申請は、今日の朝、以前コールセンターに依頼して郵送してもらっていた、最高裁判所判決にかかる給付のことを、記入してみようと思ったら、なんと、電子申請があるようだったので調べたら、電子申請をしている自治体だったので、電子申請をした。

ちゃんと喋られないので、ほうぼうで適当な対応をされる。みんな笑顔で好印象、わたしは良い人だなあと思って親切な聞こえの良い言葉に、ありがとうございます!と心から感謝を述べ伝えて会話をおしまいにする。あとから聖霊によって、ちゃんと対応したほうが良かったかなあなんて良心の呵責を聞く。わたしは、蔑ろに、適当に扱われていたんだなと思って傷付く。そういうことだった。その場では気が付かない。でもイエス様の愛ができていることかも知れなかった。イエス様の愛は罪悪感を抱かせるそういう効果があった。罪悪感で人は動く。

それで夜久しぶりに泣き叫んだ。子どもは先に寝てもらって、ひとりでシャワーしてるときに耐えかねて泣き叫んだ。多分聞こえたと思う。でも仕方ないと思う。皿洗いをして洗濯をして、それでもう一度しばらくお部屋で泣き叫んだ。よく分からないけど、父親とのことや、継母とのことを思い出して、泣いた。なんで地上の人間はすぐずるい立ち回りや、正直でない喋り方をするんだろうと思って、いろいろな本音を隠したやり取りや、あるいはそういうこと、今日あったことと照らし合わせて思い出して、泣いた。こっちは良い人だなあと思っていたら、陰口を言われていたり、裏で騙されていたり、そういうことばかりの人生だった。仲良くしているつもりが、馬鹿にされて意地悪に笑われて、それでもわたしは自分がそうならないように努めてきた。
弟をいじめていた幼少期を思い出すと、自分もそういうことがあった。何度教えても、何べん言い聞かせても、同じことを繰り返す子どもに腹いせに酷い言い方をしたくなることもあった。それは罪だと気付いたから、苦しいだけで、別になんともない、ごくふつうの地上のよくある出来事のはずだった。

心がでてきてしまったと思う。傷付いて、踏みにじられてとてもつらい。でもイエス様といっしょに生きている。私を踏みにじったひとで、信仰にゆかりのあるひとは、みんなあとから罪悪感にさいなまれる。そうして信仰へ導かれるんだろう。そうして神様に使われるんだろうな、と思った。まともに喋れないし、まともに頭も使えないことも多い。


電話1件:13時半、役所へ。8月7日提出した鍼灸同意書の認定がどうなったかについて知りたい。

    ・自分の話⋯銀行口座に利息(数十円)などの収入あり。規定通り来月10日までに収入申告でよろしいか。それから8月7日に提出した鍼灸治療の申請について、さすがに進捗を知りたい。

    ・担当さんの話⋯収入申告はそれで良い。鍼灸治療の申請書については、ちょうど今担当部署から手元に戻ってきて電話しようと思っていたところ。鍼灸院の欄の部分に印が足りない。

    ・自分の話⋯2週間くらい前に提出していて、いまのいまそれを知るとは。まさかまたこれを理由に9月1日からの認定ができないなどと言うのだろうか。

    ・担当さんの話⋯まだ嘱託医に確認取れていない。とりあえず自宅に郵送するか、鍼灸院に郵送するか。今月25日くらいまでに提出があれば、今月中には結果が分かるはず。

    ・自分の話⋯鍼灸院のお盆休みもある。自宅への郵送をお願いする。25日に書類を提出しにいく。

    ・担当さんの話⋯では今日中に自宅に書類を郵送する。


25日くらいまでに、それで月末には分かる、との言質。録音されていても、都合の悪い録音は簡単に破棄処分できると思って、責任の伴わない言動をする文化が染み付いているかどうか、少なくとも月末までには明らかになる。


このような書類の不備に、気付かず担当へまわし、担当部署もまたすぐ気付かないなど、8月7日に提出した書類の不備を、19日に、それもこちらからの連絡で、申し伝えるなど、おおかた、9月は手当収入があるので、認定遅れても平気だろうと思われている。そういうことだろうと思われる。


わたしもまた、鍼灸院から受け取って、7日に提出の際、気が付かなかった。提出時は、担当さんも不在のため窓口にただ預けただけだった。頭にはっきりしない、重たい時には、その程度も分からない、事実私は、どうしようもない、他人の手を借りないと生きられない、はっきりとしていない、しっかり仕事ができない、障がい者なのである。


電話1件:14時過ぎ、役所へ。

    ・自分の話⋯鍼灸院のお盆休みが昨日で終了していた。やっぱり取りに行き、今日中に用意しようと思ったが、どうか。

    ・担当さんの話⋯ついさっき、今日発送の便に載せてしまった。今日明日には届くと思われる。

    ・自分の話⋯承知。


そもそも出歩く体力もないので、仕方がない。

水曜日と木曜日の2日間、子どもさんと家でのんびり過ごす。


今までの数ヶ月の荒れようは何だったのかというくらい、とても落ち着いて過ごせる。一緒に宿題もやって、カードゲームや将棋もして遊んだりした。


そうして、特に何もしていないが、


信仰に入る前からの、子どもと過ごす時間が子どもは可愛いけど苦痛という、信仰入ったあとも、保護で保育園へ預けている時間以外、夕方から夜と週末がいつも気持ち的に難しいのは、苦手ゆえだと思っていたことに加えて、


ここ数ヶ月は本当に酷かったこと、何回も言ってきたことや、子どもの未熟な点を前にして、怒りや悲しみや絶望に泣き叫ぶことも多かった。


(それらは、既に過ぎ去って、つまり過去になり、壁一枚隔てた向こう側の世界になった。わたしたち親子は、そこから、救い出された。わたしは、信仰以降の出来事における罪悪感から、救い出された。)


それは、おそらく大きく次の要因があった。

まず、この世のあらゆる人間のうちでもっともかわいいと思う子どもについて、それでも一緒に過ごす時間が苦痛というのは、まず、自分にとって、


・未経験、まずいろいろな対応の処理方程式が知識的に不明の事が多い仕事であること。


・自分に他者との境界線が無かったので、子どもの感情の世話仕事を、生存に重要な乳児期を過ぎても、物心ついてもやめられないので、生活の負荷があまり軽くならない。


・子どもに対してもNOが言えない、相手の要求をぜんぶ満たそうとする、生育環境由来の筋金入りのパッシブコミュニケーションスタイルが、子どもの当たり前のレベルを引き上げていってしまう


・感情は分かるが、そもそも物心ついてから自分の感情を否定はされども受け止められ、世話されたことはないので、子どもの感情が揺らいだ時に、甘やかしと拒絶の間にあるはずの躾の位置感覚がわからず、どう対応すれば良いのか分からず、いつも判断ができずストレス。


・今はかなり改善したものの、障がい発症に伴う認知、言語機能の低下、重たい思考力の低い頭、腰痛、それ以前は身体のオーバーワークによる心身疲労による対応不可能な事態にキャパオーバーに。


そういうことがあったなあと思う。箇条書きの内容は、きっと、重なり合っていたりする部分も多かったが。


ーーー


しかしそれはさておき、今日本当に書いておきたかったのは、


2023年にイエス様に出会って悔い改め、救われたわたしの、信仰以降の3年程度の人生で、


特に病気?障がいを発症してから、感情のコントロールが難しくなり、些細なことに感情が揺れ動くようになり、子どもさんの前でもどうにもできずに急に泣いたり怒ったり大声を出したりすることがあって、


子どもに対して、激しい強い悔い改めの気持ちを抱いているということだった。


改めて振り返ると、信仰以前も、子どもはうまく世話できずともいつもかわいくて、未解決の過去の壁に立ち塞がれて止まってしまいがちの私に日々役割と、多くの仕事を与えてくれ、それでいて付き纏う誰にも愛されていない、理解されないという孤独感の闇の中で、明るく光のように照らしてくれていた。


わたしの乳房に一生懸命吸い付いてくれる姿。私の抱っこを求めて手を伸ばしてくれる姿。寝ているときんの無防備な姿。無意識に握り返してくれる手。


それは年齢を重ねても同じはずで。しかし喋るようになって、はじめて寝る前の話しかけに返事をもらえたときの感動もいつの間に立ち消えて、そのうちに延々と止まらない子どものおしゃべりの相手にうんざりしはじめ、


つまりそうやってたくさん喋るのに生活面では成長しないアンバランスさにもやきもきして、


今思い出しても、自分の日々のまたあ?!という狭量な反応や、自分の子供じみた不平不満や言動と、並べ思い起こされて、尊さと情けなさがない混ぜになって泣けてくる。激しい後悔の念。


特にイエス様への悔い改めによる罪の気づきから、すべて自分の罪だったんだと、激しい罪悪感に押しつぶされて、這いつくばるような日々の中で、次第に、特に引っ越し前後くらいから、強く言ったり怒るようになってしまった信仰以降の生活で、いつも気持ちをぶつけてしまったり、こんな未熟な親でごめんの気持ち。


子どもはいつも悪気なく、純粋にわたしを信頼するゆえに、ただありのままで生きていただけなのに、


なんでもっと、ずっとやさしく導いたり諭したり、教えたりできなかったんだろう…。


いつまでも変わらないと嘆いたり、こんなにがんばっているのに、と、勝手に落胆したりして、


いつも私が助けられ愛されて、守られていただけなのに、


(保護に入ったあと半年ほどで信仰を与えられたが、仕事していない期間、子どもの存在がわたしに社会的役割を与え守ってくれていたのだ。さもなくばこんな性格の女性など、社会からも見放され野垂れ死にコースだった) 


つい最近までつい、まあわがままや欲しがりなど子どもの態度などによって、つい昔あんなに時間もお金も注ぎ込んで頑張ったのよみたいな、そういう事を言ってしまう。実際は100%子どもさんに注いでいたわけじゃないのに。そう言いたくなって言ってしまうことも多い。

なので、せめて恩着せがましくというよりは、それくらい可愛くて愛しているんだよ、という情報につながるように話してはいる。しかし子どもがどう受け止めているかは、成長の段階で明かされるに違いなかった。


昔は保育園のあとも毎日2〜3時間近所の公園をはしごしたり、休日も雨でも何でも1日中出ずっぱりの歩き通し、当然抱っこやベビーカーや荷物も入る中で、毎日クッタクタのヘトヘトになりながらも、それでも籍を抜けて名実ともに一人になってからは、精神的屈辱や不足感から抜け出し、肉体面のキツさは変わらずとも、精神的にかなり解放されたはずが、信仰に入ってからは別の激しい罪悪感がわたしをとらまえて、大変なことになっていた。それで障がいを発症し、這いつくばっていたものの、


本当に信仰によって義を与えてくださる神様によって、


わたしは信仰以降、ひとつも悪くなかった。

もちろん、ひどい扱いを受けたとか、あるいはお世話になったとか、様々だが、

ただ、わたしの状況としては、神様の御計画のために、這いつくばらされていたのである。


(神様は、わたしに対して人々がどう出るかを、みておられた) 


でも、


それらの間に子どもとの間で起きたことだけ、


いまでも激しく後悔し、泣き、でも

この親のどうしようもない罪を、何度も謝罪を受け入れて、何度も敵になって攻撃してしまうわたしの、本当の揺るぎない味方、家族として受け入れ、わたしを何度もゆるして愛して無償の愛に立って信じてくれた子どもへの感謝と


頭の上がらない気持ち。


いまはもう病状も良くなって、感情が信仰以前のように、いやその時よりも盤石に安定していることが増えた。なので、


一週間、休んでいる間に、

当然仕事のことを考える。


それで子どもが寝たあとに、ひとり時間に、ダブルワークでも何でもしてやる、能力を発揮しまくって絶対に自立してやる、最底辺の貧乏扱いも貧乏暮らしも、いつもわたしの扱われ方が問題で、かわいそうな人ならともかく、怠け者のテイカー、関わらないほうが良い人、何もできない人、役立たず、社会のお荷物、ごみ、あるいは女は出しゃばらず子育てだけしていろ、とか、わたしが苦手を回避する手段と公的許可があるのに、子どもも含めて誰も得にならないが、ただただ感情的に向こうの嫌や怠惰心によって苦手を押し付けられ攻撃される、そういうのはもう懲り懲りだ、と思っていた時に、


(それでも幼稚園でも教会でも子どもが行きたくない!と言うなら行かなくて良い!で休ませてきた。自分の経験があるので、心を守りたかった。不登園の時期もあった。小学校はさすがに義務でもあるので、できるだけ励ますようにしている、学童も。本人も乗り越えつつある。)


ふと隣の部屋で寝ている子どもの気配に、いろいろのことを思い出したのだ。


この子どもがいなかったらわたしはとうに物理的にも精神的にも死んでいたし、そもそも子どもが教会の建物を指さして行きたい!と言ったので行ったのでイエス様に出会って救われたのだった。


これからも子どもの存在が、今ただ心身が無事で生きていること、それがわたしの支えで、親子二人の時間に吹きすさんだ嵐を経て、子どもの無事がわたしを人間に留まらせてくれている。これからは仕事人間になる予定なので、接する機会も減り、ますます自信を持って子どもにもこまめに主張しNOを言いながらコミュニケーションできるので、今までのような突然の感情の爆発などのことは起こらない、いや、二度とは起こさない、そのためにも仕事に忙しくして、経済的にも、感情的にもいつも根本的な問題解決的な、父親的な関わりになっていきたい。今さら感情の寄り添いができるようになるわけもなく、むしろそれができないからこその適職もあるのだ。もはや他人の感情にまったく左右されない、ただ目的のために冷静に状況を活用したり切り抜けられる思考力の伴った、自分がここにいる。あと信仰者は性別関係なくみんな、雄々しくあれ!(第一コリント16章13節)と言われているので。


これで、今までのことで、子どもが発達障がいや、精神病にでもなっていたら、わたしは文字通り発狂して人間でなくなって、しまっただろう。


子どもも信仰告白の伴わない、小児洗礼だが、

聖霊を与えられていた。

ただ、子どもの心身を守ってくださった

イエス様に感謝。

アーメン

今日は珍しく、夕食後にお腹が空いたというので、用意した食後のデザートのときに、

すぐに食べはじめて、すぐにこぼし始める。

いつまでも、「お皿近づけて」「身体を近づけて」と言うのに、ついにうんざりした。

お皿を自分に近づけず、身体をテーブルに近づけず、何も意識せずに食べ始めるのに、うんざりして、

今日はついにショックと悲しい気持ちを子どもに伝えてみた。そうしたら、子どもも反省して、今までもたくさん言わせて、ごめん、などと言う。気持ちは素直で、根は善良なのだ。

ごめんの気持ちがあれば此方も随分ゆるしやすいし、何より何度でもゆるせというイエス様の教えもあるし、そもそもわたしにゆるしを請うているつもりなら、別にとっくにゆるしている、とは伝えたものの。しかし。

ごめん、の気持ちだけでは、

人は前に進まない。そう思った。


夜寝て明日朝起きて、ケロリと忘れて同じことを繰り返すかも知れなかった。というか、3歳から約4年以上毎日、毎食のように言い続けているので、まず間違いなく99%そうなる。

再発防止。

わたしに指摘されない、ではなく、

こぼさずに工夫して食べられる人間になるために。

そこを意識して伝えたけど…どうだろう。ただなんか言われるから従っているだけ、にならないために。

どうすれば良いのか。

驚くほど言語理解力があると見せかけて、魚の名前の覚えは早いのに、こういうものごとの覚えはいつまでも覚えない。同級生の中でも、ぼんやりとしている。わたしがいろいろしすぎで、子どもにさせたり任せてこなかったり、なのかも知れない。そもそも何をどう教えるとかもわからない。

3歳頃まで、保護に入るまで、まったく怒らない親をやっていた。しかし、保護に入り、信仰に入り、病気になって感情のコントロールが難しくなり、怒りに泣き叫んだり、絶望で倒れ伏したり、波を子どもの前にも否応なしに晒してきた。急に激昂して叫ぶわたしに子どもの心も危うく死にかけた。しかし、この裁判の神様仕事によって、病気すらも御心のためであり、イエス様による世直し人間の救いそのために自分は迫害され倒れ伏していたのかと気づき、自己否定と罪悪感から解放され、しっかり立って二度と日常的に踏み潰されたり謗られない快適な生活のために、さあ仕事を探そう!と思い立ってからは、

最近また、ただ平坦に指摘だけする、その自分が戻ってきたが、今日も1,2秒で怒りは抑えて、コミュニケーションを取っていたつもりだったが(淡々と真顔なので、怒っていなくても怒っている?と勘違いされるような感情置き去り型人間の喋り方)

今日はただ指摘する、から一歩踏み込んで見ようと思った。

まず子どもに聞いてみた。

このまま改善せず、毎日同じことを言われ続けて、そのまま大人になり、つまり20歳になっても30歳になっても、同じような食べ方をする大人になるのか。

別にそれ自体は否定しない。人はできることできないことがあり、生まれつきにも、後天的にも、病気や障がいその他様々な環境要因などで、

成長したくともできない人だっている。

ただ、わたしは成長を願っている親であるので、少なくとも子どもには選択肢があると思った。なので成長した時と、しない時の行く末をそれぞれ説明し、子どもに1年後、2年後、はたまた将来、どうなりたいか、問うた。

そうしたら、成長したい、このままじゃ嫌だ、と返ってきたので、

じゃあこのまま寝て忘れて疲れて、明日また同じようなことをする自分なのか、

あるいは成長の助けになるような手段を提示して、まず、それを実行するかどうか、を選んでもらう。

紙に書いて貼っておく、ということや、周囲の協力で罰則などを決める、などの手段を提示して、あった。結局、紙にどうなりたいか「こぼさない」、と、その具体的なやり方「皿を近づける」 「身体を近づける」etc. を書くことにしたようで、テーブルに一緒に貼った。

子どもを奮起させるのも、大事なんだなと、今日の出来事から思った。毎日漫然と同じことを指摘し続けるのでは、お互い改善のない、成長のないやり方だった。相手が、物わかりの微妙な3歳4歳ならともかく、夏休みの宿題で絵日記を書くような年齢である。

尻を叩くとか火をつけるとかそういうことかもしれなかったが、子ども自身の変わりたい!成長したい!欲というかそういう気持ちを起こして決して消えない炎をつけなくては、と思う。まあ信仰に興味持って自分から聖書読んだりしているけれども。つくづく、父親のすることだと思う。でもまあ、子育ては小学生前と後で親に求められる役割が大きく変わると思う。若干わたしの得意分野に寄ってきたのか?しかし、未だに日々の世話…パンツ汚れを毎日2枚くらいは洗っているものの。その作業に得意不得意は無いか。感情の寄り添いは未だにできない。子どもの様子を見ていたり、他の大人のやり方を見ていたりすると、やはり満足にできていない気がして苦手意識がある。早く仕事して稼いでせめて物理的には満足させてやりたいが、それはきっと良くない考えで、子ども自身が将来的に自分の必要を稼げるように、ならなくてはならなかった。(別に教えてもいないのに昔から良いものを知っていて何かと高級嗜好、日々の食事はまだしも、よく、遠出してホテル行きたいなどと言ってここ数年のわたしを困らせてきた。)それでも、安心や共感を求める子どもとの、需要と供給の不一致や不協和音的なところを日々感じて気まずいものの。その辺は学校学童や教会、友達との間で補ってくれたらと思う。そこはもう、戻ってきたというか変わってきた気もするが、今日なんとなく自分を振り返っても、やはりどちらかというと、かなり機械人間だ。一方で、子どもは共感、コミュニケーション上手。友達ゼロのこの母にして、友達多し。いや、母コミュニケーション0点生、伸びしろだけは人一倍。別に何も諦めたりしているわけではない。まあ一応障がい者なので、なにか致命的な欠陥はあるに違いなかった。

ーーー

独身時代、大企業の管理職候補生から、せめて数字じゃなくて文字の翻訳がいいなあと、まったく別の業界に転職をしたか、これからするくらいの頃、社員で経験を積んで、いずれはフリーランスできたら良いなあ、と思う、そんな自分に、

その辺で出会った、というか紹介していただいた、フリーランスで自立している先輩社会人が、食事に誘って、わざわざ教えてくれた事があった。しかもごちそうになっていたと思う。本当に、人生に本当に必要なものは、カモネギのようにやってくる。神様の愛は、いつもそういうふうに我々に与えられるものであった。金銭を対価に得る情報や、自分の持つ何かを取引材料にして得るようなものは往々にして、人間にとっては、最も必要で重要なものではなかった。

「あのね、

努力するか、苦労するか、人生はどっちかなんだよ」

そんなようなことを、その人はいろいろな話の中でふと教えてくださった。むしろ、そこだけエネルギーが異なっていて、そこだけ浮いているように、ぼんやりした記憶の中で、唐突に、覚えている。

その時は20代なかば、勉強一本道ストレート街道まっしぐらで生きてきたわたしにとって、世間知らずのバカでその言葉の真意も、その地上の人間の社会的生活における真理もまったく理解できていなかった。わたしは努力せざるをえない環境で、努力を覚えこんで、持続不可能な努力をしていたところを、もう無理!と飛び出そうとしていた最中ということもあったと思う。体力が追いつかない。もう興味ない分野の資格勉強が嫌だ。などなど。当然、その後の人生のダウンサイズした努力も続かず、そもそも生活も持続可能性が全く無く、結婚出産も含めて、わたしは苦労の10年間を過ごしていたと思う。いつの間にかわたしの周りにも、努力を知らない、苦労が当たり前、の人たちが取り囲み、わたしは生き方も人生の価値観も考え方も何もかも違うところで、息ができずに這いつくばって身悶えをしていたのだろうと思う。3年前より、信仰に入ってからも、それは続いた。

努力は好きだし、向上心も高い方だと思う。成果や実力はどうあれ、性格的に、あるいは気持ち的には。日常生活でも常に改善点を探して、いつも問題解決をしたい人間である。停滞が当たり前で、変化を嫌う人たちの間では、いつも面倒くさい除け者扱いにされる内容的には暑苦しいタイプである。表面的にはかなりクールかも知れなかったが。
しかし、自己完結できる範囲ならまだしも、チームワークを必要とする場面や環境では、わたしは、いままで述べてきたとおりの、0点のコミュニケーションスキルで、まあそこまでいかずともかなりの苦手意識もあって常識も知らず、つまり円滑に持続可能な人間関係というものが、築けずに、社会生活に困難があり、障がい者にまでなってしまった。

しかし、今は、自分に持続可能な努力ができる仕事、苦労じゃなくて努力が認められる職場環境、それを一緒に探してくださるプロの助けもあるし、コミュニケーションについて教えてくださることもある。聖書は、まあ概論であって、時代や状況に沿った実践生活というか、個別具体的な詳細情報については、やっぱりその道のプロに頼るのが良い。

ありがたいと思う。生活保護の制度と同様、この就労移行支援所の仕組みも、また大勢の努力をしてきた人間が、一生懸命頭を使って、心を砕いて、時に悪と戦い、日本で実現してきた仕組みなんだろうと思う。現場で働く人たちもまた、すごい志と無私の視点で、常に利用者の人生に対する最適解を探している、努力をし続ける人たちだった。

わたしは、これから、良い仕事に就いて、再び努力に生きる人生の道へ、神様が呼び戻してくださっているように思える。実生活の物理的努力。信仰の精神的努力。もはや、先の見えない苦労ではなく、実りのある努力の世界へ。再び入れるのだ。

厳しい掃除のチェックはじめ、生活の努力も教えてくれ、特に勉強の努力、成果、結果に厳しく、効率的なやり方のアイデアや精神の持ち様を惜しみなく共有してくれた実父に感謝している。

努力に走り続ける、

それは誰もができることじゃない。努力することを、まず誰かに教わったり、あるいはそういう環境になければ、一度苦労の世界に足を踏み入れれば、たくさんの苦労にもがき苦しむ人の、脚を引っ張る出る杭を打つ、そういう力に呑まれて努力にエネルギーを注いで努力に生きる、そういう生き方から世界から人間関係から否応なしに遠ざかっていくのだ。

しかし、今自分は、
神様のために イエス様のために再びその世界に身を置くことを強く自覚している。

だから 周りからどう言われようが 何を思われようがどれだけ引きずり下ろす力があろうが、

力を振り絞って 再び 努力の世界へためらいなく飛び込むことができる。そこには 競争があり 自分が努力して上を目指せばより狭い上の場所に自分以外の人が入れないかもしれなかった。

しかし私は入る。それは自分のためではなく神様のためであると知っているからである。どんな人の意見があろうと。どんな 引き戻しがあろうと。これからどれだけ 嫉妬や僻み 妬みを受け 攻撃を受け あるいは 競争にさらされることになろうとも。

もう何をためらうことがあろうか。

ーーー

自分がしてきたもらった、与えられたことを、誰かにする、与えるのは当たり前で誰でもできることだ。むしろ二流三流の赤点回避の及第点だ。それくらいのことだ。それすらしないと地獄に住まうことになる。別にこの地上は天国じゃない。

特にここ数ヶ月は激昂したり良くない事が多かったものの、日常生活でも最低限、殴ったりすることなく、

勉強や生活習慣の改善で、知恵を絞って子どもに色々工夫して伝えたり、再発防止のやり方を伝授しているときに、わたしはこういうのあっただろうか、とふと、せいぜい言葉で言われるだけで、コンスタントに誰も「みて」くれる人のいない環境だったよなと、家庭に安全安心の揺るぎない人間関係がなかったと、頭によぎることはあったが、それでも、

そうか。

と。

自分がしてきてもらえなかったことを、与えられなかったことを、必要とする誰かにしていくことこそ、超一流の生き方であり、より神様であるイエス様の生き方に近づく人間の研鑽の道であると(無論、近づきつつも、それでも人間は神様でない、イエス様は別に実在し、人間は器になることはあれど別にイエス様にはなれない、という前提を忘れてはいけなかった。ただ教えを守れ真似しろということ。単にそのイメージのしやすさのための表現である。日本語表現的にも、勘違いされやすかったが、人間がイエス様のポジションに座るという話では無いのである。人間は人間。このわきまえが重要。これを忘れて神様のように考え振る舞うことは、別にゆるされてはいない)

ついに、

気付いた。

そうして病気になった2年前くらいから、特にここ数ヶ月の自分を恥じた。

一緒に準備することや、授業参観や、宿題のこと、文字を書く、日々の、今日どうだった、のコミュニケーション、それぞれ、

何ひとつとっても、自分には無かった、無かった、無かった、無かった、無かった、で

信仰と病気で自尊心も自己防衛機能も失って、ただ日常生活において、直接的あるいは霊的に攻撃されるがまま、感情も尊厳も奪われるがまま、で境界線も判断力も失って、短絡的に犠牲に犠牲を重ねてボロボロになって這いつくばっていた自分には、

それを平常心で続けることができずに、人前を憚らず感情を抑えられず、怒ったり泣いたりしていた。

親と子であっても、

人と人は、特性も、能力も、性格も、得意不得意も、すべて異なる。

子どもの60点のテストを見たときに、本当にわたしの子なのか?と疑問に思うほど、わたしはいつも当たり前に100点を取ってきた人間だったし、しかしそれが別に自慢に値するものではなく、大学では入学試験の時よりだいたい底辺の劣等生だったし(喋ったりしていると自分の頭脳レベルの低さがなんとなしにわかる) 、ただただ褒めてもらえなかった自分を認識する最悪の汚点、わたしを世間からの嫌われものにする邪魔な要素でしかなかった。

夏休みに、ひらがなを書く宿題を見てやると、文字を書くひとつとっても、書き順もはじめから覚えよく、先生に教わったとおりにして、また、ただお手本の真似で、すぐに大人みたいに書けたわたしと異なり、

子どもの手文字はのたうち回るようで、大きさもばらばらなら、自己流が多く、書き順も覚えていなかった。何を教わった数カ月間だったのか?という、そういう文字で、

目の前で一生懸命丁寧に書き順や書き方、文字の形の特徴を、見つけて説明しても、なかなかできない。すぐ忘れる。

その時に、思い出す、高校の家庭科の先生が、なんともないときにふと、

もしあなたたちに子どもができて、どうしても自分に照らし合わせて考えて、イライラしたり許せないことようながあっても、子どもはあなたじゃない、他人だから、別の人間だから、

そう言って聞かせてくれたのを覚えている。

人と人は、特性も、能力も、性格も、得意不得意も、すべて異なる。


肝心のミシン術などよりも、ずっとはっきりと、覚えている。魂が、必要かも知れない、そう認識したのかも知れない。

女性として生きている自覚は皆無で、むしろ性別はわたしにとって邪魔で自分の脚を引っ張る社会的にも不利な要素でしか無く、子どもを欲しがることはおろか、結婚願望すら無かったわたしが、過去生の因縁を引き摺ったまま子どもをもうけて、日々、性格的にも経験的にも不向きな子育てに向き合っている。

自分がしてきてもらえなかったことを、与えられなかったことを、誰かに与えるときに、その実存を認識するときに、そのことが具現化するときに、そのことが行為や言動のうちに、概念としてはっきりと存在するようになって、生活のうちに表出するときに、

その時にこそ、人間にではなく、

ああ、神様が!

神様が…、

わたしに、してくださってきたこと、与えてくださってきたもの、こと、

それらがはっきりするに違いなかった。

そういうことだったのである!
そうやって生きることこそが、わたしの自己実現であり、自己実現であり、何よりわたしを救いしイエス様、そして神様への最大の愛の応答、コミュニケーションになるに違いなかった!

そう、信仰者としてのわたしは3年前より常々、旧約聖書も新約聖書もミクロ的視点ではわたしというひとりの人間と神様との間に起こったことである、という視点で読めると思っているが、つまり、わたしはかつて楽園に何不自由無く住まわされ、罪を犯して楽園を追放され、イエス様の未だ来ない地上に、約束の地を求めて彷徨い歩き、信仰と出会い預言をし、イエス様に出会って新しい人間になり、擬似的な人の子としての受洗や、荒れ野の誘惑や、十字架の死と復活を繰り返し、神様の愛を注がれ続け、作り変えられ、この命そのもので福音を述べ伝えるものにされた、そういうことであったが、

それは、

わたしと神様の歴史が、あるいは今、神様との関係性の、その段階が、新旧聖書のどの段階なのか、モーセなのかダビデなのか、ヨナなのか、ヨブなのか、イエス様が来ているのかどうか、十字架の前のイエス様に付き従う弟子なのか、律法学者なのか、総督ピラトなのか、あるいは復活を経たイエス様とともに生きてはたらいている弟子なのか、などなど、そういう、それらが

すべて

わたしの生き方にすべて 表される ということであった。

わたしのこの人生のみならず、魂に刻まれた歴史の持つ、呪い、あるいは恵み、痛み苦しみ、大いなる愛、歪んでいるもの、有り得ないほどの祝福、

それらすべてが、誰の目にも明らかになるに違いなかった。

それらを、すべて転じて力としてくださるイエス様、イエス様との出会いがわたしを再び恵みに生きる道へと、父なる神様との和解へと、導いてくださったのだ。

アーメン!

誰にもしてもらえなかったことを、し続けられる、与え続けることのできる自分を、わたしはもう、その事実につまずかずに喜んで受け入れ、イエス様の愛とつながって、決して枯渇せずに、喜んで続けることができるものに、変えられたのだ!

何故なら、そこにこそ、その入力と出力の差分にこそ、わたしの魂に注がれてきた偉大な神様の愛を見いだせると、今日そのことに気付き、完全に理解したからだ。

神様の愛によって、イエス様によってわたしの罪をゆるし、和解して、わたしを再び受け入れてくださった、

わたしをがんじがらめにして霊的な攻撃の隙を作り、不自由にしようとする罪、を、すべて覆って未だに有り余るほどの、闇を照らす光、

イエス様の愛によって。

わたしは用事があり、子どもさん学童へ。お盆期間中なので人が少なくて過ごしやすかろう。わたしと同じで敏感なところがあるので、人が多くてうるさいのが苦手のよう。それでも体調良ければ気にせず楽しい!で平気そうなこともあるけれど。


午前中役所へ。午後は在宅で定期設備点検の立ち会い。合間に家事と作り置きを済ませる。


土曜に学んだ休憩の仕方で、水を飲むとか、あったので早速、外出中に取り入れてみた。暑いので、自転車を漕ぎながら、定期的に立ち止まって一口飲む。


公開の講座を受けてきたが、そこでも定期的に一口。


そうするとお手洗いに行く。それも休憩になる。そういう知恵を、誰にも教えてもらえずに、ありがたいことに就労移行支援所で教えてもらえるので、いただいた教えを大事に大切に取り入れていく。


帰り道は買い物など。金欠だとスーパーをはしごして特に安いものだけを買っていくやり方になる。ここでも、定期的に立ちどまって、持参した水を、一口。


身体の疲れが、週末から続いているものの、なんとか日常生活のペースは落とさずに、子どもさん帰宅後はちゃんとシャワーで身だしなみの基礎を整え、学童も休みの明日に備えて、子どもの宿題や、無くなりかけの水キムチを作り直すとか、そういうやることを考えていく。前に、進もうとしている。


休憩しながらも。体力のキャパシティと向き合って、外野の雑音や、世の中の普通に無理に合わせずに、


自分のちょうどよいを、探して、整える期間として、向き合うことにした。持続可能な仕事や生活の仕方、それは、いままでの人生では無かったことだから。


懇切丁寧に、建前とかじゃなく、家庭で教えてもらえる環境が無く、家庭の外でも教えてもらえるような人間関係の作り方も知らず、結局教えてもらえず、批判や非難ばかりを浴びて、そのまま我が心身を傷付けられるままに他者の視線に晒し歩いていた。他者にゆだねていた。


今はイエス様にゆだねている。イエス様はわたしを守っていてくださる。神様のことだけ考えれば良く、人間から届いてくるいろいろな雑音や、想像力に欠けているがゆえの感情的そしり、心の声やその関連のエネルギー爆弾、


それらは受け止める必要などなかった。それらは、わたしが受け取らなければ、ほんのちょっと身を神様のほうへずらして避ければ、ただそれで解決する話だったのだ。主はわたしの避け所。わたしの岩。旧約聖書の詩篇にもある。


アーメン。


就労移行支援所へ本格的に通えるまでも、このように学びに充実して過ごせたら良いと思う。政府の補助金事業という、それはとても本当に、助かる場所で、つまりバブル崩壊以降、家庭内平和が随所で崩され、社会で様々な原子爆弾が落とされ、その後遺症に苦しむ人たちの更生施設や療養所かも知れなかった。ある意味でそこで働く人々も、被爆覚悟のそういう現場である。(でもわたしは今の通所のところではいつも快適でそんな感じではないけれど、ただの社会の中での構造的な例えとして。経済あるいは精神的な戦争が起きているとして。) 今までの、なんだ、そんなことくらい家で家族に教えてもらってこなかったのかよ、なんていう、そういう常識とか、普通だなんて、言えない時代がもうある。失われた30年、子どもや、つまり若年者や、社会の中で、リストラの対象になったり、今は非正規雇用だったり、弱い立場で生きてきた人間たちが、もうゆるしたり愛したりする力を失い、神様の御心にかなうような隣人愛に生きられる力を失い、そこから救い出だしてくださるイエス様の救いを必要としている。


イエス様は、心身共に追い詰められて疲弊する、弱い立場の人間を、厳格な父なる神様の御前に弁護し立たせてくださるために来てくださった。神様との和解のために。


マルコによる福音書 12:27 新共同訳

[27] 神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなたたちは大変な思い違いをしている。」


https://bible.com/bible/1819/mrk.12.27.%E6%96%B0%E5%85%B1%E5%90%8C%E8%A8%B3


これは、この地上でわたしがいつも直面してきた理不尽、つまり神様によるダブルスタンダードの、核心にある概念である。なぜ同じことをしているのに、人によって、まったく違う結果や評価がおとずれるのか。


心の態度。信仰があるかどうか。


ここでの信仰とは、イエス様も神様も認識していなくても、自分という存在への、今ここにある世界からの愛を信じているかどうか。ただそれだけなのである。善人か悪人かではない。人間どうせみんな神様の御前にはどんぐりの背比べ、潔白の十字架の死と復活のイエス様の前には、真っ白な人間なんておらず、どうせみんな等しく罪人である。


それは神様と和解しているかどうか、そういう観点が主要な原因になっている。もちろん細かな状況により異なり、すべての判断は神様次第、信仰者に与えられる義のための迫害にあたる場合もある。


神様の御前に、この世界の造り主であられる神様、そして他者を信じる気持ち、信仰が死んでいては、父なる神様の恵みに預かって生きることが出来ないのである。神様を呪っているのに、神様の愛と恵みに預かって生きることなど、できやしないのである。


それでも、自他の罪に罪を重ね合ってがんじがらめになって、もう何も信じられなくなってうずくまるようにもがき苦しむ私たちに、イエス様が、再び、神様を信じる心、信仰を与えてくださるのである。


そして再び、他者を、隣人を、信じる心、隣人愛に、生きられるように、作りかえてくださる。わたしたちは、神様への愛、そして隣人への愛、そのためにイエス様によって信仰を与えられ、救われるのである。

昨日記録の通り、2日前の鍼灸後、昨日1日経ってもくたくたの様子で、今日は牧師さん送迎で一日子どもさん教会へ。感謝。献品もお受け取りいただけて良かった。


電話1件:画像の、以前、現在の自治体から返還のあった、追加給付の問い合わせ及び必要書類の郵送手配申請。引っ越し前の自治体へ、自分で問い合わせが必要だった。ホームページも覗いたが、PDFがすぐに見当たらなかったので、念のため電話。土日祝もつながるフリーダイヤルなのがありがたい。自分の場合は少額だろうけど、そこはキチンと申請し、周知の意味も兼ねてここに記載。






体調としては、子どもさん預けている間は、ゆっくり過ごし、夕方から軽く家事などで動き回れる。少し本調子ではないものの、ちゃんと食べて水も飲めて、子どもさんとも気楽に喋れる。やるべきことができていると、すごく安心する。昼間に焼きたかったちんすこうも夜に焼けた。うれしい。

行動:就労移行支援所へ。前回、次回予約させていただいた。内容は、上手な休憩のとり方みたいな内容。休憩は大事みたいなこととか。聞いていると、リラックスして、疲れを感じた。少し頭もぼーっとして、眠たくなってくる。


体験のあとはいつも通り面談。


    ・スタッフさんの話⋯もう一箇所見学するなどの話もありましたが、どうですか。

    ・自分の話⋯訪問看護さんから、動きたい気持ちは分かるけど、今が踏ん張り時という、ストップが入った。活動的になってみて、今まで、主治医の先生からも、いろいろな方々から(保護の担当さん、教会の方etc.) 頑張りすぎないで、というストップのほうの声かけばかり。確かにいま全力ではじめるという時期でないのかも知れない。鍼灸にも行った。なので一週間の休憩の記録ワークを、今の生活ベースでやってみようと思う。ちょっと活動を休んでみようと思った。こちらでいつも親切に大切に見守っていただいているので、ぜひこちらで契約させていただきたい。アサーティブなコミュニケーションにまだ慣れず、練習したいので、次回の日曜日、ちょうど、コミュニケーションに関するプログラムがあるようなので、参加したいが、可能か?

    ・スタッフさんの話⋯ぜひ。ちょうど希望に合致するいいプログラムだと思うのでどうぞ。引き続き、こちらの事情もあるが契約が10月前後の可能性もあるのはだいじょうぶか。

    ・自分の話⋯ゆっくりしてみて、他に自分で準備したり、できることをして過ごしてみようと思う。焦るような気持ちはだいぶ、落ち着いている。

    ・スタッフさんの話⋯承知。引き続きよろしく。


帰宅後からとても眠たい。


この日の夜、寝るために横になると、脚がものすごく重たい。足首が潰れたみたいに痛い。足の指もじんじんしている。脚全体の筋肉も、腰回りも倦怠感。そうか。この1週間、歩き回りすぎていたか、そう思う。身だしなみを整えるためにあれこれ買い揃えたり、手続き関係や、通所や通院、とにかく朝から出かけて昼ごはんも食べずに戻ってくる、そういう日々の連続だった。以前の、仕事をしているときの感覚になって、嬉しい感覚ではあったけど、でも、継続可能なキャパシティの範囲は超えているようだと、通所の次回予約を1週間あとにして、そう思った。とにかくいろいろ一気にこなそうと思って忙しくしていた。希望する仕事はさして歩き回る仕事ではないので、そう考えると、仕事をしているときよりも活動量が多かったのかも知れない。


聖書の言葉を思い出す。


マタイ筆・福音書 26:40-41 ERV訳

[40] そしてイエスが、弟子たちのもとへ戻ると、「Zzz・・・」弟子たちは寝ているではないか。イエスはペテロを見て言った。「おい、お前たちは1時間たりとも共に起きていられないのか! [41] 目を覚まして、誘惑に陥(おちい)らない力を祈り求めるんだ。霊は正しくありたくても、体は弱いのだから」


https://bible.com/bible/3802/mat.26.40-41.ERV%E8%A8%B3  


正直良く分からない。

周りの人は、休憩が大事という情報を手渡してくるが、イエス様は、人の子には枕するところが無い、という。いつも隣人愛に生きて、何か働いていないと、いけないという概念だ。


鍼灸も自費なので、次は来週。今月あと2回いければいいほう。


良く分からない。明日は子どもを教会に送迎もできなさそうなので、お金はないので、可能な限り献品を用意して、牧師さんに子どもの送迎をお願いしようと思う。

行動1:鍼灸院へ。書いてくださっていた、鍼灸治療の意見書を受け取る。それから施術もしていただく。


行動2:役所へ。保護担当へ、鍼灸の意見書を提出し、近場の歯医者の医療券を親子二人分、もらう。






歯医者はたぶん記録してなかったが、5日水曜日に無料検診を受けていて、以前から遠方のかかりつけ歯医者にも経過観察になっていた、虫歯の治療を勧められる。近所にかかりつけを変えて、移動の手間や交通費、時間やエネルギーの節約をしようと思っていた。こちらスタッフさん先生ともに親切で対応も良く、信頼できると感じ、場所も便利で通うのに全く問題なさそうで、子どもさんも通えるみたいで、最近仕上げ磨きをしていても、歯石があるのかあるいは良く歯茎が出血するので、口内環境が心配の子どもさんも連れて行こうと思う。学校の健診だけではやや不安。別々の予約はいずれもお盆などもあり、月末ごろ。それまで歯磨きと、経験則上、ストレスで虫歯になるので、子どもさんとストレス無く過ごすように気を付けようと思う。


また、別の部署へ、ひとり親への手当の年一の確認の作業に(手紙が来ているのでそれを持っていく) 。


そのあと、子どもさんと図書館へ行く。


また、夏休みの外出は、お金も無いし遠くへも連れていけないので、以前訪問看護さんのときにおすすめしていただいたレジャー、映画に連れて行く。幸い、日常生活の行動の圏内に映画館がある。これで絵日記にかけたり、夏休み明けに話題にできるだろう。涼しくて気分転換になり、面白い時間を過ごし、親子で感想も話し合えて、良い夏休みの思い出になった。子どもに生きるための努力などを呼び起こす良い内容かなと思い、そういう啓発的な意味でも有意義だった。

今日の出来事など。


子どもさんを学童へ預け、身だしなみのための散髪や買い桃などに奔走、そのうちに13時ごろ就労移行支援所へ体験、そして面談、そして帰宅。


明日は学童をお休みして、鍼灸院メンテや役所へ書類仕事、そのあと思いきって映画を見に行くことにした。夏休み唯一の外出だが、悪くはないだろう。

行動1件:鍼灸院へ、鍼灸同意書持っていく。

    ・自分の話⋯整形外科では、見せてもらったレントゲンは結構曲がって見えたが異常の所見無し、仕方なし、同意書をまた取ることに。9月1日からの申請。でき次第、取りに来たい。今日の夕方可能か?

    ・先生の話⋯承知。夕方可能。


電話1件:鍼灸院から

    ・先生の話⋯さっき夕方と言ったが、やっぱり確認事項ができたので来週でも構わないか?

    ・自分の話⋯なんと、ああできれば手続きに時間かかるかもなので、今週中に提出したいのと、提出時に自費にはなるが一回施術していただきたいなあと思っていたところ。できれば金曜午前。可能か?どうしたらいい。

    ・先生の話⋯それなら、金曜午前に用意して待っている。

    ・自分の話⋯感謝。


まあちっともお金は無いけど、いくつかの生活費目、1ヶ月くらい支払いを先延ばしにできるものをさせてもらって、で、鍼灸の自費を捻出することに。保護でなくて健康保険の場合よりも、4倍近く高いが、まあ小学校費用含め、各所には申し訳ないが(小学校の分は以前、一番最後でいいですと言っていただけて本当に感謝、また申し訳ないが9月分の支払いとまとめて9月払う。9月には払えるはず…。)

それで、週1くらいなら払えるんじゃないかなと。

あるいは、今週以降、全く調子が良く行かなくて済む場合はもちろん、遅らせずに各所に支払いをちゃんとする。