Windows PC内でDolby ATMOS 9.1.6chをバイノーラル再生する | 音響・映像・電気設備が好き

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Dolby ATMOS for Home Theater 9.1.6chのエンコードデータをなんとかしてPC内部で完結させる再生方法はないものか模索した話です。汎用性がある記事ではない事をご了承ください。また、質問を頂いても回答ができない内容を含みます。

 

そもそも、Dolby ATMOS for Home TheaterはPC内部ではマルチチャンネル再生することが出来ません。正確にはPCで再生することができても、ビットストリームしか扱えず、外部デコーダを必ず必要としました。これは制作時にも3次元空間レンダラーとしてDolby ATMOS Rendererが必要な状況と酷似しています。アプリケーション内で完結しない(3次元パンニングデータを3次元空間レンダラーにネットワーク経由で渡す)この方式はL-ISAも同じでした。

※本題から逸れますが、Dolby Access経由でのヘッドホンバイノーラル再生は可能です。Dolby独自のHRTF畳み込みが売り文句ですね。この場合のオブジェクトデコードはスピーカ配置依存ではなく3次元配置からのバイノーラルレンダリングになるはずです。

 

本記事の前日譚にあたる話:Windows11からDolby ATMOSのビットストリームを送り再生する話

 

 

 

そんな中、Dolby ATMOSをひたすら調べている @magicarchtec さんからDolby ATMOS for Home Theaterフォーマットは制作者向けに用意されている確認用プレーヤのDolby Reference Playerでオブジェクトオーディオを含めたデコードができるかもと情報が寄せられました。バトンは受け取ったので後は走るのみ。

 

 

もはや狂気のつぶやき(これすべて趣味ですよ)※ツリーを見てください

 

 

 

 

 

Dolby Reference Player公式リンク:

 

 

This professional software is available for users who have purchased or have requested and been approved to receive an evaluation for the following professional software products only:
・Dolby Encoding Engine with Dolby AC-4
・Dolby Media Encoder with Dolby AC-4

※上記製品のライセンス所有者か、試用版の申請を行い許可された者だけが使用可能

 

細かい間の話は端折りますが、結果的にDolby ATMOS for Home TheaterフォーマットはDolby Reference Playerでデコードが可能でした。可能なのですが、Dolby Reference Playerは素直にチャンネルベースでの出力(制作者向けのスタジオ用プレイバックソフトでオブジェクトチャンネルはDolby準拠配置で16ch再生)をするだけなので、可能な限りの3次元展開、つまりプレーヤ最大の9.1.6ch(16ch)をバイノーラル再生する為にはどうするか・・・本記事ではその道のりをまとめます。

※Dolby ATMOS本来の「自由に配置された座標のスピーカに対し、ダイナミックオブジェクトを空間へデコード(レンダリング)」する事は本記事では出来ない。一旦、9.1.6chのチャンネルベースを経由する事となる。

 

 

用意するもの

 

・Dolby ATMOS for Home Theaterのフォーマットの動画データ(入手困難、回答不可)

・Dolby Reference Player(要申請)

・VB-Audio MATRIX(ドライバ間オーディオマトリクスルーティングソフトウェア。投げ銭タイプのシェアウェアでフリーで起動も可能)

・9.1.6ch配置からバイノーラルへ変換できるプラグイン(なんでもOK)

 

 

VB-Audio MATRIX。※もーりーさんから仮想マルチチャンネルオーディオルーティングするならこれでいいかもと紹介されたアプリケーション

 

 

IEM Plug-in Suite(今回使用しているアンビソニックス・バイノーラル変換VSTプラグイン)※動作が軽く、フリーでアクティベーションが無いため組み込みしやすい

 

 

他に、9.1.6chから直接バイノーラル変換が出来るプラグインとしてはHPL Processorがあります。こちらは有料。※3DXは9.1.6ch非対応

 

 

Dolby ATMOS 9.1.6ch バイノーラル再生の概要

 

 

Dolby Reference Player。このアプリケーションで再生が可能なのは字幕や他の音声データが入っていないMPEG2 transport streams (.ts, .trp, and .m2ts)、MPEG4 (.mp4)、QuickTime File Format (.mov)動画データ、または.ac4、.mlp、.ec3、.eb3、.eac3、.ac3音声データ

 

 

スピーカ配置は、2.0、3.1、5.1、7.1、5.1.2、7.1.2、7.1.4、9.1.4、9.1.6対応。チャンネルベースはそのまま出力され、オブジェクトベースは各スピーカへ基本配置でデコードされるようだ(筆者側では確認のしようが無い)。デコードしている為、HDMIへのビットストリーム出力はできない。ビットストリーム出力はVLCを使うと良い

 

 

対応デコード形式解説

AC-3, 6-Channel, 640 k Max bit rate・・・.ac3

(Dolby AC-3、旧来のDVD 2ch・5.1chサラウンド規格、非可逆圧縮、S/PDIF・ARC・eARCで伝送可能)

※当初は448kbpsだった

 

E-AC-3, 8-Channel・・・.eb3、.eac3

(Enhanced AC-3、Dolby Digital Plus、Dolby ATMOS、非可逆圧縮、eARCで伝送可能)

 

MAT/MLP/Dolby TrueHD, 8-Channel・・・.ac4、.mlp

(Dolby MAT = Metadata-enhanced Audio Transmission、Dolby TrueHD = MLP = Meridian Lossless Packing、Dolby ATMOS、可逆圧縮、eARCで伝送可能。AC-4はMAT形式でデコーダに受け渡すことも可能)

 

 

Dolby ATMOS for Home Theaterは後方互換用チャンネルベース7.1ch(8ch)に付加としてオブジェクト・チャンネルベース兼用8chデコードが加わり合計16chとなります。この16ch出力は9.1.6ch配置となり、この配置でデコードできるハードウェアは非常に少ないのです。(民生AVアンプも7.1.4chあたりが最大)

 

簡潔にまとめると、

 

Dolby Digital Plus + オブジェクトチャンネル = Dolby ATMOS

Dolby TrueHD + オブジェクトチャンネル = Dolby ATMOS

Dolby ATMOS - オブジェクト再生用スピーカ = Dolby 7.1ch、5.1ch(非Dolby ATMOS)

 

一般ユーザとしてはこの認識でOKです。バースピーカでDolby ATMOS再生をうたっている製品もありますが、この辺りは技術の部分とセールスの部分が乖離していると思ってください。上方チャンネルがなければDolby ATMOSに非ず

※BrightSignにDolby TrueHD(Dolby ATMOS)のデータを乗せて再生を行うと、5.1chストリームだけがHDMI出力された。このように、Dolby ATMOSとは従来のチャンネルベースフォーマットの付加要素で構成されている事が分かる。Dolby ATMOSデコーダ非搭載の場合のオブジェクトチャンネルの扱いが筆者には正確に分からないが、仕組み的にミックスはできないので恐らくは無視されると推測している。(この話、確実な答えがあるのか?・・・但し、下位互換を優先している為、オブジェクトオーディオが存在しなければ映画として成り立たない様な演出は避けられているので映画観賞の観点からは問題が無いはず・・・恐らくはベースとなる7.1chのチャンネルベーススピーカに対してはオブジェクトベースの音声はあらかじめミックスされていると考えている。聴いていてもそう感じる。)

 

 

対応ファイルを読み込むとBitstream informationが見れる。2.0、5.1、7.1、9.1.6の4ストリームがあり、ダイナミックオブジェクトが15ある

 

 

やや強引な解釈ではありますが、筆者調べでは映画用BDでは下記のようなチャンネルレイアウトになっています。(もちろん任意にベッドに変更も可能で、そのような効果の映画も存在する)
 

 

Dolby ATMOS 9.1.6ch

1.L(ベッド&オブジェクト)
2.R(ベッド&オブジェクト)
3.C(ベッド&オブジェクト)
4.LFE(ベッド)
5.Ls(ベッド&オブジェクト)
6.Rs(ベッド&オブジェクト)
7.Lrs(ベッド&オブジェクト)
8.Rrs(ベッド&オブジェクト)
9.Lw(オブジェクトのみ)
10.Rw(オブジェクトのみ)
11.Ltf(オブジェクトのみ)
12.Rtf(オブジェクトのみ)

13.Ltm(ベッド&オブジェクト)
14.Rtm(ベッド&オブジェクト)
15.Ltr(オブジェクトのみ)
16.Rtr(オブジェクトのみ)

 

 

9.1.6ch配置の概略

 

 

参考リンク:

 

https://www.movielabs.com/md/practices/atmos/ManifestPractices_AtmosDAMF_v1.1.pdf

 

 

マルチチャンネル出力設定

 

 

VB-Audio MATRIX。ASIO→WDMドライバ間オーディオマトリクスルーティングに使用する

 

 

Dolby Reference Playerはfloat32に対応していないのでInt32で使用する。

※ここを変更しておかないとDolby Reference PlayerがVB-Matrix VASIOを選択した時点で落ちる。また、他のfloat32仮想ASIOドライバがあっても同様である点に注意。このアプリケーションはASIOドライバをかなり選り好みし、RME Digiface DanteのUSB3.0モードやAudinate DVSは使用できなかった。VB-Audio Matrixを使う前はRME Digiface USBでループバックルーティングをしていた(ハードウェア依存の為、汎用性が無かった)

※L-Acoustics L-ISAがインストールされていると仮想ASIOドライバが干渉してDolby Reference Playerは起動できないので注意

 

 

上記の「Dolby ATMOS 9.1.6ch バイノーラル再生の概要」を参考に、16chをIEMプラグインに、エンコードした2chをヘッドフォンに渡すルーティングを行う

 

 

IEM Plug-in Suite MultiEncoderでの9.1.6ch配置。Dolby Atmos Home Theater Installation Guidelines参照。一旦、3次アンビソニックスにする事により、後のフォーマット変換を可能にしている。最終的にバイノーラルにしたいだけなのでアンビソニックスが最善ではない点に注意

 

 

Dolby Atmos Home Theater Installation Guidelinesより。9.1.6chスピーカ配置

 

 

正確なルーティングは以下

 

Dolby Reference Player(9.1.6ch = 16ch)

VB-Audio Matrix(Virtual ASIO 64ch)

send Virtual ASIO 1-16ch

Cycling'74 Max(VST Host)


  IEM Plug-in Suite MultiEncoder(9.1.6ch → 3rd Ambisonics)

  ↓

  IEM Plug-in Suite BinauralDecoder(Ambisonics → Binaural)

  & EnergyVisualizer(360° Visual meter)



send Virtual ASIO 17,18ch

VB-Audio Matrix(ASIO 17,18ch to MME)

ヘッドフォン

 

 

Cycling'74 Maxでのパッチ。こちらは人に渡せるように整理している。このパッチはVSTプラグインをローカルで内包している特徴を持ち、単独.exe化を可能にしている(これができるまで1年掛かった)

 

 

実際の再生画面。1クリックで済むようにMaxから書き出した.exeから全アプリケーションの起動を行える仕組みにした。これが趣味でやっているバイノーラル映画館である

 

 

16ch再生フェーダを作成し、オブジェクトオーディオのみを再生したりセンターチャンネルだけを再生したりできるようにしている。こちらはWindows11からDolby ATMOSのビットストリームを送り再生する話を参考にして欲しい

 

 

 
 

EnergyVisualizerでオブジェクトスピーカのみを表示するとこのような描写になり、軌跡がなんとなく見える(バイノーラル音声なのでヘッドフォン推奨)。え?これだけ・・・?と思うかもしれないが、音楽や他SEと合わさると効果的なのだ

 

 

以上がまとめです。同じ道を歩む人はきっといないかと思いますが・・・VLCでもDolby ATMOSのオブジェクトオーディオはデコードできません。最大でベッド7.1chまでです。(8ch wav変換が可能)ただ、マルチチャンネルでオブジェクトオーディオ含めて再生したいだけなのにこの敷居の高さ・・・。なかなか道のりが険しく、一般の人ではもはや到達することが困難ですね。ライセンスの絡みがあることは承知していますが、ホビーとして何もできないのは結局、理解の妨げになっているかと思います。

※16chデコードをすることで実際にマルチチャンネルスピーカが無い環境でも各チャンネルの音声、オブジェクトの音と軌道を確認することが出来る。筆者はここまでやらなければDolby ATMOSを理解する事は出来なかった。

 

 

おまけ

 

ホームシアタをやっていた頃の最終形(音響映像設備施工業になる前。今ならITT CANNON F77座は使わない)

 

 

筆者は専門学校に通っていた頃から5.1chサラウンド再生をやっていました。センターチャンネルだけを聴きたい・フロント2chのアンプだけ切り替えたいがためにスピーカパッチ盤を作成し、コンポーネント信号の切り替えをマトリクスで行いたいがために同軸パッチ盤を導入し・・・こうした経験が生きており、(ほぼデジタル領域にシフトしてしまいましたが)マルチチャンネル再生に対する情熱が今もなお継続しています。