堀江則雄のブログ ユーラシアの風

堀江則雄のブログ ユーラシアの風

ユーラシアの各地で起きていることについて思っていることを書き連ねる。

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胎動するユーラシ

――トランプ登場後の世界を読み解く

                         2017311 堀江則雄


<日本ユーラシア協会大阪府連で3月11日に表題で講演した。そのレジュメを提示したい。筆者のトランプ新政権の位置づけ、多極化世界、ユーラシアの現状についての見解を端的に表現している。参考になるだろう。>

 

 

 

Ⅰ、トランプ登場は単なる政権交代ではなく、パラダイムの転換

*トランプは強いか?低投票率(48%)、280万票差、Rust Beltでの勝利

*“来年の大統領は?”、WH内部での対立、弾劾・辞職、“クレムリンゲート”。

*反グローバル、反エスタブリッシュメント、移民規制で浮上。

3G政権の発足。GazillionaireGoldman SachsGeneral

 

 

Ⅱ、「もう一つのアメリカ」が登場

*トランプのキャラや主張の裏にアメリカの保守的な伝統的潮流が見える。

Jacksonian Revolt。第七代大統領アンドリュー・ジャクソン(1829-1837年)から地下水脈としてつづく思想潮流が注目されている。

*米国のアイデンティティを啓蒙主義的な普遍的価値に求めず、力(銃)を背景に個々人の自由や平等を尊重。普通選挙導入で、大衆扇動の粗野な民主主義。

*トランプの執務室にジャクソン肖像画、入国禁止や国境の壁、白人優位、女性蔑視、“虚偽ニュース・・・”(バノン首席戦略官)。

 

 

Ⅲ、「アメリカの世紀」の終わりを象徴

*米国が政治・軍事、経済、文化で世界をリードしてきた時代の終焉。

*「米国は初めて、戦後の米外交政策の核心にあった政策と理念、体制を攻撃する大統領を選んだ」「世界に関与するコストやリスクを最小限にする」

*就任演説。普遍的価値に一切言及せず、“敗者”米国と米国第一を強調。

*国連やさまざまな国際機関を「米国第一」から見直す。離脱や負担減。

*国際経済統合のリーダーからの離脱。TPP(環太平洋)、TTIP(環大西洋)の否定、 NAFTA(北米)の見直し。

 

 

Ⅳ、アメリカは覇権国家から降りるか?

*「世界700か所の基地と駐留兵力20万人」はどうなるか?

*「米国の軍事費は世界の半分」。核戦力増強、NATOや同盟国の軍事費増

*冷戦思考から脱却した大統領と顧問。ロシアと関係改善、シリアでの戦略的協調も(ティラーソン国務長官)。対中国は経済利害追求戦略。対IS

 

 

Ⅴ、多極化世界へ。

*「米国は例外」主義、「一極支配」→米国は「一つの強国」に。

*非欧米新興国が“先進国”をGDPで追い越した(2011年)

*地域共同体:SCO(上海協力機構)EU ASEAN、中南米カリブ海、AU

 

 

Ⅵ、広大なユーラシアを束ねるSCO

2001年創立から影響力と加盟国拡大(19カ国と2地域共同体)

正式加盟国:ロシア、中国、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタン(8カ国=人口30億人、GDP15兆ドル)

オブザーバー加盟国:モンゴル、イラン、ベラルーシ、アフガニスタン(4カ国)

対話パートナー国:トルコ、スリランカ、アゼルバイジャン、アルメニア、カンボジア、ネパール(6カ国)

ゲスト参加:ASEANCIS、トルクメニスタン

 

 

Ⅶ、非欧米の公正な国際政治経済秩序を求めて

G7G20への重心移動の意味、

*地球儀を見据えたBRICSの結びつき。SCO開発銀行、BRICS開発銀行、AIIBなどの発足の意味

*ユーラシア経済圏への動き、中央アジアの自立的台頭、東西南北縦横のパイプライン、“世界トップ30の経済”めざす、遊牧民文化へのまなざしの転換、非核地帯創設、国連核兵器禁止条約への賛同、

 

 

Ⅷ、「大ユーラシア経済圏」構想

*ユーラシア経済連合(5カ国)トシルクロード経済圏「一帯一路」構想との連携・協力。プーチン「ユーラシア経済パートナーシップ」創設を提唱。(インド、中国、イラン、エジプト、イスラエル、インヂネシア、カンボジア、韓国、ベネズエラ、ニカラグア、ペルー、チリ)/ 夢想か?

(了)

 

 

  相原秀起著

   『ロシア極東 秘境を歩く』

 

          不信・対立と共生の現場を探る

 

 

 日ロ交流の歴史の舞台となった跡地をたどった現地ルポである。いきいきと描かれた今日の“秘境”――北千島・占守(シュムシュ)島、サハリンの北緯50度国境線、大黒屋光太夫ゆかりの地、北極圏のマンモスの墓場は日ロ関係の複雑な歴史を物語っている。

 

 本書が描く日本の北方周辺の地域は、ほとんど日本人の日常的な視野に入っていない。ニュースやマスメディア報道でも、まったく言及されない。いわば忘れられた地域であり、記憶からも排除されていると言っても過言ではない。

ところが、日ロ両国の人びとの深い関係――不信と対立、そして共生があった場なのである。このルポルタージュはそのことを納得させてくれる。

 千島列島最北の占守島は、敗戦後818日からの激戦で日ソ双方が戦死者3000人を出した。四輪駆動車で全島をまわるが、今日も人影はなく、旧日本軍の戦車などが放置されたままだ。ポツダム宣言受諾後にこの激戦はなぜ起きたのか。双方の戦闘参加者の生き残り老兵インタビューは貴重だが、そこからも、その理由は浮かび上がらない。

 隣の幌筵(パラムシル)島には、北クリル地区行政府があり、北千島の水産業の中心地だ。52年の北千島大津波で島のほぼ半分の人口が犠牲になったという。日本時代も水産加工業の中心だったし、その痕跡は残っている。区長は根室との交流再開、北海道との経済圏などの期待を語っている。

 

 大黒屋光太夫が極東ロシアでたどった行路を追って、ゆかりのオホーツクやヤクーツクも取材している。

 オホーツクは光太夫とラクスマンが初の日本派遣団として1792年根室に出港した場であり、船もオホーツクで造船された。そして戦前は日本の「露領漁業」の拠点だった。

 ヤクーツク北方で発見された冷凍マンモスや日本列島とつながるマンモスハンター、永久凍土の大陥没地の現地取材は驚きの連続である。

 サハリンの日ロ国境標石の行方、パイプラインやLNG基地と対日輸出、北方少数民族の姿も関心をそそる。

 

 極東ロシアと日本との経済圏をめぐる胎動が始まっている今日、その歴史的意味を考えるうえで示唆に富む書である。

 

1611月刊行、北海道大学出版会、215p、2800円+税

堀江則雄

 

 

安倍首相、「4島」から離脱できず

日ロ平和交渉“失敗”の背景

 

 

 201612月のプーチン来日による日露首脳会談で、平和条約締結交渉はまったく進展しなかった。

日本のメディアでは、「北方4島」での共同経済活動や極東ロシアとの経済協力プロジェクトの合意などをあげて、一定の前進があったかのような報道が多い。

 だが、ロシア側では否定的な報道が主だった。見出しは「日本人が主張する原則的な問題は解決されなかった」(ロシア紙)、「色丹、色丹――プーチンはいかにして千島を日本に引き渡さなかったか」(コメルサント紙)だった。

 安倍首相は5月のソチ首脳会談、9月のウラジオストク首脳会談後の会見で領土問題の突破口が見つかったかのように高揚した発言を繰り返していた。政界の一部では、領土問題で成果をあげて年頭に解散・総選挙に打って出るというシナリオまでささやかれていたほどだった。

 それが一転、1119日のペルー・リマでの日ロ首脳会談では意気消沈し、平和条約への道は「簡単ではない」と表明した。12月の首脳会談の結果は予測できたほどだ。では、なぜこのような結果になったのか――。

 

その最大の問題は、日本政府内部で領土問題解決の立場が一致していなかったからである。そして安倍首相は、これまでの交渉失敗の根源だった「4島返還」の立場から明確に離脱することがなかった。交渉が失敗に終わったのも当然である。

首相官邸に詳しい筋によると、世耕経済産業相(対ロシア経済協力相)や首相補佐官を中心とする官邸・経産省グループが経済協力で領土問題の突破口を開くという「新しいアプローチ」をスローガンにロシアとの協力案件を積み上げてきた。“2島ぐらいは帰って来る”とマスメディアに垂れ流す人物もいたらしい。

 ところが、原田日ロ関係担当政府代表ら平和条約交渉にあたる外務省グループは「4島返還」の立場に固執し、ロシア側との交渉にあたっていたという。交渉に慎重な態度を取り続けたのである。

日ロ外務次官級の平和条約交渉は、昨年8月を最後に開けていないのである。官邸・経産省グループと対立した外務省グループのサボタージュとされる。

 さらに、もう一つの大問題が出現していた。11月上旬にモスクワで谷内国家安全保障局長とパトルシェフ安全保障会議書記との協議が行われた。席上、外務省出身の谷内氏は、56年の日ソ共同宣言によって歯舞、色丹が引き渡された後、米軍基地がおかれる可能性はあるのかとの同書記の問いに「可能性はある」と答えたのである。ロシア政府内では“米軍基地がつくられるのに島を返すなんて、とんでもない”と憤激の声があがったという。

安倍首相はこの春と9月の2回の訪ロとプーチン大統領との首脳会談の予定を表明している。「4島返還」の立場から明確に離脱して、真の「新しいアプローチ」に立たなければ、また前車の轍を踏むことになろう。さらに、日ロ国境地帯、北方領域での非軍事化も真剣に検討すべき課題となろう。

 

堀江則雄(110日)

 

 

  日本海はさむ経済圏に弾み

  日ロ新時代を

 

 1215,16日に行われた日ロ首脳会談では、日ロ平和条約締結交渉の進展はまったくなかったが、極東ロシアと日本との経済協力では大きく前進した。交通・輸送、エネルギー(石油、天然ガス、電力)の日ロ協力は、日本海をはさんだ経済圏に弾みをつけそうだ。

 日本側が提起した「8項目経済協力プラン」は、①ロシア国民の健康寿命の伸長②快適・清潔で住みやすい、活動しやすい都市作り③日ロ中小企業の交流と協力の抜本的拡充④石油、ガスなどのエネルギー開発協力、精さん能力の拡充⑤ロシアの産業多様化・生産性向上⑥極東の産業振興、アジア太平洋地域に向けた輸出基地化⑦日ロの知恵を結集した先端技術協力⑧人的交流の抜本的拡充――というものだ。

 これを踏まえて日ロ間で極東ロシアと日本の間で18の協力プロジェクト案が協議されてきた。その総額は17000億円にものぼる。

いくつか注目すべきプロジェクトがあるが、もっとも重視されるのは「エネルギー網」の建設協力だ。

 

「エネルギー・ブリッジ」

プーチン大統領は「極東の経済統合は、われわれの地域を文字通り『つなぐ』事業を基盤とすべきである」と力説している。石油、天然ガスに加えて電力の本格的な流れ、一大エネルギー圏の構想であり、それが今動き出そうとしているのだ。

 電力では、日ロ合弁でカムチャッカ地方に地熱発電所プロジェクトを計画し、さらに極東ロシアで大型の水力発電、太陽光発電、風力発電の共同プロジェクト計画も始動している。

 これらの電力を日本に向けるため、サハリンと北海道を送電線で結ぶ「エネルギー・ブリッジ」建設構想も日ロ協力の対象になっている。ロシアのガルシカ極東発展相は、海底ケーブルで2020年までに0.6GW、将来的には2-4GWの電力を日本に供給できるとしている。

さらに、このロシア―日本の送電網は、極東周辺の中国、韓国、モンゴルなどを電力でつなぐ「アジアエネルギー・スーパーグリッド」構想の一環になるという。

 石油や天然ガスではすでに、東シベリア太平洋パイプラインやサハリンのLNG(液化天然ガス)基地からの日本への輸出は数年前から始まっており、日本の輸入全体の5,6%を超えて、10%に迫っている。これを抜本的に増加させるために、サハリンから東京までガスパイプラインを敷設する構想も現実味をみせてきた。これは約7000億円もの巨大事業になるが、実現すれば日本のガス輸入の17%が供給されることになる。

 エネルギーでは、極東ロシアの良質な石炭の開発と対日輸出のための開発投資と積み出し港ワニア港などの近代化も決まっている。

 

シベリア鉄道の日本への延伸

 交通・運輸では、シベリア鉄道を北海道にむすびつける構想が真剣に検討されている。数十年前から夢として語られていたが、今日、共同プロジェクト検討のテーブルに載っているのだ。

 サハリンと北海道を結ぶ自動車・鉄道橋の建設と、サハリンと大陸を間宮海峡で結ぶ海底トンネルの建設だ。これはシベリア鉄道とM58連邦道に接続するという構想だ。これが実現すれば、北海道から鉄道、自動車でシベリアを経て、モスクワ、パリに直行できることになる。

 ただ、鉄道レールの軌間の違いや、何よりも総額3兆円とされる費用の問題でハードルは極めて高い。

 アムール州のボストッチヌイ宇宙基地の開発協力、ウラジオストクの「自由港」化実現、ハバロフスク空港の近代化への全面協力なども共同プロジェクトだ。

 共同プロジェクトでは、先進医療技術や病院の建設、「スマートシティ」の建設、ゴミ焼却や上下水道インフラ支援なども想定している。

 

100年前の姿、復活するか?

こうした共同プロジェクトは、日本海をはさんでヒト、モノ、エネルギーが流れる経済圏につながるだろう。それは日ロ双方の互恵関係を豊かにし、北東アジアの平和と安定にも寄与するのではないか。

こうした構図は実は明治から大正時代にかけて、日本海をはさんで出来ていたのだ。日本の軍事進出が本格化し、ソ連にスターリン体制が出現するまでは。ウラジオストクには3000人の日本人街ができ、共生していたし、極東ロシア各地とのヒト、モノの流れ、つながりは強かった。

 100年余りを経て今日、そうした姿が21世紀の特徴を備えて復活するか――正念場を迎えている。

  堀江則雄

 

 

 

キャサリン・メリデール著 松島芳彦訳

『クレムリン 赤い城塞の歴史』上、下

 

イワン3世からプーチンまで貫くもの

 

 ロシアには、多くのクレムリン(城塞)がある。カザンでもトヴェーリでも、それを見てきた。だが、モスクワのクレムリンは特別だ。大きいからではない、それは政治的、精神的、宗教的に“ロシアの心臓部”と言われるからだ。

 2キロほどの城壁が周りを取り囲む空間に、いくつもの塔や宮殿、ロシア正教の聖堂や教会が林立している。いくつもの時代の様式があり、改築され、ロシアの伝統が積み重ねられてきた。1990年には、「赤の広場」と合せてロシアで最初の世界遺産に登録されている。

 

 クレムリンと言えば通常、ロシア権力の中枢を指す。確かに、14世紀のモスクワ大公国のイワン3世、タタールの「くびき」、ロマノフ王朝の成立、ピョートル大帝、ナポレオンの侵略、ロシア革命とスターリン体制、ソ連崩壊、現在のプーチン政権――。政治の、そして宗教の中枢は一貫してクレムリンに置かれた。ピョートル大帝は首都をサンクトペテルブルクに移転させたが、ツアーリの戴冠式などはクレムリンのウスペンスキー大聖堂で行われた。

 本書は、クレムリンを舞台にして権力者の興亡、民衆の姿を描いたものだ。そこには神話や伝説があり、なぜこの城塞で権力の継承が続いたのか、その謎に迫っている。

 

 191710月のロシア革命をめぐるクレムリンの動静は興味深いものだ。ここに砲弾が撃ち込まれ建物に損傷を与えたこと、この一帯を「アクロポリス」として博物館にする計画があったが、実現できなかったこと、レーニン、トロツキーらが遷都でこの城塞に入って権力中枢に仕立て上げながら、ツアーリの棺が納まっている大聖堂などロシア正教の建物を保存したこと――。

 ソ連が崩壊した後も、新たな権力者はすんなりとこの赤い城塞におさまり、“ボリス皇帝”と呼ばれた。プーチンの2000年の大統領就任式もウスペンスキー大聖堂前で挙行された。

 クレムリンが持つ歴史的重みが、今日のロシアの権力者に権威を授け、権力を正統化しているのだ。

 

169月刊、白水社、<上>255p、<下>267p、各2900円+税

 

堀江則雄