4月ですね。
3月はいろいろな事がありました。
母が両眼白内障の手術をするということで、10日間程ひとりで実家に戻っていたり、
(その間、幼なじみ&学生時代の友人&ピグ友ももたすにも会えました☆)
親愛なる旦那ちゃんとの結婚記念日があったり、
もっともっと長生きしてほしかった父の法要があったり、
そして、東北地方太平洋沖地震も。
桜の咲くこの頃は本当に大好きな季節ですが、
いろんな想いが増えていくばかりです。
被災されました皆様には、
心よりお見舞い申し上げます。
自分が被災した訳ではないのに、心が渦巻き過ぎて、
何をどう綴ったらいいのかわからなくなっていました。
自分にできることを、とにかくずっと考えていました。
皆さんも同じ気持ちになっていたことだろうと思います。
あれから今日で25日目。
もうすぐ1ヶ月が経とうとしています。
被災地外では、除々に日々の暮らしに戻ろうとしています。
いろいろ考えてみましたが、
被災地の方々の気持ちになって考えるというのは、
とても容易なことではないということ。
分かろうと、分かち合おうとしても、
できる訳がないということ。
想像の世界だけでの理解では、
理解した気になっているだけだということ。
つまり、自分の無力さを思い知ったということ。
でも、
無力なりにも精一杯やれることをしたいと思う気持ちは、
それこそがとても大切で、
そしてそれを実行し、継続することが大事なんだろうと思います。
実行することも、容易ではないかもしれません。
人にはそれぞれの守らなければならない生活があり、
ひょっとしたら自分の中での重大な危機に直面しているかもしれないし。
重大な事柄かどうかはそれぞれに違って当たり前で、
だからこそ価値観というものが存在し、
価値観の相違があって当たり前 ということだと思う。
それは自分の中での物差しではかることであって、
皆が同じ方向に進むだけでは進化はいつか終わりを遂げるように、
いろんな考えがあるのは自然なんだろうと思う。
ただ、人ってなぜか、
最良の状況・最悪の状況の両極端と比較しがちだと思うんだけど、
それは無理に比べなくてもいいんじゃないかと思うんだ。
周りが最良な時に自分も最良でいる必要がないように、
最悪な時に皆が最悪でいなければいけない必要はなくて、
そこは、それこそそれぞれの物差しで判断すればいいと思うのです。
まずは自分にできることから。
穏やかな日々の生活を必死で守る。
大切な人を本気で大切にする。
そんな当たり前のことが、1番大事だったりするのかも。
長くなりましたが、
また機会があったら、私自身のできること・原発問題についても綴ってみたいと思っています。
ではまた。お元気で!!