旅の前に起きた予想外の口論【#96】37歳で留学 | 日韓年の差夫婦☆バイリンガル☆脱ステ

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元ホステス、その後ハワイへ。同じ大学だった、12歳年の違う韓国人旦那と結婚。子供をおうちでバイリンガルにすることを成功しました。『相手の好きに触れる』このテクニックがホステスも育児も同じだな~と思う今日この頃。独自の育児法や家庭学習のことなどを綴ったブログ


夜の世界に見切りを付けて

ハワイに留学するまでのお話を

書いています!

 

ホステスを20年間してきた私が

 37歳の時にすべてを手放し

ハワイに留学したお話 です

 ★気軽にコメントくださいね指差し


初めから読んでみたいという方はコチラ下矢印



直樹と別れてから

私はずっと答えの出ない問いを

抱えていた。


好きとは何か。
人を愛するとは何か。


私は何を大切にし

どこへ向かいたいのか。



たくみ君とのアメリカの旅は

その答えのヒントを

見つけられる場所になるかもしれない。



 それに、たくみ君が私に

恋をしていることはわかっていたけれど


彼は『友達』という一線を

絶対に越えてこない人だと

確信していたから....



 だから私は

彼と一緒に旅に出ることにした。





たくみくんは、以前BSテレビで
アメリカのルート66の特集を見て
私と出会う前から、1人旅
の計画を立てていた


約4000kmもの距離を
3週間で走る旅  アメリカ 車ダッシュ 


たくみ君に誘われるまで
私は、ルート66の存在を
知らなかったので調べてみた。


Historic Route 66 アメリカ


アメリカのルート66は

1926年に正式に開通した歴史ある国道で

シカゴのイリノイ州から

カルフォルニアまでを結んでいる。


1930年代の大恐慌時には

多くの人々が仕事や新しい生活を求めて

西へ移動する際に利用。


第二次世界大戦後には

自動車旅行ブームの象徴となり

沿線にはモーテルやガソリンスタンド

ダイナーなどが数多く発展。



しかし、1950年代以降に州間高速道路

(Interstate Highway)が整備されると

交通量が減少し


1985年に国道としての指定は

解除され、かつて栄えていた店も閉店。


それらの廃屋や以前の姿を

とどめたままの建物が数件だけ

今もルート66沿いに点在していて

アメリカの歴史や文化を感じさせる。





たくみ君は、私が本当に
一緒に行くと言うとは
思っていなかったようで
ものすごく驚きながらも

信じられないくらいの
テンションで喜んでいたらしい
(後からたくみ君の仲間が教えてくれた)


そして、私に

自分の飛行機代だけ
出してほしいこと

そのほかの旅費はすべて
自分が持つつもりだと話してくれた。 


それを聞いた私は
あくまでも友達として
同行する旅だから

ホテル代くらいは
割り勘にしようと伝えたの。



 この時点で

たくみ君と私の間には
この旅に対する
かなりの温度差が
生まれてたんだよね



たくみ君にとっては
もともとは男の一人旅だった。

 お風呂に入れない日があっても
車中泊やキャンプをしながら
進むような、少しワイルドな
旅を想定していたよう。 


だけど、私が
同行することになったことで
たくみ君はそのプランを
大きく変え始めたの


安全を第一に考え
危険が伴いそうな
キャンプはすべてやめ

私たちが走るルート沿いにある
モーテルを探し始めてたりしていた。




安全面を考えて

プランを変更することには

私も納得していたの。


というのも、アメリカ人の

お客さんたちが口を揃えて


アメリカ人でさえ

銃なしでの車中泊や

キャンプはリスキーで

クレイジーだ!!


と言われたから。




でも、たくみ君がずっと

憧れていた旅だからこそ


彼が行きたい場所

見たい景色はちゃんと

大切にしてほしいと思ったし



安全のための変更はもちろん大丈夫。

でも、たくみ君が行きたかった

場所には行ってほしい。


私は何も特にリクエストもない。

同行できるだけでいい


と伝えたの。






一方の私はというと
それまでアメリカといえば
グアム、サイパン、ハワイにしか
行ったことがなかった。 

だから、アメリカ本土って
どんなところなんだろう
くらいの感覚しかなく

旅の準備も直前に
すればいいと思っていた。 


ただ、たくみ君について行く。
 そのくらいの気持ちだったの。



 それに私には、出発までに
やらなければならないことがあって。

私が3週間留守にする間
お店を開けてくれる女の子たちに

お会計の仕方
女の子のローテーション
売上管理の方法を
教えなければならないし

私は、出発の前日まではいつも通り
店に出るつもりでいたし。


だから、私は
いくら両替しておこう....

と、それくらいにしか
思ってなかったの。




たくみ君とのアメリカ行きが
決まったあとの、ある日曜日のこと。


たくみ君の仲間たち4人が

ディナーに出かけるということで

仲間の一人から電話があった。



その日は特に予定もなかったので

私も一緒に行くことにしたの。



電話をくれたヨシキ君が

迎えに来てくれて

彼らがいた中華料理屋で合流。



食事のあと、場所を変えて

お洒落なバーに

行こうということになった。




私はヨシキ君の車で来ていたので

その流れのまま、何の気なしに

ヨシキ君の車に乗り

バーへ向かったんだけど....



バーに入って、30分も経ってない頃

たくみ君とヨシキ君が
口論を始めた。



それは、今まで見たことがないほど
激しい口論へと発展していって....


もともと議論好きな
彼らだったこともあり

あれよあれよと他の二人も加わって
収拾がつかない状況になっていったの。




口論の発端は


たくみ君の
ヤキモチ


勘弁してよ...
(これがあの時の私の気持ち)