さきっちょ美人は幸運体質 -4ページ目

さきっちょ美人は幸運体質

手足に優しい愛とこだわりが詰まったアイテムや生活習慣を発信中

 

只今POP UP SHOP開催中の靴下のお店「さきっちょ」の店主、越野陽子です。
イベント中、お客さんがあまり来ない1人の時は、
普段出来ないことをとしてみよう考えて、
そうだと思い立った今。

いつかお店をと、POP UP SHOPを開催してみたいと思っている方へ、何かのきっかけになってもらえたらいいなぁと、それを文字に残してみよかと。
上から目線の指南書でない、コシノ式ホンネのPOP UP SHOPのことをお話ししてみようと思ったのです。今、本屋さんのPOP UP SHOPスペースで開催してるからか単純です。

私は自分のお店さきっちょがコロナ禍になって、実店舗にお客様を呼べなくなり、だったらこっちから出向いて行こうと、期間限定のPOP UP SHOPを全国各地で開催するようになりました。
出稼ぎです。
初めは手探り状態でしたが、いろんな場所で開催するようになり、段々と自分のやりやすいスタイルを見つけるようになりました。といってもまだまだ成長途中ですが、

この話はPOP UP SHOPを開催してみたいが果たしてどこからどう始めれば良いのか迷っている方向けにテーマごとにつぶやいて見ようと思います。

<1>何のためにやるか
<2>何を売るか
<3>どこで売るか
<4>利益が出たら万々歳
<5>1人でやるか誰かとやるかは気質で選ぶ
<6>助っ人
<7>期間中の楽しみ方
<8>搬入と搬出どちらが大変
<9>告知思いつく事は全てやる
<10>さきっちょ金土日

この10のテーマからランダムに気ままに書いていきます。
で、今日のテーマ
<4>利益が出たら万々歳

せっかくPOP UP SHOPを開催するなら稼ぎたいのが本音ですが、毎回利益が出るかは微妙。
移動費、荷物の運送費用、会場費、販売手数料、什器費、広告、諸々と細かい経費が掛かる。差し引きしたら何に残らないことが多いのが事実。
それでも意お金外の見えない利益の方が多いといえば多いのが本音で、実は捉え方次第とも言えます。

せっかくの素晴らしい展示でも、商品を手にとって興味もってもらえてがなんぼで、「接客」無しには売れません。じっくりお客さんのペースに合わせて何が今必要なのかを引き出していきます。有名ブランド商品を販売するわけでないので、このお店はなんのお店で何を展示販売してるかを明確に声に出して繰り返しアピールします。

「ガツガツやらずマイペースに、でもダラダラしないで、ぼやかず、利益が出たらラッキーと思え」のPOP UP SHOP精神論

志を変えず貫く。

私は歩く暮らしを豊かにするために足先、さきっちょの大切さを靴下を通じて広めていきたいの志。
POP UP SHOPを何回かやると、売上がいい時、悪い時が繰り返しやってきます。そして結局はゼロの位置に戻っていることが多いのでした。

ガツガツ利益だけ求めて計画してもカラダがきつくなり楽しくなく、たまにご褒美で売上出ると嬉しさひとしお。

今日の一句

さきっちょ
ゼロを目指して
赤ならず
心豊かに
笑ってる

がわたしの理想でありました。

 

無くしてしまった。
28年間左の薬指に鎮座してた
「結婚指輪」

徳島でのイベント最終撤収の日のこと
飛行機までのぽっかり空いた時間
次のイベント先の秩父で身体が疲れないように
ふと、気が緩んで入った
アロマトリートメントサロン

背中をうつぶせ寝でスタートした後
担当の方に「指輪外せますか?」と聞かれて
外してそのまま手渡した
施術が終わり、そのまま徳島空港へ

ふと手元を見たら、
指輪が無い。
忘れてきたと気が付いた

サロンで担当の方に渡した私の指輪、彼女は
どこに置いたのだろうか?
と、直ぐにお店に電話したが、全くつながらず…
留守番電話もならずに仕方なくと帰路に着いた。

翌日、朝一でお店に電話して事情を話したが、
担当の方はお休みと。
大事な指輪なので心当たりを探して欲しいと一旦電話を切った

夕方かかってきた電話は
大人4人で探せる可能な場所をくまなく探したがどこをありません。
申し訳ございません!

その言葉にしばし呆然。

「担当の方はどこに置いたのでしょう?」
着替えの上にティッシュに二つ折りに挟みその中に指輪を置いたとのこと。

であれば、
ぼ~としてた私も私で悪いが、施術後はやはりぼ~~とするもので、
一言、「ここに置いておきます」
施術時にそう言って場所を教えて欲しかった…

翌日も探してもらったが
無いものはない。
出てこないものは出てこない。
サロンのお偉い方からは謝罪の電話をもらうが

無いものはない。

ティッシュが置いてあったのは記憶にあるが
服を着替える時に、ティッシュをふっとばしそのまま着替えたか。

代わりがきかない、
大事なもを無くした事実。

どうにも気持ちが納得できずに、そのまま秩父へのイベントに
もちろん、旦那にはなかなか話せない。
空いた左の薬指の喪失感だけが心に残りたまらなく寂しい

モヤモヤした気持ちに着地が出来ずに
秩父でのイベントギャラリーカフェの女将さんに
このことを話してみた。

「きっとね、徳島でのイベントが無事に終わり、何事もなく五体満足で
帰ってこれたことの身代わりに指輪がなってくれたのよ、、
旦那さんに早く話して、新しい物をおねだりするのよ、」
と。

なるほど、、、
大きな事故もなく、地震の被害(徳島イベント中は大きな地震が何度もありました)もなく
無事いられた。
その気持ちにやっと素直に自分の中で整理することが出来ました

そして、
「おねだり」
ほとんどしたことがない「おねだり」をやってみよう~と!

サロンのお偉いさんにも、自分で納得出来たことの話をして
担当の方を責めるようなことなくしてくださいと素直に話すことが出来た。

秩父のイベント初日のことでした。

いろいろあった初日、
ゲストハウスでぐっすり眠る予定が翌朝早朝のピタッと3時に目が覚めた。
なんで3時に目が覚めるのよ。

思い立って、
指輪のことを徳島であったこと、
秩父から旦那に手紙を書いてしたためてみた。
駅前のポストに投函し、より気持ちスッキリ

イベント終了して秩父から無事に久しぶりの我が家へ
手紙を読んだ旦那。
いろいろあったね~、指輪を一緒に買いに行きましょうと話がまとまった

大きな物を無くして、得たものも大きい
素直な気持ちになれたこと
日々、自分ひとりでは生きていけないことに感謝を忘れないでいようと
思った最近のお話でした。


8月、やっと来週は夏休みで札幌の実家へ
墓参りで父に話すことがいっぱいになったよ

徳島であったこと>
・空港でバス置いてけぼり
・アイヌ文様の着物の魅力
・地元テレビ取材
・1日で4000万稼ぐお客さま
・やってしもたさらば10万円
・80歳工事現場で賄いする外反母趾のお客様
・世界初の5本指草履大人気
・ソープ街お疲れ様の笑顔
・なんてったって阿波踊り
・スマホケーブル切れ搭乗手続き危うし時に現れた救世主
・無くなった指輪



秩父であったこと>
・指輪の着地
・地元FMラジオ出演
・読売新聞取材
・秩父のご縁のある人達
・今宮神社の欅と龍
・朝3時の散歩と手紙
・雨ニモマケズと宮沢賢治と秩父
・アイヌ文様、着物の力



無事に帰ってこれてありがとう

久しぶりの投稿です
店主の想いが北海道、埼玉、徳島を繋ぐと、
8月7-12日にスタートを切る徳島へそして続く8/16-19の秩父へ
POPUPSHOPの前に

貴重なアイヌ木綿衣「カパラミプ」展示決定
とプレスリリースの記事を作ってました。

徳島県庁へは郵送での受取は出来ないので、

いつも大変お世話になっている
徳島の藍職人、ボンアームさん代表にお願いしまして、
記者クラブへ代理で配布に行って頂きました。
また、秩父市の記者クラブへは

民芸カフェ木亭さんにこれまたお願いして行って頂きました。


三谷さん、彩子さん本当、お二人ともとても忙しい方なのに
店主の図々しいお願いを聞いてくださりありがとうございます。
快く応援していただける方に頭が下がるばかりです。


そして、ふと

今日、さいたま市と埼玉県庁へプレスリリースをまわって帰ってきて
先日の渋谷スクランブルスクエアでのアイヌ文様と藍の魅力展
で出会ったお客さまのことを思い出しました。

アイヌ木綿衣「カパラミプ」のその手刺繍の文様に引き込まれてくる様々な方々とのお話で
特に印象深かった輪島の黒島町からいらしたご夫婦。

渋谷の地で長年住まわれてお二人は、
第二の移住先を数年かけて探し続けてたと...
移住の地ではカフェ、ゲストハウスを実現するという夢を持ち
たどり着いた魅力ある場所、それが石川県輪島市黒島町だったと。

黒島は江戸から明治にかけて北前船の船主や船員が住む
「天領」として栄えました街


この黒島の集落には黒瓦の屋根が美しい木造家屋や蔵が立ち並び、
2009年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された日本海沿いの輪島市の街なのですと。

わたしは黒島のことを初めて伺いました。

そして、お二人のゲストハウスの近くの若宮八幡神社には
アイヌのイナウが奉納されていると、北前船交易によって伝来したイナウであると教えてくれました。

イナウは、アイヌ民族の祭具で
守護神や供え物としての性格を持っています。

幕末から明治期にかけて、黒島の北前船船主らが北海道やその周辺での交易の際に、
海上交通の安全祈願の一つとして持ち帰ったとされています。

若宮八幡神社に奉納されたイナウをこの目で見たいと漠然とと思ったのですが、
今現在は地震の影響で神社へは行けないと・・・

地震で黒島の被害は街並みも景色も一変と、
美しい集落は変わり果てた姿に。
それでも何故か
私の心に留まったままの「北前船」時代のこと。

北前船のことをそんなに詳しく知らないのですが、調べながら
ふと自分のルーツとなった土地
徳島、祖先のことを想ったのでした。

北前船がきたルート「西廻り航路」
徳島も通って、日本海から蝦夷地へ渡ったのかなと。

当時の日本海の航海はさぞかし危険に満ちていただろうと想像したり
冬の日本海の厳しさを乗り越えた人々の歴史を思い浮かべたり想像してしまいました。

祖先がたどった航路と北前船に心が動かされました。

北前船というのは、実は船のカタチを指すのではないんですね・・・

知らなかった
その商業形態を呼ぶ名称なのだそうです。

北前船とは江戸中期~明治中期にかけて、
他人の商品を運んで運賃を稼ぐ船ではなく、
自己資本で買い入れた商品を他の地へ運んで売りさばき、
その差額を儲ける買積み商船です。
簡単に言うと、船会社と商社を一つにしたようなものです。

当時、北海道、蝦夷地からの積荷はとくに高値で売れて、
一航海千両の儲けと言われました。
春から秋までの一航海で千石船一隻の建造費を稼ぎ出していたのですから、
その経営形態はまさに「宝の船」といった感じと。

蝦夷地という交易地を最大限に利用して、自分で仕事を創っていかなくてはいけません。
このチャレンジ精神と企業家精神が北前船経営の一番すごいところ。

徳島への祖先を想い、

靴下背負ってチャレンジ開拓へと足を運ぶわたし。
一攫千金の北前船経営とは程遠い、赤字垂れ流しなのだけど、これじゃいかんと
体力あるうちにまだまだ靴下行商を続けていきたい

地に足をつける
靴下からグラウディング
足元に意識を向けて多くの方に、転ばない一歩を歩んで欲しい