今日は、私の大切な人の誕生日。
まだ生きていてくれたのなら、一緒にお祝いしただろう。
生と死について考える日々は、もうずっと続いている。
こうして文字に残すことはまずないが、
今日は残しておきたいと思った。
自分の心も、少しは落ち着いてきたということだろうか。
死は、決して悲しいことではないと言う。
生まれたときから死ぬことは決まっていて、
死なない人は絶対にいない。
死は生の一部なのだ。
(余談)↑先日、映画館でのトークショーでトモロヲ監督が同じこと言ってて
嬉しかったし、泣けた。
自分が死に逝く時、
自分の人生は満足のいく人生だった と思えればそんな幸せなことはない。
たとえそれが傍から見れば幸せそうには見えなかったとしてもだ。
人生の価値は自分が決めるものだからいいのである。
そんな幸せな人生を送れたとしたら、葬儀はやっぱり楽しいものになるのかな。
死は生の一部、悲しいことじゃないと思っていても、
自分の死に対してはそう思えたとしても、人の死に対してはまだまだそうは思えない。
仕事柄、人の死には数多く直面してきたと思うが、
悲しいという感情が伴わない死なんてひとつもなかった。
でも、大切な人の死というのは、
悲しいという言葉ではとても片づけられるものではなく。
ものすごく深いものだった。
深い深い。
深過ぎる闇。
闇の中では答えはみつからない。
でもたぶん、答えなんてなくて、ずっとずっと探し続けていくのだろう。
忘れてしまうことがないように。
「死んだあの人も喜ぶよ」
「あの人もあの世でそう思っているよ」
という言葉をよく耳にするが、誰から聞いたからわかるの?って、
可愛くないことを思ってしまう。笑
そんなことはこちら側の自己満足でしかなく、
いいように解釈するなと思ってしまう。
(余談)↑爆笑問題の太田さんも同じこと言ってた。笑
死人に口なし。
だから生きてるうちにいっぱい話して、大切にするんだ。
みんなを、大切にするんだ。
時には失敗することもあるけど、苦笑 それもまた勉強だ。
生きてるうちにしかできないことがたくさんある。
というか、
死んだら何もできない。
本当に大切な人は、
命を賭けてでも守る。
http://www.pizzaofdeath.com/staff/column/vol.71.html
↑先月読んだ KENさんのコラム。
自分の体験とリンクして、涙が枯れるかと思うほど泣いた。
よかったら読んでみてください。
重い内容だからココに貼るのはどうしようかと迷っていたけど、
今日この日に。
読んでからずっと忘れられないこの想いを、
忘れないように。