行動1件:鍼灸院へ。昨日9月から3ヶ月許可おりたのを良いことに、さっそく行ってみる。一週間の肉体労働のツケがあるし、今後の活動量を落とさずに就業に向かうために通う。

    自分の話⋯役所から昨日電話で許可おりたと聞いたが、週2回までと言われた。でも今週は9月は2回あるとなると、今日早速来てしまった。

    先生と所長さんの話⋯うちは回数制限なんて一切聞いていないです。他の患者さんでも聞かないし、そんなこと言われているのはあなただけ。気にせず体調に合わせて通っていただいて、だいじょうぶだと思います。


なぜか私の方に届かなくなった決定通知も、鍼灸院さんのほうの書類でも回数制限のことが何も書いていないのだろう。


昨日の電話の口調が強めなのが気になっていたが、そういうことか。なんということだ。事態は思ったより最悪だ。今の担当さんだけではない。引っ越しの時だって、7月の生活費をほぼ月末の支払いでいいか当然平気でしょ?という口調で振ってきたり、有り得ないことをサセて当然と、そういう文化を作っている元凶が奥に控えているのだ。元凶…あるいは特定の人間ではなく、利害関係が絡まり合うなかで自分のことだけを考えて振る舞う人間が寄せ集めになった結果としての集積され濃縮され、じっくり煮詰められ熟成された醜悪さ。排水にまみれた河川に凝り固まるヘドロ。そういったものだったかもしれない。


電話1件、仕事探しの件での電話。昨日面接の紹介会社さんから。結果明日と言ったがもう一日待ってほしいそれだけ。

仕事:昼間5時間、土曜と同じキッチン。子どもさんは朝から教会へ。昼とおやつはいちおうお弁当もたせる。申し訳ないけど、


教会にかなたお迎えの帰り道に、牧師さんとお話。呼び止められて、どんな仕事だったの?など。

わたし、興奮ぎみに止まらない筋道だてて話す力は障がいなって消えてしまった、とにかく仕事楽しい天国みたいな一週間だったと言って引き続き昼も夜も平日も土日もなく働きたい!というなど。子どもと関わると昔のこと思い出したり今の状況客観視しておかしくなって叫んでしまうと、離れてたほうが平常心でお互い良いと。なんとなくそういうことで、でも、

夜勤はやめたほうが良いのアドバイスと、できれば子どもひとり時間が減るようにのこと。

夜勤ストップはこれで3回目。訪問看護さん、主治医の先生、牧師さん。

牧師さんも基本的に傾聴のおしごと多い思いだが、アドバイスとなると、やっぱりよっぽどだと思った。よっぽど。やっぱり、従わないと。


子どもさん、帰り道、何の仕事だったの?食べ物作って売ってたの、とってもおいしそうのことよと言った。行ってみたい!と。イベントに合わせてのフードコートなので、今度一緒にイベント行こうかあと。


8月に学童の漫画の映画も見に行けたし、

9月は小学校の連絡ぶくろに入っていたサッカーの試合観に行く予定だし、行きたいらしい


予算的に9月行けるか?微妙なところ。


でも連れて行って一緒に美味しそうだったやつを食べて、なんとなくこういうふうに楽しむのか?見よう見まねで適当に過ごしてみようと思う。一時とちがって障がいなって外出もほとんど行かなくなったので、何かと連れ出したらいい刺激になるかもしれなかった。


牧師さんのアドバイスに従える良いお仕事が見つかりますように。なぜか家に帰って数日分くらいのご飯をたっくさんたべて(なんかお裾分けもいただいて豪華な食卓だった)、そしたら今日のオンライン礼拝を聞いていたら、急に眠くなって、寝床までの移動を横着して床に寝そべって書いている。楽しかったけど、毎日この一週間のような仕事を続けられる人間じゃあないのかもしれない。急におセンチになってしまって、


明日から面接たくさん。今日のお給料で明日2000円カットくらいのところにサッと入ってから面接の予定。今週は低速気味かも。


でも、牧師さんとお話して、献金のこととかあとオンライン礼拝で今日の神様のお話では、受け取るのも愛情だって、言うことだった。それは神様の愛を受け取る余地を持つこと…人間の心や体に神様を満たしていくこと


寝るまも惜しんで活動した1週間弱だったけど、もう少しゆっくりでも、寝ても休んでも良いかな。罪悪感があったんだと気づく。あとは「人の子には枕するところもない」なので、でも「いけにえではなくあわれみ」を良しとされる神様なので、どこか無理をしたらその時点でいけにえになってしまう。罪悪感から解放させてくださるのがイエス様。だからやっぱり必要なときに食べて寝て休んで、身分に関わらず楽しいこと子どもさんといっぱいして良い。もう単発も入れないでいいや。なのでそんなにお金の余裕は無かったけど。


牧師さんの前ではもう要りません!とか言っていた鍼灸も、こうして眠くて横になっていると、今週行くかもしれなかった。分からないや。それも贅沢の楽しみで行っても良かったのかもしれなかった。


何かやっていないといけない不安感焦燥感、あるいは何かやっているのでやることやっている感、そういったところからの、あらゆる自分意識からの解放を、神様が成し遂げてくださった。


良いお仕事が見つかりますように。

仕事:15時ごろ〜20時ごろ、飲食販売のキッチンスタッフ


忙しい時間は大変だったが、今までの仕事に比べ体力的な負担はそこまでなく、そのあと週末鍼灸院へ行こうと思っていたが必要なさそう。

ただ、スピード感とか、大きめの声出しをする感じは今までの3日間のどの仕事にもなかった。

食べ物はどれも美味しそうで、それだけで勤務していて楽しかった。今までとちがって大人数ではなく少人数でまわしていく現場だったけど色んな内容や、リズムが違って面白かった。

入ったのはキッチンだったが、到着まではどこに割り振りか分からなかったので、一応行きがけのドラストでプチプラの化粧品を買って、やっています風にしておこうと思って、3日間の仕事で初めてメイクなるものを駅のトイレでして出勤をした。しているな、というのを端から見て分かればオッケイかなと。


帰宅後、子どもさんはやるべきことをやって、ちゃんと寝ていた。改善されていた。

訪問看護さん:


仕事1件:9時半から18時。

物流センターの中で商品にシール貼り作業。

自分の作業台があって黙々と作業できたし、かといって周りとのコミュニケーションもハードルなく取っていられた。ほんとうにあたたかな配慮に感謝。

昨日おとといと比べ、身体は使わなかったが、しかし立ちっぱなしと、小物なりに結構重量のある商品だったので作業台の前と後のラインに物を移動するのが大変だった。あと箱から取り出したり。まったくの非体力仕事ではなかった。昨日おとといの疲れもある。勤務場所までの移動も、前2日同様、結構時間がかかった。そういう疲れもあってか、休憩時間はおとといよりとても短く感じた。昨日は休憩なしの仕事。

13時くらいに休憩と、16時くらいに休憩だったが、たしかに午前中のほうが時間がはやく過ぎて、午後はもう作業には慣れて効率化して楽しくしていたが、とにかく細かい手作業と集中力を要して、頭を使う工数が多いみたいで、それで疲れ溜まった。でも自分なりに任された工程でリズム作ってどんどんペースを上げて、それがやりがいがあって楽しかった。


今日の現場も、昨日の現場も、おとといの現場もだが、それはつまりマクロ的にはそれぞれの業界もだが、よく引き合いに出す勤務歴3年ずつの大企業の内勤2つと異なり、作業効率への意識、とにかくはやくこなそうという忙しさ、そしてより効率的に効果的に人を適材適所にする意識が、もうすごく目まぐるしいくらいに爆速で現場を駆け巡っていた。基本、単発で出るバイトは、猫の手も借りたいくらいに人不足すぎるところが求人を出すと思うので、基本的にそうじゃないと終わらないのである。そういうことである。だれひとりサボろうとはせず、勤務意識が高かった。給料や待遇は当然大企業に及ばないかもしれなかったが、実に天に冨を積んでいる方々である。神様が常にその方々をお呼びなのである。

なんか以前子どもが借りてきた絵本で「おーい、灯台」という絵本があって、その大航海時代を支えた知られざる灯台守の暮らしぶりが描かれていてこういう仕事を喜んで楽しくしていたらそりゃあイエス様に救われて天国に入れるでしょうね、と。そう思って感動して自分でも読み直したのを覚えている。夜勤というか365日年がら年中仕事なのである。

如何に大企業の専門職を除いて、主に内勤での、なあなあとして漫然とした働き方、かといって社内営業も横行し、みんな自分の立場保身や、立身出世しか考えずに若手の改善意見など通りっこないそういう閉鎖された風通しの悪い場所。だってそもそも、こんな時代に、より楽で、より待遇の良い仕事を求めること自体がエゴだ。無論、場所や人によるとは思うが、そういう人間の存在確率が高い場所だということである。集まるのである。

わたしは翌週面接のある派遣社員の仕事も、もし採用なっても、今の身体を動かす仕事などをかけもちで、毎日何かしら違う仕事をしていたいなあと思う。職場の人間関係にも業務内容にも飽きるのが早いのだ。それか事務や作業系ならあっという間に効率化してしまって、自分の仕事がなくなって暇になるなど。暇が苦痛で転職したというのもあったし。他の人の仕事を取るわけにはいけない。いつも、なんでも、どんな仕事だって争奪戦なのである。働きたくても働けない人など、無論色んな理由で、この世界にゴマンといるのだ。

誰だって、わたしやることやっています、の立場で生きたいのである。わたしは今まで信仰生活に入るまでも、他の仕事を取ることなどしなかった。そうすると自分の仕事がなくなった。しかし今は、天国なので、誰かが気付いて、あるいは親切に仕事をくださる。永遠に、イエス様の救いに父なる神様との和解に感謝。


子育て状況:20時ごろ、帰宅後、まず玄関の施錠なし、やったことといえばシャワーとわたしに丸付けしてもらえる自主練習くらいで、あとはゲーム三昧だったようだ。さすがに雷を落とした。懇切丁寧にあれこれ用意した寂しかろうと思って用意したごちそうの夜ごはんも、手つかず。もう腹減ってないなら食うなで、雷のあと強制的に寝かせて、仕事の疲れを取るお風呂場に持ち込んでわたしが全部食べた。今日だってほとんど何も食べていなかったのである。


もっと罪深いのはわたしが帰宅時に今何してる?と聞くと開口一番、15分のゲームしてた、つまり約束の15分×2の15分の最後のほうだった、と言ったことである。実際に終わっていることを計算しても2時間半はゆうにゲームをしていることになる。嘘をつくなとは常々言っている。いい加減に親を舐め過ぎだろう。ちなみにわたしは話の通じる人間なので、もし仮にホワイトボードに書いてある、やるべきことを全部やったうえで、別に腹も空かないので、とダラダラゲームしているんなら、別に何も言わない。そうも言った。このママ何に怒る?嘘。正直に言わないと怒るんだよ神様はぜんぶご存知なんだよとブチギレた。もはやわざと。普通にやさしく言っても、聞き入れないから徐々に言い方がキツくなってきたのである。子育ての歴史。現在を作っているのは連綿とした地続きの過去だ。


対策:ゲームを取り上げる。


基本的に地上の修行者に娯楽など無い。わたしもずっと娯楽など無かった。社会的責任感でなんとなく様子をみてみたら、副産物的に面白かったそういうのはいくつかあるが。障がい発症当初は、動画も文字もだめで、まあ食べることくらいしか娯楽がなくお金もないのでやや回復した時期には、よく大食いASMRをみて、というか、聞いていた。薄味のフィーリングの音楽とか。それくらい。絵本があれば十分だろう。まだ中学受験戦争に参戦していない、小学低学年時代に、暇な時には、ドリル類を宿題で言われた回数の5倍自分でやっていたりした。ゲームも与えられなかったし、幼児向け絵本と大人の本以外なかったので、ちょうどいい塩梅の本がなく、大人の本ーー難しく読みきれないものも多かったが細かい活字を読んで分からない漢字の多いなか、一生懸命内容を理解しようと努めていた。辞書も読んでいた。親が日本語学習者だったので、ことわざ辞典とか、日本語の学習者向けの本。あれはわたしの言語能力の早熟に寄与して、大人になるまでの不遜さにも寄与した。小賢しい言葉遣いで、舐めやがってとよく言われる子どもだった。冷静に論理的に議論あるいは説明あるいは弁解をしているだけというのに。


あとは、


もう今日から、約束を守るありがとうごめんなさいを言うママは居なくなります。さようなら。いつまでも感謝せず尊敬もしない舐め腐るだけのお前みたいなやつに、物理的に上下の立場で、弱肉強食ならこっちが強になるという地上の常識のなかで、このイエス様も知っていて神様も知っている素晴らしいままが、誰がいつまでものらくらと、頭の良さを自分の楽しみに使うことしか考えないような、そんなおまえに下手にでて接しようと思う?そう突き放した。ハイおまえは今から地獄にログインします。この世にも素晴らしい有り得ない事をしてきた、お友だちにもいつも人気で、子どももずいぶん嫉妬していたが、これから仕事もして社会でも大歓迎のこのままが、取り上げられますと。神様に祈って悔い改めろと。

そしたら叱責のなかで一番嫌だーと泣いていた。まあ敏感な子なのでわかるのだろう、保育園や幼稚園の先生との対比や、友達のお母さんなどの話を聞いて。

かつての私のようにならないように、やっぱり寝る前にはメモのサポートをしたりで併走したが。

3歳にピカチュウのぬいぐるみと、あとは継母の気まぐれで高校生のころなんか自己満足のぬいぐるみをもらった。あとは成績表を突きつけてウォークマンを買ってもらった中学生。ケーキはだいたいあったがプレゼントなんて。そもそも途上国などでは誕生日など知らない人間もザラなのである。実に贅沢な文化だと思う。


なんでもかんでも叱らない子育ては、どういう大人を作ったか?言われて当然のことを言われてすぐ落ち込んで凹んで、改善する気も無くして、もう嫌だとふてくされて何もやる気が出なくなるそういう人間の完成だ。そんな人間が量産された社会はどうなる?仕事はみんな一生懸命自分の生活や社会のみんなのために文句を言わずに身を粉にして働く古き良き日本の生き残りや、外国人のものである。ちなみに、こういう状況としては、アメリカが日本のやや先を行っている。

一体社会のどこの誰が、おまえが良くなるための言葉をくれるにあたって、わざわざ精神的に下手に出て、おまえの機嫌を終始おだてるように、なんでも与えたり、連れて行ったり、何も否定せず終始やさしく穏やかに、そういう言動や行動をとれるというのだろう。


子どもが生まれて自立した大人になるまで、一度も腹が立ったり、怒ったりしたことのない経験者なら、わたしに石を投げて踏みつけにする権利があるだろうとは、イエス様も姦淫をした女を取り囲んで裁こうとする人らに向けて、一度も罪を犯したことの無い人間だけが、この人に石を投げろ、とおっしゃっていることだ。


どうせすぐに忘れるなら、すぐに脳みそを変えられないんだから、メモに書けと言って、成長したいのか成長したくないのかを問い、今日も小学校でやり漏らしてきた事を、紙に書かせて明日絶対に目につく場所におく、そうやって自分の能力を補うための工夫の仕方の知恵を与えた。


所感など:EQもIQもだが、とにかく何かしら能力の高い人間、頭の良い人間や体力でもいいが、それを


みんなのために使わないなら


神様から「役立たず」 と言われて


懲らしめられる。当然である。他人の幸せのためにそれらを神様から預かったのである。人よりも頭のよさに恵まれるなら、それを自分を守ったりするため、利己心的に使おうと思うものなら、尚の事裁きは苛烈になる。しかしいつも周りの改善のため、気を配ったり、効率化を意識したり、それは社会を助けるように使わないと、そもそも居場所が無くなって当然の神様の御心だったということだ。多く与えられたものには多くの務めがある、というそれである。妬みと嫉妬も免れず、天国にログインできない。


いままでの、思春期ごろくらいからの、親の自己中心に生きてなんぼじゃみたいなイエス様の神様の敵そのものの思考に支配されて10年ほどはわたしもひどいものだった。悔い改めである。中学2年生の頃には1日仕事に入院の弟への面会に忙しい父を送り出して、パソコンで延々とオンラインゲームをやっていたら、予定より早く帰宅した父に烈火の如く怒られたのをよく覚えている。しかしああやって追い詰められて勉強を努力しなければ得られない条件の良い仕事というのはたしかにあった。たしかに。

しかし親の心を無視した対応、一方的なコミュニケーションにより心は閉ざされて父の洗脳、父が世界一素晴らしい人間、世界一尊敬する人間、というマインドコントロールが始まった。

しかしわたしは生まれつきは善良であり、

もともと改善や問題解決や努力が好きな人間だった。いつも何かもっと良くならないだろうかと、常に頭を働かせていたのだ。人間関係においても。そうして身近には家庭でも多くの提言や示唆をしてきたが、目下の意見は基本潰される環境で受験成功までは発言権もなく、受験成功したらわたしはさらなる受験勉強に本腰を入れるまで、かなり怠けてしまった。親に言われるから努力していたのである。動機がそもそも罪だったのである。しかし、本当は強制されずとも、求められれば必要とされれば、難無くそれができる側の人間だったのである。

わたしが先程書いたのは、喜んで社会の周囲の隣人のために惜しみなくそれを使うことである。動機が愛なのである。動機が自己保身のためや、名誉欲なら、それらは表層は同じ行動や言動になっても、神様に裁かれるものになる。神様のダブルスタンダードとは、そういうことである。

わたし、今のいろいろな忙しい職場を一番下っ端の立場で働いて巡る生活、毎日ヘトヘトでも結構好きだ。一緒の立場で働いている人もたくさん。その様子も。いつもどの現場でも、一番下っ端でいたいと思う。そして365日休みなく働こうと思う。たとえ余命が半年で、このまま無理するとほんとうに死ぬと言われても、身を粉にして働いてそれはほんとうに楽しく充実していて、同じ職場の戦場の隣人と愛も交わせて、天国で、そのままばったりと野垂れ死にすることになっても、

それが、わたしの本望だと思う。


みんなで同じ目的に向かって、別に名前などお互いに知らずとも、一生懸命に回すそんな仕事現場が私は好きだ。そういう仕事を生涯やっていようと思う。


じゃあ今の生活保護で、何もせずゆっくりして子どもともゆるし続けて向き合って、子どもは甘やかされ放題で世の中のスピードについていける人間に育たず、わたしも数年で存在価値や存在意義があいまいなまま死ぬくらいなら、半年間命を燃やして一生懸命働いて社会の役に立って生きるということを示し続けて、それでわたしが死んだら子どももしっかりせざるを得ないと思う。今日のことだって、そう思う。


明日は午後から夜にかけての仕事。

久々に一緒の朝を過ごす。友達と待ち合わせしているくせに自分のしたいことをギリギリまでやって、結局友達は遅刻するので先に学校に着いている、それを2日間やらかしたらしい。もう次は無いぞと言っている。誰がそんなやつと一生一緒に行こうと言い続けてくれる?基本的なことだ。わたしにはそういう常識を教えてくれる人がなかったが、今は3年間の信仰生活でひとつずつ聖霊様が教えてくださっている。


そうそう、気が付いたのは、だいたい忙しい現場の一番簡単な業務を請け負うのだが、誰にでもできる仕事をしているのに、全く抵抗が無くなったのである。私だけにできることを、追い求めなくなった。むしろ、みんなと同じ事をしている、安心感。普通になれている、安心感。

私を私として必要として、イエス様によって、愛してくださっている神様のおかげである。

仕事:日中5時間、スーパー配送ステーション?的なところで、冷蔵庫内で、集積作業をする。

前半ましで後半きつかったので昨日の仕事から一段とまた体力仕事のキツさを感ずる。

一度、間違ったところに集積してしまったものを、社員さんに特に怒られることなくフォローしていただいた。助かるし、すみませんけども、ありがたかった。
業務時間は昨日より短いはずなのにすごく疲れた。前半より後半に体力仕事が多かったというか、ペースアップを求められて緊張感があった。

とにかくスーパーの仕事はめちゃめちゃ大変だと思った。スーパー支える現場はこうなんだと思って、ますますスーパーの存在とあらゆる便利さ、そして価格設定に感謝した。スーパーでたくさんお金を使おうと思って、明日も朝も夜も鍵っ子の我が子に、自炊するひまなぞいまのところ無いので、スーパーで出来合いを買ったり、パン惣菜副菜?手軽にタンパク栄養のお魚ソーセージやチーズをそろえて、定番の牛乳(お腹すいたときに今までも飲んでいる様子)、今日稼いだお金をほとんど注ぎ込んで堂々とお支払いをした。

はやくたくさん運べるみたいなのが仕事できる、というか体力現場の、荷積みの時限もあるのでタイムアタック的な緊張感があったりして。でも社員さんとか他のスタッ火さんと協力し合う場面は、とても良きものだった。なんというか名乗り合わないのに、アイコンタクトでお互い分かっている感じ?一体感?戦友感?すごく天国感。名前を知っていなくても、同じ目的に向かって生きているんだという、同志感や尊敬している先達感。

明日はまたアプリで、18時までの仕事を見つけたので、そこへ働きに行く。こんどは物流の仕分けやピッキング。

所感:日中に、訪問看護さんや通院など、他の予定がある日は、基本隙間時間的に午後〜深夜や夜勤になる。とにかく暇が嫌なので、毎日はたらきたい。今日、早速、昨日働いたところから販売系の仕事の紹介があって、向こう一週間で2日間仕事で埋まってありがたい。でも日中仕事があっても、軽い短時間の仕事で、隙間時間ありそうなら、引き続きアプリで夜勤もしていきたい。夜勤については近場で固定でできるのが一番ありがたかったけども。来週の面接どうかな?!どきどき
でもアプリが即日振込があっという間で手数料も無くて感動した。めちゃめちゃ便利で使いやすくて助かると思った。

昨日の分と今日の分を銀行から早速引き出して、帰りがけに鍼灸院へ寄ろうと思っていたが、すっかり忘れて帰宅してしまった。鍼灸院へ行く時間も余裕もなかった。そろそろ全身筋肉痛だが、歪みに繋がりそうな溜まってきてるかと思うので、そうすると空き時間を見つけてあさってに行くしかない。あさっては午後から夜の仕事がある。

子どもは問題なさそう。むしろ関わる時間が長いとか無理に関わろうとするのが、逆にストレスみたいだった。決めたこと約束は守ろうとして、ちゃんと目の前にある必要なことは自分でできる範囲のことはちゃんと自分でやる子なので(半年前位から教えてないのにトイレットペーパーを交換したり、びっくりした。替えた覚え無いのにいつのまに新しくなっているのだから。)
褒めすぎるのは良くないかなと思った。今日も、ままに褒められるために、ままの機嫌悪くしないために生きてんのか?!とメンチ切った。励まさないといけない。つい好きな食べ物とかおもちゃやゲームで甘やかしたくなっちゃうが、そんなのは本来の生きる理由を歪めるだけだ。本来ひとは愛し合って、つまり、助け合って、昨日と今日はたらいた現場のように、神様のご栄光と賛美礼拝感謝をするために生かされている。そういうことを、すごく知ってほしい。常々そう思っている。

仕事:昨日記載のもの。予定より一時間早く終わって、9時から17時までの勤務時間。自転車で駅までも含めて、通勤時間かかったが、その間も楽しい。

搬入、設営系の仕事で結構重いものを持ったりもしたが、すごく配慮があって、難しそうにしていて、半分の量で良いとか優しくしていただいた。みなさんお互いに気を遣っていて、人間関係天国のようだった。体力仕事で午前中は汗ダラダラ大変だったが、適切にたくさん休憩もあり、良かった日払いもしていただけるようで、素晴らしい有難いなと思った。総じて社員さんにもアルバイトの方にもいろいろ親切に教えていただいたり、軽くお話したりして、とてもありがたかった。足は棒のようになったけど心はとて養われて、心地よい疲れで、感謝です。わたしでも、働けた!受け入れてもらえて、終わりのときにもあたたかかった。また入るかもしれないので、また働くなら個人管理で持っているようで、貸与の制服を持ち帰らせていただいた。

家で朝も夜も鍵っ子で頑張った子どもさんにも、とってもやさしくできそう。子どもさんの様子によるが。なんだか張り切って、頑張ってくれていると思う。


仕事探しの状況:お昼休みにお仕事の紹介会社さんから、電話何件かある。まず明日明後日は、仕事無しだが朝架電で欠員待ちを確認して良いそうだ。絶対にする。また、9月上旬からの長期の派遣仕事で、10月から社保にも入れる案件に見学が決まった、有難い一応シフト制だがそれ1本でも安定収入になりそうなものだ。結果次第なので他も引き続き、どんどん応募して、昨日書いたように来週の夜勤1件のほか、実はすでに面接3件、頑張っていろいろできるだけやってみようと思う。むろん、体調次第だが、体調管理、がんばろう。今日の給与を日払いにして今週末にでも1度鍼灸院へ行こうと思う。それを繰り返していれば、大きくダウンすることは防げるだろう。


電話1件:17時ごろ、役所へ電話する。

    ・自分の話⋯就労移行支援所に、もう体験いけない様子で、契約も人数待ちで10月頃まで先延ばし、難しそう。いまから9月暇になる、と思い、その体験のときに卒業生の方といろいろお話を伺う機会があり、実習いろいろできたのが良かったという声が多かったので、じゃあ自分でいろいろ短期でもアルバイト探して、いろいろ試していい仕事ないかなってしてみることにした。それで急だけども昨日動き出して、今日、早速お仕事があって、いまお仕事してきちゃったところである。

そうすると、収入があるので、申告の話と、どうなるかどれくらい差し引かれるか、などを相談しようと思った。この調子でたくさん働ければ9月15万円とか収入があるかもしれない。いつ保護が外れる判断があるだろうか。

そして、他にも10月から社保に入れるような職場に面接があったりなどする。そうすると、医療費などの扱いはどうか。

    ・担当さんの話⋯まず、申告は、いろいろあちこちということで、まとめての申告で構わない。

それで、月全体の収入額によって、控除額が異なる。月1万5千円までの収入は控除。それ以上は、総額によって異なる。いまそもそも手当や養育費などで月々役所から支払いが6〜7万だと思うので、15万稼いでしまったら約3万円弱の控除で、もう全額生活費は役所からは支払いゼロになる。

また、安定収入が半年できるとなれば流石に保護も外れるかもしれなかったが、それまでは、人により、(特に体調崩しがちだったわたしの場合)、1ヶ月ですぐ外れるとかではなしに、様子見の期間があると思われる。

また、社保のある場合、医療券と併用になるので、その場合は残りの3割を役所の保護のほうで負担になる。

    ・自分の話⋯なるほど、かしこまりました。ご説明感謝。


どうしよう。はやく自立したかったが、しかし、周りにだいじょうぶって思っていただいてやっと解放されるみたいだった。就労移行支援所はたぶん契約しないけど、週一の訪問看護さんにきっといろいろ相談できるし昨日みたいに小学校の先生もまたいつでも、子どもさんのことだけじゃなくても何でもお話くださいねって、言ってくださって、感謝。今週末の土曜に主治医の先生の診察もあるので、そこでも話してみようと思った。感謝。


子育て所感:朝水筒入れ忘れ事件、夜先にゲームをやってしまっていた事件のふたつに再発防止になるよう、子どもの成長になるよう対応した。


朝起きて出発する頃に、子どもさんが目覚めて朝ごはんと水筒を目の前に用意してやった。お弁当はコンビニで昨日自分で選んでもらったパンだったので、自分でやってもらうので、水筒だけお茶を入れて目の前にポンした。いってきますをした。

で、今日水筒を忘れて、学校と学童で水道水を飲んだらしい。ホワイトボードに、出かける前に確認するリストも作ってあるのに、何ということだろう。

しかも、予定よりはやく帰宅した時、子どもがしていたのはわたしに丸付けして褒めてもらえると学習した自主ドリルのほうで、洗濯物も出していないしシャワーも浴びていないし、どう考えてもそれでも自主学習が終わっていないのは時間的におかしいと思って問いただすと、帰宅後すぐにゲームを15分やったらしい。ただ今書きながら我思うに時間的に15分×2はやっている。やるべきことリストを全部終えてから、好きなことの時間、自由時間と口を酸っぱくして伝えてきた。その約束すら守っていないので流石にキレた。というかかなり冷たい態度で見下しながら、淡々といろいろ聞いたり言ったりした。だって社会に出たらやることやらずに自分優先する、こんなことしたら、大半には見下されて当然である。それで見下されていちいち傷付くような世間知らず人間知らずになっては欲しくない。そもそも、この親は子どもの機嫌を取りすぎてきた。約束を守り、ありがとうとごめんなさいをちゃんと心から言う親なのである。御心をちゃんと知る人からの基本的な評価は、甘やかしすぎたんだなという評価だと思う。小学校の先生もそのへんを理解くださっている。たぶん、よく預ける教会の方々も。たぶん、生まれつき心が弱いとかで依存体質気味なのだろう。特にわたしが障がいなるまでは何やっても頑張っても親を信じてくれなかった時期があり、生活週間を叩き込むのすら、大変だった。夏の汗ダラダラの時期でも、お風呂イヤ、など。


それで宿題とご飯とシャワーの順番は、お腹空いているかどうかで決めて良いとは言っていたので、お腹空いていないそうだったので、やるべきこと、まあ弁当や水筒を出すとか、明日の準備とかをさせている間にわたしが先に入ったお風呂に入ってもらった。


その後に明日の小学校の準備を補助して、教え直して、


もう忙しい中で一生懸命用意したって、持って行くの忘れて、しかもただ忘れたしか言わへんくて、今までは保育園でも幼稚園でもいつも親の悪口、僕は悪くないで文句を言ってきて、おまえはまたわたしを悪者にする気か、と。ちゃんと用意してもらっていたのに忘れたと言えと教えた。一度、こども家庭センターに幼稚園から通報まがいの事をされているのだ。しかも、解離性障害を発症して一番病状のひどい、まだ発症して一週間くらいの時期に。

いつも、どこにミスがあり、誰が瑕疵をしたか、いつもはっきりと明確に捉えていなければいけない。そうじゃないと問題解決や、改善方法、再発防止案など浮かばない。2000年、イエス様のそういう積み重ねによって、当たり前の無私無欲、利他の精神による社会改善や文明発展、技術革新、それで今の地上があるのだ。


とりあえず今回のことは、昨日先生小学校の先生に電話でお伝えしていた通り、朝夜の鍵っ子初日で、このお母さんは仕事が始まったら水筒も用意センノカ、の攻撃に備えて、連絡帳にただ事実を書いておいた。

人間の心の動きや穿った見方など、あと罪のことについても熟知している。学校の先生は学童の先生とも連携してくださっている。自分がしたいからって仕事して、初日から水筒も忘れるの?子ども放ったらかし何もしていない!と思われている可能性に備えて。これが一番確実である。だってお弁当も手作りじゃなくてコンビニパンだったから、今までとの落差があると思われるかもしれなかった。初日の朝ごはんも昼ごはんもコンビニで自由に選ばせたのは、完全に新鮮さで子どもの励ましでもあったけど。だってストック冷凍おにぎりいつも渋々で自分からそれを選んだことがない。だから今までは出来立てなど。


それで、これから自分で用意できないものは、前日中にメモ提出で親に申請制にしようと思い、早速明日からも必要なもの書いて出してください、とした。

お願いされないと用意しません。と。

だってせっかく用意したのに忘れられたりして、普通の人間は普通に怒るし嫌になる。


で、言われたらすぐやること。それを今後は徹底すること。それをわたしも意識する。水筒どうぞ。入れてね。それを、もう今やらせる。すぐ入れて。今入れて。そういうことである。


ちなみに用意がなかったとて、お弁当ならおうちの冷凍おにぎりのストックやら何やら、そしてもしも用のお小遣いによって近所のコンビニに行くなどできる。

水筒は、昨日も言っていたが、玄関にある水ペットボトルのストックがあるので、そこから1本取れば良いと教えている。


口で言うだけではいつまでも本人の意識が何も変わらないのである。


その時間で夜ごはんの時間もなくなったので、

で寝る時間になったので、寝てもらった。


ちなみに今日わたしは朝ごはんも昼ごはんも夜ごはんも食べていない。別に働く喜びで満たされてお腹も空いていない。節約にもなるし、洗い物も買い物も増えない。


なのでぺこぺこで泣くとかもないので、子どもさんも大概いつも少食なのに普通の量食ってきて、身体のキャパ超えて食べ過ぎだったのかも知れない。まあ、今回は学習も兼ねて、もともとわたしがいない想定でのカップ麺の予定だったし、食べずでいいやと。水とお茶をたくさん飲んで、それでいいんじゃないかと。

そもそも腹減ってなかったらたいして学習効果も無かったと思うが。どうか分からない。学童のおやつもいつもたくさんだし、たいしてお腹減って無い様子だった。ハラヘッタら家んなかんもん好きに食えって言ってあるしどこに何があるか教えている。


わたしは昨日もほぼ何も食べなかったが、いつまでもお腹も空かないし、働いていると逆に調子もいい気がする。


追記。とにかくたくさん仕事をしたいので、来週入れている夜勤は単発だが、翌週面接が入っている仕事のうち一件は近所の飲食店なので、夜勤メインで入れないだろうかと、考え中。そうすると、社保に入れるところをもし採用になって、それを働きながらも、夜働ができる。そうすると、うまく行けば昼の仕事と夜勤のフル稼働で子どもと顔を合わせることなく働けるし、シフトの入らなかった日は登録しているところへ仕事を探して埋めてもらえば良い。ダブルどころか、トリプル、あるいは、カルテット?ワークになるかもしれなかった。でも楽しいし身体動くし、働けるんなら全然いい。とにかく、あれこれ考えてしまうし、子どものことが目についてしまうので、暇な時間があるのがすごく嫌だと思う。暇な時間を全部仕事で埋めたい。

行動1件:朝9時前、役所に不備解決した鍼灸同意書の提出。担当さんは今週末か来週月曜までには電話で結果連絡ができるとのこと。


仕事探し:


アプリから、9月2日のピッキングなどの夜勤アルバイトに応募。不安で夜眠れないことを事前に労働で動き回って回避しようと思う。身体が疲れたら、鍼灸で、許可おりなかったら、給料から自分で払えばいい。少し遠いけど、それなりにもらえる。子どもさんに嫌とは言われたけど、考え方については、以下の記載のとおり。


アルバイトアプリから登録した派遣会社に、

・10時、一社電話面談で登録済み

・11時ごろ、もう一社は来社面談で9月4日に予定済み。

・11時半、WEB説明会参加

・〜17時ごろ 詳しい仕事紹介、電話面談など


警備会社の説明会はかなり良かった。提出シフトが削られることなくほぼ埋まるというのは、すごく収入の安定につながって安心だと思った。


他の即日のバイト会社さんで、明日の9時から18時で早速仕事をいただけた。即日払いもあって、所持金100円以下なので有難い。子どものお小遣いを借りて、明日の移動の交通費に当てようと思う。うれしい。たくさん働こうと思う。


週20日くらい、あれこれしていれば、月20万円くらい稼げたら、手当もいただいて、別に贅沢もしないけど、いまみたいな爪に火を灯すような生活をしていなくてもよくなるし、周りからも子ど預けて働いてやることやっていればあたたかい支援も受けられる。教会さんは日曜も預けていられるし、今度泊りがけのキャンプもひとりで参加可能だ。即日とか警備とかって、土日もあったりするので、いま学童さんで土曜も利用可能で、日曜も日によっては日中動けるというのは、有難いと思う。たくさん働けると思う。


子育て所感:

朝、土曜日の学童利用のあと、水筒やお弁当をそのままだったのが発覚。水筒無い!で出してもらってついでに弁当を見つけて持ってくるかと思えば、言われただけ水筒だけ持ってきた子どもさんに、呆れ果てて、そのまま説教しているうちに子どもさんのぼんやりした態度に苛ついてカミナリを落とした。仕方がない。わたしも確認不足だったがいろいろやることがあって、わたしも完璧じゃないし、障がい者で忘れっぽく抜けているところがあって、どうやっても改善したり、気が付かないこともある。子どもにはやるべきことをホワイトボードに書いてある。それを見て!ぜんぶ終わったら好きなことしてと言ってある。せめて、自分のことは自分で。別に自分で水筒や弁当を用意しろなんて言っていない。出すだけ。何遍も帰宅後に、やった?出した?と聞いたが、わたしも他に考えることがあったり自分のことで手一杯で、ぜんぶ終わった!の言葉を信じてゲームをさせたりしてしまった。帰宅後すぐおしゃべりが延々とはじまるか、ゲームしていい?動画見ていい?と顔色をうかがう子ども。別に踏みにじられても笑顔で幸せで生きられるならそれでいい。でも心が弱くて、心の声も聞こえる性質で、攻撃されて、物理的にも叩かれたりぶつかられたりぞんざいに扱われていじめられて、それで学校や学童が嫌だってなっているのは?それを何度も確認して、せめて自分のするべきことくらいは、自分でできるようにならなければ。いつも楽しいことばかり考えて、それではどう社会で仕事をする役に立ってお金をもらって生きられる人間になる?どう言っても通じない。心の声が聞こえて心の攻撃に弱い、どうしようも無い弱い人間なら、努力して迷惑をかけないような存在、それ以上に周りの役に立つ存在にならないといつまでも、誰にも攻撃されない平穏無事な生活が得られない。怒らない子育て?子どもによる。状況による。そんなのは、一刻をも争う災害避難時に、大声を出して逃げろ!と言うなと言っているようなものである。今にも車に惹かれそうな子どもを見たら、必死に叫んで何やってんの!と怒り躾けるのが、まあもう7歳…まあ本当にぼんやりしていて、でもそれはいままでの子育ての環境、親が生活保護者、そういう環境が子どもの間の社会面でも子どもの立場を良くなくしていた。だからそれはわたしが仕事をすれば改善する。


夜勤が嫌だと言われたけど、単発で気軽だし、お金もいいし、どうせ夜眠れないし、活動してつかれて鍼灸で回復のサイクルをしたほうが精神的には楽だ。腰痛と精神状態が少なからずリンクしているなら、むしろ、軽作業とかなら寝ずに動き回って、鍼灸院で丁寧な治療を受けて、で回復してまた仕事して、をしたほうがはるかに楽だ。なので子どもはよる一緒にいて欲しい🥺みたいな感じだったが、ひとりでシャワーもできる、カップ麺もつくれるしレンチンもできるので、別に夜ごはんと朝ごはんを用意してやれば、問題ない。準備などは、いっぺんほったらかしてみてもいいくらいだ。子どもにはこういった。


あんたの隣で懇切丁寧に、次はこうして、これはやった?などと同じ事を何百回も言っているより、外で仕事してきたほうがお金も得られるしよっぽど意味があるわ!と。親にとって有意義な時間なのである。わたしは、どちらかというと父親なので、直接あれこれ側で伝えても舐められてエネルギーを延々と吸い取られるだけで、背中を見せるやり方でしか、どうやらできない。子どもの特性と、わたしの特性を鑑みた結果の最適解、は今のところ、突き放してみる、それだけである。別に、相談があれば乗るし、困難があるようなら寄り添う。いままでだってそうしてきた。でも結局、楽しいで1日過ごして、家でも生活の世話もいつまでも同じ事を何遍も言わせ続けるというのは、

もう子どものままの大人をわたしも量産する一助をしているんではないかと思った。そういう未来しか見えなかった。ままを喜ばせるため。ままを怒らせないため。ぜんぶわたしがOKするかどうか。わたしがゆるせばいつまでも成長しないまま。


いままで散々愛を伝えてきて、まだわたしがなにかしてやらないと愛されてないと不安になる、生活面も勉強面もわたしが懇切丁寧に日々レールを敷いているだけで、いっこも自分から成長しようとしない、ままに言われたからやるだけ、そういう楽しい時間のことばかり考えて、学校の授業もぼんやりで、テストの点数が悪くても気にしない、それで友達から舐められて雑に扱われて傷付いて帰ってくる。いい加減にしてくれ。誰が社会に出ておまえにいつまでも下手にでてやさしくお願いし続ける?自分の身の回りのことまで!もうやっていられない。もうわたしは一生懸命仕事をして、できるかどうかではなく、せめて心の態度!せめて努力しようとする姿勢!日々、改善に努めようとする意識!習い事やら親の言うままにたくさんやらなければいけないこと同級生に比べて、実にそういう面では甘やかされているのである!わたしがこの子の心を守ってきた。だからぼんやりのままでも病気や障がいなく生きられているのだ!いまは子どもにも子どもの外の世界があるので、わたしが付きっきりなどできない。育てなければ、いや、鍛えなければ!生きていくということの、生活の苦労や大変さを、教えなければ。そして努力すれば心の態度を改めれば、それでも喜びと平安のうちに生きられるのだということを。


まずわたしが獲得して示す。


スキマバイト的なアプリで、


本当は今日からでも、たくさん求人があるので働きたい。しかし、たいていは交通費が必要なので、所持金がもうこの間のお祭りで使ってしまい、100円を切っているいま、すぐには動けない。なので月を跨いで9月2日、折しも父の誕生日、厳しくわたしを鍛えてくれた父の誕生日の夕方に、実働11時間の夜勤を入れてみた。だいじょうぶ、みんなきっとやさしい。頑張る気持ち、指示に聞き従うこと、困ったら相談すること、どうせ単発の現場だが、仕事だという意識を忘れずに、わたしお得意の誠実さ真面目さを携えて行けば、きっとだいじょうぶ。9月から鍼灸同意ももらえるなら。もらえなければ給料が入ったら、それで施術を受けに行く。


とりあえずの、良い仕事が見つかるまでの、有意義な活動、必要とされているところで職務を果たしていくこと。その事を積み重ねようと思う。


電話1件:16時半ごろ、小学校先生より。家庭状況、わたしの様子のことなど。おそらくは明日の開始につき。子どもさんの様子など。わたしが働きまくって、物理的距離を突き放してみる、それで良いと思います、すごく甘えん坊でサボり上手ってよくみていただいている。そうするとわたしも仕事で忙しいと、子どもの母親仕事を意識して緊張しなくて良いので、他にやることやっているので、そういう性格だから忙しくしているしか無い、と伝える。子どもと親の特性からどうしてもこれが最適解かと。すると先生も、良いです良いです、子育てはみんなでしますからね明日も元気なら全然オッケイ、忘れ物も、しちゃってもだいじょうぶ1年生は練習なので、と。親も子どもさんも練習だと。


就労支援所の次の体験予約も入らなかったし、生活安定はあるので、契約もしなくても自分であれこれしてみてもいいかなと。どばっとたくさんお話して、聞いていただいた。何でもできますよ、と背中を押していただく。感謝。


それで、わたしも安心して、子どもの準備とかも見なくてぜんぶ自分でさせれば良い。相談は乗るし様子は聞き続けるそしてご飯はちゃんと準備する。それで良し。

子どもさんは、午後イベントもあるので、1日教会へ。


行動:アルバイト探し。9月が暇になるので、活動の予定が無いと生活にメリハリがなく、ちょっと元気がなくなることが8月でよくわかった。就労支援所の契約可能時期については、もう仕方がないので、自分で予定を入れるべきだと思った。そして、昨日のプログラムで、実習は沢山したほうが良いと口々から聞いた。そうすると、契約してからでも遅くないが、別に契約する前に自分であれこれしてみるというのも、出来るのなら別に良いだろう。鍼灸治療も、やっぱりやる気とがあったら、通っても罪悪感もないし、万が一役所の対応が粗雑で、またしばらく自費になっても、金銭面の負担も軽減されてストレスも無くなる。

それでスキマ時間、とか、短期単発のアルバイト、をアプリを入れたり実際に登録したりで1日wlつぶしていた。

夕方からの勤務、夜勤を含めたら、結構即働けそうな雰囲気で、有難いと思う。いろいろな職種や現場を試せたら、就労支援所での就職までの期間も短くなるだろうし何より精神的にやることやってるぞ!役に立っているぞ!って回復する気がする。なので今とても、スキマ時間で即日とかの募集を見ると動きたいが、いちおういままでのことも加味して抑えて、明日電話面談やウェブ面談を予定して、実際には来週半ばくらいからなにか働き始められたら良いなあと思う。


昨日の座談会的なやつで、結構、わたしよりもひどい障がいをお持ちの方々がいろいろな現場で働けている様子を拝見して、なんだか、別に能力が高いとか、ふつうの人になるとか、障がいがマシにならないといけないとか、そういうのは無いんだろうなと思ったのであった。それでも受け入れてくださる職場があれば、きっと働けるし、わたしもきっと働けるって思えた。それはとても良い時間で、わたしに、いろいろな仕事を単発でやれば、そうだ契約待ちの間、いろいろ試せるし効率が良いのでは?という発想をもたらし、そして自分の事情を必要なときには説明しながら、トライアンドエラーでやっていけば良い。お小遣いもえられるので、ここ半年くらいの金銭面の心労や生活の不自由さみたいな部分も軽減されるだろう。


すごくいいことだ!

明日の面談や、仕事紹介の電話、新しい仕事は無いかアプリでチェックするのも楽しい。

行動1件:朝9時ごろ、鍼灸院へ不備書類を持っていく。その場で埋めてくださり、土曜なので、月曜日の朝すぐ持っていくことにして持ち帰る。


行動1件:朝10時、就労支援所のプログラム。たくさん卒業生が来て話を聞く。就業までの期間も人それぞれなんだと思う。


職場での不安に対して、仕事仲間だから、敵じゃないから、無理なことは素直に言ってみる、まず相談してみるというアドバイスと、何かの資格勉強は時間を決めてやる、それで取得できなくても仕方ないし、ゲームオーバーじゃない、っていうことが心に残った。ずっと聞いてきたことだけど、心からの言葉が、イエス様によって悔い改めたわたしの心に、すっと沁み入ってきた。


そして、この日は次回予約を特に提案されずに、簡単な感想をお伝えして終了。


それで、以前も体験は4〜5回と聞いていたので、ちょうどそのくらいの回数なので、そういうことだった。もう体験は無しで、たぶん契約できる頃に呼ばれるかなあなど。10月の契約なんだと思う。でもそれももしかしたら後回しにされるかも。それは嫌だなあ。


あとちなみに、自宅近辺の子ども向けのお祭りに、いまやっているよ〜と、ご近所さんがお声がけくださって、夕方ごろ連れて行く。300円くらいで子どもさんも楽しく食べて遊べた。感謝。


所感:9月が暇になるなあと思う。

あと鍼灸院の書類がちゃんと処理されるか不安。


こどもさんは、午前中学童へ行って、それから午後は教会である子ども向けイベントに参加。

子どもさん外でうまく楽しんでいるようで、そうなると、わたしも安心して家での宿題や、食事づくりなどに集中できる。ただ漫然と沢山一緒に遊ぶのではなく、短時間にメリハリをもって、しつけというか、面倒を見てやれるように、なってきた。親の役割。


よく言っているが、親が、遊び相手じゃない!と。

学童ぜうまくやっているのか、話を聞いてやって、挨拶をすることを、教える。とかとか。他の人たちが当たり前にやっていることを、わたしは頭で考えて:、必要性を判断して、しているので、ずっと接しているとかなり、疲れる。


なんだか、わたしも、子どもに対してNOが言える親になって、そうすると子どもさんにも舐められずに、ちゃんと正直に言ってくれるし、教えてくれる。子どもも人間関係できて、努力できる人間に育てれば能力とか関係なく苦労なく暮らせるはずなので、そういうふうに、毎日何かしら階段登る意識をもたせるようにしている。ずっとこのまま?階段登る?登る方なら、一生登り続ける。でもそこにお金面や、踏みにじられたりの苦労はない。そういうこと。


土曜の学童は人が少なめでお気に入りのようなので、学童の先生にも、小学校はじまっても、利用したいとお伝えして、快諾で感謝。漫画など読んでいるみたいで、活字にも慣れているようだった。画面を見る時間がいっときに比べて全体的に減っていて、それでわたし自身も、ちゃんとできていると思って、心が軽い。子どもが画面依存になるとやっぱり思考力とか、ぐるぐるしがちで、地に足のついた生活から、どうしても意識が離れていくように思われる。


7月からこの夏休みで、生活も考え方もいろいろ改善、子育て改善、子どもも自信もって弱気ばかりじゃなくて人と関われるようになって改善、良い夏休み、神様からの夏休みの宿題は、そろそろ完了かな?と思う。アーメン!

訪問看護さん…就労支援の契約が10月前後になりそう。でもゆったりした気持ちで焦りは無い。体調は以外と浮き沈みもあったし、頭の冴えも揺らぎがあった。言語理解の調子に少し揺らぎがあった。自己理解できたと思う。でも契約まで何かしら活動していたい。そうじゃないと不安。

昨日は特に、鍼灸院のこともあって、不安で夜に泣いてしまった。過去を思い出したりして、難しかった。


郵送1件:電話でのお伝えどおりに、不備のあった鍼灸関係の書類夕方に届いた。鍼灸院へは明日の朝に行くことにする。