タイのお守り プラクルアンに関するネタ 「プラ・ネタ」 -28ページ目

タイのお守り プラクルアンに関するネタ 「プラ・ネタ」

タイのお守り「プラクルアン」について書いています。


先日。プラ友よりルアン・ポー・クーンのお守りについて質問をいただきました。


ルアン・ポー・クーン。蹲踞…というより、所謂「うんこ座り」と呼ばれるしゃがんだ姿勢でタバコを吸われているお姿の写真が有名です。


仏暦2558年にご遷化され、早いもので9年が経とうとしています。偉大なゲージアジャーンでおられましたので、今でも人の口の端に猊下のお名前が上るのですが、ネットを拝見しておりますと、日本語でもルアン・ポー・クーンとそのプラクルアンについて言及されたものも時折見かけます。


試しに某個人間売買サイト内を見てみますといくつかプラクルアンが掲載されており、スルスルと眺めていますとSOLDの表記が付いたプラクルアンに目が行きました。


鑑定書付きのプラクルアンですが、その鑑定書に書かれた発行寺院と説明文での寺院名、県名が異なります。購入された方はタイ語はわからないものと思いますが、売り主もタイ語が読めないのでしょうか。あるいは単純なミスでしょうか。買われた方は発行寺院が異なっていても頓着しない、おおらかな心の持ち主だといいですね。


上述、プラ友から質問をいただいたルアン・ポー・クーンのプラクルアン。写真を拝見しても見覚えがなく、少し調べますと、ルアン・ポー・ウンという他のゲージアジャーンのソムデットに似ていました。


後日センセイに「こちらご存じですか?ルアン・ポー・クーンのプラ・ソムデットだそうですが…」と訊ねたところ、少しご覧になり「ルアン・ポー・ウンじゃないの?」と同じ事を仰っていました。ね。


プラ友様には「最終的には個人の好みとなりますが、私の好みではありません。お察し下さい」とだけお伝えしました。


プラクルアン業界では第三者のプラクルアンについて、真贋を直截に申し上げるのはトラブルの元となりますので避け「スキ/スキじゃない」という表現が一般的です。


最終的には個人の選択の自由となります。



以前プラ友に手配させていただいたルアン・ポー・クーンのリヤン。2535年ワット・バンライの発行。


ルアン・ポー・クーンのリヤンの一部。


某Мカリで見かけたプラクルアンの鑑定書



発行年は合致しますが、県名寺院名が異なります。


同じくルアン・ポー・クーンのプラクルアン鑑定書


こちらも同じく発行年は同じですが、県名発行寺院が異なります。





いつも「阿呆の一つ覚え」のように申し上げておりますが、プラクルアンのお越しになる時機、タイミングは予期できません。来られる時は来られます。こちらの都合は関係ありません。


当方が多忙であろうが、食中毒でうんうん唸っていようが、それは仏様との「こ゚縁」とは関係ありません。という訳でこちらの都合で掲載しておりませんでしたが、センセイからご紹介いただいたプラクルアンが下記となります。



日本人の、特に格闘技者の方々にはご存じな方も多い、プラ・パイリピナート。ご覧の通りヌア(素材)が異なる3つが1セットとなっています。


リヤン・ルアン・プー・トゥワッド。2536年ワット・チャンハイ発行。ブロック(型)・ニヨム(人気)。アジャーン・ノーンがプークセッにご参加されています。


リヤン・ルアン・プー・トゥワッド2522 ワット・チャンハイ。上掲と同じくアジャーン・ノーンがプークセッをされています。アジャーン・ティムのご遷化後、アジャーン・ノーンはご自身の在籍されたワット・サーイカーオのみならず、ワット・チャンハイの祈祷式にもご参加されていました。大活躍。








長期間弊ブログの理由は単純に体調不良でありまして、タイ東部の某ホテルに逗留しましたが、サーブされた食事に原因があると思しく複数人が食中毒にヤラれました。大変。自ら運転して彼の地へ出掛けたのですが、気分と体調が悪い中、上から下から溢れ出そうになるものを気合で抑え3時間弱運転し帰還できたのは、日頃より信奉する仏様神様僧侶様のお陰さま。ありがとうございました。


今回。この地域に赴き、彼のホテルに滞在すると決まり、予習としてググールマップーで道のりを確認したのですが、その際、私自身が過去に「行ってみたい」のカテゴリー内に保存していた場所が表示されているのに気が付きまして、これは思し召し。最終日にはここに立ち寄ってからバンコクへ戻ろう、と計画いたしました。


私にはプラクルアンの先輩がおりました。お年も少し上。在タイ歴、プラクルアン活動歴も私より長い日本人の方で、何度か弊ブログにご登場いただいたМさん。「おりました」と過去形でお書きしたのは、今年2月に残念ながら闘病の末にお亡くなりになられたからです。


訃報を伝え聞き、SNSを拝見する内に、Mさんが生前所有されていたプラクルアンの多くを遺贈されたという事を知りました。その遺贈先が前述の場所です。


当日朝。少し体に違和感を覚えるものの、朝ごはんをいただき、部屋で荷物を纏め、ちょっとゆっくりしよう、と考えていたところ体調が急転直下。チェックアウトの頃には頭がぶらぶらする感覚に見舞われていました。しかし使命があります。Мさんのプラクルアンに会いに行かなければなりません。


気合と根性で運転し、場所がわかりにくく、何度か道を間違えた末に漸く到着。車を止めたところ、庭師みたいなおじさんが歩み寄って来られ、


「博物館? 今日休館日」


卒倒しそうになる私。悲壮感が顔面に表れていたのでしょう。「ワイ・プラ(仏様にお参り)する?」とその場所まで案内して下さいました。



という訳で使命は果たせておりません。

もう一回行く。



追伸:


 前日投宿先ホテルスタッフに博物館について聞いたところ、それっぽいオッサン、すなわちプラクルアン好きにいそうな初老のオッサンが「毎日10:00から18:00。土日は人いっぱい! 」といういい加減な情報を提供してくれました。そういうホテル…。仏罰必至。



バンコクに無事、戻れますように、とお願いしたお陰で生還できました。


庭師のおじさんに事情を説明しましたところ、窓越し網戸ごしに、「あの棚にプラクルアンが」と教えて下さいました…見えない。


少しズレて撮影しましたが、全然上手く撮れず…。次回訪問の際に。