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堀江則雄のブログ ユーラシアの風

ユーラシアの各地で起きていることについて思っていることを書き連ねる。


「スターリン」復活? その底流に何が。

 NATO(北大西

洋条約機構)の相次ぐ東方拡大、ウクライナ危機による軍事紛争、欧米(とりわけ米国)による「経済制裁」と政治的対立、そして原油価格の下落、通貨ルーブルの下落――。ロシアはいま、自国が包囲されているという心性の高まりとナショナリズムの台頭を体験しつつある。

 「力」を背景にウクライナ政府と対立して自国の地政学的利害を強調し、欧米各国との対決に一歩も譲歩せず、「ロシア世界」を擁護するプーチン大統領。最近の世論調査で、同大統領に85%もの国民の支持が集まっているのも、その現れだ。


 プーチン大統領は426日のテレビ番組で「ロシアのような国には自国の地政学的な利益があることを他の各国は理解しなければならない」とのべ、大国としての国家利害の死守を前面に打ち出し、それを尊重するよう欧米に求めた。ソ連時代に耳にしたような論調である。

 さらに、「KGBに20年務めた私は、ソ連共産党の一党独裁が崩れればすべてが根本的に変わると思っていた。しかし何も変わらなかった。地政学的な問題はイデオロギーとは何の関係もないからだ」と述べている。

 米ソ冷戦時代の勢力圏による利害対抗は、本質的には今日も変わっていないという認識である。

 そうした時代にソ連(ロシア)の勢力圏を最大拡大した指導者が、スターリンだった。しかもスターリンは第二次世界大戦で自国を戦勝国にした“偉大なる指導者”とされる。


 ソ連崩壊で“敗者”扱いされてきた今日のロシアにとって、「スターリン」復活の底流はここにありそうだ。

 書店をめぐれば、スターリン関連の書籍が目につく。それも、これまでは粛清や大弾圧に関する本が多かったが、今日では指導者として評価する書籍が多いようだ。

 ロシアの地方都市のいくつかでスターリン像が復活している。5月9日の戦勝記念式典では、モスクワ市当局が、元戦争参加者・軍人の要請をうけてスターリン肖像付きのスローガンが入ったプラカードを街頭に立てることを計画した。市民の強い抗議で中止にはなった。

 ボルゴグラード市では、戦勝記念日など年6回の祝日に限ってだが、「スターリングラード」と呼称することになっている。


 さらに、この5月、最大野党のロシア共産党(ジュガーノフ委員長)は文化相にスターリン博物館の創設を求める書簡を送っている。

 それによると、スターリンが194384,5両日クルスク戦闘でオリョール州などを解放した総指揮を執った家がルジェフ市(トヴェーリ州)保存されており、その家屋をスターリンに関する資料や文書を保存、展覧するスターリン博物館とするよう要請している。

 「メモリアル」など多くの市民団体がこの構想に強い反対を表明しており、文化省がどう対応するかわからない。


 「連邦という妖怪がロシア全土を徘徊している」という論評が、イズベスチア紙(55日付)に掲載されていた。

強まっているロシア・ナショナリズムがロシアをどこに導こうとしているのか、大いに注視すべきときだ。


NPT再検討会議とロシア

問われる「核」への姿勢



 この4月末からNPT(核不拡散条約)再検討会議がニューヨークの国連本部で開幕した。核兵器使用禁止、核兵器全面禁止を求める人々が日本はじめ世界各地からニューヨークに結集し、「ノーニューク」の声をあげた。

 世界各地の草の根で核兵器全廃を求める動きは根強いものがある。非核保有国のいくつかの政府は、核兵器使用を禁止する国際条約を真剣に検討すべきだと提唱している。それだけに、核保有国政府の真剣な対応が求められている。



 核保有5大国のなかでも、ロシアと米国が圧倒的に核兵器を保有している。両国で全体の90%を超えている。ロシアは約8500発で、そのうち射程500キロ以下の核ミサイルや核爆弾の戦術核が約2000発とされる。米国は約7700発だ。

 米ロ両国の核軍縮交渉はオバマ米大統領のプラハでの“核兵器ゼロ“提唱をうけて再開されたが、両国の核弾頭数は漸減傾向にはあるものの、実りある進展はほとんどない。なかでも、MD(ミサイル防衛)問題で交渉は事実上ストップしている。

 とりわけ、昨年来のクリミア編入、東部での武力衝突、対ロ「経済制裁」をはじめとするウクライナ問題で米ロの戦略的対立が先鋭化しており、それが米ロ核交渉を頓挫させている。

 MD問題は、米国がミサイル防衛システムをチェコ、ポーランドあるいはデンマークなどに配備するというもの。米国はイランの核ミサイルから欧州を防衛するためだとしているが、ロシアはロシアの核兵器を無力化する狙いだとして強く反対している。

 米国は、冷戦時代から米ソ間でつづいてきたABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約から2002年に脱退。それ以降、MDの開発・配備に腐心してきた。ロシアはこの動きを米国の核支配をめざすものとして、強く警戒してきたし、今日も警戒している。それが大幅な核弾頭削減などの核軍縮を阻害しているのだ。


 プーチン大統領が3月、クリミア編入の際に「われわれはそれ(核戦力を臨戦態勢に置くこと)をする用意ができていた」とのべ、欧米に核兵器で対抗することも検討したと発言したのも、こうした文脈のなかで意味をもってくる。

 ロシアのワニン・デンマーク駐在大使が3月さらに、「デンマークが米国が主導するミサイル防衛計画に参加すれば、デンマーク軍の艦艇はロシアの核ミサイルの標的になるだろう」と警告している。これは明確である。

 ロシアは2年前、「軍事ドクトリン」を改定し、ロシアが核兵器を使用する条件を①大量破壊兵器による侵略をうけた場合、②通常兵器による侵略をうけた結果、国家の存立が脅かされた場合という二つの類型にしている。

 ②の場合は核兵器の先制使用となるが、プーチン発言も駐デンマーク大使発言も、言葉通りとらえれば、それを想定していることになる。

 ミサイル防衛計画は米国主導のNATOの計画である。ウクライナ問題の背景にもNATOの東方拡大がある。核兵器の先制使用という考え方はもちろん許されることではないし、ロシアも核軍縮・全廃への道に踏み出すべきだが、NATOという軍事ブロック(同盟)の拡大強化が大きな障害要因になっていることは間違いない。


『クリミア戦争』上、下


オーランドー・ファイジズ著 染谷徹訳

今日のクリミア問題に大いなる示唆


 いま、クリミア半島が注目されている。昨年3月、ウクライナ危機のなかで、ロシアが連邦に編入したからである。住民多数派のロシア人の編入要請、セヴァストポリ基地のロシア軍黒海艦隊のプレゼンス、黒海地帯をめぐる米ロの確執、クリミア・タタール人の存在――などが話題になっている。

 本書が扱う160年前のクリミア戦争(185356年)は、今日のクリミア半島をめぐる複雑な国際政治、そしてロシア・ウクライナの対立を考察するうえで貴重な示唆をあたえてくれる。

 クリミア戦争は言うまでもなく、ロシアとオスマン・トルコ・英国・フランス連合軍とのバルカン半島、黒海地帯の領土拡大、覇権をめぐる戦争だった。

オスマン・トルコの衰退のなかでのドナウ両公国支配の攻防、カフカースそしてクリミア半島での大規模戦闘、コンスタンチノープル・ボスフォラス海峡支配をめぐる戦いである。ロシア、英国、フランス3大国の露骨な支配圏拡大の野望、キリスト教とイスラム教の対立と競合など“19世紀の世界戦争”、“近代戦の幕開け”の様相を示した。

なかでも、11カ月に及んだセヴァストポリ要塞攻防戦はこれまで人類が体験しなかった激しい砲撃と肉弾戦で、双方に死骸累々の山を築いた。



 本書はそうしたクリミア戦争の全貌をまとめたものだが、ニコライ1世、エリザベス女王、ナポレオン3世など支配者の思惑から兵卒の痛ましい声、そして新聞と戦争世論の形成、ナイチンゲールの献身と戦場医療の発展、若きレフ・トルストイの戦争体験、外交と戦争の推移などを豊富な史料探索のなかから貴重な肉声を踏まえて伝えている。

 ロシア軍の戦死者は45万人にのぼり、国民の集団的記憶として「セヴァストポリの町自体が聖地に近い地位」を占めているとの指摘、キエフ・ルーシのウラジーミル公がギリシャ正教の洗礼をうけた土地が「聖地」としてクリミア半島に存在しているとの紹介は興味深い。

 エカテリーナ女帝以来つづくロシアの「南方戦略」と西欧の対ロシア嫌悪、不信感も描かれている。

 クリミア戦争では、英仏両国は艦船を極東にも派遣、日ロ交渉に臨んだプチャーチンの方針にも影響を与えている。



153月刊、白水社、412p(上)、392p(下)、各3600円+税


「ウクライナ内戦」

なぜ起きた、どこへ向かうのか?

                       


 20142月の「流血の政変」によるヤヌコビッチ政権転覆、極右民族主義勢力を含んだ反ロシア暫定政権の樹立、3月のクリミア自治共和国のロシア連邦への編入、そして4月から始まった東部ドネツク、ルガンスク両州での分離派武装勢力と政府軍による内戦――。ウクライナ危機は1年以上にわたってつづいている。欧米各国による対ロシア「経済制裁」も強化され、米ロ関係はじめ国際政治にも大きな影響を及ぼしている。

 東部における支配をめぐるウクライナ政府軍と分離派武装勢力との戦闘は戦車、地対地ミサイル、大砲を動員するほどまでにエスカレートし、内戦状態になっている。国連難民高等弁務官事務所の最新の報告書によると、2月現在戦闘による死者は一般市民を含めて6000人を超え、避難民は100万人規模に達している。避難民はウクライナ国内だけでなく、ロシア全土に広がっている。ウクライナ重工業地帯の中心である、この地帯の経済も完全に崩壊している。

 この2月15日には、ドイツ、フランス、ロシア、ウクライナ4カ国首脳がベラルーシの首都ミンスクで調印した停戦合意が発効したが、散発的な戦闘は止んでいない。昨年9月も双方が停戦合意したが、履行されなかった。

 今回のミンスク停戦合意は、メルケル・ドイツ周翔、オーランド・フランス大統領が仲介者となり、両首脳とプーチン・ロシア、ポロシェンコ・ウクライナ両大統領が16時間もひざ詰め談判した異例な結果である。合意に沿って、戦車やミサイルなどの重火器を戦闘地域から双方が撤去し、緩衝地帯を創設できるかが、当面のカギである。

「新冷戦」か「ポスト冷戦の終結」か?

 こうした一連のウクライナ危機をめぐって、米ロ「新冷戦」とか「文明の衝突」などと評する向きもあるが、妥当ではないだろう。むしろ「ポスト冷戦の終結」、つまり米国一極支配への対抗と見なせるのではないだろうか。そして、危機の原因としてプーチン・ロシアの国際法に違反した大国主義的介入だけが強調されるが、これも大きな問題だが、本質的問題の一側面でしかない。

 ウクライナ危機を生み出した背景としての要因は、3つに整理されるだろう。

 まず第一にウクライナは、国家は形成されたが、まだ国民形成はできていないということだ。Ukraine is a State but not yet a Nation マトロック元駐ロ米国大使のウクライナ危機に関する評価である。東西に分裂しており、「国民の一体性」が確立されていないということだ。

 東部は17世紀から帝政ロシアの一部になっており、西部はガリツィア地方としてポーランドの一部だったが、第二次世界大戦でソ連に併合されている。言語、宗教、文化で東西の違いはかなり大きく、ウクライナ人としてのアイデンティティの形成が困難な状況である。

 ウクライナがソ連解体で独立する前に独立を経験したのは、ロシア革命で帝政ロシアが崩壊した1917年からソ連邦が形成された1922年までの短い間である。この点も無視できない。

 さらに第二次世界大戦の歴史認識でも対立が流れている。東部、南部の多くの市民にとって、第二次世界大戦の記憶は「大祖国戦争」でファシスト・ドイツを撃破した民族の「団結」による勝利である。ウクライナ民族主義組織はナチスの協力者とされる。

 一方、西部の市民や昨年の「流血の政変」で政権を掌握し、現在のポロシェンコ政権へとつづく側は、この戦争は民族主義組織の指導でウクライナ人はナチスとスターリン両方に対して民族独立のために戦った時代とされる。世界大戦の結果はソ連軍が民族解放の願望を打ち砕いたものであり、ソ連解体でようやく民族独立が実現したと解釈されている。

 ウクライナ政府軍の東部での攻勢は、こうした「物語」を押し付けるものだ、と東部、南部の市民は見なしている。歴史認識での東西の溝は従来から深かったのだが、この内戦状態でいっそう深まっている。

 問題は、こうした東西の溝、対立を国民統合に向かわせるのではなく、逆に親EU欧州連合)とか親ロシアといった対立を激化させる政治が、独立後つづいてきたことである。

 これが第二の要因である。ウクライナの経済破綻と激しい政争である。ウクライナの2012年のGDP(国内総生産)はソ連解体で混乱していた1992年の84%である。あの大混乱の時期よりも20年間で経済規模が縮小しているのだから、驚きだ。一人当たりGDPはロシアの四分の一でしかない。

 この経済破綻の背景には、混乱期に国営企業を略奪したオリガルヒが経済の実権を握って暗躍し、それと結びついたクチマ、ユーシェンコ、チモシェンコ、ヤヌコビッチなど歴代大統領の権益争いがあった。それは自立した経済をめざすのではなく、EUかロシアか、どちらに依存するかというものだった。現在のポロシェンコ大統領自身も、有力オリガルヒの一人である。

NATO東方拡大と対抗

 第三の要因は、NATO(北大西洋条約機構)・EUの東方拡大とそれに対抗するプーチン大統領のユーラシア連合構想である。これが直接的には最も大きな背景だ。

 米ソ冷戦の終結の際、米国はNATOの東方拡大はしないと約束(ロシアはそう思っている)したにも関わらず、チェコ、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、アルバニアそしてバルト3国が相次いでNATO加盟国になっていった。

 これらの新規加盟国は数百人規模だが、集団的自衛権の発動としてアフガニスタンに派兵した。各国内にはNATO軍の施設や補給基地が設置されている。

 しかもウクライナ、グルジア、モルドバもNATO加盟候補国として想定された。プーチン大統領はNATOがロシアの国境線に迫ってきただけでなく、“ロシア世界”にまで手を突っ込もうとしていると危機感を感じた。昨年2月の政変には、米国の強い支援・関与があり、暫定政権はNATO加盟もちらつかせた。翌3月にクリミアのロシア連邦編入を急がせたのは、ロシア海軍黒海艦隊の基地を確保するためだった。

 ロシアとウクライナは国境を画定していたので、クリミア半島の編入は「領土保全」という国際法に違反することになる。だが、一方ではクリミア自治共和国がウクライナから分離してロシアに入りたいという自決権の問題もある。プーチン大統領は、NATO軍がセルビアを空爆して同国からコソボ自治州を独立させた欧米各国と同じことをロシアはやったにすぎないとしている。

 一方、プーチン大統領は旧ソ連各国を結集したEU型の共同体「ユーラシア連合」構想を推進している。これに先立って2010年、ロシア、カザフスタン、ベラルーシ三カ国による「関税同盟」が発足している。さらに今年1月から、この三カ国にアルメニアが加わった4カ国による「ユーラシア経済連合」がスタートした。

 この「ユーラシア経済連合」によって、4カ国の広い空間で商品、資本、労働力が自由化された。キルギス、タジキスタンも近くこれに参加する。プーチン大統領は第二の大国ウクライナの参加も想定していた。これを踏み台にして政治・経済共同体である「ユーラシア連合」へ――。ウクライナの離脱は痛手だろう。

未承認国家の出現へ

 東部両州の分離派武装勢力は「ノヴォ(新)ロシア連合」を宣言している。双方が停戦合意を順守していけば、分離派が支配している地域の「自治」が問題になろう。政府は両州に対し、すでに年金、教育や行政サービスなどの行政費をストップしており、支配地域は“自治以上、国家以下”の状態になっている。グルジアのアブハジアや南オセチア、モルドバの沿ドニエストルと同じタイプの未承認国家といった状態が出現することになろう。

420日)


相原秀起著

『知られざる日露国境を歩く』

3つの国境地帯の現状は?


 現在、日ロ国境は未画定である。領土交渉が行われている。では、本書が言う「日露国境」とは、どこを指すのか?

 ここで語られている国境は、日本とロシア間で歴史的に国境となったところである。択捉島、北千島・占守(シュムシュ)島、そして樺太50度線の3つである。それぞれに戦争や争いの歴史が刻まれている。

 日ロ間の国境になったのは、択捉島(18551875年)、占守島(18751945年)、樺太50度線(19051945年)と、占守島が一番長かった。

 新聞記者である著者は、この3つの両国国境を20年の歳月をかけて、現地調査をしている。それを簡潔にまとめたもので、ルポ風の著述も読みやすい。なんといっても、知られざる事実がいくつも出てくるのが、楽しい。

 千島列島の最北端、カムチャッカ半島から12キロしか離れていない占守島は“北の硫黄島”とも言われる、激しい戦闘が行われた島である。458月、日ソ両軍の将兵約3000人が戦死している。評判を呼んだ浅田次郎の小説『帰らざる夏』に詳しい。

 今日、その戦場の跡、壊れた日本軍の戦車、塹壕の跡に散らばっている兵士の遺骨が散見され、飛行場や滑走路も残存していたという。「島はまるで『あの日』から時が止まったかのようだ」と述べている。

 同島配備の軍部隊はソ連解体後撤退し、今は灯台勤務と家族の4人のロシア人しか居住していない。

 樺太国境線の北緯50度線は、日本が初めて経験した陸上に引かれた国境線だった。この国境線については、女優岡田嘉子と杉本良吉の越境亡命事件を思い起こす。また、日本側に菊の紋章が彫り込まれた国境標石が有名だ。写真でも見たことがある。

 その国境標石が全長131キロの国境線に4個も設置されていたという。著者は間宮海峡に近い4号標石の現地調査と探索をしている。これを含めて4個の標石の行方、模倣標石の由来と行先などを探っている。

 著者はさらに、「北の国境線という歴史の舞台に立つことで、加害の歴史も被害の歴史もフラットに見ることが大切だ」と、強調している。


152月刊行、東洋書店、ユーラシア・ブックレット、64p、800円+税