最近、小澤征爾さんのお名前を聞くことが何回かあり、ふと小澤さんに関する思い出を書きとめておこうと思いついた。

 

ちなみに、お名前を聞いたのは、以下である。

①先週金曜日に先のブザンソンコンクールで優勝された米田覚士さん指揮のコンサートを聴きに行ったのだが、ブザンソンコンクールの説明で、小澤征爾さんも若い頃受けて優勝されたというくだりがあった。

②今月初旬に、ボストンのシンフォニーホール前の交差点が「Seiji Ozawa Square」と名付けられ、標識の除幕式が行われたとのニュースがあった。

ボストンに「セイジ・オザワ・スクエア」誕生! – ぶらあぼONLINE | クラシック音楽情報ポータル

今から約30年弱前、私は約2年間ボストンで暮らしていたことがある。

丁度脂の乗り切ったマエストロ・セイジ・オザワがボストンに君臨されていた時期である。

ボストンのシンフォニーホールにも足を運んだし、夏に郊外のタングルウッドで行われるタングルウッド音楽祭にも行った。

 

(最近の事情は分からないが)シンフォニーホールの周囲は実は治安があまり良くなく、道一本間違えるとちょっと怖い思いをすることがある。ある晩、小澤さんの素晴らしいチャイコフスキーを聴いて夢心地だった夫と私はまさにその道一本間違え、コンサートに行くためのお洒落した姿=鴨がネギしょって歩いているような姿で雰囲気の悪い通りを歩くはめになり、肝を冷やした。

幸い何事もなかったが、浮かれた気分が一気に冷えたのも、今となっては一つの思い出である。

Boston Symphony Hall

 

タングルウッド音楽祭は本当に楽しかった。

慣れた地元の人たちは、一番安い芝生席のチケットを買い、お洒落なピクニックセットを持ち込み、素敵なランプを灯してリラックスして美味しいワインやおつまみをいただきながら、聴こえてくる音楽を楽しむ。

Shedと呼ばれる、壁のない(屋根と舞台と観客席がある)大ホールと、その名もSeiji Ozawa Hallという美しい、半野外っぽいShedよりは少し小さいホールがあったが、どちらの演奏も外の芝生にいても十分聴こえる。

私たち初心者はそんなことは知る由もなく、馬鹿正直にホールのチケットをちゃんと買った。もちろん、音楽はより良く聴こえるので良かったのだが、次の機会があればピクニックセットを買って、飲みながら聴くのも良いなーと思ったものだ。

(残念ながらボストンの夏は1回しかなかったので、今のところ’次の機会’は訪れていない。)

最後を飾る、Shedでの小澤征爾指揮のチャイコフスキー「1812」のフィナーレでは、音楽に合わせて花火が打ち上げられ、大変盛り上がった。

花火の音が、ボストン・シンフォニー・オーケストラの一部で、小澤さんの指揮で打ち上げられているかのように聴こえ、とても印象深かった。

小澤さんの指揮は力強く大迫力で、お祭りのフィナーレにこれ以上ないくらい相応しい演奏だった。30年経っても、鮮やかに記憶が甦ってくる。

Shed

 

美しい Seiji Ozawa Hall

 

当時のプログラム

 

記念に買ったマグネット

 

そう言えば、ボストン暮らしの間に長野冬季オリンピックがあり、音楽監督を担った小澤さんが開会式で、かなりの斜面をスキーで滑り降りて登場し、第九の指揮をする企画があった。

アメリカでもテレビ中継されており、翌日のボストンの新聞やニュースには「我々のマエストロがオリンピックの開会式に登場した」という誇らしげな感じで、かなり大きく紹介されていた。

しかし、記事やニュースの中には、「あんなハードにスキーなんかしてケガしたら大変だ。ボストンのクラシックファンのためにも危ないことはしないで欲しい。」とマエストロ・オザワを心配する声も結構あったのは面白かった。

地元にとても愛されていることが感じられ、日本人としてとても嬉しかった。

 

今でも「1812」を聴きたくなったときは、セイジ・オザワである。

↓こちらは小澤征爾&ベルリンフィル版

Tchaikovsky: 1812 Overture, Op. 49