吸血鬼 | 霽月日乗・ホーマーEのブログ

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個人の備忘録です。

さて、昨日は岡本綺堂の「一本足の女」に少し触れましたが、これは一種の吸血鬼小説と言えなくもない。まあお読みになればわかります。

吸血鬼、と言えばドラキュラ伯爵、カーミラ、ルスヴン卿……と、英米の小説にはよく出てきますが、これらは一般に民話、伝説の類をもとにして作り出されたものとされております。この辺りのことを手っ取り早く調べるには、例えば『書物の王国12 吸血鬼』(国書刊行会、1998)とかVampyres (Faber & Faber、1991)なんかをパラパラとめくればある程度のことはわかります。

でも、なぜ血を吸うものが悪鬼として恐れられるのか、そもそも吸血鬼とは何者なのか、という問いに答えてくれる文献はなかなか見当たりません。西洋ではギリシア・ローマの昔から吸血鬼(的なもの)の言い伝えは存在し、インドや中国にも似寄りの話はあるとのことで、一説には血液を生命の源とする考え方から、古来、血が供儀に用いられた例があると前述書に見られます(種村季弘「吸血鬼幻想」、書物の王国12に所収)。

しかし僕の知りたいのは、ではなぜ吸血鬼のようなものが畏怖の対象として生み出されたのかということです。こういうことは数ある宿題の一つとして、たまにふと考えたりするのですが(年がら年中このことばかり考えているわけじゃありませんよ)、依然としてはっきりとはわかりません。

でも、人間にせよ動物にせよ、その血液を摂取して自らの糧とするという点に注目すれば、やっぱり遊牧及び遊牧民に関係するんじゃないかなとぼんやり考えてます。農耕民は基本的に血液を食料とはしません。東欧から中欧にかけて吸血鬼伝説が数多く見られるのは、そのあたりの定住農耕民が東方から来た遊牧民にさんざんな目に合わされたからじゃないかな。古くはキンメリアやスキタイ、フン族、降ってはモンゴル。文献的な根拠をもとに言ってるんじゃないですよ。人々の記憶の古層にそういう「血液というものに親和的な人々」への怖れが沈んでいて、それが時々頭をもたげるんじゃないかと、何となく考えてるって程度のことです。

もとより思いつきに過ぎませんが、結構いい線行ってるんじゃないかな、と自分では思ってます。ここは日記代わりのブログ記事に過ぎませんので、詳しくはいずれ紙媒体で

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シアターシュリンプ、今日ゲネプロで明日はいよいよ本番初日ですね。このところ仕事が押してて時間的余裕があまりないんですが、観劇の時間は何とか確保したいと思います。