公私の境目は他人からの見られ方にある。

興味本位かどうかで受け方が変わるのだ。

過剰に慰められたり、助けられればイヤになる。

いつも話題にのぼらなければ存在しないも同じ。しかし

中庸の位置にいることにも飽きるときがくる。

自分は正しいと信じていても時間は過ぎる。

信じすぎて変わらなければおいていかれることになる。

まわりを見返してこき下ろすような妄想を

少しでもしていたのなら大変だ。

自分がこき下ろされるなど夢にも思っていないハズだから。

疲労することによって充実感をおぼえる。

社会にはなにひとつ影響を及ぼさない。

自己完結のみの労働だ。だが

個々の内では同じレベルの充実がある。

やり遂げる者の内にある満足感のことだ。