今季もホークスは強かった。
若手・中堅・ベテランそれぞれに活躍する人がいて、バランスが大変宜しい。
特には、1番正木の成長が羨ましかった。あんな1番バッターがいたら強いね。
阪神に行ってHR30何本か打ってた頃の(1番)真弓を思い出した。。
真弓、、あのままライオンズに残っていて欲しかったなあ、、今更ながら。
福岡の人々はホークスが優勝して喜んでいるみたい。まあ当然か。
そういうことが普通に福岡県民の自然の動きといえる時代となってしまった、 ということか。
嬉しくも何ともない俺いらとしては、むしろ、県民のそういうとこがなんか、腹立たしい。
西鉄が球団を持つことが苦しくなり、太平洋クラブが親となる時、1973年か?福岡の行政は
「平和台球場は使えませんよ」と、新しい福岡のライオンズを冷たく突き放す態度をとった。
福岡にライオンズという球団が引き続きいて、しかも、監督はあの「神様仏様稲尾様」なのに。だよ。
先日手元に来たDVD映画「鉄腕投手稲尾物語」を久々に観賞して、稲尾の活躍に沸いていた福岡の街を
思い出すに、【よく、あの稲尾が監督をしているチームにそんなこと言えたもんだ】と、
当時の腹立たしさを思い出してしまった。
クラウンライターとなったライオンズがとうとう福岡では立ちいかなくなって、所沢に去ったのは、
弱くなったチームを全然応援しなくなった県民と冷たかった行政の責任も大きいと思っている。
そんな福岡に、10年ぐらい経って、なんと、大阪から、事もあろうか、同じ様に立ちいかなくなった
「南海(ダイエー)ホークス」が来た。南海電鉄も苦しかったという事だが、、南海って、パリーグの
看板試合だった「西鉄・南海」の敵チーム。 一番来てほしくなかった球団だったはず。
もし、大阪から阪神が去ってどこかに行って、東京から巨人が来たら、大阪の人、巨人を応援出来ます?
予想通り、あの頃の福岡県民はhomeとなったホークスよりも、まだ西武となった所沢のライオンズを応援していた。
しかし、時は流れ、
ドーム球場となったり、有名な人が監督になったり、特に
アメリカの大統領とも話すレベルの孫さんがオーナーであるソフトバンクが親となり、
金の力で同じパリーグの他球団の主力選手を何人も入団させたり、云々で強くなり、
今や福岡の県民の殆どが「我らの福岡ソフトバンクホークス!」と言って優勝を喜んでいる。。
元々は、「我らの」チームは西鉄ライオンズだったのに、弱くなったら官民こぞって見捨て、
今度は強くなったソフトバンクホークスに尾っぽを振って宗旨替え。そういうとこ、嫌い。
まあ、子供の頃、そこにホークスという球団があったら、あの頃、俺いらが西鉄ライオンズを応援していた
様に、そういう若い人々がホークスを応援するのは当然のことで、それをどうのこうの言う積りはない。
ないんだけど、、あの頃、大阪にも、【南海ホークスは何処にも渡さん!】と大きな球団旗を振って
反抗しているファンがいた。あの姿が頭から離れない。
福岡にはホークスという球団が来て、そりゃあ強い球団となって、いまのファン達はいいのかも
知れんけど、当時を知っている人だけでも構わんから、時々は、ホークスに去られたままの
大阪難波の「南海ホークス」ファンの悔しさ、無念さを想って欲しい。。。
彼らの犠牲の上に今の貴方たちの福岡ソフトバンク・ホークスはあるんだよ。知ってるか?
今もテレビでやってるけど、全ての民放とnhkまでもがホークスの日本一を報道し、県民も
優勝セールだとかで浮かれている。色々で何百億円の経済効果だとか。。フン。.....