花に雨を、君に歌を | 北水ボート部のブログ

北水ボート部のブログ

広大に広がる函館の海を練習場とし、時には函館山をダッシュで登りそして時には一心不乱にエルゴを回す。
環境なんかに翻弄されず、ただひたすら「日本一」に憧れ、情熱を注ぎ込むバカで熱い奴らのブログ。
最高の仲間と勝利の喜びを味わうために。

お久しぶりです、4年目マネージャーの地崎です。

 

引退ブログを投稿しようと思ってから色々あり、5ヶ月ほど経ってしまいました。もう雪も降りましたが、元気に自転車漕いでます。

今年は何回スリップするのでしょうか…。

 

せっかくですし、この半年間にあったことも含めて書いてしまおうと。長い自分語りになりますが、ラストに免じてお許しいただけると幸いです。ちなみに、半分くらい趣味の将棋の話です。

 

-----

 

最近、バイト先の生徒さんと「ハイキュー!!」の話をする機会があった。櫻田が好きだったなあ…とか思いながら漫画を読み返すと、ある1文が目に止まった。

 

「強くなれば絶っっっ対に目の前にはもっと強い誰かが現れるから」

 

良い言葉だし、その通りだと思う。

でも才能がない凡人にとってはキツい言葉じゃないだろうか。

僕は主人公と子供以外には言えない。

 

大学の部活だと、「目の前の誰か」が同期であったり先輩であったり。

そこを抜けても他大であったり。

 

高校・大学で新たな競技に取り組むとき、「自分に向いている」かで決めるとする。

でも成長が頭打ちになるのは意外と早くて、小学校・中学校から取り組む人間には叶わない。

 

そして、どれだけ頑張っても上がいる。

後輩には抜かされ、他大には負け、自分は現状維持で精一杯。

 

自分もその例に漏れず、綺麗事だけで駆け抜けられる4年間ではなかった。

 

 

大学の4年間で頑張ったことは?と聞かれれば「ボートと将棋」と答えるが、

大学の4年間での心残りは?と聞かれても「ボートと将棋」と答える。

 

 

もっと勝ちたかった。

 

-----

 

「勝ちへの執念」

このマインドが大好きだ。

どんなに道が細くても諦めないスタイル。

 

ハイキュー!!だと戸美学園が好きだし、騎手だと岩田康誠と和田竜二が好きだ。

 

正々堂々、フェアプレー。それは恵まれた人間と強者がやること。

力が足りないのなら、邪道だろうがなんだろうが、ルールの範囲内で勝てば良い。できることは全部やって、足掻けば良い。

 

勝たなければ、何も残らない。

 

何着でゴールしたか、

勝ちか負けか。

 

どれだけ頑張っても、他人には結果しか伝わらないのだから。

 

ボートで言うと、下手でも速ければ良いと思う。「上手かったら勝ち」ではなく、「速かったら勝ち」の競技。

 

フィジカルやテクニックの向上は速くなるための手段であって、それ自体は目標ではない。

 

エルゴも回らない、技術はそこそこ、でもクルーに入ればまとまるし速くなる、そんな漕手を評価できるCOXになりたかった。

チームを1つ上の着順に持っていく、それが3位→2位でも4位→3位でも、少しでも順位をあげられるCOXになりたかった。

 

コールが下手でもラダーが下手でも、クルーの最速を引き出せるならそれで良い。

 

「1つでも上の着順を」

「できることはすべてやる」

 

速さへの執念と着順への執念がないCOXは、55kgのデッドウェイトとさえ思ってしまう。

 

戸田で揉まれ、同期と競い、冬練を乗り越えた漕手を潰すことも活かすこともできるポジション、最高じゃないか。

 

だから過激派って言われるんだろうな。

 

COXはパフォーマーとしての要素も持っている。

 

55kgに調整する減量/増量も、エルゴの声かけも、

「俺もがんばるからな」「お前のことを見てるぞ」「漕いでなくても一緒に戦ってるぞ」と漕手に感じてもらえるか。

 

 

陰で努力するのはかっこいいが、日向で努力を見せるのも大切なんだろうなと思いながらやってきた。

 

 

すべては、クルーが勝つために。

戦力は劣るかもしれないけれど、本番で100%,120%を出すために。

 

ミスオール、調整不足、8割出来の大学を喰うために。めったにないけれど、準備をしなければチャンスは掴めない。

 

細い勝ち筋を手繰り寄せるのは水上から陸上まで、冬練も含めた日頃の行いの積み重ね。

 

COXの仕事は、発艇台につけた時点でほとんど終わってるのだから。

 

 

1/1,000,000でも夢が叶うなら、僕は何度でも何度でも闘い続けていくから ってマイファスも言ってた。

 

-----

 

この勝負根性は、将棋の影響かもしれない。

泥水を啜って、歯を食い縛りながら細い勝ち筋を探し続ける将棋が好きだ。

 

高校から始めて、三段くらいまでは来た。でも成長速度は急激に落ちたから、才能の限界なのだろう。

 

だからこそ、格下には負けたくないし、格上にも一発を喰らわせたい。自分もまだ戦える、勝てると信じていたい。

 

相手が嫌がる手、読み筋に無さそうな手、ミスを誘う手が好きだ。負けそうな局面でも、できる限りの爆弾を仕込む。体力もメンタルも削る終盤を指したい。

 

ソフトの最善手じゃないと評価はされないけれど。

自分が弱いから、なおさら指し手が評価されない。悔しいなあ。

 

ただ相手は人間で、大小にかかわらずミスをする。そこを拾えるかどうか、そのミスを増やせるかどうかで勝敗が変わると信じてる。

 

そのときのために、手段は尽くしたい。

 

 

 

そこまでしてでも、勝ちたかった。

 

 

2年前、秋の団体戦。

優勝を賭けた一番で自分は負け、北大も負けた。北大が道予選で散るのは、十数年ぶりのことだった。

 

「北大で一番当たりが弱くて助かった」と陰で言われた。

 

5年間、自分に向いていると思ってやってきた競技だったから、相当堪えた。その日から、将棋の大会は出ていないし、部内予選も指していない。

 

-------

 

将棋を頑張ってきたからこそ勝負に執着するCOXになれたのだと思うが、それは綺麗事。

 

本音を言えばあのとき勝って笑いたかった。自分の指し手が評価されない悔しさも、才能の限界も、すべて盤上でひっくり返して笑いたかった。

 

 

ボートだってそこは変わらない。

1着でゴールして笑いたかった。

 

でも、コロナが全てを終わらせた。

一番出たかった、一番勝ちたかった大会が消えたのだから。

 

此処に咲いて | 北水ボート部のブログ (ameblo.jp)

↑詳しく書いてます

 

踏んだり蹴ったりとはこのことで、3年の冬には同期も消えた。

 

 

将棋とボート、どっちも心残りになると思っていた。

 

今年の新人戦8+を観るまでは。

 

-----

 

後輩が、

2年前と去年のお2人の思いを背負って心広のCOXシートに座るんだ、仇を私がとるぞという気持ちでいます

とレース前に言ってくれた。

 

2日目以降はyoutubeで配信されていたので食い入るように観戦した。

 

その言葉通り北大の8+がSemi-finalまで進んだ姿を見て、少しだけ、2年前の夢が叶った。

 

頑張る姿に励まされたし、勇気を貰った。COXにしかわからない苦悩もあったんじゃないかな。自分も動かなきゃいけない気がした。

 

その日、秋の団体戦に出ようと決めた。

 

-----

 

将棋部の同期が「最後は同期揃って引退したい」と言ってくれた。同期が辞めて円満に引退できない虚しさは、櫻田で味わったから良くわかる。

 

優勝する瞬間に立ち会って心残りを無くしたい、その思いで部内予選を勝ち上がった。

 

同期全員がメンバー入りして臨んだ団体戦。

自分より強い部員がたくさんいたけれど、6戦のうちの2戦、出してもらえた。

 

 

時間攻め、読み筋に無さそうな仕掛け、ミスが産まれやすい漠然とした局面への誘導。らしい将棋で快勝。

 

チームは同期と後輩が、たくさん勝ってくれて優勝できた。あの空気感は当分忘れないだろう。

 

最後に笑えて、本当に良かった。

 

↑優勝後の写真。良かった良かった。

 

----

 

ボートをやっていて良かったなと思う。優しく、頼れる先輩方や楽しい同期、優秀な後輩と同じ艇に乗る時間は本当に楽しかった。

 

艇から降りても、マネージャーが待っていてくれる。

去年の国体予選、米倉さんが待っていてくれたのは嬉しかった。

今村さん、大会たくさん観に来てくれてありがとうございました。いつも元気貰ってます笑笑

 

今回のように、後輩や同期の活躍が自分を後押ししてくれたりもする。

 

COXをやっていて良かったなと思う。奥田・船山といった優秀な同期と競った時間は楽しかった。

長坂には水産でお世話になりっぱなしだったけれど………

 

最後の最後、納谷に最高のコールを貰った。

 

 

辛いことも多かったけれど、トータルで見るととても充実した4年間でした。

 

皆さん、応援ありがとうございました。三科もおつかれさまでした。

 

 

 

最後に好きな歌を紹介して終わります。

 

 

 

飾らない歌詞が好きなので、紹介しちゃいます。最後だし。

 

 

残酷な運命と 裏腹に季節は過ぎて

立ち上がれない僕は ただ太陽を睨むしかなかった

積み上げてきた全てが 否定されたように思えて

尖った言葉だけ 浮かんでは飲み込んでた

 

カーテンを揺らした風が 運んだ光の粒に

誘われ見上げた 白い線が初夏の空を割った

春が青かったのなら 夏はどんな色だろう

曇った心さえ 塗りつぶしてくれないかな

 

誰も救ってくれないよな それでも

 

選べない運命が 手足を縛ったって

明日くらいなら 変えられないか?

意味なんてなくたって 光が見えなくて 

どうしようもなくたって せめて僕は笑いたい

 

昨日まで頑張ってたキミが

いつの間にか後悔ばっかされて

かわいそうに思えて

キミも今日の僕だったはずなのに

悔やむのなんて 死んだ後で良いんじゃないかな

 

誰も救ってくれないけど それなら

 

選べない運命さ 無力な僕だって

今日の行き先は 変えられたんだ

どうせ同じだって 抗えなくたって

少しだけでいい せめて僕は笑いたい

 

消さないで 捨てないで 思い出して その火を

消さないで 捨てないで 思い出して その火を あの日を

進めなくて 戻れなくて 何一つ変えられなくて

それならいっそ変わればいいや

失くさないで 閉ざさないで 絶やさないで 背けないで

その炎をもう一度

 

灯せるのは 無力な僕なんだ

他の誰だって 出来やしないんだ 託されたんなら 

叶えてやんないか 救ってやんないか せめて僕の願いは

 

 

誰も救ってくれないとき、あったなあって。

色々ありましたもの、どうしたって共感してしまいます。

4年間、短かったかもなあ。

 

 

駄文でしたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。