中国の師匠から端午節のお祝いメッセージが来ました☆
5月5日といえば日本では子どもの日ですが、中国の端午節は戦国時代の楚の国の詩人・屈原を偲ぶ日で、春節・中秋節に並び中国の三大伝統節句となる重要な祝日だそうです。
「端」は「はじめ」という意味で、「端午」とは「午のはじめ」のこと。
十二支を各月にあてはめた時「午の月」は5月になるそうです。
端陽節ともよばれるこの祝日は、皆で粽(ちまき)を食べ、ヨモギや菖蒲の葉を飾り、各地でドラゴンボートレースが開催されるそうです。
粽とドラゴンボードレース。
その由来は、屈原のエピソードにあるようです。
屈原は戦国時代に生まれた人で、 楚の懐王の厚い信頼を受け宰相として活躍していましたが、当時、楚の西側には強大な勢力を誇る秦があり、楚は常々秦の侵攻に脅かされ、おじ気づいた貴族たちは秦に投降しようと言い始めます。
これに対し屈原は、他国と力を合わせて秦を倒そうと主張。
懐王の没後、若くして即位した皇太子は貴族たちの言葉に耳を傾け、屈原を追放。
五十歳半ばを迎えた屈原は都を追われ、流浪の旅に出ます。
遠方へと旅するうち、彼は楚の国民が貧しい生活を強いられていることを知り、『離騒』『九歌』『九章』などの詩をしたためました。
これは後の中国文学に多大な影響を及ぼす傑作となったそうです。
紀元前二七八年、楚の首都が秦に侵略されます。
国が敗れ、多くの死者が出たことに屈原は絶望し、五月五日、現在の湖南省の泪羅江で入水自殺してしまうのです。
屈原の愛国心に心打たれた村人は、救出に向かいますが見付かりません。
大きな湖で大型の船もなく、村人たちが困り果てていると突然、大粒の雨が降り出し洞庭湖で漁をしていた漁船が雨に打たれ次々と岸辺に引き返してきました。
村人たちは再び船を出して屈原を捜してほしいと頼み、われ先にと急いで船を出した様子が、ドラゴンボートレースの始まりとされているそうです。
古代のボートレースの様子↓

屈原が命を絶ってからも、楚の国の人たちは彼を慕い、毎年旧暦五月五日になると粽を川に投げ入れて、屈原の魂を弔うそうです。
粽は米を竹などの植物の葉で包み、それをゆでたり蒸したりすることで植物から出る灰汁が防腐剤代わりとなる保存食。
粽を食べる他に、中国ではこの時期に薬草を摘み健康を祈願する習慣があるそうで、中でもよもぎや菖蒲は邪気を払う力があるとされ、菖蒲酒を作って飲んだり、よもぎで人形を作って飾ったりするそうです。
菖蒲の節句とも呼ばれる所以ですね。
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