Holiday - All by myself - -67ページ目

BURNING LOVE

HI!

日々ツナギの人です。


早速ですがこれでした玄関ですが、


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こうなりました!

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だいぶマシ!

後はペイント&細部をキレイに処理すれば完璧!

そしてブーツとシューズをゾーン分けした下駄箱と飾り棚が欲しいですね。

飾り棚にはクリスマスのオブジェを飾りたいたいなと。

ほらだいぶか前よりキレイでしょ?


この右隅のまるっとしたのが(18年位居ると記憶しておりますが...)ニヤ子姫。

まだまだ元気な化け猫化一直線です。

全てが居心地良く構築したいのでまだまだ進みますよ!

明日もツナギだ!


I FEEL ALLRIGHT

「大阪迄行きたいんだけど」
ある夏の昼間、20歳位の時のビートジェネレーションの影響バリバリな俺は、大阪ナンバーのトラックを見つけてヒッチハイクを遂行。


そして一発目の声掛けにも関わらず、気軽にトラッカーからOKが。
「神戸までの荷だからそこで下ろす事になるけどいいのか?」と。
そんなのもちろん問題無し。
内心初の出来事で、好奇心と心配とが入り乱れ。

まだ荷の受け取り前だったらしく、先ずは近くの工場で荷の受け取り。
そっから一路神戸を目指すも高速代の経費削減らしく、複雑な高速の乗り降りと、時間を計算しながらの道程。

途中まだまだ世間知らずにも程が有る俺に、各地での話しを時事ネタも加えて話してくれるトラッカー。
興味津々で聞く俺。

「阪神優勝の時は、バースに似てるって理由でカーネル・サンダースが道頓堀に投げ込まれてたなあ。」や、
「XXXX地区って大阪には有るけど、絶対行ったらいかん。理由はXXでXXやしXXやから…」とか、
「女は乗せたくないな。理由はXXだから」とか盛り沢山。

知らない世界の事ばっかりだし、何はともあれトラックからの眺めは初体験なんで快適だし、何より空間での居心地を楽しいしで、特別な経験を手に入れた気分。

途中何度かの食事は、ヒッチハイクの身を見兼ねてか、全てご馳走になる始末。
そして仮眠後、走り続けて早朝神戸でバイバイ!

そっからは何のデータもなく、ブラブラしながら電車で京都へ。

何だか京都の街並みが不思議に感じ、あてもなく最終は円山公園で野宿。
あんま寝れず早朝薄暗い街をまたブラブラと。
歩き周りでかなりの歩行。
今度は京都のインターチェンジでヒッチハイク再アタック!
「やっぱ東京一気に行きたいな」と欲張って画用紙に目一杯書いて掲げるも、一向に車の止まる気配無し。
中にはご丁寧に頭を申し訳なさそうに下げて通りすぎる車も。

そして何時の間にやら陽も落ち、ますます捕まえにくい状況に。
「マズイ…」

近くにコンビニが有ったので、止まる車に再アタック開始。
何度かのお断りの後、ついに横浜ナンバーのトラックからオッケーと。

「飯食べてないだろ?」と、自分の為に買った弁当を、なぜか差し出してくれるトラッカー。

道程でなんで乗せてくれたのか尋ねると、「一人で夜中乗ってても眠くなるからな」と。

今度は荷物無く、帰りの便だったらしくで明らかにトラックが軽い。

またまた馬鹿馬鹿しくも為になる会話で夜通しの盛り上がり。

途中、浜名湖のサービスエリアだったかな?あまりのデカイ駐車場で完全迷子。
結局トラッカーからの救援で救われるも、トラックのカラーリングは覚えておかんといかんなと反省。

そしてまた数々の会話と、「ジャニーズのオーディションとか受かったりもしたんだよ」とか、それに関する話しも有ったりで面白い。

今度も早朝、横浜のちょい手前でバイバイ!

結局横浜まで二回のヒッチハイクで到着。
経験した事の無い、初ヒッチハイク。
総じて優しさを感じ、一人でのあての無い旅の自分との会話を感じ、また経験を得たのか得て無いのか?

その後は横浜、東京歩きまくり。
人の多さとパワーに圧倒されまくり。

まだまだ東京には距離と未知数を感じていた20歳。
経験値で最終的に様々な距離感が、自身の中の時間軸のズレによる違和感を感じさせ、現在の距離感はいかに?

この頃のヒッチハイク者はごく少数。
その何年か後のTVの企画でトレンドとなり、路上にヒッチャーが増加。

そして現在の俺は、「さすがに若くないとヒッチハイクは出来んかな?」
「こればっかりは国民性出るわな。」と。


そして昨日に引き続きの発言!

皆様行動するのだ!

動くのだ!

転がるのだ!

あんま考えない行動も有るのだ!

そうすれば何か見えるのだ!

見えるかもなのだ!

見える物を増やすのだ!

動けばいいのだ!

そうすれば見えるものが増えるのだ。

見えるものが増えれば経験値も増す。


しかし!ヒッチハイクは進めませんかな...。

TROUBLE TRAVELER

玄関の造作の為に玄関がこの様な感じで、何処の現場?

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丸ノコ&カットされる運命のベニア。


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ベンチ&床廃材。

これが壁に。


今日は少し昔話でも。

25歳位の頃は、我が身の完全自由化も有り、心の完全解放時代。
バイト何て掛け持ちで、3つ4つは当たり前&寝ないの当たり前、

突然福岡から消えるの当たり前。
行きたい所には時間掛けてでも行くし、懐寂しくなりだせばウチに帰って来るといった、

考えの全く無かったで有ろうな日々。
そんな生活送ってれば、人生にもちろん目標も無く、

今考えてみたら「きっかけ」を探していたのだろうなの時代。

前も表ブログには書いたかな?GUITAR WOLFに出会ったのも、

初めてタイに行ったのもこの頃。

しかしそん時は単純にLIVEは観るのもplayするのも好きだったので、

前のめりに体感型。
下北シェルターで体感した初GUITAR WOLFには感動!

そこがビリーさんと話しをする様になったきっかけ。
「そして一生海外なんて行かねえ。英語なんてさっぱり分からんし」

って思ってたのも相変わらずだったと頃に、

バックパッカー時代のブラザーがロンドンからトランジットを利用してタイに寄るって時に、

なぜかの周りの後押しも有り、思いもよらぬ初渡航。
何で一人で、しかもドンムアン空港(以前の空港)で、

海外携帯も無い時代にブラザーと待ち合わせなんかしたのか未だなぞ。

それがきっかけとなり、バンコクへの渡航も13回、友達&顔見知り沢山、歩くの余裕。

そしてその時の渡航のおかげで、何となく人生の目標が出来たのも事実。
そしてビジネスにも絡んだ事が有るのも事実。
人間分からないもんです。

そんなタイへ初渡航の前は相変わらずムチャなバイト生活。
寝ないで夜中、得意のポスティングのビラまきバイトを永遠やるので、

やっぱり朝になっちまったって時に、突然おばあちゃんからのバイトの勧誘。
「このチラシのバイトやらない?」と。

渡航前ギリギリの即金バイトは正直嬉しい。
もちろん即決。
三日間ほぼ寝る事無く任務遂行し、

まとまった金額を受け取り18きっぷで一路関西国際空港へと向かったのでした。
このおかげでかなり助かった。

結局待ってても何も始まらないし、動いていたら何かやってくるのが現実。
偶然であれ、何であれ。

何の事でも「何か準備しないと」とかってのは、自分に対する言い訳だったりでしかない、

都合の良いセリフだったり。

行きたければ行きたい所に行くし、やりたい事なんて頭で考えるよりも、

何かしらやってたら増えて来るものだし、そんな事ばっかり人間考えてりゃ良いと思うし、

やってれば良いと思うし。

「この人とは話しがしてみたい!」とか有ったら、

誰で有ろうと臆することなく話しかけてみたらいいだけだと思うし。
誰でも人間でしかない訳だし。
興味が有れば吸収するのも良いし。


ちっさい子なんてハンパじゃない位の好奇心と、

自己の存在意義の為に日々奮闘中なのに、負けとる訳にはいかない訳だし。

何か昔話ズレて来とるし…。

その時代の数々の考えが有ったのか、

無かったのかの一連の行動は糧でしかないと考えればプラスになるし、

ただの経験で有れば何も残る事のない通過点でしかないし、人それぞれだと思うし。


その頃は時間もふんだんに有る様な気がしていたので、

ムチャなバイトシフトで寝る等のインターバルは考えずに組みまくり。
自分が組んだ事なんで、キツかろうが眠たかろうが、

何が有ろうが自分でしかないわけで、それを他人のせいにする自分もいない訳で、

やっぱり二週間位働きまくれば残りの二週間位色々な所に点々と行ってみたりで、

簡単に言えば前半で1ヶ月分以上の収入は得ているので、後半は仕事なんかしなかったりで。 
そしてそんな自分の行動はバイト先の人々は理解してくれていたり。
要は全て自分だったりで。
誰が理解してくれないとかではなく、自分がその時々の自分が置かれている状況を理解し、

その時の最低限楽しむべく状況を自分で作れば良いわけで。

なのでその頃は行きたい所に行きながらも、

なぜか行った先にマイマザーがやって来たりで一人だったはずが合流したり、

飲み歩いたり、行き先を決める事もなく共に観光してみたり(放浪癖は血筋)。

その頃ルーツで有る地元広島の重要性を確信し、

やたらと現在での脳内広島傾倒に起因する事を知ったり。

結局全てのきっかけが散らばりまくっていたのも事実だし、今でもやたらとヒントやきっかけを見つけたり。

あれ?結局昔話は?

BROKEN GENERATION

一軒家は久々の出来事なので寒いですな。
実家の冬の寒さの意味が分かりました。

そんな我が家は玄関をリフォーム中の日々ですが、おかげ様で玄関前はワイルドに材木や、丸ノコ(電動ノコギリ)が転がっております。
どんなハウスや…。
しかし以前はマンション暮らしでしたので、もっぱら大工的作業場所はエントランスか十三番街商店のウッドデッキ。
主に十三番街の造作がメインでしたからね。

そんな前住居のお話しでも。
全フロア二世帯づつのなかなか良い住居だったのですが、我がフロアに限り対面のお部屋は入れ代わりと未入居の期間が他と比べても多い、なぜかの不思議フロア。

そんでその不思議フロアの対面部屋の住人が、一時期顔見知りだった子が入居して来まして、そんで一年位で退去してまして、そしてその後に入って来た住人がいらっしゃいまして、そしてその住人は一年位居たはずですが、一度もその住人とは会った事は有りません。

が、しかし、一度実は「引っ越して来まして」の住人とは挨拶を交わした事が有ります。
その住人は50代の男性と女の子。
ある日のフロアエントランスの出来事でした。

が、我がパートナーにその事を伝えたところ、「そんな人では無かったよ」と。
そしてどちらかと言うと、住人は30代後半の男性のみだと。
「…?」な私。

そしてしばらくして十三番街商店に、顔見知りだった前住人が偶然やって参りましての以下会話。

私「何で突然引っ越したの?」

前住人「実は、霊感のある方が来たんですよね。それでこの部屋は50代男性と女の子の霊が居るので引っ越した方が良いって言われたんですよね。危ないみたいで。」と。

私「…。」

以下自問自答。
「俺それ会った事有るんやねーか?」
「しかも挨拶した事をパートナーから否定された事もねーか?」
「どういう事だ?そういう事か?」
「マジか…」

しかし未だ真相は謎。
そしてその後の住人は、一年位新婚さんが住んで居たのですが、これまた一回しか会った事がない。
生活時間が違うからではとはいえ、考えられない現象。

先ずは50代男性と女の子との交わした挨拶は、一体なんだったんでしょう?
その後はやはり会う事もなく、未だのなぞ。
何か不思議なフロアで、どちらかと言うとファミリー向けの3LDK。
普通は入居後は、あまり移動がないのがその間取りの常識的な所。
あのフロアだけ怪現象的に起こり過ぎ。

何だよ一体…。
アレ何だったんだよ…?

SEARCH&DESTROY

破壊と創造日誌。
たまには画像と共に、玄関内壁面編

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どうですか?
元々がこれですよ。
全て剥き出し&隙間風ピュウですよ。
よく前の住人住んでたな。
しかもここまでやるなら最後までやれよってです。
しかも壁はなんの処理もしてないので、ただのベニアと何かよく分からない造作物。
そう言えば下駄箱のつもり的棚が有りましたが、即破壊。

これを少し引きで見てみますと、


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左側に元十三番街商店床材の白い板を貼りましたので、塗ればこっちはマシな装い。

そして上空隅を這っている角材は、



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天井を貼るためにセットした、本日午前中の産物。
天井はさすがに初めて組みますな。

そして玄関入ってすぐは破壊してやった壁。
トマソンにムカツキ撤去。
ここにも壁を造作致しまず。

こう見るだけでも普通イヤでしょ?
途方に暮れるでしょ?
元々大工だった事も無く、全ては想像で、「こんな具合に作るのではないかいな?」でしかなく、見て一度一歩引きながら頭で考えての構築。
廃材が主な材料なので、余計に頭を悩ませながらが難点…。

しかし玄関の先が見えて来た!
正直若干困り所だったんですよね。
これ終わったら玄関ドアを改造してやりたいのですが、それは順番的に後回し。
そしてウチには呼び鈴もポストも無い!
呼び鈴代わりにベルでもブラ下げて、ポストは作ろうかなと思案中。
原始的!

日々一歩が遅く前進中。
資材やら廃材余ってるよ!って人いらっしゃいましたら、強力募集中ですのでお分け下さい!

もっと早く腕を上げたいですな。