最近買ったCDにがっかりした話 | ほぼうさのブログ

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さぞかし勝手な意見に聞こえるかもしれないが、2000年代後半のジャズピアノというのは、本当にブラッドメルドーだったと思う。ジャズピアノを志す人なら誰しも彼に憧れ、また、ピアノレッスンのカリキュラムも最終的には彼になることを目指すような状態になっていた。


つまり、ビッグ3であったチックコリア、ハービーハンコック、キースジャレットがかなり高齢化したため、その穴を埋めるように、メルドーは新しい才能を持つピアニストとして王座に君臨したのである。

ブラッドメルドーの魅力はよく「ダークな響き」と表現されるが、これは物事を表層的にしかとらえていない。ぼくはこれを「インテリジェンスの顕れ」だと思っている。


ビルエバンス以降、ジャズピアノにおいて、インテリジェンスは極めて重要なポジションを担うことになった。エバンスの場合それは緻密なコードやクラシックピアノの影響、モーダルなフレーズであったが、その傾向はフォロワーたちによって爆発的に流行する。ストレートなテクニックのジャズピアノは廃れ、かわりに和音にこだわる知的な、ひとつひとつの音にいちいち理屈をつけてまわるような奇妙なピアノスタイルが主流になるのだった。


そして、90年代くらいまではビッグ3もビンビンだったわけだが、2000年代中盤になると、前述のとおり、時代はビッグ3にとってかわるようなあたらしい「インテリジェンスのかたち」を渇望していた。その流れの中、登場したメルドーは、コード理論の行きつく先のなれの果て、終着点を実際にやってみせた。あのダークと言われた響きはじっさいには「インテリジェンスが生んだ必然」であり、時代の要請だったと言えるだろう。

ところが、2010年代も中盤にさしかかると、時代の風が変わるらしい。
実は先日、2010年代に彗星のように現れた気鋭のジャズピアニスト、ロバートグラスパーというやつのCDを買ったのだが、これがえらく失望せざるを得なかった。


どういうことか。いま、まさにこの時代に起きているジャズピアノの流れは、「メルドー的インテリジェンスへのアンチテーゼ」である。つまり、コード理論の完成形、到達点としての複雑きわまる和音=ダークなサウンドに、聴衆は飽きたのだ。


彼らメルドー一派の和音はたしかにすごい。アナライズしようとすると非常に骨の折れる作業で大変だし、こいつはまさに人類の英知の結晶だ。
でも、でもね。別に学術参考書を読みたいわけじゃないし、そんなにアカデミックな話に興味はなくて、インテリジェンスを感じさせながら、もっと一般聴衆としてジャズを、音楽を楽しみたいんだよ。音楽のがくって学じゃなくて楽でしょ?


こうしたおおいなる揺り戻しの果てに、ロバートグラスパーは現れる。彼のピアノには「インテリジェンスの風をほのかにまとった、ライトなエンターテイナー」のにおいが強烈にする。これもまた時代の要請なのである。

しかしそのサウンドの退屈さといったら、筆舌に尽くしがたい。メルドーはまだ、複雑な横文字を使いながら哲学談義をする天才学者を、遠目に眺めるような楽しさがあったが、グラスパーはアレだ。意識高い系のディスカッションを聞いてるような気分なのだ。これはキツい。


なんというか、きわめて個人的な意見なので、気分を害された方には謝罪の。