたせるようにしている。ずっとこのまま?階段登る?登る方なら、一生登り続ける。でもそこにお金面や、踏みにじられたりの苦労はない。そういうこと。


土曜の学童は人が少なめでお気に入りのようなので、学童の先生にも、小学校はじまっても、利用したいとお伝えして、快諾で感謝。漫画など読んでいるみたいで、活字にも慣れているようだった。画面を見る時間がいっときに比べて全体的に減っていて、それでわたし自身も、ちゃんとできていると思って、心が軽い。子どもが画面依存になるとやっぱり思考力とか、ぐるぐるしがちで、地に足のついた生活から、どうしても意識が離れていくように思われる。


7月からこの夏休みで、生活も考え方もいろいろ改善、子育て改善、子どもも自信もって弱気ばかりじゃなくて人と関われるようになって改善、良い夏休み、神様からの夏休みの宿題は、そろそろ完了かな?と思う。アーメン!

訪問看護さん…就労支援の契約が10月前後になりそう。でもゆったりした気持ちで焦りは無い。体調は以外と浮き沈みもあったし、頭の冴えも揺らぎがあった。言語理解の調子に少し揺らぎがあった。自己理解できたと思う。でも契約まで何かしら活動していたい。そうじゃないと不安。

昨日は特に、鍼灸院のこともあって、不安で夜に泣いてしまった。過去を思い出したりして、難しかった。


郵送1件:電話でのお伝えどおりに、不備のあった鍼灸関係の書類夕方に届いた。鍼灸院へは明日の朝に行くことにする。

申請は、今日の朝、以前コールセンターに依頼して郵送してもらっていた、最高裁判所判決にかかる給付のことを、記入してみようと思ったら、なんと、電子申請があるようだったので調べたら、電子申請をしている自治体だったので、電子申請をした。

ちゃんと喋られないので、ほうぼうで適当な対応をされる。みんな笑顔で好印象、わたしは良い人だなあと思って親切な聞こえの良い言葉に、ありがとうございます!と心から感謝を述べ伝えて会話をおしまいにする。あとから聖霊によって、ちゃんと対応したほうが良かったかなあなんて良心の呵責を聞く。わたしは、蔑ろに、適当に扱われていたんだなと思って傷付く。そういうことだった。その場では気が付かない。でもイエス様の愛ができていることかも知れなかった。イエス様の愛は罪悪感を抱かせるそういう効果があった。罪悪感で人は動く。

それで夜久しぶりに泣き叫んだ。子どもは先に寝てもらって、ひとりでシャワーしてるときに耐えかねて泣き叫んだ。多分聞こえたと思う。でも仕方ないと思う。皿洗いをして洗濯をして、それでもう一度しばらくお部屋で泣き叫んだ。よく分からないけど、父親とのことや、継母とのことを思い出して、泣いた。なんで地上の人間はすぐずるい立ち回りや、正直でない喋り方をするんだろうと思って、いろいろな本音を隠したやり取りや、あるいはそういうこと、今日あったことと照らし合わせて思い出して、泣いた。こっちは良い人だなあと思っていたら、陰口を言われていたり、裏で騙されていたり、そういうことばかりの人生だった。仲良くしているつもりが、馬鹿にされて意地悪に笑われて、それでもわたしは自分がそうならないように努めてきた。
弟をいじめていた幼少期を思い出すと、自分もそういうことがあった。何度教えても、何べん言い聞かせても、同じことを繰り返す子どもに腹いせに酷い言い方をしたくなることもあった。それは罪だと気付いたから、苦しいだけで、別になんともない、ごくふつうの地上のよくある出来事のはずだった。

心がでてきてしまったと思う。傷付いて、踏みにじられてとてもつらい。でもイエス様といっしょに生きている。私を踏みにじったひとで、信仰にゆかりのあるひとは、みんなあとから罪悪感にさいなまれる。そうして信仰へ導かれるんだろう。そうして神様に使われるんだろうな、と思った。まともに喋れないし、まともに頭も使えないことも多い。


電話1件:13時半、役所へ。8月7日提出した鍼灸同意書の認定がどうなったかについて知りたい。

    ・自分の話⋯銀行口座に利息(数十円)などの収入あり。規定通り来月10日までに収入申告でよろしいか。それから8月7日に提出した鍼灸治療の申請について、さすがに進捗を知りたい。

    ・担当さんの話⋯収入申告はそれで良い。鍼灸治療の申請書については、ちょうど今担当部署から手元に戻ってきて電話しようと思っていたところ。鍼灸院の欄の部分に印が足りない。

    ・自分の話⋯2週間くらい前に提出していて、いまのいまそれを知るとは。まさかまたこれを理由に9月1日からの認定ができないなどと言うのだろうか。

    ・担当さんの話⋯まだ嘱託医に確認取れていない。とりあえず自宅に郵送するか、鍼灸院に郵送するか。今月25日くらいまでに提出があれば、今月中には結果が分かるはず。

    ・自分の話⋯鍼灸院のお盆休みもある。自宅への郵送をお願いする。25日に書類を提出しにいく。

    ・担当さんの話⋯では今日中に自宅に書類を郵送する。


25日くらいまでに、それで月末には分かる、との言質。録音されていても、都合の悪い録音は簡単に破棄処分できると思って、責任の伴わない言動をする文化が染み付いているかどうか、少なくとも月末までには明らかになる。


このような書類の不備に、気付かず担当へまわし、担当部署もまたすぐ気付かないなど、8月7日に提出した書類の不備を、19日に、それもこちらからの連絡で、申し伝えるなど、おおかた、9月は手当収入があるので、認定遅れても平気だろうと思われている。そういうことだろうと思われる。


わたしもまた、鍼灸院から受け取って、7日に提出の際、気が付かなかった。提出時は、担当さんも不在のため窓口にただ預けただけだった。頭にはっきりしない、重たい時には、その程度も分からない、事実私は、どうしようもない、他人の手を借りないと生きられない、はっきりとしていない、しっかり仕事ができない、障がい者なのである。


電話1件:14時過ぎ、役所へ。

    ・自分の話⋯鍼灸院のお盆休みが昨日で終了していた。やっぱり取りに行き、今日中に用意しようと思ったが、どうか。

    ・担当さんの話⋯ついさっき、今日発送の便に載せてしまった。今日明日には届くと思われる。

    ・自分の話⋯承知。


そもそも出歩く体力もないので、仕方がない。

水曜日と木曜日の2日間、子どもさんと家でのんびり過ごす。


今までの数ヶ月の荒れようは何だったのかというくらい、とても落ち着いて過ごせる。一緒に宿題もやって、カードゲームや将棋もして遊んだりした。


そうして、特に何もしていないが、


信仰に入る前からの、子どもと過ごす時間が子どもは可愛いけど苦痛という、信仰入ったあとも、保護で保育園へ預けている時間以外、夕方から夜と週末がいつも気持ち的に難しいのは、苦手ゆえだと思っていたことに加えて、


ここ数ヶ月は本当に酷かったこと、何回も言ってきたことや、子どもの未熟な点を前にして、怒りや悲しみや絶望に泣き叫ぶことも多かった。


(それらは、既に過ぎ去って、つまり過去になり、壁一枚隔てた向こう側の世界になった。わたしたち親子は、そこから、救い出された。わたしは、信仰以降の出来事における罪悪感から、救い出された。)


それは、おそらく大きく次の要因があった。

まず、この世のあらゆる人間のうちでもっともかわいいと思う子どもについて、それでも一緒に過ごす時間が苦痛というのは、まず、自分にとって、


・未経験、まずいろいろな対応の処理方程式が知識的に不明の事が多い仕事であること。


・自分に他者との境界線が無かったので、子どもの感情の世話仕事を、生存に重要な乳児期を過ぎても、物心ついてもやめられないので、生活の負荷があまり軽くならない。


・子どもに対してもNOが言えない、相手の要求をぜんぶ満たそうとする、生育環境由来の筋金入りのパッシブコミュニケーションスタイルが、子どもの当たり前のレベルを引き上げていってしまう


・感情は分かるが、そもそも物心ついてから自分の感情を否定はされども受け止められ、世話されたことはないので、子どもの感情が揺らいだ時に、甘やかしと拒絶の間にあるはずの躾の位置感覚がわからず、どう対応すれば良いのか分からず、いつも判断ができずストレス。


・今はかなり改善したものの、障がい発症に伴う認知、言語機能の低下、重たい思考力の低い頭、腰痛、それ以前は身体のオーバーワークによる心身疲労による対応不可能な事態にキャパオーバーに。


そういうことがあったなあと思う。箇条書きの内容は、きっと、重なり合っていたりする部分も多かったが。


ーーー


しかしそれはさておき、今日本当に書いておきたかったのは、


2023年にイエス様に出会って悔い改め、救われたわたしの、信仰以降の3年程度の人生で、


特に病気?障がいを発症してから、感情のコントロールが難しくなり、些細なことに感情が揺れ動くようになり、子どもさんの前でもどうにもできずに急に泣いたり怒ったり大声を出したりすることがあって、


子どもに対して、激しい強い悔い改めの気持ちを抱いているということだった。


改めて振り返ると、信仰以前も、子どもはうまく世話できずともいつもかわいくて、未解決の過去の壁に立ち塞がれて止まってしまいがちの私に日々役割と、多くの仕事を与えてくれ、それでいて付き纏う誰にも愛されていない、理解されないという孤独感の闇の中で、明るく光のように照らしてくれていた。


わたしの乳房に一生懸命吸い付いてくれる姿。私の抱っこを求めて手を伸ばしてくれる姿。寝ているときんの無防備な姿。無意識に握り返してくれる手。


それは年齢を重ねても同じはずで。しかし喋るようになって、はじめて寝る前の話しかけに返事をもらえたときの感動もいつの間に立ち消えて、そのうちに延々と止まらない子どものおしゃべりの相手にうんざりしはじめ、


つまりそうやってたくさん喋るのに生活面では成長しないアンバランスさにもやきもきして、


今思い出しても、自分の日々のまたあ?!という狭量な反応や、自分の子供じみた不平不満や言動と、並べ思い起こされて、尊さと情けなさがない混ぜになって泣けてくる。激しい後悔の念。


特にイエス様への悔い改めによる罪の気づきから、すべて自分の罪だったんだと、激しい罪悪感に押しつぶされて、這いつくばるような日々の中で、次第に、特に引っ越し前後くらいから、強く言ったり怒るようになってしまった信仰以降の生活で、いつも気持ちをぶつけてしまったり、こんな未熟な親でごめんの気持ち。


子どもはいつも悪気なく、純粋にわたしを信頼するゆえに、ただありのままで生きていただけなのに、


なんでもっと、ずっとやさしく導いたり諭したり、教えたりできなかったんだろう…。


いつまでも変わらないと嘆いたり、こんなにがんばっているのに、と、勝手に落胆したりして、


いつも私が助けられ愛されて、守られていただけなのに、


(保護に入ったあと半年ほどで信仰を与えられたが、仕事していない期間、子どもの存在がわたしに社会的役割を与え守ってくれていたのだ。さもなくばこんな性格の女性など、社会からも見放され野垂れ死にコースだった) 


つい最近までつい、まあわがままや欲しがりなど子どもの態度などによって、つい昔あんなに時間もお金も注ぎ込んで頑張ったのよみたいな、そういう事を言ってしまう。実際は100%子どもさんに注いでいたわけじゃないのに。そう言いたくなって言ってしまうことも多い。

なので、せめて恩着せがましくというよりは、それくらい可愛くて愛しているんだよ、という情報につながるように話してはいる。しかし子どもがどう受け止めているかは、成長の段階で明かされるに違いなかった。


昔は保育園のあとも毎日2〜3時間近所の公園をはしごしたり、休日も雨でも何でも1日中出ずっぱりの歩き通し、当然抱っこやベビーカーや荷物も入る中で、毎日クッタクタのヘトヘトになりながらも、それでも籍を抜けて名実ともに一人になってからは、精神的屈辱や不足感から抜け出し、肉体面のキツさは変わらずとも、精神的にかなり解放されたはずが、信仰に入ってからは別の激しい罪悪感がわたしをとらまえて、大変なことになっていた。それで障がいを発症し、這いつくばっていたものの、


本当に信仰によって義を与えてくださる神様によって、


わたしは信仰以降、ひとつも悪くなかった。

もちろん、ひどい扱いを受けたとか、あるいはお世話になったとか、様々だが、

ただ、わたしの状況としては、神様の御計画のために、這いつくばらされていたのである。


(神様は、わたしに対して人々がどう出るかを、みておられた) 


でも、


それらの間に子どもとの間で起きたことだけ、


いまでも激しく後悔し、泣き、でも

この親のどうしようもない罪を、何度も謝罪を受け入れて、何度も敵になって攻撃してしまうわたしの、本当の揺るぎない味方、家族として受け入れ、わたしを何度もゆるして愛して無償の愛に立って信じてくれた子どもへの感謝と


頭の上がらない気持ち。


いまはもう病状も良くなって、感情が信仰以前のように、いやその時よりも盤石に安定していることが増えた。なので、


一週間、休んでいる間に、

当然仕事のことを考える。


それで子どもが寝たあとに、ひとり時間に、ダブルワークでも何でもしてやる、能力を発揮しまくって絶対に自立してやる、最底辺の貧乏扱いも貧乏暮らしも、いつもわたしの扱われ方が問題で、かわいそうな人ならともかく、怠け者のテイカー、関わらないほうが良い人、何もできない人、役立たず、社会のお荷物、ごみ、あるいは女は出しゃばらず子育てだけしていろ、とか、わたしが苦手を回避する手段と公的許可があるのに、子どもも含めて誰も得にならないが、ただただ感情的に向こうの嫌や怠惰心によって苦手を押し付けられ攻撃される、そういうのはもう懲り懲りだ、と思っていた時に、


(それでも幼稚園でも教会でも子どもが行きたくない!と言うなら行かなくて良い!で休ませてきた。自分の経験があるので、心を守りたかった。不登園の時期もあった。小学校はさすがに義務でもあるので、できるだけ励ますようにしている、学童も。本人も乗り越えつつある。)


ふと隣の部屋で寝ている子どもの気配に、いろいろのことを思い出したのだ。


この子どもがいなかったらわたしはとうに物理的にも精神的にも死んでいたし、そもそも子どもが教会の建物を指さして行きたい!と言ったので行ったのでイエス様に出会って救われたのだった。


これからも子どもの存在が、今ただ心身が無事で生きていること、それがわたしの支えで、親子二人の時間に吹きすさんだ嵐を経て、子どもの無事がわたしを人間に留まらせてくれている。これからは仕事人間になる予定なので、接する機会も減り、ますます自信を持って子どもにもこまめに主張しNOを言いながらコミュニケーションできるので、今までのような突然の感情の爆発などのことは起こらない、いや、二度とは起こさない、そのためにも仕事に忙しくして、経済的にも、感情的にもいつも根本的な問題解決的な、父親的な関わりになっていきたい。今さら感情の寄り添いができるようになるわけもなく、むしろそれができないからこその適職もあるのだ。もはや他人の感情にまったく左右されない、ただ目的のために冷静に状況を活用したり切り抜けられる思考力の伴った、自分がここにいる。あと信仰者は性別関係なくみんな、雄々しくあれ!(第一コリント16章13節)と言われているので。


これで、今までのことで、子どもが発達障がいや、精神病にでもなっていたら、わたしは文字通り発狂して人間でなくなって、しまっただろう。


子どもも信仰告白の伴わない、小児洗礼だが、

聖霊を与えられていた。

ただ、子どもの心身を守ってくださった

イエス様に感謝。

アーメン

今日は珍しく、夕食後にお腹が空いたというので、用意した食後のデザートのときに、

すぐに食べはじめて、すぐにこぼし始める。

いつまでも、「お皿近づけて」「身体を近づけて」と言うのに、ついにうんざりした。

お皿を自分に近づけず、身体をテーブルに近づけず、何も意識せずに食べ始めるのに、うんざりして、

今日はついにショックと悲しい気持ちを子どもに伝えてみた。そうしたら、子どもも反省して、今までもたくさん言わせて、ごめん、などと言う。気持ちは素直で、根は善良なのだ。

ごめんの気持ちがあれば此方も随分ゆるしやすいし、何より何度でもゆるせというイエス様の教えもあるし、そもそもわたしにゆるしを請うているつもりなら、別にとっくにゆるしている、とは伝えたものの。しかし。

ごめん、の気持ちだけでは、

人は前に進まない。そう思った。


夜寝て明日朝起きて、ケロリと忘れて同じことを繰り返すかも知れなかった。というか、3歳から約4年以上毎日、毎食のように言い続けているので、まず間違いなく99%そうなる。

再発防止。

わたしに指摘されない、ではなく、

こぼさずに工夫して食べられる人間になるために。

そこを意識して伝えたけど…どうだろう。ただなんか言われるから従っているだけ、にならないために。

どうすれば良いのか。

驚くほど言語理解力があると見せかけて、魚の名前の覚えは早いのに、こういうものごとの覚えはいつまでも覚えない。同級生の中でも、ぼんやりとしている。わたしがいろいろしすぎで、子どもにさせたり任せてこなかったり、なのかも知れない。そもそも何をどう教えるとかもわからない。

3歳頃まで、保護に入るまで、まったく怒らない親をやっていた。しかし、保護に入り、信仰に入り、病気になって感情のコントロールが難しくなり、怒りに泣き叫んだり、絶望で倒れ伏したり、波を子どもの前にも否応なしに晒してきた。急に激昂して叫ぶわたしに子どもの心も危うく死にかけた。しかし、この裁判の神様仕事によって、病気すらも御心のためであり、イエス様による世直し人間の救いそのために自分は迫害され倒れ伏していたのかと気づき、自己否定と罪悪感から解放され、しっかり立って二度と日常的に踏み潰されたり謗られない快適な生活のために、さあ仕事を探そう!と思い立ってからは、

最近また、ただ平坦に指摘だけする、その自分が戻ってきたが、今日も1,2秒で怒りは抑えて、コミュニケーションを取っていたつもりだったが(淡々と真顔なので、怒っていなくても怒っている?と勘違いされるような感情置き去り型人間の喋り方)

今日はただ指摘する、から一歩踏み込んで見ようと思った。

まず子どもに聞いてみた。

このまま改善せず、毎日同じことを言われ続けて、そのまま大人になり、つまり20歳になっても30歳になっても、同じような食べ方をする大人になるのか。

別にそれ自体は否定しない。人はできることできないことがあり、生まれつきにも、後天的にも、病気や障がいその他様々な環境要因などで、

成長したくともできない人だっている。

ただ、わたしは成長を願っている親であるので、少なくとも子どもには選択肢があると思った。なので成長した時と、しない時の行く末をそれぞれ説明し、子どもに1年後、2年後、はたまた将来、どうなりたいか、問うた。

そうしたら、成長したい、このままじゃ嫌だ、と返ってきたので、

じゃあこのまま寝て忘れて疲れて、明日また同じようなことをする自分なのか、

あるいは成長の助けになるような手段を提示して、まず、それを実行するかどうか、を選んでもらう。

紙に書いて貼っておく、ということや、周囲の協力で罰則などを決める、などの手段を提示して、あった。結局、紙にどうなりたいか「こぼさない」、と、その具体的なやり方「皿を近づける」 「身体を近づける」etc. を書くことにしたようで、テーブルに一緒に貼った。

子どもを奮起させるのも、大事なんだなと、今日の出来事から思った。毎日漫然と同じことを指摘し続けるのでは、お互い改善のない、成長のないやり方だった。相手が、物わかりの微妙な3歳4歳ならともかく、夏休みの宿題で絵日記を書くような年齢である。

尻を叩くとか火をつけるとかそういうことかもしれなかったが、子ども自身の変わりたい!成長したい!欲というかそういう気持ちを起こして決して消えない炎をつけなくては、と思う。まあ信仰に興味持って自分から聖書読んだりしているけれども。つくづく、父親のすることだと思う。でもまあ、子育ては小学生前と後で親に求められる役割が大きく変わると思う。若干わたしの得意分野に寄ってきたのか?しかし、未だに日々の世話…パンツ汚れを毎日2枚くらいは洗っているものの。その作業に得意不得意は無いか。感情の寄り添いは未だにできない。子どもの様子を見ていたり、他の大人のやり方を見ていたりすると、やはり満足にできていない気がして苦手意識がある。早く仕事して稼いでせめて物理的には満足させてやりたいが、それはきっと良くない考えで、子ども自身が将来的に自分の必要を稼げるように、ならなくてはならなかった。(別に教えてもいないのに昔から良いものを知っていて何かと高級嗜好、日々の食事はまだしも、よく、遠出してホテル行きたいなどと言ってここ数年のわたしを困らせてきた。)それでも、安心や共感を求める子どもとの、需要と供給の不一致や不協和音的なところを日々感じて気まずいものの。その辺は学校学童や教会、友達との間で補ってくれたらと思う。そこはもう、戻ってきたというか変わってきた気もするが、今日なんとなく自分を振り返っても、やはりどちらかというと、かなり機械人間だ。一方で、子どもは共感、コミュニケーション上手。友達ゼロのこの母にして、友達多し。いや、母コミュニケーション0点生、伸びしろだけは人一倍。別に何も諦めたりしているわけではない。まあ一応障がい者なので、なにか致命的な欠陥はあるに違いなかった。

ーーー

独身時代、大企業の管理職候補生から、せめて数字じゃなくて文字の翻訳がいいなあと、まったく別の業界に転職をしたか、これからするくらいの頃、社員で経験を積んで、いずれはフリーランスできたら良いなあ、と思う、そんな自分に、

その辺で出会った、というか紹介していただいた、フリーランスで自立している先輩社会人が、食事に誘って、わざわざ教えてくれた事があった。しかもごちそうになっていたと思う。本当に、人生に本当に必要なものは、カモネギのようにやってくる。神様の愛は、いつもそういうふうに我々に与えられるものであった。金銭を対価に得る情報や、自分の持つ何かを取引材料にして得るようなものは往々にして、人間にとっては、最も必要で重要なものではなかった。

「あのね、

努力するか、苦労するか、人生はどっちかなんだよ」

そんなようなことを、その人はいろいろな話の中でふと教えてくださった。むしろ、そこだけエネルギーが異なっていて、そこだけ浮いているように、ぼんやりした記憶の中で、唐突に、覚えている。

その時は20代なかば、勉強一本道ストレート街道まっしぐらで生きてきたわたしにとって、世間知らずのバカでその言葉の真意も、その地上の人間の社会的生活における真理もまったく理解できていなかった。わたしは努力せざるをえない環境で、努力を覚えこんで、持続不可能な努力をしていたところを、もう無理!と飛び出そうとしていた最中ということもあったと思う。体力が追いつかない。もう興味ない分野の資格勉強が嫌だ。などなど。当然、その後の人生のダウンサイズした努力も続かず、そもそも生活も持続可能性が全く無く、結婚出産も含めて、わたしは苦労の10年間を過ごしていたと思う。いつの間にかわたしの周りにも、努力を知らない、苦労が当たり前、の人たちが取り囲み、わたしは生き方も人生の価値観も考え方も何もかも違うところで、息ができずに這いつくばって身悶えをしていたのだろうと思う。3年前より、信仰に入ってからも、それは続いた。

努力は好きだし、向上心も高い方だと思う。成果や実力はどうあれ、性格的に、あるいは気持ち的には。日常生活でも常に改善点を探して、いつも問題解決をしたい人間である。停滞が当たり前で、変化を嫌う人たちの間では、いつも面倒くさい除け者扱いにされる内容的には暑苦しいタイプである。表面的にはかなりクールかも知れなかったが。
しかし、自己完結できる範囲ならまだしも、チームワークを必要とする場面や環境では、わたしは、いままで述べてきたとおりの、0点のコミュニケーションスキルで、まあそこまでいかずともかなりの苦手意識もあって常識も知らず、つまり円滑に持続可能な人間関係というものが、築けずに、社会生活に困難があり、障がい者にまでなってしまった。

しかし、今は、自分に持続可能な努力ができる仕事、苦労じゃなくて努力が認められる職場環境、それを一緒に探してくださるプロの助けもあるし、コミュニケーションについて教えてくださることもある。聖書は、まあ概論であって、時代や状況に沿った実践生活というか、個別具体的な詳細情報については、やっぱりその道のプロに頼るのが良い。

ありがたいと思う。生活保護の制度と同様、この就労移行支援所の仕組みも、また大勢の努力をしてきた人間が、一生懸命頭を使って、心を砕いて、時に悪と戦い、日本で実現してきた仕組みなんだろうと思う。現場で働く人たちもまた、すごい志と無私の視点で、常に利用者の人生に対する最適解を探している、努力をし続ける人たちだった。

わたしは、これから、良い仕事に就いて、再び努力に生きる人生の道へ、神様が呼び戻してくださっているように思える。実生活の物理的努力。信仰の精神的努力。もはや、先の見えない苦労ではなく、実りのある努力の世界へ。再び入れるのだ。

厳しい掃除のチェックはじめ、生活の努力も教えてくれ、特に勉強の努力、成果、結果に厳しく、効率的なやり方のアイデアや精神の持ち様を惜しみなく共有してくれた実父に感謝している。

努力に走り続ける、

それは誰もができることじゃない。努力することを、まず誰かに教わったり、あるいはそういう環境になければ、一度苦労の世界に足を踏み入れれば、たくさんの苦労にもがき苦しむ人の、脚を引っ張る出る杭を打つ、そういう力に呑まれて努力にエネルギーを注いで努力に生きる、そういう生き方から世界から人間関係から否応なしに遠ざかっていくのだ。

しかし、今自分は、
神様のために イエス様のために再びその世界に身を置くことを強く自覚している。

だから 周りからどう言われようが 何を思われようがどれだけ引きずり下ろす力があろうが、

力を振り絞って 再び 努力の世界へためらいなく飛び込むことができる。そこには 競争があり 自分が努力して上を目指せばより狭い上の場所に自分以外の人が入れないかもしれなかった。

しかし私は入る。それは自分のためではなく神様のためであると知っているからである。どんな人の意見があろうと。どんな 引き戻しがあろうと。これからどれだけ 嫉妬や僻み 妬みを受け 攻撃を受け あるいは 競争にさらされることになろうとも。

もう何をためらうことがあろうか。

ーーー

自分がしてきたもらった、与えられたことを、誰かにする、与えるのは当たり前で誰でもできることだ。むしろ二流三流の赤点回避の及第点だ。それくらいのことだ。それすらしないと地獄に住まうことになる。別にこの地上は天国じゃない。

特にここ数ヶ月は激昂したり良くない事が多かったものの、日常生活でも最低限、殴ったりすることなく、

勉強や生活習慣の改善で、知恵を絞って子どもに色々工夫して伝えたり、再発防止のやり方を伝授しているときに、わたしはこういうのあっただろうか、とふと、せいぜい言葉で言われるだけで、コンスタントに誰も「みて」くれる人のいない環境だったよなと、家庭に安全安心の揺るぎない人間関係がなかったと、頭によぎることはあったが、それでも、

そうか。

と。

自分がしてきてもらえなかったことを、与えられなかったことを、必要とする誰かにしていくことこそ、超一流の生き方であり、より神様であるイエス様の生き方に近づく人間の研鑽の道であると(無論、近づきつつも、それでも人間は神様でない、イエス様は別に実在し、人間は器になることはあれど別にイエス様にはなれない、という前提を忘れてはいけなかった。ただ教えを守れ真似しろということ。単にそのイメージのしやすさのための表現である。日本語表現的にも、勘違いされやすかったが、人間がイエス様のポジションに座るという話では無いのである。人間は人間。このわきまえが重要。これを忘れて神様のように考え振る舞うことは、別にゆるされてはいない)

ついに、

気付いた。

そうして病気になった2年前くらいから、特にここ数ヶ月の自分を恥じた。

一緒に準備することや、授業参観や、宿題のこと、文字を書く、日々の、今日どうだった、のコミュニケーション、それぞれ、

何ひとつとっても、自分には無かった、無かった、無かった、無かった、無かった、で

信仰と病気で自尊心も自己防衛機能も失って、ただ日常生活において、直接的あるいは霊的に攻撃されるがまま、感情も尊厳も奪われるがまま、で境界線も判断力も失って、短絡的に犠牲に犠牲を重ねてボロボロになって這いつくばっていた自分には、

それを平常心で続けることができずに、人前を憚らず感情を抑えられず、怒ったり泣いたりしていた。

親と子であっても、

人と人は、特性も、能力も、性格も、得意不得意も、すべて異なる。

子どもの60点のテストを見たときに、本当にわたしの子なのか?と疑問に思うほど、わたしはいつも当たり前に100点を取ってきた人間だったし、しかしそれが別に自慢に値するものではなく、大学では入学試験の時よりだいたい底辺の劣等生だったし(喋ったりしていると自分の頭脳レベルの低さがなんとなしにわかる) 、ただただ褒めてもらえなかった自分を認識する最悪の汚点、わたしを世間からの嫌われものにする邪魔な要素でしかなかった。

夏休みに、ひらがなを書く宿題を見てやると、文字を書くひとつとっても、書き順もはじめから覚えよく、先生に教わったとおりにして、また、ただお手本の真似で、すぐに大人みたいに書けたわたしと異なり、

子どもの手文字はのたうち回るようで、大きさもばらばらなら、自己流が多く、書き順も覚えていなかった。何を教わった数カ月間だったのか?という、そういう文字で、

目の前で一生懸命丁寧に書き順や書き方、文字の形の特徴を、見つけて説明しても、なかなかできない。すぐ忘れる。

その時に、思い出す、高校の家庭科の先生が、なんともないときにふと、

もしあなたたちに子どもができて、どうしても自分に照らし合わせて考えて、イライラしたり許せないことようながあっても、子どもはあなたじゃない、他人だから、別の人間だから、

そう言って聞かせてくれたのを覚えている。

人と人は、特性も、能力も、性格も、得意不得意も、すべて異なる。


肝心のミシン術などよりも、ずっとはっきりと、覚えている。魂が、必要かも知れない、そう認識したのかも知れない。

女性として生きている自覚は皆無で、むしろ性別はわたしにとって邪魔で自分の脚を引っ張る社会的にも不利な要素でしか無く、子どもを欲しがることはおろか、結婚願望すら無かったわたしが、過去生の因縁を引き摺ったまま子どもをもうけて、日々、性格的にも経験的にも不向きな子育てに向き合っている。

自分がしてきてもらえなかったことを、与えられなかったことを、誰かに与えるときに、その実存を認識するときに、そのことが具現化するときに、そのことが行為や言動のうちに、概念としてはっきりと存在するようになって、生活のうちに表出するときに、

その時にこそ、人間にではなく、

ああ、神様が!

神様が…、

わたしに、してくださってきたこと、与えてくださってきたもの、こと、

それらがはっきりするに違いなかった。

そういうことだったのである!
そうやって生きることこそが、わたしの自己実現であり、自己実現であり、何よりわたしを救いしイエス様、そして神様への最大の愛の応答、コミュニケーションになるに違いなかった!

そう、信仰者としてのわたしは3年前より常々、旧約聖書も新約聖書もミクロ的視点ではわたしというひとりの人間と神様との間に起こったことである、という視点で読めると思っているが、つまり、わたしはかつて楽園に何不自由無く住まわされ、罪を犯して楽園を追放され、イエス様の未だ来ない地上に、約束の地を求めて彷徨い歩き、信仰と出会い預言をし、イエス様に出会って新しい人間になり、擬似的な人の子としての受洗や、荒れ野の誘惑や、十字架の死と復活を繰り返し、神様の愛を注がれ続け、作り変えられ、この命そのもので福音を述べ伝えるものにされた、そういうことであったが、

それは、

わたしと神様の歴史が、あるいは今、神様との関係性の、その段階が、新旧聖書のどの段階なのか、モーセなのかダビデなのか、ヨナなのか、ヨブなのか、イエス様が来ているのかどうか、十字架の前のイエス様に付き従う弟子なのか、律法学者なのか、総督ピラトなのか、あるいは復活を経たイエス様とともに生きてはたらいている弟子なのか、などなど、そういう、それらが

すべて

わたしの生き方にすべて 表される ということであった。

わたしのこの人生のみならず、魂に刻まれた歴史の持つ、呪い、あるいは恵み、痛み苦しみ、大いなる愛、歪んでいるもの、有り得ないほどの祝福、

それらすべてが、誰の目にも明らかになるに違いなかった。

それらを、すべて転じて力としてくださるイエス様、イエス様との出会いがわたしを再び恵みに生きる道へと、父なる神様との和解へと、導いてくださったのだ。

アーメン!

誰にもしてもらえなかったことを、し続けられる、与え続けることのできる自分を、わたしはもう、その事実につまずかずに喜んで受け入れ、イエス様の愛とつながって、決して枯渇せずに、喜んで続けることができるものに、変えられたのだ!

何故なら、そこにこそ、その入力と出力の差分にこそ、わたしの魂に注がれてきた偉大な神様の愛を見いだせると、今日そのことに気付き、完全に理解したからだ。

神様の愛によって、イエス様によってわたしの罪をゆるし、和解して、わたしを再び受け入れてくださった、

わたしをがんじがらめにして霊的な攻撃の隙を作り、不自由にしようとする罪、を、すべて覆って未だに有り余るほどの、闇を照らす光、

イエス様の愛によって。