ドラマ 『半沢直樹』を観て思い出した、10年前のスズキ機工・・・ | 社長ブログ・・・意識を変えると景色が変わる

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日々涼しくなってきますね

如何お過ごしでしょうか?

 

先日、巷で大評判のドラマ

『半沢直樹』の最終回の放送があり

私も家内と娘2人の家族と一緒に

ドキドキしながら

千倍返しの結末を見ていました

 

『もう、おしまいデス・・』と言う

困難な状況からでも

主人公の半沢直樹が『感謝と恩返し』で

ブレずに、諦めずに困難を乗り越える姿を

 

10年前の

不安定な町工場の経営者だった自分と

重ね合わせながら毎週観ていました

 

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10年前、創業事業の

18L缶製造装置のメンテナンス事業が

バブル経済崩壊後に価格破壊の

大波に飲まれ衰退していった後、

 

生き残るために

食品機械の設計・製作業に事業転換し

体を張って仕事に向き合っていました

 

そして、

とにかく何でも全力で取り組む姿勢

やる気と気迫がお客様に伝わったのか

 

大手の食品メーカー様の取引が

徐々に増えてゆきました

 

そんな中、移動に車で2時間半かかる

福島県境に程近い

茨城県北部にある大手食品メーカーとの間で

忘れもしないトラブルが発生しました

 

やっとの思いで取引開始を実現した

その大手食品会社から

『確実に発注するのでとにかく早く取り掛かって欲しい』

 

との要望があり

早朝から現場採寸し帰社してから夜中に

構成図面と御見積書を作成し提出しました

 

ところが

方針が変更になったとだけ告げられ

その案件は流れてしましました

 

数か月後

違う案件で呼ばれ工場に入ると

私が描いた構成図通りの装置が

設置されていました

 

完全な図面転用でした

 

誰でも知っている大手食品会社

銀行の信用や売上・収益を考えれば

グッと堪えるのが中小町工場だった

スズキ機工の立場だったでしょう・・・

 

ただ

車で片道2時間半

月一回の訪問しか出来なかった会社・・

コストのみ重視の会社と

 

信頼関係を築くことは出来ない、取引継続はすべきでないと思い

 

『二度と連絡しないで欲しい・・』

と告げて帰ってしまったことがありました

 

この出来事がきっかけとなり

お客様と深い信頼関係を築くには

御用聞きスタイルで接点回数を増やし

こまめに丁寧に対応することが

中小町工場のスズキ機工の存続の

生命線になると確信し

 

当時、

古田土会計古田先生の著書

『泥くさいけど必ず結果のでる経営計画書の作り方』

 

を参考に策定に取り組んでいた経営計画書に

・規模・業種よりも移動時間・距離を最優先する

・車で1時間以内の取引に特化する

 

と事業運営方針を明文化し

経営の舵を大きく切り直しました

 

そして、その決断が

大きな事業成長につながってゆきました

 

さらに、その後

不安定な事業運営から脱却

そして下請け体質から脱却のため

 

自社ブランド製品の

開発・販売へ挑戦すると心に誓い

経営計画書に

新規事業方針を明文化しました

 

そして数多くの

失敗を伴いながらも

奇跡の潤滑剤『ベルハンマー』

プロ仕様工業用ハサミ 『ベルシザー』

ケーブル収納『パケットリール』など

多くの自社ブランド製品を

生み出して行きました

 

・・・これらの経緯の詳細を書くと、

このメルマガでは収まらないので

 

よろしかったら拙著

『弱者の経営戦略』を読んで下さいね(無料です)

(P.37にくらいから書かれています)

 

http://aiwa-ad.co.jp/suzukikikoh/

 

そして、その後も様々な難しい問題に

直面することも多々ありましたが

 

何とか現在の事業運営スタイルを

構築することが出来ました

 

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話しは少し飛びますが

私は今年6月頃からに体調を崩しておりました

 

そして先日、その病状が回復した矢先

急性扁桃炎という別の病気を

患ってしまい一週間の入院生活を送りました

 

もしも、一連の体調不良・入院生活が

脆弱な財務体質で、いつも自転車操業・・

体を張って会社と社員を守っていた

10年前のスズキ機工であったなら

即、倒産・廃業の危機でした・・・

 

でも、今回は

数か月間は体調回復優先に努め

入院生活でも本当にリラックスしながら過ごし

 

現在は体調を完全に回復することが出来ました

 

私を信じてコツコツと努力を重ね

しっかり日々の業務を遂行出来るように

成長してくれた社員のお陰です

心から感謝しています

 

またコロナ経済のもとでも

何ひとつ変わらずお取引をいただいている

仕入れ様・お客様のお陰でもあります

心から感謝しています

 

そして今となっては決裂してしまった

あの食品会社にも

気付きを与えてくれたと感謝しています

 

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38歳で社長に就任して13年の月日が経ちました

 

あと5年以内に

会社のホールディングス化をし

各事業運営会社の後継者を60歳までに育て

 

65歳でスズキ機工はじめとする

事業運営会社の経営の一線からは身を引きます

 

これからの15年で

社会もスズキ機工も大きな変化を迎えることになるでしょう

 

それでも、どんな時も

『感謝』を忘れずに歩みたいと思っています

 

そして、社員とその家族

仕入れ先様・お客様

スズキ機工が居を構える松戸の地域社会に

『恩返し』の経営をして行きたいと思っています

 

それでは

今月も頑張って行きましょう~!オ~!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!!(長い・・・・)