郵送1件: 朝9時頃、郵便受けに、役所の生活保護担当部署、わたしの担当さんから以下のA41枚のみ。以下のように、書類の日付も分からないし、消印も分からない。

朝、子どもさんがもちものを忘れて出かけたので、歩くのが遅いが、とにかくゆっくりでも追いかけるようにして、学校へ届けた玄関くらいですぐ先生が受け取ってくださって助かった。なので朝から郵便物に気付けた。昨日の午後、子どもを迎えに行った帰りに必ず見ているので、それ以降に届いた。
やっぱり、文字を読むのも理解も難しいので、前Dz半はとにかく鍼灸院からの書類5月19日からだったということの、たぶん電話で聞いた説明なのだが、それがその時必ずその5月19日書いてある書類のコピーも欲しいですと言った。なので、それは何の説明も無く同封がなく、これについて電話してもう一度お願いするか悩んでいる。よくわからない。
後半部分はもっとよく分からない。いったん、2年前の9月ごろ、正規の手順を以前踏んだが、その時の、引っ越し前の尾てい骨骨折を入院して診てもらった整形外科の先生は、レントゲンで異常なしの所見、鍼灸治療なんて書類なんて書かない!というので、痛み止めでも車椅子で院内を移動するくらいで、仕方なく見かねたスタッフさんがリハビリステーション杖をこっそりかしてくださり、タクシーで帰って、市役所の当時の担当さんに相談してから、このままでは子どもを自転車でお迎え最低30分かかる、そのお迎えにもいけない、相談してから、近所の以前の鍼灸整骨院にかけこんでなけなしの現金でなんとか1回施術を受けられ、あとからすれば一時期にだがかなり動けるようにはなった。それで仕方なく鍼灸整骨院の先生に申請を相談して、普通はかかりつけの先生に書いてもらうものだと言っていただいて、精神科ではあるが診察時にお願いして書いてもらった。
明日、また鍼灸院へ行くときにこの書類を持っていく。以前、確認しますと言ってくださっていた。それから、5月19日より前に提出したはずと言っておられた。よく分からない。
また、後半部分も、今後どうしたらいいか、相談する。いちど併設の整形外科は、そのうちに検査したほうが良いとは言われていたので、7月末まで決定していて8月あたりに整形外科受診するのかも知れない。いずれも先生に相談しながら。でも8月に整形外科へ行って、やっぱり鍼灸じゃないと治療できないとなって、それで必要性が変わらなくて、それで結局書類がなんやかんやで、8月分が自費になってしまうのだろうか。
そもそも学校に支払うお金も6月から、支給が8月と2月の年2回にまとめてだから、しかも教科書も細かく一個一個の内容みて、それらが全部認定なるか分からない、そんな状況でいくら帰ってくるのかも分からず、ずっと、お金の心配が尽きない。
そもそも、2022年7月当初、引っ越し前から、一切1円たりとも保護費があがっていない。
プレミアム商品券の支援など、独自にいろいろしているのも、どちらの市も例外でなかったけど(国主導の低所得層向けなどの支援も含む) 、そもそも1年に1度あるかないか、ほんとうは毎月1万2万の単位で支援があるなら努力も認められようが、そうして結局食費は毎月どんどん右肩上がりでかかり、そうして毎月支出がある、将来の収入があるからと言って、あらかじめの補填ならずにあとから補填では、貯める余裕など無い世帯は飢え死にを用意されているようなものだ。それでいてどこの自治体も市主導の再開発や新しい商業施設の建設必要以上に綺麗で家電などの整った施設用意に余念が無い。実際、低所得層の世帯の家よりも、はるかに良い環境がそこにあり、子どもの遊び場に自宅には絶対置けない空気清浄機などがあって、なるほどそれも税金である。引っ越し前は環境があまり良くなく子どもの病気しないように欲しいといったことがあるが、ぜいたく品みたく扱われて取り合ってはもらえず、お金を借りる対象品目にもならず、なんとか自分で貯めて脱臭機を買い使っていた。ひとりひとりの生活を良くするとかではなく、大雑把に市政府のあるいは市の印象として見て分かるものにお金をかけている印象がある。子ども家庭庁の地方政府版が、まあ国はそういう写し鏡でもあるのでどっちが先かは難しいものの政治現場の考え方ややり方の価値観の流れはだいだい同じである。毎月の必要経費の算定の内訳は、なぜ市場価格の食費と連動しない?この4年、あっという間にいろいろなものが値上げし、たまに10個100円で買えた卵も今や10個300円が普通。個々人の工夫や食生活の適応、その知恵、snsみれるなら、わたしもさいきんやっと見れるようになった、去年とかはそういうのも見れる状態でなかった、工夫を共有し合って知恵を借り生活できるものの、スマホあまり使わない天涯孤独の高齢者は?そもそも、保護費の算定においての食費は、単純にスーパーでの食品の価格、食生活のロールモデルを作ってそれ計算して中央値を取るべきではないのか。物価連動じゃないと、簡単にどんどん実質保護費が減っていくことになる。そもそも最低限の暮らしをしている人間に食品やペーパーなどの日用品以外のものを買う余裕はなく、機械系の利便向上や価格低下の恩恵は普段受けることはない。食費が2−3倍になることによる打撃の程度は各家庭のエンゲル係数により決まり、明らかに保護世帯は拠出のほとんどが食費あるいは日用の消耗品が多くを占める。給料が増えない嘆きもあるなか、このことについて、いちばん最低限の金額でやりくりしている保護世帯へ、世間は仕事何もしないのにと世間様の目は冷たいわたしは4年間それに耐え忍んできた。引っ越し当初に市役所とのやりとりがきつすぎて、そもそも言ったことが子どもの預け先もぜんぶ相談してそのとおりにしたのに、フタを開ければ期限が過ぎてますで7月はほとんど難しく、市の無料施設に遊び場に言って精神的苦痛から、耐えきれず泣いていたら、子どもさん場の雰囲気で遊べてよかったが、大人のわたしにたいては、何この迷惑な空気を壊さないで欲しい、みたいなスタッフの無言の圧力、結局心身に余裕ある人たちだけの遊び場、わがまましか言わずにいくら説明しても理解しない自分の要求ばかりの子どもに、今にも手を上げそうになる自分を狂気になりそうなのを、首の皮一枚で信仰によって正気に踏みとどまって、市の無料施設を頼るようにしてがんばって連れて行っても、そのような仕打ち、6月7月の市の対応、8月9月の元家族の対応によってわたしの脳及び身体機能はついに本人意思によってコントロールが効かなくなってしまった。9月1日に解離性障害を発症し、中旬に腰痛で動けなくなり出先で救急搬送、そしてかかりつけへ通院もできずに10月に脳検査などいろいろ経てやっと診断がおりた。
ずっと、子どもさんと節約生活、頑張るしか無い。子どもさん、いつも給食でおかわりをしているらしい。でもほんとうはおうちでも、必要なカロリーや栄養を、ちゃんと3食用意してやりたい。(自分は断食も良くするし、数日前から少しずつ食べても、大人なので栄養素度外視で一日600カロリー、水一日600ml程度、それで良い。やすく済ませると3食でも100円で済む。一ヶ月3000円予算にしてしばらく生き延びる予定※) でも料理どころか皿洗いすら何日もできずに溜まっていく状況で、もしかしたら頑張ったら悪化するかも知れない状況で、いつも子どもさん心が満足するように、学校イヤならないように気を付けてがんばらなくてはいけない、学童イヤでずっと行かない、そもそも性格的にわたしに似ていて繊細な感覚過敏ぎみで、環境変化にストレスしやすい、外では何事もなく振る舞ってストレスをため、5歳の冬はいきなり夜中におなかいたい、と言い出し、なんとなく心の問題を感じ、さいきん嫌なことあるの、と聞くと、もう幼稚園いきたくないと言う。それで半年ほど行ったり行かなかったり、2ヶ月くらいずっと行かなかったのもあった。公園すらもずっと行きたがらなかった。次の年の4月から先生や友達がかわって、わたしも家でずっと家にいていいよってケアして、それで時々休みつつも行くようにはなった。周りと比べて父親もない、祖父母もない、そういうのを敏感に感じていつもうっすら我慢していて、それらを美味しいご飯や、欲しいおもちゃやゲームなどで、慰めてやりたかった。当時わたしはろくに文章どころか単語すら喋るができず、あー、うあとか身振り手振りになることもしばしばだった。不安定。時々急に喋れたりもするが、ほんとうにそれが週1回訪問看護さんの時だけ、など。腰痛もあるし、一緒にいるときに何をできるか、遊んだり、喋ったりで安心させられない、ちょっとスキンシップをして、あとは楽しいもので部屋で過ごしてもらうしかなかった。
それでもたったひとりの親も病気でまともじゃないお母さんで子どもさんなかなか心難しい時あって、きっといままでのストレスがあって、わたしも食事の健康バランス考えた世話難しくて、幼稚園ずっとお弁当だった、それで今年4月末に、便秘性の胃腸炎になった。便秘が原因。金曜日の夜にいきなりゲロ吐いて、熱出て、慌てて土曜かかりつけ小児科へ行った。大人も一緒に見てもらえる病院さん、わたしの様子も心配されたが、税金だと思って、だいじょうぶなので遠慮した。少なくともその時は吐いていなかったが、数日後にしっかり吐いて、子どもさんの処方で、実は足りなくて2回もらってから、それから残った分をちょうど飲んだ。ちょうど子どもさん教会のイベント行ったりで休めた。それで、食生活改善しないとレトルトばかりや簡単ものばかりでは、頑丈な身体でなさそうな私達親子は工夫していかないと、できるだけいつも手作り、がんばらないと。子ども守るため、いままでも妊娠からもうずっと子ども守るためどんな状況でもがんばってふんばって耐え忍んできた。3年前からは神様も一緒。一般人の体力の半分も無いけど、一般人2−3倍くらいできて当然の環境で生きてきて活動量の少ないことへの罪悪感、それを付け込まれるなど、自分で無理だと言えない、たすけてがいえない、それ病気、ここまでひどくなってしまった。神様が少しずつ変えてくださって、この件もイエス様の励ましもある。それで頭比較的動くときに忘れないうちに書く。子どもも小学生になったので、それも大きい。大きい子の方が当然大人とって楽なる。物分り良いように育つなら。自分でできること増える、ことばでの指示を理解して動ける、うちも親に様子ひどいなら、もうレトルトチンくらいならできる。健康栄養ことなどことあるのでちゃんと相談して言うが。それでさらに今は、時々赤ちゃん見たくわたしが泣いちゃうのを薬でおさえれば、変な日本語ではあるが、一般生活を最低限のコミュニケーション意思疎通はなんとか、向こうが汲んでくれればできる。子どもさんとも、学校の様子をたくさん話聞いたり、以前より物分りも良くなって、だいぶ。
それから、もちろん訪問看護さんにも読んでもらってこれからのこと、教えてもらおうと思う。
※旧約聖書のエゼキエル書4章10節11節より。似たような状況のエゼキエルへ、神様が具体的な飲食の指示をだされている。神様はエゼキエルを愛しておられ、その必要をご存知だったのは、イエス様も「思い悩むな」と教え、各福音書に記載の通り。
今の地上の常識のほとんどは神様の知恵とはかけ離れているはずだったしそういうことばかりだった。コロナ禍でもそういうことだった。
以下聖書の引用ーーー
エゼキエル書 4:1-12 新共同訳
[1] 人の子よ、れんがを一つ取って目の前に置き、その上に都であるエルサレムを刻みなさい。
[2] そして、これを包囲し、これに向かって堡塁を建て、塁を築き、陣営を敷き、破城槌を周囲に配備しなさい。
[3] 自ら鉄の板を取り、それを自分と都との間に鉄の壁とし、あなたの顔を都に向けなさい。こうして都は包囲される。あなたがそれを包囲するのだ。これはイスラエルの家に対するしるしである。
[4] 左脇を下にして横たわり、イスラエルの家の罪を負いなさい。あなたは横たわっている日の数だけ、彼らの罪を負わなければならない。
[5] わたしは彼らの罪の年数を、日の数にして、三百九十日と定める。こうして、あなたはイスラエルの家の罪を負わねばならない。
[6] その期間が終わったら、次に右脇を下にして横たわり、ユダの家の罪を四十日間負わねばならない。各一年を一日として、それをあなたに課す。
[7] あなたは包囲されたエルサレムに顔を向け、腕をまくり上げて、これに向かって預言しなさい。
[8] わたしがあなたに縄をかけるので、あなたはその包囲の日が終わるまで、一方の脇から他の脇へと寝返りを打つことができなくなる。
[9] あなたは小麦、大麦、そら豆、ひら豆、きび、裸麦を取って、一つの器に入れ、パンを作りなさい。あなたが脇を下にして横たわっている日数、つまり三百九十日間、それを食べなさい。
[10] あなたの食べる食物の分量は一日につき二十シェケルで、それを一定の間隔をおいて食べなければならない。
[11] あなたの飲む水の分量は六分の一ヒンで、それを一定の間隔をおいて飲まなければならない。
[12] 大麦のパン菓子のようにそれを食べなければならない。それを人々の目の前で人糞で焼きなさい。
https://bible.com/bible/1819/ezk.4.1-12.%E6%96%B0%E5%85%B1%E5%90%8C%E8%A8%B3
参考、続き
エゼキエル書 4:16-17 新共同訳
[16] また、主はわたしに言われた。「人の子よ、わたしはエルサレムのパンをつるして蓄える棒を折る。彼らはおびえながらパンの目方を量って食べ、硬直した様で水を升で量って飲むようになる。
[17] 彼らは罪のゆえにパンにも水にも事欠き、やせ衰えて、互いに恐れに取りつかれる。」
https://bible.com/bible/1819/ezk.4.16-17.%E6%96%B0%E5%85%B1%E5%90%8C%E8%A8%B3
エゼキエル書 5:14-17 新共同訳
[14] わたしはお前を廃虚とし、すべての旅人の目にも、周りの国々にも、嘲りの的とする。
[15] わたしが怒りと憤りと激しい懲らしめをもってお前を裁くとき、お前は周りの国々の嘲りとそしりの的となり、教訓となり脅威となる。主なるわたしがこれを告げる。
[16] わたしは滅びに定められた者に対して悲惨な飢えの矢を放つ。お前たちを滅ぼすためにそれを放つとき、わたしは飢えをますますひどくし、パンをつるして蓄える棒を折る。
[17] わたしは飢えと狂暴な獣をお前たちに送り込み、子供たちを奪わせる。疫病と流血はお前の中を通り抜ける。またわたしは剣をお前に臨ませる。主なるわたしがこれを告げる。」
https://bible.com/bible/1819/ezk.5.14-17.%E6%96%B0%E5%85%B1%E5%90%8C%E8%A8%B3
なんどもこの地上において、イエス様の来臨以前に行われてきた、繰り返されてきた自動化されていない神様の裁きの詳細である。わたしは子どもの頃に今以上の欠乏を経験していたものの、もちろん独身仕事の際にはもっとお金を使っていたが、今のうちに質素倹約生活に戻り、そしてイエス様の愛さえあれば、それを喜んで、それでも心から満足して魂が養われる生き方へ多くの日本人が導かれてほしいと願っている。外国人とくに経済格差のある国からの移民はさぞその原住民たる日本人の生活の豊かさに驚いただろう。あるいはそれは、戦後植え付けられてきた普通、が蔓延していたこと、にまつわることだった。
戦争の貧しさ、まあ今となっては戦後の初期、を知るご老人あるいは、家がもともと貧しかった人たち、あるいは経済格差のある国からの移民の人たち、その生き方を変えないほうがいいし、普通の原住民はむしろ享受してきた豊かさを平等の精神で分けられないなら、もっと貧しい暮らしで良いと思う。豊かさを追い求めることの幻想やミクロやマクロ視点での社会的危険性については、いろいろな人がいろいろ言っているが、よくまとまっている要点を得たものとしては、既に世界一貧しい大統領のスピーチが、絵本にもなって、神様の御心にかなうものとしてひそやかなる称賛とひそやかなる伝播をしている。