夜の世界に見切りを付けて
ハワイに留学するまでのお話を
書いています![]()
ホステスを20年間してきた私が
37歳の時にすべてを手放し
ハワイに留学したお話 です
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直樹と別れてから
私はずっと答えの出ない問いを
抱えていた。
好きとは何か。
人を愛するとは何か。
私は何を大切にし
どこへ向かいたいのか。
たくみ君とのアメリカの旅は
その答えのヒントを
見つけられる場所になるかもしれない。
それに、たくみ君が私に
恋をしていることはわかっていたけれど
彼は『友達』という一線を
絶対に越えてこない人だと
確信していたから....
だから私は
彼と一緒に旅に出ることにした。
たくみくんは、以前BSテレビで
アメリカのルート66は
1926年に正式に開通した歴史ある国道で
シカゴのイリノイ州から
カルフォルニアまでを結んでいる。
1930年代の大恐慌時には
多くの人々が仕事や新しい生活を求めて
西へ移動する際に利用。
第二次世界大戦後には
自動車旅行ブームの象徴となり
沿線にはモーテルやガソリンスタンド
ダイナーなどが数多く発展。
しかし、1950年代以降に州間高速道路
(Interstate Highway)が整備されると
交通量が減少し
1985年に国道としての指定は
解除され、かつて栄えていた店も閉店。
それらの廃屋や以前の姿を
とどめたままの建物が数件だけ
今もルート66沿いに点在していて
アメリカの歴史や文化を感じさせる。
安全面を考えて
プランを変更することには
私も納得していたの。
というのも、アメリカ人の
お客さんたちが口を揃えて
アメリカ人でさえ
銃なしでの車中泊や
キャンプはリスキーで
クレイジーだ!!
と言われたから。
でも、たくみ君がずっと
憧れていた旅だからこそ
彼が行きたい場所
見たい景色はちゃんと
大切にしてほしいと思ったし
安全のための変更はもちろん大丈夫。
でも、たくみ君が行きたかった
場所には行ってほしい。
私は何も特にリクエストもない。
同行できるだけでいい
と伝えたの。
たくみ君の仲間たち4人が
ディナーに出かけるということで
仲間の一人から電話があった。
その日は特に予定もなかったので
私も一緒に行くことにしたの。
電話をくれたヨシキ君が
迎えに来てくれて
彼らがいた中華料理屋で合流。
食事のあと、場所を変えて
お洒落なバーに
行こうということになった。
私はヨシキ君の車で来ていたので
その流れのまま、何の気なしに
ヨシキ君の車に乗り
バーへ向かったんだけど....


