「ウクライナ内戦」
なぜ起きた、どこへ向かうのか?
2014年2月の「流血の政変」によるヤヌコビッチ政権転覆、極右民族主義勢力を含んだ反ロシア暫定政権の樹立、3月のクリミア自治共和国のロシア連邦への編入、そして4月から始まった東部ドネツク、ルガンスク両州での分離派武装勢力と政府軍による内戦――。ウクライナ危機は1年以上にわたってつづいている。欧米各国による対ロシア「経済制裁」も強化され、米ロ関係はじめ国際政治にも大きな影響を及ぼしている。
東部における支配をめぐるウクライナ政府軍と分離派武装勢力との戦闘は戦車、地対地ミサイル、大砲を動員するほどまでにエスカレートし、内戦状態になっている。国連難民高等弁務官事務所の最新の報告書によると、2月現在戦闘による死者は一般市民を含めて6000人を超え、避難民は100万人規模に達している。避難民はウクライナ国内だけでなく、ロシア全土に広がっている。ウクライナ重工業地帯の中心である、この地帯の経済も完全に崩壊している。
この2月15日には、ドイツ、フランス、ロシア、ウクライナ4カ国首脳がベラルーシの首都ミンスクで調印した停戦合意が発効したが、散発的な戦闘は止んでいない。昨年9月も双方が停戦合意したが、履行されなかった。
今回のミンスク停戦合意は、メルケル・ドイツ周翔、オーランド・フランス大統領が仲介者となり、両首脳とプーチン・ロシア、ポロシェンコ・ウクライナ両大統領が16時間もひざ詰め談判した異例な結果である。合意に沿って、戦車やミサイルなどの重火器を戦闘地域から双方が撤去し、緩衝地帯を創設できるかが、当面のカギである。
「新冷戦」か「ポスト冷戦の終結」か?
こうした一連のウクライナ危機をめぐって、米ロ「新冷戦」とか「文明の衝突」などと評する向きもあるが、妥当ではないだろう。むしろ「ポスト冷戦の終結」、つまり米国一極支配への対抗と見なせるのではないだろうか。そして、危機の原因としてプーチン・ロシアの国際法に違反した大国主義的介入だけが強調されるが、これも大きな問題だが、本質的問題の一側面でしかない。
ウクライナ危機を生み出した背景としての要因は、3つに整理されるだろう。
まず第一にウクライナは、国家は形成されたが、まだ国民形成はできていないということだ。「Ukraine is a State but not yet a Nation」 マトロック元駐ロ米国大使のウクライナ危機に関する評価である。東西に分裂しており、「国民の一体性」が確立されていないということだ。
東部は17世紀から帝政ロシアの一部になっており、西部はガリツィア地方としてポーランドの一部だったが、第二次世界大戦でソ連に併合されている。言語、宗教、文化で東西の違いはかなり大きく、ウクライナ人としてのアイデンティティの形成が困難な状況である。
ウクライナがソ連解体で独立する前に独立を経験したのは、ロシア革命で帝政ロシアが崩壊した1917年からソ連邦が形成された1922年までの短い間である。この点も無視できない。
さらに第二次世界大戦の歴史認識でも対立が流れている。東部、南部の多くの市民にとって、第二次世界大戦の記憶は「大祖国戦争」でファシスト・ドイツを撃破した民族の「団結」による勝利である。ウクライナ民族主義組織はナチスの協力者とされる。
一方、西部の市民や昨年の「流血の政変」で政権を掌握し、現在のポロシェンコ政権へとつづく側は、この戦争は民族主義組織の指導でウクライナ人はナチスとスターリン両方に対して民族独立のために戦った時代とされる。世界大戦の結果はソ連軍が民族解放の願望を打ち砕いたものであり、ソ連解体でようやく民族独立が実現したと解釈されている。
ウクライナ政府軍の東部での攻勢は、こうした「物語」を押し付けるものだ、と東部、南部の市民は見なしている。歴史認識での東西の溝は従来から深かったのだが、この内戦状態でいっそう深まっている。
問題は、こうした東西の溝、対立を国民統合に向かわせるのではなく、逆に親EU欧州連合)とか親ロシアといった対立を激化させる政治が、独立後つづいてきたことである。
これが第二の要因である。ウクライナの経済破綻と激しい政争である。ウクライナの2012年のGDP(国内総生産)はソ連解体で混乱していた1992年の84%である。あの大混乱の時期よりも20年間で経済規模が縮小しているのだから、驚きだ。一人当たりGDPはロシアの四分の一でしかない。
この経済破綻の背景には、混乱期に国営企業を略奪したオリガルヒが経済の実権を握って暗躍し、それと結びついたクチマ、ユーシェンコ、チモシェンコ、ヤヌコビッチなど歴代大統領の権益争いがあった。それは自立した経済をめざすのではなく、EUかロシアか、どちらに依存するかというものだった。現在のポロシェンコ大統領自身も、有力オリガルヒの一人である。
NATO東方拡大と対抗
第三の要因は、NATO(北大西洋条約機構)・EUの東方拡大とそれに対抗するプーチン大統領のユーラシア連合構想である。これが直接的には最も大きな背景だ。
米ソ冷戦の終結の際、米国はNATOの東方拡大はしないと約束(ロシアはそう思っている)したにも関わらず、チェコ、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、アルバニアそしてバルト3国が相次いでNATO加盟国になっていった。
これらの新規加盟国は数百人規模だが、集団的自衛権の発動としてアフガニスタンに派兵した。各国内にはNATO軍の施設や補給基地が設置されている。
しかもウクライナ、グルジア、モルドバもNATO加盟候補国として想定された。プーチン大統領はNATOがロシアの国境線に迫ってきただけでなく、“ロシア世界”にまで手を突っ込もうとしていると危機感を感じた。昨年2月の政変には、米国の強い支援・関与があり、暫定政権はNATO加盟もちらつかせた。翌3月にクリミアのロシア連邦編入を急がせたのは、ロシア海軍黒海艦隊の基地を確保するためだった。
ロシアとウクライナは国境を画定していたので、クリミア半島の編入は「領土保全」という国際法に違反することになる。だが、一方ではクリミア自治共和国がウクライナから分離してロシアに入りたいという自決権の問題もある。プーチン大統領は、NATO軍がセルビアを空爆して同国からコソボ自治州を独立させた欧米各国と同じことをロシアはやったにすぎないとしている。
一方、プーチン大統領は旧ソ連各国を結集したEU型の共同体「ユーラシア連合」構想を推進している。これに先立って2010年、ロシア、カザフスタン、ベラルーシ三カ国による「関税同盟」が発足している。さらに今年1月から、この三カ国にアルメニアが加わった4カ国による「ユーラシア経済連合」がスタートした。
この「ユーラシア経済連合」によって、4カ国の広い空間で商品、資本、労働力が自由化された。キルギス、タジキスタンも近くこれに参加する。プーチン大統領は第二の大国ウクライナの参加も想定していた。これを踏み台にして政治・経済共同体である「ユーラシア連合」へ――。ウクライナの離脱は痛手だろう。
未承認国家の出現へ
東部両州の分離派武装勢力は「ノヴォ(新)ロシア連合」を宣言している。双方が停戦合意を順守していけば、分離派が支配している地域の「自治」が問題になろう。政府は両州に対し、すでに年金、教育や行政サービスなどの行政費をストップしており、支配地域は“自治以上、国家以下”の状態になっている。グルジアのアブハジアや南オセチア、モルドバの沿ドニエストルと同じタイプの未承認国家といった状態が出現することになろう。
(4月20日)