サイレント映画「出来ごころ」(活弁付き)
1933年 松竹キネマ 100分
昭和8年第10回キネマ旬報第一位
<監督>
小津安二郎
<キャスト>
坂本武、
伏見信子、
大日方傳(映画伊豆の踊子の一番古い作品では、主演をしています。相手は田中絹代)、
突貫小僧、
飯田蝶子、
谷麗光、
加藤清一、
笠智衆(ノンクレジット)
<弁士>
松田春翠
<内容:ネタバレ注意>
日雇い労働者の喜八(坂本武)は、相棒の次郎(大日方傳)の助けを借りて息子の富夫(突貫小僧)を育てている。
喜八は若い娘・春江(伏見信子)に熱を上げるが、春江は次郎に気がある。しかし次郎のほうは冷たく彼女を拒む。
喜八は彼女に思いを寄せれば寄せるほど酒に溺れ、息子と激しいケンカをする。
だが、喜八は考え直して春江と次郎の応援をする。
富夫が病気になり金を工面するため、次郎は北海道へ働きに行こうとしてその際に春江に愛の告白をする。
喜八は行かせまいとして富夫を一膳飯屋のおとめ(飯田蝶子)に預けて、急いで船に乗って出発するが途中で息子が恋しくなり、川に飛び降りるのだった。
(ウィッキペディア)
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数か月前に鑑賞した作品。
なかなか記事にできなくてやっとです。
これまた素晴らしい作品に出会えました。
以前ブログでも紹介した、松田春翠さんが弁士ときては、面白いこと間違いなしです。
この作品以降、「小津監督作品「東京の宿」でも坂本武さんが喜八という役名で主人公を演じています。
若いころは全く興味がなかった小津作品ですが、ブログを始めてからサイレント時代の作品もふくめ観ておりますと、本当に日本的という言葉が似合う作品が多いですね。
小市民映画の名手と、うたわれていたのもうなずけます。
今作品、鑑賞後にこれはリアル落語の世界、そして浪花節の世界が散りばめられていると感じたのであります。
当然ながら、弁士「松田春翠」氏の語りによるところも大きいですが、とにかく面白かった。
以前アップした小津作品の映画「生まれてはみたけれど」
に比べると、小市民の生活からさらにモダンな生活とは縁がない労働階級、そして喜八を筆頭に、近代的教養とは縁がない人物を中心に描かれているところが少々異なっていました。
ただしこちらの作品、八っつぁん熊さんではないですが、江戸っ子の下町気分を感じさせてくれ、そしてこの主人公喜八のキャラで思い浮かんだのが、あのフーテンの寅さん。
ベランメイ調でもあり浪花節を唸る、また好きな女性の前ではシャイになってしまうところなんぞ寅さんに喜八がそっくりなのです。
いやいや、こちらの作品のほうが古いですから、もしかしたら「男はつらいよ」の主人公フーテンの寅さんは、この喜八をモデルにしたのではないかと思った次第であります。
また監督の撮影ですが、移動しながら撮影する、いわゆるトラッキングショットが少なくなっており、激しい動きなども少なくどちらかというとゆっくりとした動き。このあたりから、小津作品の特徴であるカメラワークが築き上げられてきたのかもしれませんね。
時代を感じるセリフのなかには、「蟹工船」というワードが出てきます。あの小林多喜二の小説で有名な蟹工船です。
今の時代若者達は、蟹工船と聞いて何を感じるのでしょうかね?
病院代が払えない、ではいい仕事があるんだけれど・・それが北海道で人夫として働く所。
それだけは駄目だ。
稼ぎはいいかもしれないが、二度と戻れないぞというような語り。
過酷な重労働、一度踏み入れたら生きては帰れぬ蟹工船でしょうか。
ということで、小市民を描いた作品の中に、このような社会派のリアリズムも見え隠れしている物語なのでもあります。
さて物語ですが、もう少し詳しくお伝えしましょう。
ネタバレ注意!
冒頭で東京下町のいかにも汚い寄席で、浪曲「紺谷高尾」が公演されております。
大勢の客のなかに男の子を連れて浪曲に手振り交じりで聴き惚れている男が、この物語の主人公喜八(坂本武)。
その小学生の息子の富夫(突貫小僧)にとって浪曲は、退屈で子守歌にしか聴こえないのでしょう。せっかく寄席に来ているにも関わらず寝ている始末。
木戸銭を払っているのだから、こんなもったいない事はなし。何度も起こそうとする喜八。しかし相手は手ごわい、この眠気にはかなわないのでした。
口演が終わり、寄席を出ようとします。するとその入口の付近に、なにやら荷物をもって立っている若い女性がいます。
その女性を見つけた喜八。その可愛いらしさにいてもたってもいられなく、声をかける喜八でした。
しかし、その女性はもじもじするばかり。喜八は周りの者から注意されて、後ろ髪をひかれながらその場を離れます。
喜八と相棒の次郎はいつもの一膳飯屋へ向かいます。
いつものように、女将のおとめと冗談話をしながら時間を過ごします。
帰ろうと店をでると、さきほどの若い娘が同じ場所にまだ立っていました。
その姿を見るや否や、周りの者がとめるのを振り切って喜八は再び声をかけました。どの様な事情があってずっと立っているのだと・・・。
彼女は春江といい、千住の製糸工場で働いていたのですが、何の事情かわかりませんが馘首、いわゆる解雇されてしまったのでした。
それを聞いた喜八は放っておけません。
もう一度先ほどの飯屋を訪れ、おとめになんとか彼女を世話してくれないかと頼みます。
急な願いに困惑するおとめでしたが、やはり困っている人を放ってはおけません。とりあえず一夜の宿だけなら、というので承諾するのでした。
翌朝、喜八や次郎はいつものように近所のビール工場へ出勤し、富夫は小学校へ。
喜八と次郎が飯屋へよると、春江はなんと店の手伝いをしていました。おとめは一晩だけと思っていたのですが、どうやら彼女の事がすっかり気に入ってしまったようです。
仕事が終わった喜八はめかしこんで、いつものようにおとめの店へいくのでした。ただし、今回ばかりはお目当ては春江です。
しかしあぁ無情、喜八のそんな気持を全く知らない春江は、喜八の相棒クールな雰囲気の次郎に想いを寄せているのでした。
ある時、春江は富夫と一緒に次郎の部屋に行き、部屋の片付けまで始めます。そんななか、次郎が帰ってきました。余計な世話をしようとしている春江に対して、次郎はひどく冷淡な態度をみせます。
それは、相棒の喜八が春江に惚れていることを知っているからでした。
少し日が経ったある時、おとめが
「春江の事で話がある」
といって喜八の部屋にやってきます。自分と春江の縁談話だと勘違いして喜ぶ喜八ですが、おとめが春江の相手と考えていたのは次郎のほうでした。なんとか次郎を説得して春江との縁談をまとめてほしいと頼まれ、もうそれはそれは落ち込んでしまう喜八でした。
このことがきっかけとなって、喜八は工場へ行かなくなり、そのせいで息子の富夫まで同級生から虐められます。
何で仕事に行かないんだと責める富夫。
親になんて言う口をきくんだと怒る喜八。
派手な親子喧嘩をする喜八と富夫。
その後すぐに仲直りしますが、やがて喜八が奮発した小遣いを与えたせいで富夫が腹いっぱいの買い食いをしてしまいます。
どうもその後に腹痛を起こすのですが、
喜八はそんなもんは酒でも飲ませておけば消毒してくれるだろうと、
嫌がる富夫に酒を飲ます。今の時代じゃ、いえいえその時代でもそのような行為はコンプライアンス違反でしょうけれどw
しかし腹痛は治りません。
次郎からの助言もあり、医者に診せるとどうも急性腸カタルになってしまったようです。
そして入院する富夫。
瀕死の富夫に向かって
「人間の指はなんで五本あるか知っているかい?」
「四本だったらみな、手袋の指が一本余っちゃうじゃないか」
と富夫の手を取り涙しながら指を数える、感動的な場面。
でもそのセリフは、前に富夫から教わったでたらめな教え。
それをそのまま信じてしまう喜八の滑稽さが出ていた場面でもありました。
またそのような親子のセリフでは次のようなセリフもありました。
富夫が聞きます
「海の水はなぜ塩辛いか知っている?」
「それは鮭がいるから塩辛いんだよ」
それに応える喜八
「なるほど、よくできていやがる」
など・・w
さてさて、お金がない喜八たちは、その病院代が必要となって次郎が顔見知りの床屋からお金を借ります。
おかげで富坊は元気になりました。
しかし借金を返すために、今の仕事ではまったく足りません。そこで次郎は北海道へ人夫として出稼ぎに行くことを決めました。
その仕事こそ、前述した蟹工船の重労働なのでした。
しかし、喜八は自分の息子の事で他人の次郎を犠牲にはできないと、彼を殴って急遽自分が北海道へ向かう船に乗り込むのでした。
船に乗った喜八でしたが、千葉あたりを過ぎようとしたところで、富夫や皆の顔が浮かび、里心が出てきてしまいました。
そしてなんと彼がとった行動は・・・・・・・
いきなり海に飛び込み、笑顔をみせながら自宅を目指して泳ぐのでした。
この落ちには、びっくらポンでございました。
毎度のことですが、弁士の力量によることろが大きいですが、面白い作品でした。
5点満点中4.0
(活弁なし)