聴き手の心の“立ち位置”を勉強すると以下の事は
頭に入れるテクニックのような項目で・・・
●解釈しない(自分の価値観で判断しない)
●自分の感情に流されない(聴く事に集中)
●ありのままを聴く
●話し手の伝えたい事を正確に受け取る
●同感ではなく共感する
(同感では“私もそう思う”という私の判断が入るから)
基本なんだけど、こういうのってどっかやっぱり
技術的で、勿論これも踏まえるんだけど
建築で言ったら骨組みにあたる部分だと思う。
しかし、もっと根本的な地盤の土部分についてが解らない。
土の在り方と言うかナントと言うかが今ひとつ掴めずに
いたところ水谷先生の勉強会で地盤が形成された気がする。
●話し手の世界に自分を置く
(心の立ち位置、居場所は相手の傍)
●話し手と私(相手対自分)ではなく“私達”になる
●“伴い居て”聴く
これらこそ土部分であり、自分の在り方
聴く時間の場の在り方だなと思えた。
そして、理屈が好きな私はどうしてそれが良い
在り方なのかが知りたくてたまらなかった。
つばさの家のMさんが以前話して下さった
『相手の荷物を下ろせるように、自分のスペースを広げたい』
と言うのも答えの一つかも知れない。
話し手がひとつひとつ心の中から取り出す何かを
傍にただひたすら居る事でスペースを提供出来るかも。
一人では心の中のモノを拾い上げて客観視する
こともしないし、拾い上げたとしてもまたもとの位置に
下ろすことになる。
もうひとつは、その人とスペースを共有する事とは
理解する(される)ことであり、理解は生きる力になるんだと
言うこと。
そうは言っても、“聴く”が何に繋がるのか・・・・
まだまだ全貌はわかっちゃないかもしれない。
でも、『聴く事を信じる』と言う祈りに近い心境を学んで
“傾聴は”神聖で素敵な時間だと思える。
(渡辺)